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銀灰の魔術師リル・リスタは歩きたい  作者: 清水薬子
未知の魔物と魔法解明
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懲罰委員会の発足

 結論から言えば、ベルモンド教授はフィオナ姫の提案に食いついた。いくつかの条件を突きつけるような形だったという点を除けば、合意に漕ぎ着ける事に成功したといえる。


 重たい空気が、貴族学園の職員会議室にのしかかる。

 胃にキリキリと穴が開きそうな緊張感。

 私は歯を食いしばりながら、久しぶりに味わう最悪な空気感と対立に耐える。



「学園内における生徒の暴挙は悪化するばかり。その懸念は非常に我々も胸を痛めている。その改善策として、ベルモンド教授は『懲罰委員会』を発足するというのかな」



 フィオナ姫の祖父、学園長は白い顎鬚を撫で付けながら、手元の資料を眺め、結論を導く。

 重苦しい空気感などどこ吹く風のベルモンド教授は飄々と答えた。



「ええ。僕としても甚だ遺憾ですが、教師は生徒間のトラブルに深く踏み入れない“決まり”がある以上、学園内の治安は生徒たちに改善してもらうしかありません。宮廷魔術師団を学園内に招き入れても良いのですが……」



 『懲罰委員会』。各派閥の代表を決め、学園内の風紀を乱す生徒を調査し、逮捕する。

 その権限を生徒に与え、自治を活性化させるというもの。

 一年間という期限はあるが、かなりの権限を認める制度だ。


 ベルモンド教授の話によれば、回復魔術がある事を理由に被害が闇に埋もれるケースが昔からあったらしい。

 被害者が沈黙してしまうから、事件が発覚せず、加害者の手口はより巧妙かつ悪質になっているそうな。


 フィオナ姫の提案を受け入れる代わりに条件として突きつけたのが、校内の風紀回復。

 フィオナ姫も校内の治安に懸念を表明していたので、その話し合いは順調に進んだ。

 ……『魔法主義』による横暴だけでなく、『魔術学派』による煽りにも風紀悪化の責任はある。これらをどうにかしなくてはいけない。

 派閥を超えて取り締まる存在が必要だった。


 私としては、そういう時こそ教師がどうにかするべきなのではないのかと思うが、そういうわけにはいかないらしい。

 そもそも教師の道を選ぶ時点で、魔力の量に問題を抱えている貴族や庶民が多く、戦闘の際に怪我を負っては運営に支障が生じる。

 だから、戦闘能力のありそうな生徒を起用する。


 異世界には、私の前世の常識がとことん通用しない。

 日本はとても平和だったのだとしみじみ思うばかりだ。



「ふむ……どう思うかの、フィオナ?」


「ベルモンド教授の意見に賛成しますわ。校内での錬金術を用いた魔薬の乱用、生徒間の暴行、最近では強盗事件まで多発しております。留学生も通う学園の治安を早く取り戻さなければ、国王による介入は防げないでしょう」


「そうか、そうか。ではそうしよう。我が娘によく似て、フィオナは賢いのう。あの男の血を受け継いでいるとは思えないほど的確な助言じゃ」



 ……学園長は、元国王だ。

 一人娘に求婚してきた公爵に激怒したという話はよく知られているほどに、娘に溺愛し、孫娘にはさらに執着しているエピソードはあまりにも有名。

 現国王の事を今だに毛嫌いしているという事で、フィオナ姫がその存在をチラつかせるだけで、簡単に提案を受け入れた。


 学園の運営に私情を挟んで大丈夫なのだろうか。

 困惑してしまうほどに、学園長の承諾はスムーズだった。

 これが面白くないのは、ベルモンド教授に対立している『魔法主義』の教師たちである。



「生徒の暴走を悪化させるだけだ」


「個人的な事情を巻き込みかねない」



 まともな反論。

 だが、その後に続く言葉は、やはり派閥が不利になる事を警戒してのもの。そこに学園を想う気持ちはない。


 ダークブラウンの家具で統一された会議室。

 貴族や商会からの献金によって運営される学園の歪さは、教師たちの心までも蝕んでいる。



「教師がたのご意見ももっともです。なので、どの派閥にも所属していない生徒を指名し、教師側から提示した容疑者を調査し、罰を与えるという形での実施はどうでしょうか」



 フィオナ姫の提案に、先ほどまで反対していた教師たちは顔を見合わせ、会議は了承の流れに移行する。

 弾劾権や任命権など、さまざまな検討が加速していく。


 その光景を、私は眺めていた。

 私がここにいる理由は一つ。

 フィオナ姫の提示した『どの派閥にも所属していない生徒』かつ実力のある者として呼ばれたからだ。過大評価だと断ったが、ベルモンド教授からも真顔で推薦されてしまっては断れななかった。



「まだ終わらんのか。飽きたぞ」



 もはや鋼鉄の心臓を持っているとしか思えないエルサリオンの手綱を握るように、とベルモンド教授からの厳命を受けている。たぶん、こちらが本音であろう。

 甚だ遺憾だが、これも風紀を改善してミーシャの復学を促すため。

 モンテスギュー子爵から『事態が落ち着くまで休学する事も考えるように』と連絡は受けているが、時間が過ぎるだけでは事態は解決しない。

 ミーシャの他にも、魔術師を夢見て学園に通う生徒は多い。


 連日のように届く『リルさん、どうにかしてください』のお願いと僅かばかりの寄付金(返金しようにも誰からなのか分からない)にそろそろ良心が猛る頃。


 『魔法主義』に所属しているかも不明だが、一応は貴族クラスという事で彼らの陣営としてカウントされているらしい。

 フィオナ姫をリーダーとして据える事で会議は決着。


 渡された容疑者リストは全部で十枚。

 『魔法主義』に属する生徒五人。

 『魔術学派』に属する生徒四人。

 無所属扱いになっている『魔導工学派』に属する生徒一人。

 ……いわずもがな、デイビット先輩である。


 学園内を騒がせている中心的な人物ばかりなので、調査するのはやぶさかではない。

 特に魔法主義の五人は、シュナウザーの腰巾着でもあり、乱暴な性格で知られている。



「では、よろしくお願いしますね、二人とも」



 フィオナ姫の『しくじるなよ』の微笑みに見送られながら、腕章を受け取り会議室から出る。

 早速だが、エルサリオンと仕事に取り掛かる事にしよう。

 エルサリオンは資料を眺めると、興味なさそうに呟く。



「どいつもこいつもパッとしないな。雑魚しかいないじゃないか」


「エルサリオン、みんながみんな、貴方みたいに強いとは限らないんだよ」



 魔術師は魔力の半分以上を費やす事を嫌う。

 魔力欠乏症による行動不能。

 一日を費やして回復するのが最大魔力の半分ほど。

 これらの理由により、彼らは魔法・魔術を勿体ぶる。

 生まれ持った魔力量が重要視されるのも、そういう事情が絡んでいるのだ。


 一ヶ月に何度も魔物の討伐を引き受けて荒稼ぎするエルサリオンのおかしさが際立つというもの。

 他の生徒たちは単位か金がある程度まで稼げたら、すっぱりと辞めてしまうというのに。



「弛んでる。だから魔物相手に遅れを取り、死ぬのだ」


「……何かあったの?」


「冬休み、たまには他のやつと組んでみるかとなんたら侯爵の息子だとかいうやつと魔物討伐に行ったんだが」



 まさか、死んだのだろうか。

 そんな重い話を会議室のすぐ外の廊下で繰り広げるのか、という私の警戒を他所に、彼はさらりと告げた。



「熊型の魔物相手に背中を見せて遁走した挙句、山道を滑落して大怪我した。回収して治してやったんだが、手柄を寄越せと喧しかったから決闘で黙らせた」


「それは大変だったね。今度からは実績のある相手と組む方がいいかもね。学生課に聞けば討伐歴を閲覧できるよ」


「次からはそうしよう」



 侯爵家の息子、そのワードに引っ掛かりを覚えて、貰った資料を捲る。



「エルサリオン、もしやその討伐で組んだ相手とは、この人の事かな?」



 エルサリオンはエメラルドの瞳を細めて笑った。



「コイツに間違いない。口ばかりで、碌に戦えもしなかったからよく覚えている。決闘で骨を三本ほど折ったら泣いて降参していたぞ」



 そう語る姿にほんの少しの寒気を覚える。


 シュナウザーの元腰巾着。

 バウハッセル侯爵の一人息子、バージス。

 容疑は生徒への強請り、詐欺、討伐詐称。



「では、バージス・バウハッセルたちから始めようか」



 生徒たちから匿名で届いた嘆願はどれも悲痛な叫びだった。

 『どうか彼らの悪行を防いでほしい』

 『自分たちのような被害者を増やさないでほしい』

 その中には、リスクを侵して彼の名前を挙げる者もいた。


 それらの願いに答える時が、ついに来たようだ。



「それで、どのように鼠を捕まえるつもりだ?」


「窮鼠猫を噛むという諺がある。生半可な調査では却って悪知恵を身につける機会を与える事になるから、やるなら徹底的にやろう」



 ベルモンド教授に叩き込まれたいくつかの小魔術がある。

 これで学園の風紀を乱す馬鹿者を成敗していく。



「まずはバージス・バウハッセルのプライベートを暴いていこうか。素行不良とはいえ、相手は一応は貴族の令息だからね。大義名分は必要だ」



 魔力を練って術式を構築。

 唱えるだけでいい攻撃魔術と違い、ベルモンド教授から教わった特殊な魔術は繊細な作業と集中力を必要とする。

 黒い靄となった私の魔力が緩やかに掌サイズの人の形を描いていく。



「へえ、あのダークエルフの術式か。相変わらず気味の悪い色をしている」


「エルサリオン、ベルモンド教授は私の恩人だ。差別的な用語は使わないで欲しい」


「あいつが? ふぅん、珍しい事もあるもんだな。大の人間嫌いと聞いていたが……」



 エルサリオンはぶつぶつと呟いていたが、気にする必要はなさそうだと割り切って術式の操作に集中する。

 黒い靄はやがて、虫の翅を背中に生やした妖精となった。

 烏濡羽の黒髪を靡かせた美少女は、黒曜石の鱗粉を散らしながら微笑む。



「やあやあ、こんにちは。妖精界からやって来た君の友だちさ!」



 妖精とは、別次元に棲息する思念体。

 魔力に釣られてこの世界に姿を現し、好奇心の赴くままに彷徨う。

 彼らに時間の概念はなく、この世界に存在する仮初の器でしかない肉体にさほど執着はしない。

 この世界で気紛れに人や魔物に手を貸すのも、物語のお気に入りのキャラクターにお賽銭を投げるように無責任なもの。結果がどうなろうと彼らにとっては暇つぶしでしかない。


 妖精と契約を結ぶ事で『妖精魔術』を行使できるが、妖精の気紛れや相性に振り回される事になるので、フィラウディア王国では人気がない。

 魔物に与する邪悪な存在として毛嫌いされる側面もある。

 ベルモンド教授によって誤解は改善されつつあるが、それでもやはり人気はない。


 召喚した妖精に話しかける。



「悪い奴をとっちめたいんだ。手伝ってくれるかな?」


「悪者退治は大好きだ。もちろん手伝うさ! ボクの手にかかれば、悪者の恥ずかしい過去から今の居場所まで丸裸だよ!」



 影の妖精はニヤニヤと悪どい笑みを浮かべた。

 ……やっぱり邪悪かもしれない。

気が向いた時にでも感想やブクマ、ポイント評価をしてもらえるとモチベーション維持に繋がります。

読了ツイートありがとうございます!

誤字脱字報告助かります!ありがとう!!

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