5話
街は昼時とあり、大通りに並ぶ屋台には人が群がり、通りには活気が溢れている。
宿屋の朝食だけでは足りず、俺も目についた串焼き屋に並ぶと串焼きを3本購入して歩きながら食べる。
今、向かっている場所はこの街唯一の神殿だ。
神殿に何をしに行くかと言えば、ずばりクラスを得る為である。
研修の後、俺は教官に実技の研修も受けたいと申し出た。すると生活費は大丈夫なのかと驚かれはしたものの俺には三ヶ月くらいなら働かなくても食っていけるだけのお金があるので「大丈夫です」と言ったところ、ならまずはクラスを得てからだと言われ、神殿に向かっている。
その際にどういったクラスがあるのかも聞いておいた。
教官には研修の時同様、斥候か剣士を薦められたが実際に俺がなれるクラスを確認してから決める予定だ。
串焼きを食べ終わる頃、何事もなく神殿へと辿り着いた。
神殿は古代ギリシャの建物を彷彿させるように幾つもの柱が目立つ造りで『蓮の華』の紋章が印象的だ。
この世界においては『蓮の華』は重要なシンボルなのだが俺はまだ知らない。
5段程の階段を上がり、中へと入れば外の喧噪とは無縁で鎮まり返っている。
中にいる人達も静かで騒いではいけない空気は日本での図書館を思い起こす。
入り口の近くにいた神官にご用件は?と尋ねられ、クラスを得る為に来たと告げると冒険者カードの呈示を求められ見せたらすんなりと「どうぞ中へ」と通された。
どうぞと言われてもどうすれば良いのかわからず、少し進むと奥に奉られている女神像にとりあえず祈ってみる。
すると頭の中に俺が選択出来るクラスが浮かぶ。
剣士・戦士・盾士・格闘家・斥候・盗賊・曲芸士・弓士・罠士・魔術士・農民・奴隷
全部で12種類。教官の話では個人の資質によって増減すると言っていたがこれは多いのか少ないのかわからん。
それに斥候や盗賊は呼び方が違うだけでほとんど変わらないのではと思っていると新たにメニューが開く。
【盗賊】
[他人の物を略奪することによって資格を得る]
・速さに特出したクラスで力は弱い。
・・・他人の物を略奪。
俺を輸送していた商人と冒険者達の財布を生きる為と頂戴した覚えがある。盗賊というクラスは人には自慢出来そうにないので俺の心の中だけに留めておく。奴隷も同じだ。
残念ながらラノベの主人公らしく、レアクラスがあるかもしれないと期待していたもののそれらしきものは見当たらないので無難に斥候を選択する。
再び祈りクラスを得れば、神殿に用はないので出ていこうとすると先程、声を掛けてきた神官に再び呼び止められた。
「無事にクラスを得られたようですね。クラスを変更したい場合はまた神殿へお越しください。それからクラスを得ることによって、ステータスと念じれば自身のレベルを確認することが出来ますので無理せずにレベルにあった冒険を心懸けてください。貴方に神の加護があらんことを願っております」
神官さんの丁寧な物腰に一礼で返して、神殿を後にした。
この後は今日、泊まる宿を探してから冒険者ギルドで実技研修を受ける為、来た道を戻る。
その道中、教官と神官さんが教えてくれたステータスがずっと気になっていたので念じてみる。
【名前】:オリフィス
【種族】:猫人種[黒猫]
【レベル】:1
【クラスⅠ】斥候Lv1
【クラスⅡ】
【スキル】10P
聴覚強化Lv5、暗視Lv5、危険察知Lv1(new!)、格闘技Lv4
「えっ!?」
色々と聞いていた話と違うので思わず、驚きの声を上げてしまった。おかげで周りの道行く人達から変な目で見られてしまったが今はそれどころではない。
俺が驚いた点はまず、クラスの枠が2つある。
教官の話ぶりでは1つしかクラスは選択出来ないはずなのに。
考えられる可能性は日本で生きていた俺とこの世界で生まれ育ったオリフィス、2人の人格が共存するが故にクラス枠が2つ存在するというものだ。
そう考えるとむしろそれしか考えられないと思えてくる。どちらにしろ、他の人に比べて有利に違いないのでよしとしよう。
次は意外と身に付けているスキルが多いことだ。
1番上の『聴覚強化』と『暗視』は猫人種特有のスキルだろう。
次に『危険察知』はレベルが1で後ろにnew!の文字がついていることを考えると、つい最近覚えたスキルで間違いないだろうからおそらく、魔物に輸送中襲われたのが原因だと思う。
格闘技については日本にいた頃、幼少から空手を習い黒帯を所持しており、社会人になってからはキックボクシングもやっていたからなのか。
そして、重要なのは【スキル】の横にあるポイントらしきもの。
スキルは地道な努力を積み重ねることにより、レベルが上がると教官は言っていたが俺はこのポイントでスキルレベルが上げられる気がしてならない。
是非に試してみたいが検証は必要だ。
しかし、道端では落ち着いて検証は出来ないし、この後には実技研修も控えていて検証している時間もない。
仕方なく、試すのは研修が終わってからにしてまずは宿を探さねば。
◇
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「おらっ!誰が休んでいいって言った!後、30周追加だぁ!走れぇ!!」
俺は今、限界まで砂が詰め込まれた荷物袋を背負わされひたすらに走らされて、研修という名の訓練をいや拷問を受けている。
神殿へ行きクラスを得た後、不慣れな街でなんとか無難な宿屋を見つけたのは研修の時間ギリギリだった。
慌てて、冒険者ギルドへと走って向かったのだが間に合わず、ダウナー教官に初回から遅刻とはいい度胸だと言われ、今の状況に至る。
実技研修を行っている場所は冒険者ギルド内にある地面が剥き出しになった屋内型訓練場で広さはそれほどでもなく、バスケットコートくらいなのだが既に数時間は走らされている俺は倒れる寸前だ。
それでも教官からの終了の合図はない。
訓練場を1周、また1周とひたすらに周回を重ねて走り続ける。
しかし、ついに限界を迎えて足が棒のように動かなくなり、地面に力尽きた。
止めどなく流れる汗が滴り、地面に染みを作り出していき、どれだけ荒い呼吸を繰り返しても酸素が足りない。
「これだけ走れば流石に獣人種といえど、バテるか」
バテるか、じゃねーよ!当たり前だ!と言いたいのは山々なのだが辛すぎて喋れない。
「とりあえず、お前の体力は把握した。明日も限界まで扱いてやるから逃げるなよ?それから今日みたいに遅刻したらどうなるかわかったな?くれぐれも気をつけろよ。よし!今日は終了だ」
教官は不穏な事を言って、訓練場を出ていこうとしていた。
「そうだ、荷物袋に入った砂はちゃんと片付けておけよ!」
「・・・」
この状態になってはこの実技研修を受けたのは失敗だったのではと温く日本で育った俺にはこればかりが頭の中で繰り返される。
なんとか呼吸が落ち着いたところでよろよろと立ち上り、俺は砂が入った荷袋を片付けると覚束無い足取りで宿屋へと向かった。
明日もこんな訓練だと思うだけで気分も沈んでいくのがわかる。