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 自ら折った鬼の角と鹿の角を乱牙に持たせ、凍牙が露珠を抱き上げる。


「凍牙様、私……」


 身体を起こして謝ろうとする露珠を、凍牙が視線で制すが、それは先ほどのような冷たい物ではなく、後悔と心配が混じっているように見えて、露珠が思わず手を伸ばす。


「……すまなかった」凍牙が伸ばされた露珠の手に頬をそっと寄せた「お前のこととなると、感情的になりすぎる」


 視線を逸らして目を伏せた凍牙が、今後のことを考えればお前がした判断が一番利になる、と少し眉根を下げて申し訳なさそうな顔をする。出かかった謝罪を飲み込んだ露珠が、凍牙の胸に身体を預けた。


「助けてくださって、ありがとうございます。すぐに来てくださると思っていたから、何も怖くありませんでした」


 同時に大きく息を吐いた二人が、互いに肩の力が抜けたのを感じて、凍牙と露珠がそれぞれ小さく笑みを浮かべる。洞窟の出口へ向かいながら、二人の様子を気にかけていた乱牙がそれをきっかけに声をかける。


「あいつら、放っておいてよかったのか?おとなしくしてろとは言ってきたが、言うこと聞くとは思えない。もう一度楯突いてくるとは思わないが、逃げるくらいはしそうだ」


 自分が抱えた角を眺めながら、乱牙が問う。鬼についても銀露についても、渡る相手によっては厄介な情報を持っている二人に逃げられるのは面倒だ。それは凍牙もわかっていたことだが、今屋敷やその周辺にあの二人を置くなどして、傍をうろうろされたら殺さずにいる自信がない。


「逃亡を阻止することはできないかもしれませんが、逃亡の検知と逃亡先の確認でしたら、私の眷属に」


 この事態を招いた自覚がある露珠が、おずおずと申し出る。「眷属?」と聞き返す凍牙と乱牙の目の前を、煙管のように細長く、煙の様に尾の先が揺らめく狐が数匹行ったり来たりする。


「管狐です。力は弱いですが、かなり遠方でも使役可能で、監視程度なら問題ないかと……」


 自信なさ気に語尾が消えるのは、露珠が実際に管狐を使ったことがほとんどないからだ。白露や血以外で凍牙の役に立ちたい、と元々眷属を持たなかった露珠が最近になって眷属化したのが管狐で、遠方に長期間放った場合の消耗等、やってみないと分からないこともまだ多い。

 ただでさえ酷い怪我をしている露珠に、これ以上妖力を消耗させるようなことはさせたくない凍牙は当然、いい顔はしなかったが「私が眠ってしまっても、このまま連れ帰ってくださるでしょう?」と露珠に甘えられて、渋々提案をのんだ。


 管狐を放ってすぐに腕の中で眠った露珠を見て、凍牙が小さくため息をつく。


「責任感じてたんだろ。許してやれよ」

「……露珠にではない」

「あぁ、まあ、そうだよな」


 凍牙の横から露珠を覗き込んだ乱牙が渋い顔をする。目を閉じているから分かりにくいが右目の怪我と、首、衣の上からだけでも左足の怪我の状態が酷いことがわかる。棠棣に露珠を殺すつもりがなかったのはよくわかるが、苦痛を与える目的の傷は命を奪う目的のそれより痛々しい。何より、露珠がこうなるまでの判断の間違いと、守りきれなかった力不足に凍牙が苛立っているということが、乱牙にはわかった。


「親父みたいにはいかねぇもんだな。力でいったら兄貴のほうが強いだろ」


 少し驚いた顔で、凍牙が乱牙を見る。最強の鬼、といわれた晃牙だったが、純粋な力で言えば実は凍牙の方が強い。晃牙が最強と思われているのは、鬼の力に加えて、その好奇心と社交性から来る他の鬼や他種族との駆け引きの巧妙さからだ。力が強くても、周りへの影響を考えると全力を出すことはほとんどなく、むしろその力を制御することの方に神経を使うことが多い。力の使い方の緻密さも、また凍牙が晃牙に及ばないところだ。


「そうだな。少し、やり方を変えなければと思っている」


 素直に同意し、今後についてまで言及した凍牙に、今度は乱牙が驚く。


「そういうことには、興味がないんだと思ってた」

「興味はなくとも、必要らしい。……手伝え、乱牙」


 大きく目を見開いた乱牙が、凍牙を見上げる。この兄が、自分の力を必要とするなど想定外で、自分でも驚くほどの強烈な喜びが身体を巡る。兄弟関係で色々拗れていた露珠や朱華を見ていて、他人事の様に思っていたが、自分もそれなりに凍牙に思うところがあったらしいことを乱牙は知る。


「まあ、気が向いたらな」


 わざとそっけなく返事をしてしまうくらいには、乱牙は舞い上がっている自覚がある。


「兄弟仲が良くて何よりだな」


 背後の洞窟の中から声がして、露霞が出てくる。


「彼らとの内緒話は終わったんですか?待っていたんですよ、義兄上」うっすらと微笑んだ凍牙が、露霞に近づき睨め上げて言う「何発殴れば、泣いてくれますか」




 露霞を連れて屋敷に戻った凍牙と乱牙は、その帰宅を待っていた高藤と真白に出迎えられた。出迎えの段階で既に半泣きだった真白は、凍牙が露珠を連れているのを見て本格的に泣き出し、その後露珠の怪我に気付いてしゃくりあげて取りすがろうとして乱牙に宥められた。高藤は努めて平静に凍牙達を迎え入れ、露珠を休ませる用意を家令と共にした後、徐に凍牙に露霞への攻撃の許可を求めて「後にしろ」とこれも宥められていた。


「義兄上」


 露珠を寝かせた座敷に自然と全員が揃う。邪魔しないから、と真白が眠る露珠の足元に陣取った。凍牙は露珠の頭側に座り、乱牙は庭側の廊下近くに。高藤は部屋の隅に控えているが、何かあったときにすぐに露霞に切りかかれる体勢を維持している。

 それぞれがなんとなく己の場所を確保する中、部屋の中ほどで所在なげにしている露霞を、凍牙が視線で促す。少し逡巡した後、露霞は静かに露珠に近づくと、そっと手を露珠の右目に近付けた。右手に持っていた白露が、その怪我に溶け込むように消える。傷が癒されたことに反応してか、露珠が目蓋を震わせその両目を開く。光を取り戻した右目が露霞を視界に捕らえると、露珠が身体を起こそうとする。

 露珠が何かを言う前に、立ち上がった露霞がその場を離れ、凍牙に何かを手渡す。


「後はお前がやってくれ」


 受け取った凍牙が、身体を起こした露珠を支えるようにして、手の中のものを手渡す。

 露珠は凍牙の手を経て渡された白露をまじまじと見つめて、その混じり気のない白さと真円さに見入る。

 見ているほうが心配になるようなゆっくりとした瞬きの後、露珠の声が静かな座敷に響く。


「こんな綺麗な白露……お兄様、これは」


 露霞を見つめた露珠の言葉が詰まる。露霞は視線をあちこち彷徨わせたあと、観念したように露珠に向き合う。


「俺の、白露だ。山に居たときから、隠れて泣いていたのを取っておいていた。見つかりたくなくて」

「どうして……?お話になってくだされば、きっと――」


 露霞がゆっくりと首を振って、小さく、しかしはっきりと続ける。少し微笑みすら浮かべて紡がれたその呟きに、露珠は胸を詰まらせた。


「銀露でなくても、愛されたかった」


 厳しくされたのが辛かったのではない、銀露でなければ愛さない、と言われ続けているようでたまらなかった。


 絞り出されたその告白に、露珠は言葉が出ない。

 棠棣も、朱華も、きっと同じだった。鬼でなくても、銀露でなくても愛されたい。

 露霞や彼らより、余程恵まれた環境にあった露珠さえも、その呪縛から逃れられなかった。銀露として有用であることを、晃牙や凍牙に示そうと必死だった自分を思い出す。白露を、血を、紅玉さえ、差し出さないとここにいる意味がない――。


 かける言葉を見つけられないまま、それでも兄に呼びかける。


「お兄様、私は」

「山の親族たちも、別に俺が銀露じゃなくてもよかったのかもしれない。銀露かどうかを確かめたがったのは、俺のためだったのかも、と思わなくもなかった。それに、お前は。俺が銀露であるかどうか、聞かなかったし、試そうとさえしなかった。それに救われた、と思う」


 言い終えて、一瞬ばつの悪そうな表情を浮かべはしたものの、すぐにそれを消して、露珠の手元の白露を顎で示す。


「使えよ、露珠。お前の夫が俺に頭を下げてまで手に入れた白露だぞ」


 凍牙への皮肉と露珠への牽制を込めた露霞の言葉に、露珠は驚いて隣の凍牙を仰ぎ見るが、凍牙は涼しい顔をして白露を勧めてくる。


「お兄様、凍牙様、ありがとうございます」


 露珠が白露を飲み込み、棠棣につけられた傷や痕が見る見るうちに治る。足元に居た真白がぱっと露珠に飛び込むようにして抱きついてきたのを、露珠が受け止める。


「心配かけてごめんね、真白。怪我、治してあげる」


 抱きしめた真白の顔を覗き込んで、目蓋の傷を見ながら露珠が言うと、真白が大きく首を横に振る。


「大丈夫、痛くないし、露珠様にしてもらうより時間かかるけど、治るよ。だから泣かないで」


 泣かないで、の言葉の意味に、一瞬泣きそうに顔を歪めた露珠が真白を思いっきり抱きしめて、その肩口に顔を埋める。苦しいよ~?と笑った真白が、いつも自分がされているように、露珠の頭をぽんぽん、と撫でた。



 ★


「大丈夫かしら、高藤も、お兄様も……」


 心配そうに外を見る露珠の視線は、庭よりももっと遠くを見ている。


「大丈夫だろ、凍牙も一緒だしそんなに心配することねーよ」


 露霞の処遇をどうするかと凍牙から問われて、こと自分への加害だけに済まなかった今回の事態に、露珠は凍牙の判断に任せる、と答えた。少し考える素振りを見せた凍牙が、「本当に良いのか」と念を押し、露珠がそれに頷くと、凍牙は高藤と露霞を伴って外へ出ていったのだった。どうやら、露霞に対して不完全燃焼な高藤に、もう一度露霞と戦わせるらしい。どちらが怪我をしても露珠がそれを治すことは許さない、と出掛けに凍牙に言い含められ、露珠は不安を募らせているのだ。

 乱牙から見れば、露霞が露珠のために紅玉を渡すつもりだったことが分かった時点で凍牙の怒りはほとんど解けていたように思える。その後、朱華と棠棣との一戦を終えて戻る間のやり取りで凍牙自身のわだかまりは完全に無くなったとも。露霞の白露で怪我を治した露珠も、過去の件も含めて露霞と話す時間をとったことで、互いの気がかりは解消している。残るは人質を取られて一方的にやられるしかなかった高藤で、その解決のための外出のはずだ。

 不安そうな表情を浮かべたままの露珠に、乱牙が「あ~っ」っと頭をかく。


「兄貴を信じろ。凍牙が牙鬼の体裁を保とうとしているのは、露珠のためだ。牙鬼のためとはいえ、露珠が悲しむことをするわけがない」


 なんで俺が兄貴との仲立ちをしてやんなきゃ行けないんだ、とぶつぶつ不満を言いつつも、露珠が少し顔を赤らめて表情を和らげたのを見てほっと息をつく。

 さっきまでの様な不安そうな顔を露珠にさせたくないし、できるだけ笑っていて欲しい。以前は、彼女が作ってない笑顔を見せるのは乱牙の前でだけだったのを、懐かしく思いながら、乱牙は凍牙が帰ってきたら久しぶりに()()しよう、と決める。


「管狐はどうだ?問題なく使役できているのか?」


 露珠は、朱華と棠棣の元に数匹の管狐を放っているが交代で戻っては状況を報告しており、順調に使えていることを乱牙に告げる。乱牙としては、使役による露珠への負担を気にしていたのだが、それも特に大きな負担にはなっていないようで安心する。

 管狐の報告によると、朱華はほとんど眠っていて、棠棣がそれを甲斐甲斐しく世話しているようだ。棠棣も相当消耗しているので、朱華の世話だけして棠棣も大抵は休んでいるという。逃亡の気配も、なにか企てている様子もなく、今のところは何の心配もなさそうだ。


「そういや真白は?」


 いつもは露珠か乱牙の傍にいる真白の姿が見えず、近寄ってくる気配もないのを乱牙が気にする。家令のところで遊んでいるらしいことを露珠から聞いて、乱牙が意外そうに片眉を上げる。


「今まで知らなかったのだけど、ヒトの子の遊びを良く知っているのよ。元は古道具だったとかでヒトのことに詳しいみたいで、その話を聞くのも真白には楽しいみたい」

「なるほどな」


 半妖であるから、真白は半分ヒトだ。凍牙と出会うまではヒトに育てられていたようだから、ヒトの暮らしやヒトそのものにも興味があるのかもしれない。乱牙は、仲間である半妖のことを思い出し、何か違和感を覚える。乱牙がその正体を探ろうとしたとき、凍牙たちが帰ってくる気配がして、露珠が立ち上がった。


 互いに相当やりあったことがわかるほどぼろぼろだった高藤と露霞を乱牙に家令(と真白)に任せ、凍牙は露珠を伴って部屋に下がった。


「露珠、義兄上を大雪山に連れて行こうと思うのだが」


 露珠も、露霞と両親を会わせたいと思っていたが、凍牙がそれを言ってくるのに驚く。凍牙や牙鬼にとって、露霞が大雪山に行くか否かで何かが変わるとは思えない。どちらかといえば、それを望んだ露珠が凍牙にそれを頼むような事柄だ。


「はい。もちろん異論はありませんが、何故」


 露珠から視線を逸らし、一瞬言うか否か迷った様子を見せた凍牙は、「余計な口出しかもしれないが」と前置きして、銀露の今後について、凍牙が聞いた露霞の考えと、それに対する凍牙の見解――概ね露霞への同意――を聞かせた。銀露は自分達の力についてもっと知った方がいい、という点に関しては、棠棣の件で凍牙に乞うたように露珠も同じ意見だ。力についての知識の提供先として露珠が想定していたのは、銀露よりも牙鬼が最優先ではあるが。そしてもう一つ。


「銀露を、外に……」


 銀露はもっと外に出たほうが良い、という点についてはすぐには同意しかねて露珠が考え込む。


「無理強いするものではないし、私から銀露に提案するつもりもない。義兄上を大雪山に連れて行って、互いに受け入れることができて、さらにその後の話だ。銀露が先細るよりも繁栄してもらったほうが都合がいい」


 銀露のためではなく牙鬼のために、という部分を強調し、そういうつもりで、棠棣と朱華の助命を乞うたのだろう?と笑う凍牙は、その時のことをもう責めてはいない、と言外に含ませる。露珠は、いつもさりげなく凍牙から向けられる優しさを思って感極まる。


「凍牙様」


 謝罪か感謝か、言うべき言葉を定めないうちに呼びかけてしまった露珠が凍牙を見つめて止まってしまう。露珠が何を考えて止まったかが理解できた凍牙が破顔する。


「どちらもいらない。それに、今回のことでは私がそなたに謝らなければならないことがいくつもあるが」


 言いながら露珠の両手を取って、引き寄せる。顔が触れ合うほど間近で見つめ合う。


「互いに迷惑をかけて、我儘を言い合って良いのだろう?」


 私はそうしたい、と付け加えられて、露珠は何度も首を縦に振る。露珠にとっては、守られるだけの疎外感も、「凍牙様のため」などと思うときに不遜なのではと感じる不安も、全て取り払われるような言葉だった。


ここまで読んでくださってありがとうございます。

二章はあと少しの予定です。

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