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11 教団

 心臓が止まっても1分以内にAEDを使えば蘇生率は90%を超える。

 しかし時間が経つほど蘇生率は急激に低下し、10分が経過してしまうと蘇生率10%を切る。蘇生とは、医療とは、時間との戦いなのだ。

 マリアがやろうとしているのは死後一カ月も経過した葬儀済み白骨死体の蘇生である。医学的には全く不可能であり、医学を超えた奇跡をもってしても難しい。


 奇跡は科学を無視する。一夜にして季節外れの豊作をもたらし、水の上を歩き、不治の病を一言で癒す。

 しかし大雨を鎮めようとした日にマリアは奇跡の限界も知っている。ただの死体ではない、焼却され骨になり骨壺に入った遺体は蘇生できるのか?

 

 不安になったマリアは実験を行った。いきなり清明の蘇生に挑戦して失敗しては目も当てられない。


 観葉植物やハエやメダカ、ネズミで試し、マリアは奇跡による蘇生のおおよその法則を掴んだ。

 祈りの強さやどれだけ気持ちを込めたかには関係なく、蘇生限界は死体の損傷度、時間経過、死体の大きさで決まる。

 マリアと夜羽のエッセンスを合計しても「死後1日経ったメダカの骨」の蘇生が限界だった。

 骨になった生物を蘇生できると分かったのは朗報だったが、死後一カ月経った人間の骨の蘇生は到底無理だろう。もっとエッセンスが必要だ。


 実験結果は不吉な未来予想を示した。

 時間経過で蘇生が難しくなるなら、当然時が経つほど清明の蘇生も難しくなる。

 エッセンスの保持者を集めて蘇生に必要なエッセンスを確保しようとしても、きっと難易度上昇の方が早い。エッセンスを貯めるより要求量の増加の方が早いのだ。


 これを覆すには素早く大量にエッセンスを手に入れなければならない。

 マリアは復学したばかりの学校を休学し、両親を心労を癒すためという名目でなんとか説き伏せ、夜羽を護衛兼雑用に連れて全国行脚の旅に出た。

 エッセンスの所有者は希少だ。地元に見当たらない以上は他の場所で探すしかない。

 北から南に人口密集地を虱潰しに探していく予定だった二人は、またしても天の導きのように次のエッセンス保有者に遭った。

 それもマリアからではなく、相手から接触をかけてきたのだ。

 その女性は駅前でパンフレットを片手にマリアと夜羽ににこやかに声をかけてきた。


「あなたは奇跡を信じますか?」


 一カ月前までは一笑に伏した、今となっては真顔になる、聞き飽き使い古された文句だった。

 警戒して前に出て自分を庇おうとする夜羽を制止し、マリアはパンフレットを受け取り素早く文面を流し読みする。

 そこには『ムア真理教』という宗教の教義と奇跡の逸話がいくつか書いてあった。

 病気が治っただとか、人が宙に浮いただとか、透視で封筒に入った手紙の中身を言い当てただとか。ペテン師にありがちな通り一遍の奇跡を念頭に、教祖による人類の救済と進化が説かれている。


 途轍もなく胡散臭いパンフレットを夜羽に渡し、マリアは微笑んで言った。

 全く都合がいい。


「興味深いですね。詳しくお話を聞きたいです」


 好感触なマリアの言葉に女性は手を叩いて喜んだ。彼女の手提げ鞄には輪ゴムで留められたパンフレットの束がぎゅうぎゅうに詰め込まれていて、女性の勧誘がいかに無視されていたのかがよく分かる。


「あら! 興味を持ってくれて良かった。大丈夫、宗教に入れなんて言いませんから。お言葉をいくつか知るだけでもきっと人生が豊かになりますよ」

「そうだといいですね。お話はここで? それとも喫茶店かどこかに?」

「ええ、ええ。そうですね、近くに良い店があるの知ってます? 行きましょう、行きましょう。後ろの方も……あら? あなたどこかで見たような」

「俺の事は気にしないでください」


 ウキウキと嬉しそうな女性に連れられ、マリアと夜羽は駅前の喫茶店に入っていった。

 夜羽はいつ女性がマリアに噛みついてくるのだろうかと警戒するような渋面で、マリアは超然とした微笑を浮かべていた。


 そして1時間後。

 喫茶店から出てきたマリアは陶酔しうっとりと自分を見つめる女性を引き連れていた。

 女性は神そのものに対するような崇敬をもってマリアに頭を下げ、言った。


「ではマリア様。ムア真理教の本部にご案内します。こちらです」

「夜羽?」

「はい。もうタクシーを呼んであります。そろそろ来るはず……ああ、たぶんアレですね」

「ああっ! そうですよね、申し訳ありません。マリア様を歩かせようとするだなんて私は」


 恐縮する新しい女性信徒を先頭にタクシーに乗り込み、ムア真理教の本部に向かう。

 不安そうな固い表情の夜羽の手に触れてマリアは頷いてみせたが、顔色は優れない。

 エッセンス保持者を探すにあたり、宗教は利用しない方がいい、というのは彼が部下になって真っ先に奏上された事だった。


 日本は宗教団体、特に新興宗教に厳しい。過去に東京でテロを起こした宗教団体があるからだ。

 宗教という単語を口にしただけで警戒されるのも珍しくない。

 マリアの奇跡は本物で、世界に向けて奇跡を見せればやろうと思わなくても一大宗教が勝手に出来上がるだろう。

 だがそれは同時に既存の宗教からの反発を生むし、宗教に厳しい日本では大きな枷に成り得る。詐欺師と疑われ、おかしな人間が湧きだし纏わりつかれ、有形無形の嫌がらせを受け、ある事ない事無責任な誤報が野火のように広がる。奇跡の喧伝はメリットも大きいだろう。しかしデメリットも大きい。

「本物の奇跡」は人間社会にとって劇薬で、取扱いを間違えれば取返しのつかない事態を招く。

 奇跡を表沙汰にするならゆっくりとしっかりした地盤を築いてからが良い、というのが夜羽の意見だ。


 夜羽の奏上はもっともだ。しかしマリアは都合よく転がり込んできた宗教へのツテを逃がさない。

 危険は百も承知。人を生き返らせる神の所業を人の身で成し遂げるのに危険が伴わないわけがない。


 70億を超える人類からエッセンス保持者を探し出すのは大変だ。

 自分一人だけでは絶対的に手が足りない。時間に追われているならなおさら、どうしても人海戦術は必要になる。

 かといって金を払い人を雇う余裕はない。

 その点、宗教はいかにも都合が良かった。リスクに目を瞑っても手を出す価値がある。

 人、物、金。宗教の名の下に全てを供出させ、エッセンス保持者の探索と確保を一気に進める。そして清明を復活させるのだ。

 マリアは全てを成し遂げるのに必要な計画と覚悟があった。実力があるかどうかはこれから分かるだろう……


 何やら妙な雰囲気の三人組をタクシーの運転手はバックミラーでチラチラと不安げに見て、触らぬ神に祟りなしとでも思ったのか雑談の一つも振らず黙って目的地まで向かった。


 ムア真理教本部は郊外の丘の上にあった。

 丁寧に刈り込まれた植木に囲まれた野球場ほどの敷地に、神社の拝殿に洋風要素を取り込んだような五階建ての建物が建っている。駐車場には普通の乗用車に混ざって何台か高級車が停まっていて、そのうちの一台などは運転手と思しき男が車体を磨いていた。

 信者の金満ぶりが伺える。ますます都合がいい。


 マリアは夜羽と、「説得」して取り込んだ女性信徒を連れ、正面から堂々とムア真理教本部に乗り込んだ。


 三人が本部に入ったのは昼前だった。

 昼過ぎまでは何事も無かったが、日暮れが近づく頃、建物の外まで聞こえる激しい言い争いの声が響き渡り、本部前の通行人が関わり合いにならないよう速足で通り過ぎていく。

 日が落ちると今度は駐車場に続々と車が到着し、急に呼び出された信者達が一体全体何事かと不思議そうに話し合いながら建物に吸い込まれていく。

 夜の間は、外から見れば何も変な事はなかった。

 ただ煌々と灯る建物の明かりはずっと消えず、不気味なほど静まりかえっていた。


 そして夜が明けた。


 日の出と共にムア真理教本部正面玄関の扉が開き、数百人の信者が出てくる。

 信者達は玄関から駐車場までの道へ二列に並んで道を作った。彼らは一言も喋らなかった。そうする事が絶対の使命であるかのように、淀みなく整然と動いた。


 そうして作られた道を、夜羽を背後に控えさせたマリアが進む。

 全てを許し包み込む聖女そのもの穏やかな笑みを浮かべたマリアに、信者達は涙を流しながら深々と頭を下げた。


 疑問を抱かず言われるがままに動く幾多の手足を手に入れたマリアは、運転手付きの防弾仕様高級外車に乗り込み、輝かしい朝日に照らされた街のビル群に消えていった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] これどんなふうに着地するんだ…? [一言] 夜羽くんが完全に従者になってる…
[一言] 主人公が全然出てきてない間に話が大きくなっている……。 もはや清明と幼馴染にマリアちゃんをどうにかできる問題なのか微妙っ! ていうかマリアちゃん優秀すぎる!
[一言] 振り切る所の限界が、ない所が好き
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