序章 縛られた運命
もし、自分が生まれた頃から何かの運命に縛られていたとしたのならばどうするか。
それが家業を継がなければならないとかそういうものであればそんなものくだらないと言って別のことをすればいい。逃げれば良い。
彼女の運命にはその逃げるという選択肢さえなかった。
それでも彼女はその運命に従って動き続けた。
抗うこともできず、自分を押し殺して生きていた。
それほどまでに彼女の縛られた運命は強く硬かった。
それを周りはどう見ていたのだろうか。
一人でも彼女を助けようとしたのだろうか。
そんな人は一人もいなかった。
だって神に自分から逆らいたいと思うような奴はそういない。
だからこそ彼女は一人で生きていた。
周りに気を使わせないように笑って自分を押し殺して。
自分の夢見る全てを捨てて。
俺はそんな彼女に気づいた時、どうしていただろうか。
もちろんのこと避けていた。
俺にとっては彼女が不気味で仕方がなかった。
それは彼女が自分を押し殺して生きている姿もあったが俺には普通の人には見えない何かが見えていた。
そして彼女の周りにはそういった何かがうようよとしていて怖くてしょうがなかった。
彼女の中にある黒いものに気づいていながら気づかぬふりをしていた。
彼女の運命に気づいてしまったのに見て見ぬふりをしていた。
そうやって生きることに疑問を持ってしまったのはいつからだろうか。
別に彼女がどうなろうと自分には関係がない。
彼女がどれだけ不幸になろうとも自分は別に困るわけではない。
むしろ彼女に関わった方が面倒に、自分が不幸になるに決まっている。
なのに俺は彼女の手を引いてしまった。
その時の言葉は自分が言ったものなのかもわからない。
「運命を決められた人生の何が楽しい。どんな価値がある。そんなものくだらないと言って逃げちまえよ。そこにあるのが家族の生活だろうと人々の願いあろうと。そして神様であってもな。自分の力で壊せないのなら周りを頼れ、巻き込め、迷惑かけとけ。自分の幸せのために。そして自分が幸せになった後でまた自分を幸せにしてくれた人たちを幸せにしてやれ」
彼女の手を引いて逃げて逃げていつの間にか俺たちは月に手が届きそうなほどの場所についていた。
そこで彼女は月を一点に見つめ、少しの涙を流していた。
俺はその横顔を見ながら自分の生まれてきた因果を感じながら、自分の人とは違う力を持って生まれたことに感謝をしていた。
そして俺は心のなかで誓った。
彼女が本心から笑って生きられるように彼女を助けると。
彼女が運命に縛られなくなるその時まで。