表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/27

(1)

 昔、都が今よりも西にあった頃、都を守護する鬼神は今よりもずっと人々に近く、都を訪れては市井を騒がせることが度々あったという。圧倒的な力を持つ鬼神は他国の侵略や外の神々から都を守り人々からの信仰を集めたが、同時にその強大な力を恐れられてもいた。

 帝は鬼神を崇め、鬼神は基本的にこれを助けたが、それにより鬼神を疎む貴族もある。気まぐれな鬼神の動きや、敵を葬るときの余波で犠牲になる民もいることで、治世が安定するにつれ、鬼神の力に頼り続けるかどうかについて人々の意見は割れた。

 そのような折、入内を控えた有力貴族の娘が鬼神に攫われるという事件が起きる。娘を攫われた貴族は、その娘を使って帝の権力を手に入れようとしており、代々帝に与する鬼神を邪魔に思っていた。そして、娘が攫われたこの機会を逃さず、帝に鬼神討伐を強く進言する。

 承和(そが)帝は、既に宮中で大きな権力を持っていたこの貴族の訴えを退けることができず、四天王と呼ばれる武官を鬼神討伐に差し向けた。


 そして――


 四天王は返り討ちにあい、その首は都の四つ角にそれぞれ晒され、鬼神の怒りと呼ばれた長雨に悩まされた。娘を攫われた貴族は失脚、暗殺され、武力の要であった四天王を失った承和帝は四の島へ配流。承和帝の弟の息子が新たな帝となり、東へ遷都、改元することとなった。




「え――?でも、今も牙鬼様は都を守ってくれているんでしょ?そう聞いたよ」


 話を聞いていた子供から疑問の声が上がる。私も聞いた、と同調する子もいて、そうだそうだ、と場が盛り上がる。


「そうね。でも、遷都した常盤帝が赦しを得るために手を尽くして、その後の帝も皆牙鬼様を崇めてきたの。それで、今でもここは牙鬼様に守られているのよ」


 集まった子供たちに、この都が出来た経緯を語って聞かせていた女が答える。


「でも、誰も牙鬼様を見たことがないんでしょ?」

「都がここになってからは、一度もお姿を見せてくれないって」


 ここでこの話を聞くのが何回目かになる子供が、鼻を膨らませて言う。ここで聞いた話を子供から聞いた大人とどのような話をしたのかよくわかる。


 以前のように人々が鬼神を恐れすぎないように、姿を見せないよう配慮してくださっているのよ――と、お決まりの台詞を口にしようとしたとき、いつもとは違う言葉がそれを遮った。


「偉い人が会ったんでしょう?それで、都の東側に新しくお社を建ててるんだって。おかげで仕事に困らないって、父ちゃんが言ってた。牙鬼様だけじゃなくて、狐のお社もだって。半妖の巫女様が来るって聞いたよ」



 ★★★


 居室で胡坐をかき、その中に白い狐を収めた部屋の主は、その毛並みを優しく撫でている。その者の額には、左右に二本の角が生えていて、彼が鬼であることを表している。

 ヒトの都を含むこの辺り一体を縄張りとする牙鬼一族の頭、凍牙だ。

 そして、その膝の中で寛いでいるのが、その妻であり銀露と言う妖狐、露珠である。

 凍牙や、屋敷内のものにあわせて人型を取っていることが多い妻が本来の姿で寛ぐ姿は、凍牙にとって、妻が自分に心を許している証でもある。それが自分の膝の中ともなれば、それはこの生活の幸せの象徴と言っていい。


 二人――特に露珠が、我が子のように可愛がっている半妖、真白が、都から帰ってきたらしいことを、屋敷の雰囲気から察した凍牙は、膝の中の妻の様子をうかがう。真白が挨拶にくるか、それより前に気がついた彼女が人型に変化して真白を迎えるだろうことを、彼はわかっている。

 この時間がここで途切れるのは残念だが、それを阻むほど狭量ではないつもりだ。真白を外に出すことに最後まで難色を示していた露珠のこと、真白の帰宅を知れば喜ぶだろう。


 鬼である凍牙や高藤、妖狐である露珠、そして半鬼である乱牙。屋敷にいるもので最も若く、最も寿命が短いのが半妖である真白だ。寿命の違いはそのまま成長の違いでもある。いずれ皆、真白に年齢を追い越される。最も急激に成長する真白が、いつか屋敷から出たがるだろうとは、言葉にせずとも皆認識していたように思う。一番良く真白の面倒を見ていた高藤などは、いずれ真白を嫁に出すつもりのようであった。

 それでも、恐らく露珠が思うよりずっと早く訪れたその時に、彼女は酷くうろたえた。ヒトであっても、やっと親元を離れて働くことがあるかどうかくらいの歳だろう真白は、初め乱牙と共に旅をしたい、と言っていた。


 乱牙は暫く屋敷で生活を共にしていたが、凍牙が縄張りの維持と牙鬼の統率の意思を見せると、その手助けのために凡そ月の半分は縄張り内を移動して様子を見てくれている。他の牙鬼の鬼と会うにしても、凍牙が出向くよりは半鬼である乱牙が行く方が、何かと都合が良いこともある。屋敷を出て生活していたこともある乱牙は、凍牙よりも世情に詳しく、その辺りも含めて適任だった。


 その際、外で生活していた頃に一緒に旅をしていた仲間と合流することもあるようで、屋敷を出ようかと考えていた真白を乱牙が誘ったようだった。半鬼である乱牙の仲間には半妖もおり、他の妖やヒトとの交流を求めていた真白には丁度よいと思ったようで、凍牙も同じ考えだった。

 しかし、表立っては反対しないものの、あっさりとは頷けない様子の露珠のために、すぐではなく、行き先が近場である時にとりあえず付いていってみる、ということで数ヶ月先延ばしにしていた折、その知らせはあった。


 都から末黒への道程、屋敷のある山を抜ける際に妖に襲われていたところを露珠に助けられたという都の役人が、無事に役目を果たして都へ戻ったということで、約束どおり社を建てたという。「狐」や「銀露」ではなく、露珠個人に向けた祈祷を感じたことと、都へ遣わしている管狐がその知らせを持ち帰ったことでわかった。屋敷から近い都で、しかも露珠を祀る社の神域内であれば危険も少ない。乱牙に付いていくことに比べて行き来も容易であり、真白が求めていた他者との交流も持ちやすい。元々ヒトと生活していた真白も喜んだし、露珠も納得したようなので、都の役人の庇護も得て、真白はその社に使える巫女として都で生活し始めたのだった。

 初めの頃は、時折社に出向いていた露珠だが、真白が生活に慣れたころからは、真白が屋敷に戻るのを待つようになった。



 いつ気がついて、人型になって笑ってくれるだろう、と撫でる手はそのままに露珠の様子を見ていると、急に、その体が倍に膨らんだかのように思えた。

 全身の毛を逆立て、顔を上げた妖狐の瞳に、青い攻撃色が混じる。ぐる、と小さな唸り声さえ聞こえて、妻が怒ったところなどほとんど記憶にない凍牙は驚く。


「どうした、露珠。真白になにかあったか」


 凍牙からかけられた声に我に返った露珠の異様な警戒が霧散した。




 玄関では、高藤と家令が真白を出迎えていた。

 そこに、露珠だけでなく凍牙まで現れたことに、三人が驚く。露珠以外の誰のことも、凍牙が玄関まで出て出迎えることなど滅多にない。


「凍牙様、どうかなさい……」


 高藤が言い終わる前に、露珠が真白に駆け寄る。


「真白、無事なの?怪我は――」


 真白の頬を両手で包みこんで顔を覗き込んだ後、肩、腕、体、と恐る恐る真白の状態を確認する。衣の乱れもなく、怪我をした様子のない真白への露珠のその行動に、高藤も家令も困惑の色を隠せない。

 ちら、と高藤が凍牙の様子を伺うが、凍牙はそんな露珠の様子を静かに見ているだけだ。真白だけは、居心地が悪そうに体を揺らした。



「狼の匂い?」


 玄関先で話し込むこともないだろう、という凍牙の言葉に座敷に移動した四人は、家令が煎れたお茶を飲みながら、露珠が異常なほど真白を心配した理由を聞いた。


 妖狐にとってオオカミは天敵だ。

 狐にとって狼が天敵なのと同様、そのものが神性を帯びる大神オオカミは妖狐にとってもそうだ。その昔、都のさらに南西にある四の島で、オオカミとの争いに敗れてこちらに逃げてきて以降、その溝は決定的なものになっている。

 最近は都でも、凍牙の妻が妖狐であることに配慮して、狼は都の外に追われている。


 その、都にはいないはずの狼の匂いを、露珠は真白から感じたという。妖狐との半妖である真白にとっても、当然狼は天敵であり、狼の匂いをまとって帰宅した真白が怪我をしているのではないかと慌てたということらしい。

 実際のところ、真白には傷一つなく、本人曰く狼と接触した覚えもないという。もしかしたら、と視線を右上にして考えている様子だった真白が言う。


「友達ができました。犬の半妖で――」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ