8話
ダンジョンがあるこの街に来てから2週間が経つ。
今日も今日とて俺は午前中の楽しい勉強を済ませて、午後からは地獄のような特訓。
今も訓練場で教官を前にして、血と汗と涙を流していた。
おかしい。絶対におかしい・・・。
通常の実技研修は1週間のはずなのに教官の傍迷惑な御厚意によって、1週間も長く研修を受けられている。
その時点で既におかしいのだが俺達は模擬剣ではなく真剣を使用しての訓練を行っている。頭のネジがいくつか抜けているとしか思えない。
そんなことを考えながらも教官の振るう剣を避けて、懐へと飛び込む。
教官から振るわれた剣は鋭く、俺の衣服を切り裂き、肌を掠めると斬れた箇所からはじわりと血が吹き出し、衣服を染め上げていく。
しかし、そんなことには構わずに突き進み、手にしたダガーを振るう寸前、膝蹴りが飛んでくる。
間一髪、腕を交錯して防ぐが体格と体重差は如何ともしがたく、膝蹴りの勢いに負けて後ろへと弾かれる。
それでも少しでも勢いを殺そうと勢いを利用し、バク宙をして体勢を整えるが眼前に迫るは追撃の蹴り。
再び、両腕でガードするがまた吹き飛ばされて、気付けば訓練場の壁際まで追い込まれ、戦況はまさに背水の陣。
ひどく制限された場所では俺の長所である速さと身の軽さを活かすには適しておらず、この状況を打破しようと左右どちらかに退避を考えるが危険察知スキルが警告を鳴らし、悪手だと告げる。
危険察知スキルはこの1週間でかなり鍛えられた。
残された手段は相討ち覚悟の特攻のみ。
わざわざこの状況に持ってくるとは2週間に及び、俺を徹底的に鍛え抜いてきただけのことがあって追い込まれなければ、なかなかやる気を出さない俺の性格が見抜かれている。
「さあ、どうする」と言わんばかりな教官のむかつく笑顔に頭の中のスイッチが入る。
手に持った唯一の武器であるダガーを殺す気で投げつけて、覚悟を決めると同時に駆け出す。
避けられても剣で防がれてもいい。僅かな隙さえ出来れば、一撃を入れるチャンスは来る。
教官がダガーを剣で叩き落とす、刹那の間に懐に飛び込み、渾身の一撃を放つ。
速度の乗った俺の拳は教官の腹部を見事に捉えて、・・・打ち抜けなかった。
まるでダンプカーのタイヤを殴ったかのような硬く分厚く鈍い感触。
どんな鍛え方をしているのか意味不明だが手応えのなさに頭の中が真っ白になると同時に意識を一瞬で刈り取る衝撃がお腹を襲った。
俺の身体は激しく訓練場の壁に叩きつけられ、意識のないままズルズルと壁を這って地面へと倒れたのだった。
◇
「おいっ!」
ガシッ!ガシッ!
「おいっ!いい加減起きろ!」
ガシッ!ガシッ!
遠く沈んでいた意識が浮き上がるように耳からは音と何やら俺の体を小突くような感覚が戻ってくる。
「てめぇー!いつまで寝てんだぁ?」
恐れる教官の声に気付き、悲しいかな条件反射で起き上がる。
「やっと、起きたか」
訓練場でどうやら寝ていた俺とそんな俺を見下ろす教官に状況が飲み込めずにいるがお腹に残る鈍痛に全てを思い出す。
「全く、少しは動けるようにはなったが一撃で気を失うとは情けない」
痛むお腹を押さえながらふらつく足に力を入れて立ち上がる。
「だが一応は俺に一撃入れた訳だから合格にしてやるか」
なんか言っているがお腹が痛くて、話が入ってこない。
「オリフィス、実技研修は今日をもって修了とする。よく頑張ったな」
「えっ!?」
突然の宣言にお腹の痛みも吹き飛んでいった。
「事務の方にランクアップ申請を出しといてやるから明日にでも更新しておけよ」
「あ、ありがとうございます」
「それから今のままじゃ他の冒険者に舐められるから装備はしっかりと整えろよ。俺がせっかく鍛えてやったんだから簡単に死ぬんじゃねぇぞ!」
「はいっ!」
教官は手をひらひらとさせながら訓練場から出ていった。
取り残された俺は地獄の日々から脱した実感が沸かないが時間が経つとお腹の痛みで現実へと連れ戻される。
これは本格的に内臓を痛めているかもしれないので帰りにポーションを買って飲もう。
それにしても、俺は褒められて伸びるタイプなのにそれに気付かないとは教官もまだまだ精進が足りないな。