26話
まだ寒い森の中は朝露が溢れ、木漏れ日の隙間から射す早朝の光を反射して、清廉な雰囲気を醸し出す。
その澄んだ空気の中を軽快に音もなく疾駆する影がひとつ。
器用に木の陰から木の陰へと移り、誰に気付かれることなく影が通った後には僅かに朝露がこぼれ落ちるのみ。
小柄な体格とは裏腹に手には大振りなダガーが握られ、着実に目標へと距離を縮めていく。
標的は朝の澄んだ森には似つかわしくない『グギャグギャ』と独特な濁声を発生させる所謂、ゴブリンと呼ばれる低級な魔物。
1匹での強さはそれほどでもなく、1対1なら初心者の冒険者でもなんとか倒すことが出来るがはぐれゴブリンは珍しく、常に2~10匹ほどで群れている多く、また群れで集落を成す習性や繁殖力は旺盛ですぐに増える癖に報酬は少なく、冒険者達からは嫌われている魔物だ。
木々の間を颯爽と抜けて忍び寄る影は標的に気付かれることなく背後に立つと手に持ったダガーでゴブリンの脊髄を容易く貫き、簡単に命を奪う。
後頭部に刺さったダガーを引き抜くとベトッとした緑色の血液が刀身を汚すがしかし、それで終わることなくそのダガーは隣のゴブリンにも凶気を振るい突き刺さる。
そして、2体のゴブリンは悲鳴をあげることも自身の死に気付くこともなく、地面へと倒れていった。
「ふぅ~」
俺は標的に気付かれることなく仕止めたことで自身のスキルが通用することを悟り、安堵の息をつく。
ここはダンジョンがある街から西側に歩いて一時間程の距離にある森。
以前は街から近い東側の森で兎や鼠といった魔物を狩っていたのだがここ最近、西の森でゴブリンが増えてきたとの報告が冒険者ギルドに上がり、特別依頼が出されたので受けている。
ギルドからの特別依頼といっても強制とかではなく、率先して冒険者達にゴブリンの討伐を受注させる為に普段の報酬よりも割増になっており、低ランクの冒険者にとっては実入りは悪くなく、むしろ良いと言っていい。
俺自身、最近では西の森の魔物に歯応えを感じなくなっており、レベルの上がりも悪くなってきていたのでちょうどいいと思って依頼を受けることにしたのだ。
想像通り、これまで狩りをしていた西側の森よりも魔物は少し強く、西の森ではいなかった狼型の魔物や亜人型の魔物であるゴブリンなんかが新たに加わり、魔物自体の数も多いのかよく見つかる。
冒険者ギルドから出されているゴブリン討伐の内容は最低でも5匹の討伐。当然、それ以上狩っても報酬はその分上乗せして支払われる。
まだ早朝にも限らず、ソロで活動している俺ですら既に6匹目だ。本当にゴブリンの数が増えているのだと思う。
討伐証明としてゴブリンの耳を切り取り、腰に着けている小さめなずだ袋に放り込むと採るべき素材もないので遺体を放置して、次の獲物を探す。
遺体は森に住む獣や魔物が処理してくれるとのことで放置して構わないとギルドで確認済みだ。
本日は20匹くらい、だいたい金額にして4日分の宿泊代を目標にしている。
既に目標の4分の1以上を達成して意気揚々とした気分が立ち込めるが初めての森ということもあり、気を抜かず確実に地図スキルで地形を埋めながらも森の中を静かに進んでいく。
狩りは順調で10匹目を狩り終えたところで森には似つかわしくない人工的な洞窟を見つけることになった。
苔や倒木が少なく、それほど年月を感じない森の中に突如として開けた場所。
その中央に佇むようにぽっかりと口を開けた洞窟はまるで前世で見た廃線になった鉄道のトンネルのようだ。
鉄道のトンネルと違うところは天井にあたる中央部分の側面に街の教会でも見た蓮の紋章のレリーフが彫り込まれ、先が全く見通せないくらいか。
冒険者成り立ての俺でも何かを感じる。
ここに何かがあると・・・・・・。
この洞窟の先には何があるのか興味をそそられるが今日はゴブリンの討伐を受注している為、洞窟探検は止めておく。
本日中に冒険者ギルドに討伐の報告しなければ、依頼が未達成になってしまい色々と問題があるのだ。
それに街に戻れば、冒険者ギルドでこの洞窟について情報があるかもしれない。情報が何もない状況で無茶は禁物だ。
地図スキルでこの場所を記憶すると探索したいモヤモヤした気持ちを抑えつつ、再びゴブリンの討伐に戻るのであった。
◇
目標としていた20匹のゴブリン討伐は苦労することなく簡単に到達し、昼過ぎには33匹も狩れたので余裕を持って陽が暮れる前に街に戻ってきた。
冒険者ギルド内は依頼の精算で混み合う時間帯よりまだまだ早いとあって、精算カウンターは空いておりスムーズに報酬を受け取る。
これで6日分の宿泊代が稼げたと思うと今回のゴブリン討伐もなかなか悪くない。
ギルド職員達は冒険者達が依頼から帰ってくるまで時間がある為、嵐の前の静けさといった具合に各々、ゆっくりしているので森で見つけた洞窟のことを聞くなら今だろう。
近くにいる職員に声を掛けようとすると不意に後ろから声を掛けられる。
「あれっ?オリフィス君」
この声は癒しのレティシアさん!
「はいっ!オリフィスです!レティシアさん!」
「!!!」
威勢の良い返事でビクつかせてしまった。
「え~と、今日の依頼は終わったの?」
「今、精算が終わって報酬を受け取ったとこです」
「そうなんだ。頑張ってるんだね」
あ~、いつ見てもレティシアには癒されるわ~。
「そうだ!昨日、新しい本が増えたんだけど良かったら読んでみる?」
「はい、読みに行きます!」
正直、文字の読み書きを覚えてしまった今となっては新しい本にあまり興味は湧かないがギルドの資料室は俺にとって数少ない憩いの場だ。
誘いを無下にするわけにはいかない。
ついでに物知りなレティシアさんなら森で見つけた洞窟について知っている可能性が高いとも思っている。
俺は足取りも軽やかにレティシアさんの後について、資料室へと向かうのであった。
二人っきりのギルド資料室。
新しく手に入れたという本をレティシアさんから手渡され、本を読む口実で来たからには読まない訳にはいかない。
レティシアさんが新たに仕入れた本は古代に滅びた文明について書かれた古書に歴史家が独自の解釈を付けて解説している本。
興味のない人にはトコトン面白くない本だ。
もれなく俺の琴線にも触れることなく、ひとり興奮気味に古代の文明とこの本について熱く語るレティシアさんには若干引きいている。
だが相手は容赦してくれない。
仕方なく、曖昧な相槌で聞き流しつつ話が途切れるのを待つ、レティシアさんの熱い語りに間ができたところで今回の本題へと話題をすり替える。
「そう言えば今日、西の森を探索している時に変わった洞窟を見つけたんですけど、レティシアさんは何か知っていますか?」
少々、強引な話題転換だがこれ以上、熱弁を振るわれては俺の表情筋が崩壊する恐れがあるのだ。
唐突な話題ではあったが思い当たる節があるのか小声で『西の森の洞窟』と呟いている。
どうやら話を折ることに成功したようでこの瞬間、俺は心の中で安堵の息をつく。
やっと興味のない話から解放されるのだと・・・。
だが俺の期待は裏切られる。考え込んでいた表情から一変、レティシアさんは目を見開くと俺の方に身を乗り出しながら興奮口調で喋り出す。
「オリフィスくんもあの洞窟に行ったんですねっ!どうでした?!古代人が造ったと言われるあの洞窟は?中は見ましたか?!」
折角、話題を替えることに成功したと思ったのに俺の知りたい洞窟も古代文明絡みだったとは・・・。
「で古代の洞窟を初めて見た感想は?!」
・・・今日は長くなりそうだぜ。
◇
陽も完全に傾き、ギルドの併設された酒場では冒険者達が依頼達成を労っているのだろう。盛り上がっている声が響いてくる。
資料室には俺とレティシアさんしかいない為か、やけに一階の喧噪が耳に届く。
あの後、レティシアさんから怒涛のごとく、質問責めにあったがなんとか捻り出した言葉が「わくわくした」とか「今度、探索しようと思ってる」だった為、火に油を注ぐ結果となり、レティシア節は加速した。
それでも収穫はあったと思う。
あの『西の森の洞窟』は過去に3回程、帝都の調査隊が調べており前回の調査はちょうど1年前くらいに行っているとのことだ。
その際、3回目の調査にレティシアさんも同行したとのことで彼女が知っている限りのことを話してくれた。
・解ったことその1。
西の森の洞窟は古い文献によれば、『影の祭壇』と呼ばれているらしい。
・その2。
『影の祭壇』内では魔物は出ないらしい。
・その3。
『影の祭壇』の奥には名前の通り祭壇があるらしいのだがそれ以外には何もないらしい。
・その4。
過去3回の調査で解ったことは特にないらしい。唯一、不思議なことが入り口の近くに松明がひとつあるらしいのだが魔法の力か何かで決して消えることがないとのことだ。ただし、松明を『影の祭壇』、洞窟の外に持ち出すと松明ごと消えてしまうらしい。
俺は知りたい情報を手に入れたので一言お礼を言うと資料室を出ていく。
これ以上の長居は無用だ。




