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異世界に落ちたら  作者: 鈴木いち
拾った
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4

 

「じゃあ俺はこれで帰るから」

「おう。お疲れ」


 交代の時間を知らせに来た同僚に声を掛け、騎士団の詰め所を出た。

 はぁっと吐いた息が白くなるのを見て、ズボンのポケットから紺色の手袋を取り出す。慎重に指を通しながら、昨夜これを渡された時のやり取りを反芻する。少し頬が緩んでしまうのは許してほしい。


「パン屋のおばさんに教えてもらって編んだの。あんまり上手くないけど、エタンってばすごい冷え性だから邪魔じゃなければ使って」

「ありがとう。大事に使うよ」

「ううん、もうちょっと上手くなったら作り直すからそっちを大事にして!」


 少し恥ずかしそうに手袋を差し出したリラは目眩がするほど可愛かった。




 リラと暮らしはじめて3ヶ月が過ぎた。

 あの日は見事な秋晴れだったが、季節はすっかり移り変わり真冬の空気が街を満たしている。両親共にヘビ獣人の俺はそれなりに強い獣性に引っ張られ、体温調節が苦手だ。これでもかと着込んでも指先は常に凍えている。

 そんな憂鬱な季節に初めて変化をもたらしたのは、やはりリラだった。

 花のような人を思い浮かべ、急に家が恋しくなる。早く帰ろうとブーツを履いた足に力を込めた。



「待てエタン」

「隊長?」


 数歩歩き出したところで背中から聞き慣れた声が掛かる。振り向かずともわかる上司の声。

 声のトーンから悪い話ではなさそうだと気楽に振り返った。


「どうしました?」

「あの少女の件だが、中央から正式に承認された」

「そうですか。ありがとうございます」

「うまくやっているか」

「はい。おかげさまで」

「そうか。良かったな」

「はい。隊長には本当に感謝しています」


 思わず破顔した俺につられて常に仏頂面な隊長の目元が少し緩んだ。

 本当に良かった。俺には、だが。


「呼び止めて悪かったな」

「そんな、とんでもない。俺も早く知りたかったので」

「そうか。気を付けて帰れ」

「はい。失礼します」


 今度こそ歩き出した俺は少し指先の余った手袋の中でリラのくれるぬくもりを握りしめた。

 リラは相変わらず日々のほとんどを家の中で過ごしている。それでも少しずつ言葉を覚え、顔見知りが増え、この街に馴染んできた。

 リラは毎日この世界のルールを知っていく。

 それはつまり俺がいかに価値のない雄か、リラが明日にでも気付いてしまう可能性があるということだ。いや、もしかしたらすでに気付いているかもしれない。


 だから、俺は手を打った。

 リラが「俺」にたどり着く前に公的にリラを俺の物にしてしまった。



 亀裂から落ちてきた以上、落ち人は王家の管理下にある。

 必要な時は王家が連れて行くし、そうでない時は管轄の騎士団が回収する。

 そして引き取り手が決まるまで男はそのまま騎士団で、女は修道院で面倒を見るのだ。


 王家は実に都合良く亀裂を利用している。表向きは塞ぐ術がないとされているが、恐らくはそれも嘘だろう。何しろつい数代前にも人間と番った王族がいたはずだ。

 落ち人からすれば酷い話だが、俺に王家を批判する権利はない。そういう利己的で不都合な真実を積み重ねた先で、リラと出会ったのだから。

 落ち人について調べながら、リラといられるこの汚れた奇跡に俺は心から感謝した。




「リラ、ただいま」

「おかえりエタン。肩に雪ついてるよ」

「あー本当だ。今日も寒かった……」

「すぐにスープあっためるから暖炉の前で待ってて」

「うん。ありがとう」


 表面上日々は穏やかに幸せに過ぎていく。リラは何も知らず、今日も可愛く笑ってくれる。

 この笑顔を失うことが何より怖くて、核心に触れることも、強引に距離を詰めることもできない。


 ただ、リラも知らないうちに俺は彼女を手に入れてしまった。

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