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 日差しをキラキラと反射する雪の上を、真白が乱牙に抱えられるようにして木の板に座って滑り降りてくる。もう何回目かになるそり滑りでも、真白は全く飽きないようで、終わるとすぐに乱牙に次を強請っている。


 牙鬼の縄張りの再確認も済み、露珠の眷属による様子見も滞りなく進んだことでここ数日は穏かな日が続いていた。天気が良かったこともあり、露珠の提案と真白の要望で皆で雪遊びに出てきたのだ。

「真白様に、いつお渡ししたものか悩んでいたのですが」と外出の予定を知った家令がこの冬のために作っていたと渡してきたそりを使うために、開けた斜面を探して思わぬ遠出になっていて(近場の山の木をなぎ倒して開けた斜面にしようとした凍牙と乱牙を、「雪崩になります」と露珠が止めた)、それもまた真白が高揚している原因でもある。


 そり遊びが始まる前には、気合が入りすぎた真白が前日から高藤と家令を巻き込んで作った食事を、ヒトがするように檜で作った容器に入れてもってきたものを皆で囲んで食べた。屋敷の主人である(凍牙)は定期的な食事を必要としないし、露珠は雪深い山奥で暮らしていて食べ物にあまり興味がない。そのため屋敷内の食事は専ら真白、時折乱牙のために家令か高藤が作っていて、屋敷に来た初めの頃から、真白はそれを手伝っている。


「真白!!足を開きすぎです、はしたない」


 高藤が真白を叱る声がする。屋敷に来る前から、真白の世話を一手に引き受けてきた高藤は、正式に屋敷の住人となった真白にある程度ヒトに近い教育を施そうとしているようで、誰よりも作法に煩い。


「いいじゃねーか、高藤。まだ子供だろ。あんまり口うるさくしてるとそのうち真白に嫌われるぞ」

「そういう問題じゃない。そもそも乱牙がそうやって甘やかすから――」


 真白を挟んで乱牙と高藤が言い合う。その様子をそりの軌道からは少しそれたところで見ていた露珠が、口元を袖で隠して笑う。


「お母さんみたい、高藤」間でぴょこぴょこ耳と尻尾を動かしている真白を微笑ましげに見る「乱牙は真白のお兄さんみたいだし」


 笑みの絶えない傍らの妻を見て、凍牙も表情を緩める。


「嬉しそうだな、露珠」

「だってほら――家族みたいで」


 自分の方を向いた視線を捕らえて、凍牙が頷く。


「――そうだな」



 こちらの様子を見ていた二人が、顔を見合わせて笑いあう姿を視界の隅にとらえて、乱牙はほっとため息を吐く。露珠と凍牙の仲について傍から心配するのはそれなりに気疲れもする。割り切ったとはいえ、乱牙は何かあったら凍牙に代わって露珠を守るつもりでいる。同じように凍牙たちの方を見て表情を緩めた高藤もまた、二人の様子に安堵しているようだ。

 互いが同じことを考えている、と察した乱牙と高藤がさっと視線を交し合う。


「ったく、厳しく躾けて嫁にでも出すつもりかよ」

「嫁……」


 高藤は、最終的にどこで暮らすかわからない真白を、ヒトの住む場所でも生活できるように、とのつもりでいたのだが、「嫁に出す」などと具体的に言われると、全く想定外、という気になる。

 茶化したつもりの乱牙は、高藤の真顔に思わず自分の言葉を頭の中で反芻する。真白がヒトの男と結婚して屋敷を出るという想像を、自分自身も全くしていなかったことに驚いている。屋敷に暮らす者の中で、真白の寿命が圧倒的に短い。ずっと、皆の子供として暮らすのは真白にとって幸せなのか。

 それに、と乱牙は自分の傍らの半妖を見やる。凍牙は真白を子ども扱いしない。庇護対象として優しくはあるが、露珠のそれへの下位互換であって、子ども扱いとは少し違う。だから、上手いこと子ども扱いして遊んでやれる乱牙や露霞に懐いているのだが、かといって真白が凍牙を苦手なわけではもちろんない。むしろ、真白は一番凍牙を慕っていて、その憧れが強すぎて乱牙にするような気安い態度をとれないだけのように見える。真白が現れた当初の露珠の懸念が、彼女の成長によって現実のものにならないか、真白の結婚から思考がそれた乱牙は、今度はそちらが気にかかってくる。


 自分を挟んで頭上で言い合っていた二人の唐突な沈黙に、真白が顔を上げて様子を伺う。


「高藤様、真白ちゃんとするからもう少し遊びたい」

「いつもいい子にしてるもの、たまには良いわよ、ね」


 いつの間にか、真白たち三人の傍に露珠と凍牙が来ていて、露珠が屈んで真白の手を取る。


「ね、凍牙様に頼んで、今日はちょっとだけ特別な遊びをしようと思うんだけど」


 この場の誰よりも、子供のような表情を浮かべた露珠が、「ね」と凍牙を振り返る。


「雪崩に乗って駆け下りるの」


 乱牙と高藤の唖然とした顔と、露珠の悪戯っぽく笑った顔を交互に見た真白が「やる!!」と言って露珠に飛びついた。


「じゃあ、凍牙様、あのあたりに、お願いします」


 本当にやるのか、と半信半疑だった様子の凍牙も、露珠が満面の笑みで雪山へ衝撃を与える箇所を指差すので観念して指先に力を集める。


「凍牙様、まさか」

「本気かよ、露珠」


 動揺する高藤と凍牙を尻目に、露珠は抱き上げた真白をそりに乗せて「大丈夫、とっても気持ちいいから」と微笑んだ。




「兄貴、加減ってもんがあるだろ……」


 雪の中から半身を出して、乱牙が恨めしげに凍牙を見上げる。乱牙よりは上手く雪から這い出していた高藤を、凍牙が引っ張り出している。


「雪崩の規模の加減など知らん」


 乱牙の非難に少し気まずそうに答える凍牙を、真白とそりから降りていた露珠が振り返る。


「凍牙様、とても良い塩梅の雪崩でした。ね、真白?」


 上手く真白と雪崩に乗っていた露珠が、涼しい顔で真白に同意を求める。


「うん!とっても楽しかった!!飛んでるみたいだったね」

「……露珠様、このような遊びを真白に教えてもらっては困ります」

「高藤も乱牙も、自分が上手に乗れたら絶対楽しむと思うのだけど」


 真白のためか、自分のためか、苦言を呈した高藤に、露珠が少し不満げに口を尖らせた。


「冬の間だけだ」


 ()()()()を楽しんでいた露珠と真白を庇うように凍牙が言う。今までの露珠なら、雪崩を起こすために――しかも、その雪崩に乗って楽しむために――凍牙に頼みごとをするなど考えられなかった。それがこんなにも気安く行われたことに、見かけによらず浮かれている凍牙だった。



 あの後二度ほど雪崩に乗って屋敷に帰ってきた五人は、それぞれ部屋で休んでいた。雪遊びは見かけよりも体力を消耗するし、慣れない動きをした乱牙と高藤は疲れきっていた。真白は帰り道で既に眠ってしまい、凍牙の腕の中で幸せそうに寝息を立てながら帰ってきたのだった。


「疲れていないのか」


 乱牙や高藤があれだけ消耗していたのに、涼しい顔をしている妻に凍牙が問う。


「慣れておりますもの。雪遊びには疲れないコツがあるんです。それに」


 露珠が、部屋の外に気をとられて言葉と途切れさせる。気がついた凍牙が障子を開けてやると、管狐が部屋に滑り込んでくる。

 首に大きく巻きつくようにした管狐からの報告を受けて、露珠が凍牙に向直る。


「あの、大蛇の件ですが」


 紅玉を持っていなかった露珠の通った経路上の妖を、凍牙より先に消して回っていたのは露霞であることが分かっていた。しかし、凍牙が最も気にしていた、大量の露珠の血を摂取したはずの大蛇の行方はその露霞も知らなかった。そこで、牙鬼の縄張りの見張りに加えて、管狐に大蛇の行方を追わせるよう露珠に頼んでいたのだった。


「足取りが全くつかめない、と。あの湖にいないことは間違いないのですが、移動の形跡もないようで。それから、以前ご報告した義明なるヒトですが、どうやらあの大蛇への貢物を運んで居たようです。大蛇の不在を知っていたのかどうかは分かりませんが……」


 大蛇の件をこれ以上探るかどうか、すぐには決めかねて、凍牙が考え込む。しかし、影見()縁の大蛇はヒトにとって比較的近い存在で、都への影響も大きい。大蛇の不在がヒトの動きによるものか否か、都を縄張りの範囲内としている凍牙にとって見逃せる問題ではなかった。


「露珠、都へも探りを入れられるか?」

「はい、やってみます」


 鬼や妖を探るのとは違い、ヒトの多く住むところへ眷属を放つのはまた別の難しさがある。特に、都ともなると対妖に特化した神職も多く、対処が難しい。基本的にヒトは妖との共生を目指しているようだが、何事にも例外があり、ヒトの多い都ではその例外の絶対数が多いのだ。


「したいこともしたくないことも、聞かせて欲しい」

「大丈夫です、凍牙様。都を探ることに、何の戸惑いもありません。そのことではないのなら」


 露珠が珍しく強い視線で凍牙を見つめる。


「私の願いをいつも叶えていただく必要はないのです。希望通りにならないことがあると分かれば、私はもっと我儘になれます」


 その言い様に虚を突かれた凍牙がまじまじと露珠を見つめる。


「逆ではないのか、それは」

「いいえ。どのような願いでも叶えようとしてくださると思ったら、怖くて滅多なことを言えないではありませんか」

「……そういう、ものか?」

「はい。そういうものです。だって凍牙様、先ほど凍牙様が仰ったのだって」


 同じ意味ではないのですか、と言いながら、そろりと凍牙の傍に近寄ってきていた露珠そっと腕をとって寄り添う。凍牙から傍に行くか、凍牙に呼ばれるか。凍牙に対しては受身だった露珠が自らこうするのは珍しい。


「しばらくこうしていても?」

「あぁ」


「また二人でお出かけしてくださいます?」 

「あぁ」


「雪崩遊びも」

「……あぁ」


「では毎日」

「……」


 笑いを堪えた露珠の肩が揺れて、凍牙は露珠の意図を察する。


「毎日は、困る」

「はい」


 凍牙を見上げて露珠が笑う。


「なるほど」


 思案した風の凍牙が、露珠の腰に手を回して抱き上げる。突然のことに驚いた露珠が目の前の凍牙の頭を抱きこむようにしがみついたので、座っている凍牙に露珠が乗り上げている格好になる。


「と、と、凍牙様っ」


 珍しく慌てた様子で、露珠が声を上擦らせる。変化を解いているときとは違い、完全に凍牙を踏んでしまっているようで恐れ多いし、自ら凍牙を胸に抱きこんでいる形なのも少々どころかかなり恥ずかしい。そこを離れようとすると、足に力を入れざるを得ないが、それはそれで凍牙を更に足で踏みつけるようでよろしくない。

 短時間に色々と考えてしまい動けなくなった露珠を、今度は凍牙が見上げる。


「ずっとこうしていても?」

「あ、は、はい」


 条件反射で肯定すると、凍牙がくつくつと笑う。まだ先ほどのやり取りが続いていることに気がついて、露珠が聞き返す。


「ずっと?」

「ずっと」


「夜まで?」

「夜になっても」


「……朝、まで?」

「もっと」


「……もう、少し、短くしていただくわけには」


 ためらいがちな、拒否ともいえないような露珠の言葉を聞いて、凍牙が露珠を下ろしてやる。露珠が凍牙に乗っている状態は解消されたものの、凍牙は腕の中に露珠を囲い込む。


「慣れが必要そうだな、お互い」


 いつもどおりの位置から、想像以上にやさしい凍牙の表情を見上げながら、露珠が頷く。


 見つめ合って笑う二人の周りを、管狐がくるくると回った。





これで二章が終わりです。

ここまで読んでいただいてありがとうございました。

次が最終章の予定です。

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