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「どうした、露珠。腑に落ちないという顔をしている」


 久しぶりに、屋敷の皆に都で覚えた料理を振舞いたい、と帰ってきて早々に真白は家令と共に厨に行ってしまった。いつもなら追いかけたであろう露珠に、凍牙が問いかける。

 露珠が、眉尻を下げた困り顔で凍牙を見上げ、少しの逡巡の後、真白の話への疑念を口にした。

 半妖ともなれば、見た目で狼との区別もつきがたいのだろうが、露珠には違いが良くわかる。真白の傍にいたのは、決して犬の半妖などではない。

 狼の、大神の匂いだ。


 狐の半妖である真白が、狼と犬の区別がつかないとは思えない、とまでは口にしなかったが、凍牙には伝わったようだった。


「眷属はどうした。管狐を、真白の傍には遣っていないのか」


 露珠が牙鬼の縄張りに情報収集目的で遣わしている眷族――管狐は、都へ遣っているものの数が一番多い。真白が屋敷を出て生活することに、最後まで難色を示していた露珠であれば、彼女を守るためにも常に管狐を傍に貼り付けて置きそうなものだ。


「それは、もちろんそうしたかったのですが」


 見守っている、と言えば聞こえは良いが、常時監視されている、とも言い換えられる。事実、棠棣や一族の他の鬼の下へは監視目的で管狐を遣っているのだ。

 真白には、初めのうちは管狐がいるから何かあったら連絡に使うように、と言い、都での暮らしが落ち着いてからは、本人の意思を尊重して、管狐は定期的に真白の元を訪れるだけで、常には傍にいない。当然、棠棣や一族の鬼にしているのと同様、真白には気が付かれないようにすることも可能だったが、露珠はそれをしなかった。

 真白が屋敷を出ることを後押しした乱牙に、少し()()()()しろよ、と言われたこともある。彼女を囲い込み過ぎないように、露珠なりに気を遣っているのだ。


「真白には悪いことをしました。折角帰ってきてくれたのに、あんな風に問い詰めるようなことを」


 相手が狼の半妖であれ、真白が無事なのだからこんなに取り乱さなくてもよかったのに、と、目蓋を伏せる。落ち込んだ様子の妻を慰めてやりながら、ふと気になったことを口にする。


「匂いというのは、そんなにも簡単に移るものなのか」


 凍牙の言葉に、きょとんとした後、じわじわと露珠が目を見開く。


「それは。あら、まあ……」


 相手が狼の半妖だということを忘れたように、高揚から少し喜びさえ混じる表情になっていく露珠とは裏腹に、今度は凍牙の表情が険しくなる。その表情を見た露珠が、くすくすと笑い声を漏らすのを見て、凍牙が不満そうに腕を組む。


「まあ、凍牙様。まるで娘を嫁にやる父親の様なお顔を」


 凍牙の組んだ腕を取って露珠が笑いかける。笑顔が戻った妻に、凍牙の表情も緩む。「娘を嫁にやるような」と言えるほど強い感情ではなかったが、やはりある程度は気になるものらしい。一番真白の親代わりのようにしていた高藤あたりが聞いたら、表情こそ変えないものの、内心穏やかでないだろうと思う。都まで相手を確認しに行きそうなのは乱牙だが。

 そこまで考えて、露珠を嫁に出すときの露珠の父は、それらとは違う決意だっただろうと思い至る。


「凍牙様、昔のことを?もうお気になさらないでと何度も申し上げておりますのに」


 思わず真剣な顔になってしまったのだろう、考えを見透かしたらしい露珠に釘を刺されてしまい、凍牙が苦笑する。そうだったな、と表情を緩めて妻の髪を撫でると、少し目を細めて軽く頬を寄せてくる。

 少々荒れていた妻の機嫌が直ったようで、凍牙は安堵する。

 真白のことはそれなりに大切には思っているつもりだが、露珠とは比べるべくもない。


「真白に謝って、都での話を聞かせてもらいましょう。ヒトや、その――お友達と、楽しく過ごしているのかしら」






「真白。露珠様の話、隠していることはないんでしょうね」


 高藤が、大根の皮をむいている真白に声をかける。高藤は高藤で、露珠があれだけ反応する狼の匂いに、真白が全く気付かないということがあるのか、という疑念があったのだ。

 真白は、食事を作る前に、家令の用意した湯を使い、露珠が用意していた新しい着物に袖を通している。六花の模様のあしらわれたそれは、牙鬼への貢物の中から露珠が選んで仕立てた物だ。


「……気が付かなかったの。犬だって言うから、そうなんだって。匂いだって、そんなに、気にならなかったし。四郎はね――!」

「四郎」


 思わず口にしてしまった友人の名前を、平坦な声音で繰り返されて、真白はぴたりと口を噤む。


「雄ですか、その半妖は」

「えっと、うん、男の子……」


 何故か「お友達」が男だとは考えていなかった高藤が、衝撃から立ち直れないでいると、厨の戸がそっと開かれ、露珠が顔を出した。


「真白。さっきはごめんなさい。帰ってくるなりあんな……。別に、狼と交流があったって、あなたが無事ならなんの問題もないのに」


 と、そこまで言って真白の顔を見た露珠が、その涙に気が付いて駆け寄る。真白を抱きしめて涙をぬぐってやりながら、ごめんね、と露珠が繰り返すと、真白がふるふる、と首を横に振って「ちがうの」と小さく呟いた。

 屋敷を出てもちゃんと暮らせている、という自信と、久しぶりに凍牙や露珠に会えるという嬉しさで、意気揚々と帰ってきた。それが、想像とは違う流れになってしまったので単純に悲しくなってしまったのだ。そして、そうなった理由が自分の考えが甘かったせいだと気が付いて、さらに落ち込んでいた。

 露珠を始めとして、妖狐が狼を好まないのは知っていた。自分自身も決して好きなわけではなかったが、それは折角仲良くなれた友達を突き放すほどのものではなかった。犬の半妖だと言われて、疑わなかったわけではなかったけれど、それを見てみぬ振りをすることに大きな戸惑いはなかったのだ。露珠のことが頭に浮かんだこともあったけれど、言わなければそれが知られるとも思わなかったし、黙っていればいい、とそう考えた。露珠がこうも簡単にそれに気が付き、こんなにも大きな反応をするなんて思いもよらなかったのだ。露珠の嫌がることをしてしまった、という後悔が押し寄せてきていたところに、高藤の想定外の反応が加わって、遂に涙を零してしまったのだった。


「嘘ついてごめんなさい。露珠様」


 狼の半妖かもしれないって、思ってた。と、泣きながら言う真白を抱きしめたまま、露珠がもう一度「ごめんね」と囁く。


「狼だって、真白が嫌じゃなくて、仲良くできてるなら、何の問題もないの。嘘をつかせてごめんね」少し身体を離して、露珠が真白の涙を拭う。「その子との話を聞かせて。他にも、仲良くなった者はいるの?義明は、良くしてくれている?」


 露珠の問いかけに頷きながら、短く答えているうちに、段々と真白に笑顔が戻る。その様子を見ていた高藤が、声をかける。


「続きは食事の時か、作りながらにしましょう。そうでないと今夜中に食事にありつけませんよ」


 露珠が一緒に作る、と言うので、いつかのように真白と露珠が並んで厨に立つ。高藤もそこに混じって、三人で食事を作るのを見て、家令は厨をそっと出た。


 真白が料理をし始めた頃はまだ幼かった。露珠はあまり料理が得意ではないし、料理を覚えようとする真白には高藤か家令が付きっ切りだった。屋敷を出る前には、一通り料理ができるようにはなっていたが、その頃に比べても手際も良くなり、作るものの種類も増えている。

 高藤が、それを褒めると、真白は今でこそ社のある神域内で夜を過ごすことが多いが、始めの頃は義明の家やその縁者の家に世話になることが多く、その時に炊事場に出入りしてヒトに教えてもらったという。


「夜は一人で過ごしているの?」


 てっきり、常に義明かその縁者の世話になっていると思っていた、と露珠が言う。


「ううん。一人のことはあんまりないかも。お社の傍で、皆で寝てる。義明さんも、皆良くしてくれるけど、お家帰れない友達もいるし、皆で一緒に居たほうがいいかなって。私がいれば、お社の傍で寝泊りできるし」


 神域内には、露珠を祭る社の他に牙鬼を祭る社も建ててある。その他に、真白が生活できるように小さな家も建てられている。遷都して幾年、一度も姿を見せなかった守り神が姿を見せ、その妻の存在も明らかになったことは、帝を始めとして、都の者を安堵させた。それが帝の使者であった義明を助けたとあって、遷都の経緯から鬼神の機嫌を図りかねていた帝とその周囲は大いに喜んだ。約束どおり、露珠のためだけの社を建てつつ、牙鬼に対しても礼を尽くす形で新たに社を建てたのだ。


 真白のための家は、小さいながらも快適に調えられていて、どうやらそこに、行き場のないヒトや半妖の子供が集まっているらしい。

 一緒に生活しているのであれば、狼の匂いが付くのも納得がいく。狼の半妖とだけ特別に親しい訳ではないということに、高藤を始め皆ほっとする。露珠だけは、そこに少しだけ残念な気持ちがないわけではないが、やはり、相手は狼でないほうがいい。


「四郎がね、一番最後に来たんだよ。ぼろぼろで、神域の外で何日か寝泊りしてたみたいだったから、真白がおいでって声かけたの」


 招き入れた真白の元で暫く過ごした後、怪我や疲労が癒えてから一度出て行き、その後また戻って今度は、真白と一緒に生活している子供たちの面倒を見るようになったらしい。

 後に四郎が真白に話したところによると、ヒトであった母が亡くなった後行く当てもなく彷徨っていたところに、真白が声をかけたらしい。母親はどうやら住んでいた村で何か罪を犯したらしく、村人に追われる形で村をでて亡くなったらしい。その辺りは四郎が話したがらないので、真白も詳しく聞いてはいないという。


 その後、作った食事を皆で囲みながら、真白は義明たちとのやり取りや、一緒に生活している子供たち、参拝に来る人々との話を楽しそうに話す。特に子供たちとの関係は、巫女と孤児、ヒトと半妖という立場や種類を超えて友情を育んでいるようだ。ヒトだけでなく他の半妖とも交流があるのは真白の寿命を考えても良いことだ。

 真白が目を輝かせて話す様子を、露珠は目を細めて見つめる。想像以上に上手くやれているようで安心するが、寂しさがないといったら嘘になる。いずれ、真白は露珠の年齢を超える。生まれてからの経過年数という意味ではない。寿命の差は、そのまま成熟までの早さの差でもある。ずっと手元には置いておけない、と分かっていたけれど、やはり寂しい気持ちは拭えない。


 真白を見ている露珠の様子を 凍牙はそっと眺めていた。


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