ガラスの靴を無くしたシンデレラ
その衝撃に驚いている余裕も、振り向いている時間も無く、私はひたすらに走り続けた。
カボチャの馬車はすでに野菜に、御者はネズミに戻っていて、それまで夜の中でも光っていたドレスは、あっという間にボロボロのワンピースへと変わり果てていた。
元に戻っただけなのに、それなのに、私の中には焦りがほとばしっていた。
唯一残ったガラスの靴。その片割れを失いながらも、私は懸命に森の中を走り続けた。遠くから狼の遠吠えが聞こえる。早く帰らねば私の命も危ういだろう。とうに12時は過ぎているのだから……。
舞踏会という別世界は、やはり私の身には重いし眩しすぎた。きらびやかな世界に不釣り合いなシンデレラ。不様に逃げる姿が何よりの証拠。
後少しだけ……女々しい願いが頭の中に浮かび上がる。
もう少しだけ……すがる思いで空を見上げた。
一目だけでも……叶わない願いが頬を伝った。
街はもう既に静けさの中に眠り、私は醜いシンデレラ。心は既に王子の中に忘れ去り、ガラスの靴はお城の外。
頬を離れた涙の雫が、どうか彼の道しるべになりますよう。
どうか願わくば、彼の心に一滴の潤いを与え下さりますように。
このガラスの靴だけは、どうか消えて無くなりませんように……これだけが彼との最後の思い出なのですから…………。