14 理系幽霊面目躍如
巴の悪霊退治を手伝うにあたり、やはり現状の非効率性は否めない。
東京での悪霊退治はお菊さんを頼って人海戦術ならぬ霊海戦術を展開できた。それでもまんまと捜索網をすり抜け逃げられている。
巴は夜な夜な街をうろつき探したが、その剛脚ですら悪霊をあと一歩のところで取り逃している。無論、取り逃した理由の9割は俺である。しかし走って追いかけ捕まえて殴り倒すのはなんとも効率が悪い。
そも、悪霊の方も人智を超えた超人腕力退魔師に執拗に狙われているのは知っている。
顔も割れている。避けるだろう、逃げるだろう。
仮に俺が悪霊を発見したとして。巴を呼びに行って、発見現場を教え、巴が現地に到着するまで悪霊がその場にグズグズ留まっているだろうか? 到底そうは思えない。
今までと同じやり方では悪霊は捕まらない。余程の幸運に恵まれれば別だろうが、幸運に期待するのは愚かだ。不運に見舞われても問題ないぐらいの策でもって取り掛かるのが最上である。
そこで俺は対悪霊トラップを作る事にした。
今までの作戦は巴と幽霊が協力して悪霊を追うものだった。悪霊も人や霊に追われるのを警戒し、対策しているだろう。
だがトラップを作れたなら?
幽霊にも効くトラばさみとか。幽霊を感知できるセンサーとか。
そういう悪霊が警戒していないものを作れれば効率よく奴を追い詰められる。
設置式の罠は狩りの効率性を跳ね上げる。自然にかかるのを待っても良いし、罠に追い込んでもよい。遥か古代、人間という種が栄えたのもマンモスを捉える落とし穴という罠があったからこそ。以来罠の有効性は歴史が証明し続けている。
問題は霊を捉える罠が存在しないという一点だ。
霊に効く罠がないからこそ、悪霊も罠を警戒していないわけで。
ゆえに俺は悪霊に効く罠を発明する必要性に駆られた。
何も全くのヒント無し、五里霧中の中で罠を作ろうというわけではない。
罠を発明する手がかりはある。
退魔師が実在し、幽霊も実在した。
ならばお祓い道具や幽霊避けの結界、悪霊捕獲装置なども実在する可能性がある。
お経も清めの塩も聖水も十字架も効かず、墓場や教会、寺にも神社にも何も反応しないこの身ではあるものの、ありとあらゆるエクソシズム・アイテムが一切合切無効だと断定してしまうのは早計だ。
火の無いところに煙は立たない。嘘はゼロから生まれない……ほとんどの場合は。
偽物のお祓い道具があるなら、本物のお祓い道具もきっとある。偽物は本物を真似て、曲解して、参考にして作られるものだから。
もちろんお祓い道具という概念が珍しくゼロから生まれた全くの嘘だったという場合もあり得る。
その時はその時だ。また新しい策を考えればいい。まずは仮説を立て、試す事だ。
俺は巴が悪霊被害者・夜羽竣に話を聞きに行っている間に彼女の実家で待機する事になったのだが、時間は無駄にできない。パソコンをつけ、ホラー&心霊系まとめ動画を垂れ流しにしてもらった。
99.9%は作り話でも、本物の欠片が砂粒ほどであれ紛れ込んでいるはず。仏教神道十字教その他のオカルティズムが語る死後の世界はほぼ全て嘘だったが、幽霊と退魔師の存在の二点は合っていたのだし。
数時間垂れ流しのオカルト動画を見て脳内にそれらしい情報をピックアップしていると、巴が夜羽への事情聴取を終えて帰ってきた。勝手知ったる実家の自室に戻った巴はしょぼくれた様子でポシェットをベッドに投げ、気だるげに上着に手をかけて半分脱いだところで俺がいるのを思い出した様子だった。
俺の目線を受け、咳払いして気まずそうに服の埃を払っているだけですよアピールをしはじめる。
「えーっと。それで、どう? 何かいいアイデア思い浮かんだ?」
「着替えるつもりなら俺は外に出ているが」
「んなぁーっ! やっぱり気付いてた! そういうのは言わないの! 気付いても言わない! 見なかったフリしてよ恥ずかしいんだから!」
巴は頬を真っ赤に染め、俺を小突いた。
俺はその小突きだけで吹き飛び、部屋の壁に叩きつけられる。衝撃でミシミシと壁が軋み、まるで怪奇現象のような家鳴りが起きた。
普通に痛いぞ。当たり前のように幽霊を突き飛ばすのはやめて欲しい。
俺が呻いてよろめきながら壁から離れると、巴は顔を蒼ざめさせてますますしょぼくれた。
「ご、ごめぇん……大丈夫?」
「いや気にするな、先に無礼を働いたのは俺だ。たぶんな。どこが逆鱗に触れたのかは判然としないが。実は俺は恥ずかしながら女性の、というか人間の感情の機微に疎い。こういう事を頻繁に起こしてしまうんだ」
「知ってるよ」
巴は申し訳そうにしながらもちょっと笑い、気を持ち直したようだった。
それから巴はパソコンのオカルト動画を一時停止し、夜羽を訪ねた成果について話してくれた。
しかし、結論から言うと大した収穫は得られなかったという。
「夜羽さんの実家に行って、あれは夜羽さんのお母さんなのかな? 夜羽さんのお母さんに仕事仲間ですって言って名刺見せたら本人に連絡してくれたの。そしたら向こうも私の事覚えてくれてて、マスコミ避けで泊まってるホテルの部屋教えてくれた。で、ホテルに行って本人に会ったんだけど。夜羽さんはさ、駅前心霊現象の当事者なわけでしょ? 話が通じると思ってざっと事情を説明したの」
「それを夜羽は信じたのか? 腕力つけたら霊力も上がりましたなんて眉唾だろう」
「眉唾じゃないよ! っていうかそこまで話してないし」
眉唾じゃないけど胡散臭いのは分かってる、と巴は控え目に認めた。
「ただ、私は邪悪な奴を退治しに来たエクソシストですって自己紹介して、貴方を襲った悪霊について心当たりはありませんかって聞いただけ」
「で、それを夜羽は信じたのか」
「信じなかったね。悪霊がいるっていうのは信じてたみたいだけど、本当にエクソシストなのか疑われた。霊力とか神聖力とか奇跡の力とか、そういうモノを持っているのか? ってね。だから私は持ってったリンゴを握りつぶしてジュース作って、幽霊もこんな感じで潰せますって証拠見せたの」
こわい。
「あ、こわいって顔してる! ……まあね、そうなんだよねぇ。夜羽さんも怖がっちゃって。果汁全部絞ってカサカサになったリンゴの残骸指さしてさ、こんなのただの握力じゃないかって言うわけ」
「握力だろ?」
「握力だけど。握力イコール霊力みたいなとこあるでしょ? それでね、私がぶん殴ってこの世から消すのは悪い奴だけだから。大丈夫だからっていくら言ってももー完全に警戒されちゃっててさ。失敗だったな」
それはそうだろう。
スラリとした美麗な女性だと思っていたら、実はゴリラよりパワフルな怪獣だったのだ。
ゴリラは温厚で優しい性格で有名だが、そのパワーゆえに恐れられている。
ゴリラより強い巴はゴリラより恐れられて当然だ。人を襲わない良いゴリラだと分かるまでは警戒される。
「たぶん新手の脅迫か何かだと思われたんじゃないかな。悪霊はどこかに消えた、っていう言葉は聞けたんだけど、どっちに行ったとか何か変わった様子はなかったとか、詳しい話までは聞けなかった。追い返されちゃって……」
巴はまたしょぼくれた。
自分の失策で情報を取り逃がし、夜羽からの信用まで失ったのがよほどショックらしい。
「仕方ないさ。巴は最善を尽くした」
「そうかなぁ……?」
「実際にそれが可能かどうかはとにかく、俺が交渉するよりはずっとマシだっただろう」
「それはそう」
巴は断固とした確信をもって力強く頷いた。
若干釈然としないが巴は自信を取り戻したらしい。そっちはどう? と水を向けてきたので、俺は雑多なオカルト動画から抽出したトラップに使えそうなアレコレについて巴に伝えた。
そこからは実験だ。
まずは塩による除霊。
塩除霊は仏教で使われる他、アフリカのブードゥー教などでも邪悪な存在を避ける結界に使われる。市販の食塩や、粗塩、岩塩、灰塩、焼き塩、有名神社から通販で取り寄せた清め塩などを床に撒き、俺がそれらの上を丁寧に転げ回って効果があるか確かめる。
塩に水分を含ませてみたり、量を多くしたり逆に減らしたり、片っ端から実験してデータを取っていく。
結果、どの種類の塩も全くなんの効果も無いと判明した。悪霊トラップには使えない。
次は呪文。
お経や聖句などを唱えて効果があるかどうかだ。古来よりお経は霊を成仏させ、聖句は悪を退けるとされている。お坊さんが唱えるお経に意味はなくとも、本物の退魔師である巴が唱えれば力が宿るかも知れない。そうなれば巴が唱えたお経(聖句)を録音して流せば音波攻撃装置の完成だ……という甘い見込みはあっという間に潰えた。
巴がどの宗教、オカルティズム、神秘主義の退魔呪文を唱えても何の意味もなかった。音程や抑揚も関係ない。
巴のクソデカ肺活量から繰り出されるクソデカ叫び声は衝撃波のようなものを生む(幽霊にも効く)と分かったのは収穫であるものの、録音機(レコード、ラジカセ、CDプレイヤー、スマホetc)を片っ端から破壊するから録音できないし、やはり悪霊トラップには使えない。
その後も何日もかけて呪文がダメなら魔法陣、魔法陣がダメなら聖水、聖水がダメなら十字架、十字架がダメなら冷気、冷気がダメなら……と片っ端から実験してみた結果、ようやく一つだけ幽霊に効果があるものを見つけた。
高圧電流だ。
オカルトコメディ映画から着想を得た高圧電流による幽霊攻撃は間違いなく効果を発揮した。触ろうとすると痺れるし、高圧電流を流した電線に囲まれると脱出できなくなる。
俺は自動車のバッテリーを三十個ずらりと繋げて作った試作幽霊捕獲装置1号に飛び込み、高圧電流の結界からの脱出が不可能であると確かめ、勝利の味に打ち震えた。
バッテリーの持続は3時間! 最大出力でも30分! 十分過ぎる。捕獲を知った巴が街の端から端へすっ飛んできてトドメを刺せるだけの十分な時間だ。
「すごいぞ、これは! ははは、科学の勝利だ! 実験に次ぐ実験、検証、観察、仮説、考証! 科学の精神は、論理は幽霊にも通じるんだ! あとはこれを量産して設置するだけで……!」
「うんうん、良かったよ。本当に良かった。成功して私も嬉しい。ところで清明くん」
「ん?」
巴は幽霊捕獲装置の電源をオフにして俺を出しながら、預金通帳をひらひら振って言った。
「もう私の貯金なくなっちゃった。実験に使い過ぎたね。悪霊トラップはこれ一つだけで我慢して」
「………………はい。ごめんなさい」
「いや怒ってないよ? 私が好きでお金出したんだし。でも通帳見てるとちょっとキレそう」
巴は笑っていたが、目が笑っていなかった。
研究は金がかかる。成果次第では出資者の機嫌を悪くする。
俺はまた一つ賢くなってしまった。
反省。




