4話
寝返りを打つたびにベットがギシギシと軋む音に不快感を覚えているとドアがノックされる。その音で意識が完全に覚醒する。
「オリフィスさん、もう起きないと朝食の時間が終わりますよ」
呼びに来たのはこの宿屋で働く従業員のおばさん。
「今、行きます」と軽く返事をするとベットから起き上がり伸びをする。
街壁の近くということもあり、壁が邪魔をして窓からは陽があまり差さず部屋はジメっとしており、目覚めは良くない。
また、身体の節々がちょっと痛み動くのが億劫だがせっかくお金を払ったのに食べ損なうのには抵抗があるので無理して、食堂へと向かう。
昨日は疲れ過ぎていて、気にもしなかったが一階がこじんまりとした食堂になっていたようだが時間が遅いということもあり、テーブルは全て空いており近くの席へと着く。
すると俺が最後の客で待っていたのだろう、やや冷めたスープに硬いパンがすぐに運ばれてきた。
食べ慣れた硬パンにクズ野菜の入った薄い塩味のスープ。
宿屋のグレードからして、食事に期待はしていなかったが実際に出てきた物を見るとガッカリするものだ。これだったら実家の食事の方がまだマシに思える。
硬パンに苦戦しながらもさっさと食事を済ませると宿屋の人に冒険者ギルドの場所を聞き、チェックアウトして出ていく。
冒険者ギルドのことを聞いた際に「あんたもダンジョン目当てかい」と言われたのでこの街にはダンジョンがあり、その恩恵によって栄えているのだろうことがわかった。
日本ではゲームやラノベを多少なり嗜んでいたのでダンジョンと聞いて少し楽しみになってきた。今は無事に街へ辿り着けたことで精神的にも余裕が出てきている。
宿屋から通りに出るとオリフィスがいた村では考えられないほどの人、人、人。
日本にいた俺からすると、祭りや朝の出勤時に比べれば、少ないくらいで特に驚きはない。それでも自分と同じ獣人はあまり見当たらない。
宿の人から教えられた通りに街の中心に向かえば、デカデカと冒険者ギルドと書かれたと思わしき大きな看板が目立つ立派な建物が見えてくる。
遠目にも武装した人達が仕事を得る為だろう。冒険者ギルドに吸い込まれいく。
まばらな人の波を避けつつ、俺も冒険者ギルドの中へと踏み込む。
中では依頼の取り合いをしているのか、まさに喧騒としており、良く云えば活気があるといったところか。
朝のピークは過ぎてもまだまだ人が多いことには変わりなく。
俺はギルド内の隅に移動すると冒険者達の観察を始めた。
聞き耳を立てているとそこかしこからダンジョンという言葉が聞こえてきてやはり、ダンジョンに向かう冒険者達が多いようだ。
隅で佇む俺に何組かの冒険者達が「荷物持ちか」と間違えて声を掛けてきたが違うと答えると皆、「獣人のガキが!」とか「紛らわしいんだよ!」などと悪態や舌打ちをして立ち去っていった。
推察するにあくまで歓迎的に見るのならば、獣人の子供もしくは人族の子供は「荷物持ち」要員として、軽く見られつつも雇われながら冒険者のイロハを覚えていくのかもしれない。
ついで俺以外の獣人を何人も見掛けたが周りから認められ自信に溢れた者から明らかに奴隷と思われる扱いを受けている者と様々だった。
俺を買った商人が道中の休憩時に話していたがここ帝国では亜人は差別の対象ではあるが実力主義を掲げているだけに亜人でも実力がある者は認められると言っていたのを思い出した。
時間と共に冒険者達が捌けていき、ギルド内が空いたところで受付に向かう。
受付は全部で5つ。内ひとつは時間帯によっては買い取りがメインになるようだ。
俺は空いていた受付に行き、冒険者登録を希望する。
受付にいた男性職員は1枚の羊皮紙を取り出すと記入するように言ってくるが字が書けないどころか読めないことを思い出す。
素直に告げると面倒くさそうに俺から名前、出身や年齢を聞くと代筆していく。
次からはこの態度の悪い職員は敬遠することを決め、今は我慢する。
申請は簡単に終わり、書類が書き終わると木製の板を渡される。
木製の板はクレジットカード程の大きさにおそらく俺の名前と冒険者ランクが書かれただけの物だった。
ラノベ等のイメージと違いあまりのショボさに呆気に取られつつも初めて見る自分の名前の文字に意識が割かれる。
奴隷契約魔法や俺自身の売買契約書などの証拠はないが一応、逃亡奴隷みたいな感じなので出身地は南の名の無い村と嘘を言っておいた。
貧相な冒険者カードを眺めていると受付の男は新人向けの冒険者研修があり、そこで冒険者について説明があるから受けろと投げやりに言ってきた。
また、カチンときたが顔に出さないように気を付けながら時間を聞けば、もうすぐ始まるとのことで言われるがままギルドの2階へと移動する。
階段を登り、左右へと分かれる廊下の右側の行った先の扉の前に待ち構えるは練達な雰囲気を漂わす元冒険者と思召しき男。
俺の姿を見るとこっちだと手招きする。
「お前も新人研修を受けに来たんだろ?間もなく、始めるから適当な席につけ」
ひと言、返事をすると部屋に入り、中を見渡す。
どうやら俺以外にも受講者はいるようで部屋に入ってきた俺を全員が見ていた。
惜しむらくは獣人が俺ひとりしかいないことだろうか。
適当に空いている席に着くとさっきまで扉の前で待っていた厳つい男が教壇に立つ。
「どうやらお前ら5人だけのようだな」
部屋には俺よりも少し歳上だと思われる青年が4人。
他人のことは言えないがみんな貧弱な体つきをしている。それに比べて、教壇に立つ男を改めて見るとその威容に圧倒される。
「俺がお前らの研修を担当するダウナーだ。元冒険者でランクはBだった。俺のことは教官と呼べ!」
教官は自己紹介を簡単に済ますと講義に移る。
「まずは冒険者ランクについて教えてやる。ランクはGからF、E、D、C、B、A、Sという具合に上がっていき、Dランクからは試験官による試験に合格すれば昇格する仕組みだ。ただし、Sランクだけは特殊で何か偉業等を達成した際にギルド本部で協議され認められればなれるが・・・」
一旦、話を区切り改めて俺達の顔を眺めてから話の続きを始める。
「まあ、お前達では逆立ちしても無理だろうから別にいいか」
教官は俺達を見ただけで才能や可能性が分かるなんて、さぞ優れた人物なのだろうと心の中で毒を吐く。
「Sランクってそんなに凄いのか?」
せっかく俺が心に毒を留めていたのに空気が読めない奴はどこにでもいるもんだ。しかも、タメ口だし。
「貴様っ!ヒヨッコ冒険者のくせに口の聞き方には気を付けろ!」
案の定、叱責されて発言した青年は萎縮している。
「やはり、お前らみたいなバカには説明してやらんとわからんみたいだからな。教えてやる。この街にはダンジョンが存在しており、他の街と比べて冒険者の数はかなり多くいるがそれでもだいたい1000人くらいだ。そして、この街にいるSランク冒険者は0人だ」
教官の説明を聞いて、俺以外のメンバーもSランクになることの困難さを理解する。
俺自身、Sランクになることは難しいとは思っていたがまさか0人だとは思わなかった。
「この帝国でもSランクに認定されているのは3人しか存在しない。そして、帝国内においてSランク冒険者は伯爵位に相当する権力を有する。Aランクの冒険者ですら男爵位に相当するから目上の冒険者に対する口の聞き方には気を付けろ!わかったな?」
俺達は無言で何度も頷くと教官は満足したようで次の話に移る。
次の話は依頼についてだった。
依頼には通常依頼、常設依頼、護衛依頼、指命依頼に緊急依頼の5つに別れており、ラノベでファンタジー物を読んだことがあれば、だいたいわかる内容だった。ただし、緊急依頼についてはダンジョンからの「魔物の氾濫」や他国との戦争などで発令され、Dランク以上は強制的に参加させられるとのことだ。当然、依頼を断れば罰則も存在する。
「次はクラスについてだ!」
解らないことが出てきたので真剣に聞く。
「クラスとは自身を現す指標であり、冒険者にとっての要だ」
俺以外のメンバーはわかっているようで焦燥感を覚える。
「ちょうど獣人がいるから例に上げてやろう。おい!お前!」
いきなり指を差され、心臓が跳ね上がる。俺ですかと自身を指差せば、教官はそうだと頷き説明を始めた。
「お前は猫人種だな?」
「・・・はい、そうです」
「猫人種の特徴はバネのあるしなやかな身体だ。要するに速さに優れており、クラスは剣士や斥候に向いている。逆に力を必要とする戦士や盾士はその速さを生かし切れないからから個性が死ぬぞ」
「「へぇ~」」
全員納得したようで頷いているが俺はクラス=職業と分かり納得だ。
「教官、獣人に向いているクラスはわかりましたが俺達はどうしたらいいんですか?」
「普通の人種であるお前達は自分自身と向き合い、クラスを考えろ!ただし、わかっているとは思うが魔術士は選ぶなよ」
なぜ、魔術士は選んではいけないのか疑問に思っていると俺の他にもわかっていない奴がいたようだ。
「どうして、魔術士は選んだら駄目なんですか?」
発言した青年は教官を含め全員から白い目で見られてたじろぐ。勿論、選んではいけない理由を知らない俺も知ったか振りをして、みんなに合わせておく。
「そんなことも知らないとは貴様はどんな田舎から出てきたんだ?」
教官の呆れた様子に青年は肩身が狭そうだ。
「まあいい、教えてやる。魔術士が魔術を使うのはわかるな?」
青年は頷き、教官は話を続ける。
「魔術士は誰でもクラスとして選択出来るが魔術士が魔術を使う為には魔術書が必要になる」
その程度なら聞いていて選んではいけないクラスではないような気がするがまだ話の続きがあるようだ。
「魔術書は稀に魔道具専門店で買うことも出来るが四大属性、火・水・風・土の魔術書で最低でも金貨500枚もの値段がする。そんな大金をお前らが用意できるのか?」
「・・・・」
「そもそもだ。魔術書自体、大変貴重な物だからな貴族の方々が資産として買っていくし、国も優先的に貴族へ回している、運が良ければダンジョンの宝箱から入手することもあるがその分、奥深く潜る必要性がある。だから余程の高ランク冒険者でもない限りお目にかかること事態、難しいだろう。それにお前らごときが魔術書を持っているとわかれば、金に目が眩んだ輩から狙われ殺されて奪われるのがオチだな」
「・・・・・」
つまり、魔術士になって魔術を使うには魔術書が欠かせないが金持ちしかなれないということか。
「次はスキルについて教えてやる」
スキルは就いたクラスによって覚えるもの覚えないものがあるらしい。
例えば、剣士なら剣術スキル。剣士以外のクラスでも覚えようと思えば、出来るとのことだが格段に上達する早さが違うらしい。
教官は覚えたいスキルがあるならそれを基準にクラスを選択するのもひとつの手だと言っていた。また、クラスを変更してもスキルを忘れることはないとも言っていた。
それにしても、自身がどうやってスキルを覚えたか確認するのか疑問に思っているとまた俺と同じように思ったやつがおり、質問してくれた。
どうやらクラスを得るとステータスが開けるようになるみたいだ。
その後は冒険者のルールというかマナーなどを聞いて、研修は終わりを迎えた。
「それから実技研修を受けたい奴は後で俺の元に来い。1週間無事に耐え抜ければ、Fランクに昇格させてやる。まあ、その間は収入がなくなるだろうがな!」
昇格と聞いて意気揚々としていた4人は最後の収入がなくなるという言葉に諦めたように部屋から出ていった。