12 邪教団
奇跡の力に目覚めて以来、マリアは天啓に導かれがちだ。単なる幸運と言えばそれまでではあるが、とにかく何かにつけ物事が都合良く進む。おかげで当初の予定より遥かに早くエッセンスの収集の目途がついた。
きっかけは信者の一人が持ち込んだ相談だった。
高齢の曾祖父が病に侵され余命いくばくもないと診断された。既に意識もなく、明日とも知れぬ命。これを聖女様のお力で救っていただけないだろうか……
マリアはこの頼みを快諾した。恩を売って売りすぎる事はない。
床に頭を擦り付けて感謝する信者をなだめ、彼の曾祖父がいる病室に赴くと、折り合い悪くちょうど命を落とすところだった。
命の鼓動を示していた心電図の折れ線がただの横線になり、枯れ木のようにやせ細ったしわくちゃの肉体から生命が消える。
慌ててナースコールを押す信者の横で、マリアは見た。
絶命した老人の体からエッセンスが立ち昇っていた。
マリアは老人がエッセンスを持っていないのを死の直前、ほんの数秒前に確認している。
ところが老人が死んだ途端、消えゆく生命から絞り出されるようにしてエッセンスが湧きだしたのだ。
死体から霞のように噴き出し揺蕩うエッセンスは、半透明の人型の何かを形作ろうと滞留する。だがどんどんほどけ薄れて消えてゆく。
マリアは確信的直観のままに手を伸ばし、そっとエッセンスを掴み、包み込んで、肉体に戻した。
すると心電図は再び折れ線を刻みだし、老人の胸が弱弱しく上下を始める。
大急ぎで駆けつけた医者と看護師に押しのけられ、マリアは病室の隅で思った。
これは使える。
エッセンスを持たない人間でも、死の瞬間にはエッセンスを放出する。
ならば大量の人間を使えば大量のエッセンスを抽出できる。
全く素晴らしい。
手に入れた信徒たちが早速役立ちそうだった。
彼らをそのまま「使って」も良いし、彼らを手足として更に多くの人を集めても良い。
狂信的な信者たちは犯罪に手を染めるのも自らを捧げるのも厭わない。唆すのは容易い。
結局、一度は息を吹き返した老人は曾孫と僅かばかりの最期の会話を交わした後、再び息を引き取った。
二度目の絶命で再び立ち昇ったエッセンスは霧吹きの一吹きのように儚く小さく、一瞬で宙に溶け去り、人の蘇生の困難さをマリアに突き付けた。
信者の曾祖父は助けられなかった。だが天に旅立つ前に話ができた事で心は救われたらしい。これ以上ないと思われた信仰心が更に深まり、死者蘇生の噂が他信者に広まるにつれ、お布施の額が右肩上がりに増えていった。
しかし同時に信者の嘆願も急増した。私も癒して欲しい、奇跡をもう一度見たい、告解を聞いて欲しい、赦しが欲しい、神の声を聞かせて欲しい……
マリアの体は一つで、お願いの全てを聞いてはいられない。
マリアはムア真理教の前教祖を代弁者に立てて信者の相手をさせ、自分は表に出ないようにした。
これには雑事を押し付ける他、犯罪の責任を押し付ける意図もある。
大願成就の暁には夥しい死者が出ると予想される。
凄惨な事件の首謀者が自分では困る。自分は嫌々神輿に担がれただけで、悪事を企んだのは別人だ、という体裁をとるのが望ましい。
前教祖はマリアに不正の証拠を掴まれている。脱税、女性信徒への数々の口に出せない無体、奇跡と称した手品のタネなどだ。そんな前教祖も今ではマリアの信者でもあるし、信者でなくなったとしてもマリアには逆らえない。スケープゴートには丁度良い。
ゆえに今やムア真理教の教祖がマリアであるのは信徒にとって周知の事実だったが、表向きは前教祖が変わらず教祖の座にあるという事になった。
マリアはできるだけ露出せず、都合が悪くなればいつでもムア真理教を切り捨て離脱できるようにしておく。奇跡の力を示して信者の心を掴み直すのを忘れなければ全て上手くいくだろう。
邪教団と化したムア真理教の策動は速やかに進んだ。
熱心な勧誘活動で信徒は増え、増えた信徒はマリアを前にすれば心を掴まれたちまち狂信者と化す。
夜羽の働きも目覚ましく、芸能界の知り合いを伝って各界の有力者とのコネも驚異的な勢いで増えていった。マスコミ対策を心得ているのも大きな利になった。注目されずに活動する方法を心得ていたし、不都合が露見しそうになった時の口止めノウハウにも詳しい。
おかげで拉致監禁を行っても騒ぎになっていない。
寄る辺のない外国人労働者、公園の浮浪者、信者の子供や老いた親など、消えても気にされなかったり誤魔化しが利く人々が教団に集められていく。
もちろん、あからさまに牢に閉じ込めはしない。食事を出すし、娯楽も自由だ。外出もできる。ただし監視は外さない。
衣食住満ち足り勉強や労働をしなくていい環境を怪しむ者もいたが、死者復活の生贄にされるために集められたのだと悟る者はいるはずもなく。怪しんでも、怪しむだけで、脱走したり危険を訴える者は出ない。
これはお互いにとって幸いだった。処理されずに済むし、処理せずに済むのだから。
雪だるま式に膨れ上がっていく教団員と生贄を養い活動するための資金は信者が出している。夜羽が捕まえてくる二重の意味で太い新参信者は快く金を吐き出したし、金を出し渋る者もすぐに吐き出したくなるようにさせられた。
一カ月ほど経つと、ムア真理教は誤魔化すのが難しいほどの強大な勢力になりつつあった。
信者は5000人を数え、教団本部に収まりきらず貸しビルなどに押し込め囚われた生贄は400人に上る。
情報封鎖、各界への手回しはぬかりない。が、人が増えれば粗も増える。情報が漏れだし、ムア真理教というカルト宗教の噂が市井で囁かれる。
日本は宗教に厳しい。特に「カルト」の三文字が頭につくものには。
マリアにとってムア真理教は腰かけに過ぎず、別に逮捕者を出し壊滅しても構わない。だが目的を達成する前に潰れるのは困る。
組織の再構築・再出発は骨が折れる。時間もかかる。これ以上時間がかかれば綾部清明の蘇生は不可能なほどに難しくなるだろう。
マリアは一層慎重になった。
既に放っておいても人・物・金が集まる段階にある。重要なのは活動を広げる事ではなく、活動を維持し、悪目立ちしない事だ。
だからマリアは夜羽が駅前で騒ぎを起こしたという第一報を聞いて肝を冷やした。
自分に特に忠実で、騒ぎを起こしそうな者を取り締まる立ち場にある夜羽がどうして? 今は困る。警察や報道陣の介入で活動を鈍らせる訳にはいかない。あと少し、生贄があと少し集まるまでは……
そして第二報が届き、マリアは心底驚いた。
騒ぎの一部始終を捉えた映像には、邪悪な形相の悪霊としか思えない存在が映っていた。




