17 悪霊の復讐記
阿久遼は上司のパワハラに耐え兼ね自殺した一般新社会人だ。
日本という国での20~30代死因1位は自殺である。ありふれた、どこにでもある、珍しくも無い悲劇の死者だ。
生前、阿久はいわゆる霊視能力を持っていた。人が持つオーラが見えるのだ。
ただし圧倒的大多数の人々はオーラを持たない。華の都大東京で生まれ育ち、幾多の人と出会ってきたがオーラ所有者は片手の指で足りるほどしか見つけられない。
街角の占い師、クラスメイトの自称「霊感がある」女子、テレビに出てくる霊能者。誰一人としてオーラを持っていない。彼らはオーラを持っているが隠しているだけなのかも、とも考えたが、稀少なオーラ所持者である有名芸能人の夜羽竣が堂々とオーラを晒け出しながらオーラと全く関係のない俳優業をしている事から、阿久はオーラ所有と霊感は無関係と推測した。
しかしオーラが見えても見えるだけ。
千里眼とか交霊術とか物を触らずに動かすとかケガを治すとか、そういったスピリチュアルなオカルト能力は一つも使えない。
阿久はクソの役にも立たないクソ能力だと思った。目を閉じた時に暗闇の中で蠢く赤とか緑のモヤモヤとか、視界の端に糸くずみたいなのが見えるのに目で追いかけると逃げていくヤツ(飛蚊症というらしい)とかと同じだ。
実はオーラが見えているのではなく、目の病気なのではと疑いもした。痛くも苦しくもないし病気かも知れないけどまあほっといていいや、と放置する事に決め、目の病気ではなく本当にオーラが見えていたのだと分かったのは死んでからだった。
阿久は死んで幽霊になった。
お菊と名乗る江戸っ子幽霊に幽霊のイロハを教わり、あったらいいなと思っていた、しかしあるはずもないと思っていた人生の続きをやる事になった。
幽霊になった阿久が最初にしたのは、復讐を誓う事だった
幽霊は穏やかだ。みんなやりたい事を見つけ、楽しい事を探し、痛みも苦しみも飢えもなく平和に生きて(?)いる。下世話な趣味を持っている連中ばかりだとしても、無害といえば無害である。
それはきっと幽霊の元締めお菊の功績でもあるのだろう。新人幽霊に何くれとなく世話を焼き、相談に乗り、人を紹介してくれるお菊は多くの悩める霊を導き慰めている。
嫉妬や怒り、悲しみに囚われた幽霊など見たことがなかった。過去にそういう負の感情に囚われた霊もいたようだが、お菊のカウンセリングで心の整理をつけたと聞いた。
だが阿久はお菊の慰めが届かないほどに怒っていた。
平和に楽しく暮らすなんて真っ平だ。
俺を苦しめ、笑いながらいたぶったクセに、今も平気な顔でヘラヘラ生きているクズ共に復讐してやる。殺してやる。当然の報いだ。
阿久は心の赴くままに復讐計画を立てはじめた。お節介でウザいお菊とは早々に別れ、阿久は独自に動き生前自分を蔑ろにした上司同僚の殺害に向け全速前進する。
阿久は東京中を飛び回り、他の幽霊やオーラ所有者について綿密に観察した。
するとオーラ所有者は三種類に分けられると分かった。即ち、
①オーラを視れない
②オーラを視れるが、幽霊は視れない
③オーラを視れるし、幽霊も視れる
この三種類だ。
これに加え、オーラ所有者は死ぬと必ず幽霊になり、幽霊を視る力を得る。
オーラを持っていない者は幽霊になれない。
オーラが霊的素養の目安であるのは明らかだ。そこで阿久は考えた。オーラを吸い取り自分のものにできれば、霊的素養を増強できれば、人間を呪い殺したりもできるのではないか?
思い立ったが吉日、阿久は早速計画を実行に移した。オーラ所有者のうち、一人暮らしで交友関係が狭く騒ぎになりにくそうな人間を訪ね、オーラを吸い上げた。吸い上げようと念じて手を触れるだけで簡単に吸い上げる事ができた。
その吸い上げたオーラの味わいといったら!
憎悪と復讐に囚われ煮えたぎる阿久の心を束の間満ちたりた気持ちにさせるほど、吸い上げ取り込んだオーラは素晴らしかった。どんな料理にも勝る絶品だ。
犠牲者の全てを吸い尽くし殺さないよう加減するのにはかなりの精神力が必要だった。
痙攣して白目を剥き失神する犠牲者を捨て置きひとまずは去る。そして日を空けて再び舌なめずりして訪ねると、びくびく周りを見回し怯えながらベッドに入る犠牲者はオーラ量を回復させていた。
オーラが一度減ったら回復しないものなのか。それとも体力と同じように時間が経てば回復するものなのか。どちらなのかは不明だったが、時間を空けて正解だった。阿久にとって幸運にも、そして犠牲者にとっては不幸にも、オーラは回復するらしい。
阿久は嬉々として餌に取り憑き生かさず殺さずオーラを吸い上げた。
吸い上げるたびに力が満ち、束の間の安息を得る。十日も経つ頃には阿久はすっかりオーラの虜になっていた。
じわじわオーラをかさ増ししていった阿久は、不思議な現象を起こせるようになった。
念じるだけで物を動かしたり、耳鳴りを起こしたり、短距離の瞬間移動をしたり。
充分に力を貯めた阿久は、さっそく一番嫌いだった上司を階段から突き落として殺した。転がり落ちた時はまだ辛うじて生きていたが、首をへし折ってトドメを刺してやった。
復讐の暗い喜びに打ち震える阿久だったが、人一人を殺すためにオーラをかなり消耗した。当然の成り行きとして消耗分を補充すべく餌場に行った阿久は、人の形をした災害と出会った。
その女はスタイルの良い、若い女性だった。阿久は彼女を知っていた。ファッションモデルとして活躍中の守屋巴だ。珍しいオーラ所有者でもある。
細いのに胸がデカくて抱き心地が良さそうな育ちのいいお嬢様スタイルと、エネルギッシュで勝気な顔のギャップがいいんだ、と生前上司がゲスな顔で雑誌を読んで彼女について熱弁していたのを思い出す。
上司の言う事成す事全て否定し尽くしてぶち殺したい阿久としては首を横に振りたいところだが、守屋が美人だというのは否定してもしきれないのが気に入らない。私は愛されて育ちました、人生充実してます、といわんばかりの穢れの無い自信に満ちた表情には殺意すら抱く。
そして美人だとか可愛いだとか、そういう見た目の問題以上に、彼女が極めて珍しい霊視能力者だというのが一層気に食わない。
オーラが見えてもオカルト能力なんて使えない。自分のようにオーラを他人から吸い上げ力を増強しない限りは。
だから守屋もただオーラが見えるだけの一般モデルだ。念には念を入れて今まで彼女に目撃されるのを避けていたが、さりとて障害になる存在でもない。
「悪そうな顔の若い男の幽霊が視えますね。彼ですか?」
「そ、そうだと思います。先生、お願いします。早く除霊してください!」
「落ち着いて。幽霊違いという事もあり得るでしょう。えーと……こほん。そこの幽霊さん、あなたはここ最近この家に来ている幽霊ですか?」
少し緊張した様子で尋ねてくる守屋を阿久は無視した。ベッドの端で毛布を頭から被って丸くなり、何も見たくないとばかりに目をきつく瞑って震えている餌に手を伸ばす。
オーラ所有者が増えたからなんだ? 餌が増えただけだ。むしろ丁度いい。
餌にひたりと手を触れると、オーラを吸い上げる予兆を感じたのか餌の震えと冷や汗が激しくなる。
どいつもこいつも俺の餌。どうせ見えるだけで触れやしない――――
「こらっ!」
完全に慢心していた阿久は、横から割り込んできた腕力退魔師のパンチ一発で下半身を丸ごと消し飛ばされた。
「おがああああああああああああああああ!!????」
阿久は信じがたい激痛に絶叫した。
痛い痛い痛い痛い痛いッ!?
意味が分からない。訳が分からない!
今、コイツは何をした? 殴ったのか? 俺を殴ったのか? 殴って、殴っただけで、こんな?
死んでからずっと忘れていた死の恐怖が鮮やかに蘇り、阿久は心底恐怖した。
死にたくない、死にたくない!
こんなの何かの間違いだ。ただの拳で幽霊を傷つけるなんて、そんな馬鹿な話が。
「えーと、今からあなたを除霊します。あなたにも色々事情はあるのかも知れないけど、悪霊なので。来世では、えー、良い人に生まれ変わるように祈ります? アーメン」
しかし腕力退魔師は上半身だけで這いずって逃げようとする阿久の腕をゴリラじみた握力で掴み上げ拘束した。それからたどたどしく慣れない様子で祈りとも死刑宣告ともつかない言葉を紡ぐ。
阿久は絶望した。
これまで大丈夫だとは思いながらも念を入れて念仏やら教会やら、除霊されそうなモノは避けてきた。
それなのにこんな馬鹿げた物理女に殺されそうになっている。なんなのだこれは? こんなもの予測できるわけがない。
「先生、今どうなってるんですか? もう除霊できました?」
「あっ今するところです。すみません段取り悪くて」
もう無理だと諦めかけた阿久は、餌の哀れな鳴き声に振り返った馬鹿力退魔師に隙を見出した。
「ぐぅ……!」
「あっ!?」
阿久は自分で自分の腕を食いちぎって切り離し、窓をすり抜けて逃げる。虚を突いたおかげで咄嗟に伸ばされた退魔師の魔手は空を切った。
後ろを振り返ると、守屋は緊張した様子で依頼人を背中に庇っていた。追いかけるより餌の守護を優先したらしい。
実際のところ既に餌をどうこうする余裕は欠片もなく、追いかけてもう一度撫でられでもすれば終わっていたのだが、退魔師が除霊に不慣れだったおかげで九死に一生を得た。
危ういところで命を永らえた阿久は、恐怖の腕力退魔師に追われながら窮屈な復讐を強いられた。
便利使いしていた餌は退魔師に堅く護られ、もはや餌にはできない。芸能人の夜羽に乗り換えようと近づけば、よりにもよって夜羽は退魔師と親しそうに仕事をしていた。近づけない。
そこで仕方なく阿久は幽霊襲撃に切り替えた。
幽霊もオーラを持っていて、餌にできる。しかし肉体がないせいか幽霊はオーラを吸うと消滅してしまう。リサイクルできない使い捨てのインスタントな餌だ。
阿久は幽霊を餌にする事でお菊を中心として不都合な噂が広まり、自分と同じようにオーラを吸って力をつける幽霊が出現するのを恐れていた。
しかし退魔師という脅威が出現してしまった以上とやかく言っていられない。復讐を遂げられずに退魔師に滅されるのが一番悪い展開だ。
阿久は幽霊を襲い、オーラを吸い上げ、力を蓄えた。
途中で餌を変えたのに気付いた退魔師に追いかけ回されたが、本当の目的が生前の復讐である事までは気付かれなかったらしい。気付かれていれば生前の会社関係者の張り込みや警告で復讐は失敗に終わっただろう。
結局、紙一重のところで復讐は完遂した。生前自分を苦しめたカス共を事故にみせかけ皆殺しにして肩の荷を下ろした阿久は、地元に帰省中だという夜羽竣を追った。
阿久は日本を離れるつもりだった。あんな危険生物がうろつく日本にはとてもいられない。お菊を筆頭とした幽霊連中にも共食いがバレ、目をつけられている。
しかし奴らもまさか国外までは追ってくるまい。行きがけの駄賃で旨そうな餌を一つまみしてオーラを補充し、それから逃げればいい……
高跳びする気満々で夜羽を襲った阿久は、図らずも主君と出会う事になった。
眩く温かく、ドロリとした昏い光を放つ、運命の聖女に。




