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黒猫のオリフィス  作者: くろのわーる
目覚めと鬼ごっこ
7/27

7話






 肉体は限界まで酷使され、切っても切り離せない身体の痛みを我慢して、冒険者ギルドへと向かう。


 今日は実技研修が始まってから5日目の朝。


 3日目からは遅刻をまぬがれているが訓練の激しさは日に日に増している。

 昨日なんて荷物袋を3つ背負わされ散々走った挙げ句に教官と一対一で立ち向かわされた。今日は4つに増えているかもしれない。


 一対一の対戦は当然、勝てる訳もなく全身をくまなく殴られ、自然と涙がこぼれた。


 あれは訓練の度を超えたイジメである。


 キックボクシングのジムに通っていた頃、試合を間近に控えた選手に勝つイメージをつけさせる為、ひたすらに殴られるスパーリングパートナーを務めたことが一度だけあるがあれよりも酷かった。

 これは単なる教官のストレス解消法だったのかもしれない。


 しかも、この痛みから逃れる為にポーションを買って飲むしかないと思っていたのに痛みに慣れろとのお達しでポーションの使用を禁止される始末。


 そんな訳でぎこちなく動く身体を無理矢理、引き摺るようにしてようやく冒険者ギルドへと着いた。

 現在は朝の依頼受注で混雑する時間帯が過ぎたくらいだ。訓練は基本的に午後からなのだが俺にはやりたいことがあったので早めに来ている。


 そして、俺のやりたいこととは文字の読み書きだ。

 決して受付の性悪男に鼻で馬鹿にされたことを根に持っている訳ではない。


 昨日の訓練が終わった後、すぐに帰りたい気持ちを押し殺して、教官に文字の読み書きを習いたいのだがどうしたらいいのかと尋ねたところ、なら冒険者ギルドの2階に資料室があり、そこの司書さんに教えて貰えるよう話を通しておいてやると言われれば、最早強制である。


 実際、「俺が話を通しておいてやるんだから遅刻したりサボったりしたらどうなるかわかるよな?」と脅さ・・・警告を受けた。


 何気ないギルドの階段ですら身体が悲鳴をあげるが気合いで乗り切り、キシキシと音が鳴る軋む階段を登り資料室を目指す。

 資料室は初めて研修を受けた部屋とは反対側と聞いていたので階段を登って、左側に向かう。


 すると背中に嫌な視線を感じたので振り向くと・・・・奴がいた。


 奴、ダウナー教官は俺と目が合うとちゃんと来たようだなと無言で頷き、知らない部屋に入っていった。たぶん教官の控え室だろう。

 絶対に俺がちゃんと来るか見張ってたに違いない。油断ならない奴だ。


 階段を登って左側には扉がひとつしかなかったのでそこが資料室だろう。

 一応、ノックをしてから入室する。


 返事はないが扉を開けるとインクと古本の独特な匂いが鼻を掠める。

 中はそれほど広くなく、8畳程の部屋に本棚が3つ、壁に沿ってコの字型に並んでおり、中央には机がひとつ。

 窓から射し込む陽は多くなく、室内は少し薄暗い。

 本棚のほとんどには隙間が空いており、ざっと見て50冊ぐらいだろうがこの世界では本は貴重なのでこれでもかなり多い方だろう。


 中央に置かれた机には一冊の本が広げられて、女性が静かに本を読んでいた。


 集中しているところ悪いが声を掛けないことには俺に気付きそうにないので仕方なく声を掛ける。


「読書中にすいません」


「・・・」


「あの・・・すいません」


「えっ!?あっ!ひょっとして、ダウナーさんが仰っていたオリフィス君ですか?」


「はい、そうです。今日は読み書きを教えて貰えるとのことでよろしくお願いします」


「こちらこそ、上手く教えられるかわからないですけど、よろしくお願いします。私、レティシアと言います。先程は集中しちゃってて気付かずにすいません」


 今日から俺に読み書きを教えてくれるレティシアさんは空よりも濃い青色の髪が肩に掛かるくらいの長さで司書らしくちょっと度がきつそうな眼鏡をしており、アニメ等で出てくる委員長女子を大人な女性にした感じだった。

 委員長女子とはだいたいが俺の勝手なイメージなので共有出来なかったとしても構わず話を進める所存だ。


 委員長は・・・レティシアさんは昨日、ダウナー教官から読み書きを覚えたいと言っている新人がいると聞き、俺の為に教材になりそうな本をすでに選んでくれていた。


 壁際に置いてあったイスを運び、レティシアさんと向き合う形で席につく。

 しかし、レティシアさんは向き合いながら教えるのはやりにくかったようでイスを並べる形で落ち着いた。その時、女性特有の甘い香りにドキッとしたのは内緒だ。


 こうして、異世界での初めての勉強がスタートした。







 レティシアさんのチョイスした教材はとてもわかりやすく、すらすらと覚えることが出来た。まあ、絵本みたいな英雄譚だったのだが。

 それと勉強してみてわかったのだがオリフィスの体、頭はなかなかの高性能なようでよく言う、スポンジが水を吸うがごとく覚えていく。


 実際にレティシアさんも凄い凄いって、褒めてくれて好きになったかもしれない。いや、鼻の下の伸び具合からいってベタ惚れだったな。


 まさか自分がこんなにもチョロいなんて知らなかったよ。こんにちは、私がチョロ男です。


 そんな楽しい時はあっという間に過ぎ去り、招かれざる者がやって来る。


「おい、お前。今何時かわかってるか?」


 俺の楽しい時間を邪魔する奴は誰だと見上げれば、そこには最近では見馴れた教官が立っていた。


「時間を忘れるほど、ずいぶんと楽しんでいたみたいだが今からはもっと楽しい俺との訓練の時間だ。覚悟しとけよ」


 獰猛な笑顔でそういうと俺の首根っこを掴み上げ、まるで仔猫を持つように訓練場へと連れ去る。


 あ~、俺のオアシスが遠退く。


 どうやら俺は勉強に夢中になるあまり、時間を忘れていたようで教官を待たせていたようだ。

 そして、いつまで経っても来ない俺に痺れを切らし迎えに来てくれたと。

・・・なんて迷惑な。


 当然、訓練開始時にいなかったからと遅刻扱いとされ、本日の訓練の厳しさも軽々と新記録を叩き出す。


 でも明日も必ず勉強に行くのでレティシアさん、待っていてくださいと心に誓うのであった。







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