24話
早朝から続いたハードな追い駆けっこも終わりを迎え、路地裏は陽に嫌われているかのごとく暗闇に染まってゆく。
今日もなんとか捕まることなく乗り越え、誰もいない路地裏に片膝を着いて、荒れ狂う呼吸が鎮まるのをじっと待ち続ける。
朝から水以外の物を胃に入れていない為、空腹と疲弊は色濃く身体が鉛のように重たい。
今日こそはと意気込み、巧みな連携を見せるもここまで追い込んだ俺を捕まえることが出来なかった冒険者達の心情は如何ほどのものか、想像するに難くない。
しかして、ただひとりで逃げ続ける俺の辛さにも同情の余地はあるはずだ。
酷く重たい足を引摺り、お腹と背中がくっつきそうな体で街の中央部に建ち並ぶ飲食街へ向かう。
欲望の向くまま、強烈に俺のお腹と鼻を刺激する飯屋へと入れば、向けられるは最近で慣れてしまった敵意にも似た視線。
されど視線など気にもならない程の空腹を満たすのが先だ。
注文して出された料理をぺろりと平らげると明日の朝食用に持ち帰れる物を追加で注文すれば、人心地ついたと今日の成果を確認する。
【名前】:オリフィス
【種族】:猫人種[黒猫]
【レベル】:3
【クラスⅠ】斥候Lv3
【クラスⅡ】格闘家Lv3
【スキル】53P
地図化Lv-、聴覚強化Lv8、暗視Lv5、危険察知Lv6、隠密Lv8、忍び足Lv6、逃走術Lv6(up!)、短剣術Lv2、格闘技Lv6、奇襲Lv4、身体強化Lv7、回避Lv5(up!)、自然治癒Lv8
スキルレベルが上がったのは逃走術に回避のみ。
流石にスキルレベルが高くなれば、上がりも鈍くなる。それでもスキルポイントは52Pも増えていると喜んで良いのか。
本日の苦労を鑑みれば、筆舌に尽くし難い。
ともあれ、このポイントを利用しなければ、明日は更に厳しい展開しか訪れないだろう。
本日の反省を振り返るとポイントを消費していく。
【スキル】1P
地図化Lv-、聴覚強化Lv9(up!)、暗視Lv5、危険察知Lv6、隠密Lv8、忍び足Lv6、逃走術Lv6、短剣術Lv2、格闘技Lv7(up!)、奇襲Lv4、身体強化Lv10(MAX!)、回避Lv5、自然治癒Lv9(up!)
【複合スキル】
俊足(new!)
また、使えそうなスキルが生えてきた。
[俊足]compound skill
・走る速度が1.5倍に強化される。
※クラス【斥候】系限定の複合スキル。種族によっては生まれ持っている者もいる。
[身体強化]+[速度系スキル]のスキルレベル合計値が15を超えること。
種族によっては生まれ持っているというのは身近なところだと、黒豹族のイーガさんがあたる。
事実、俊足は豹人種や一部の犬人種の専売特許的なスキルだったはず。
知られれば、妬みの種になりそうだ。
それよりも今、考えるは新しく増えた複合スキル。
その効果の倍率は1.5倍とはいえ、速度100キロなら150キロになるわけでかなり破格な効果だろう。
次にポイントを割り振る場合にはその辺りも考慮した方がよさそうだ。
空腹を満たし、疲労も回復してきたところで報告の為、冒険者ギルドへと向かうとする。
冒険者ギルドのホールを横切れば、隣接する酒場からは昨日よりも明らかに憎しみが篭った視線を送られるが華麗にスルーして、慣れてきた会議室の中へーーー。
先に夕食を済ませた為、いつもより遅いとあって会議室にはすでにギルマスと教官が待っていた。
「やぁ、今日は遅かったね」
特に報告の時間が決められているわけでもないので謝罪も言わずに対面に座る。
聞き分けのない子供を見るようにギルマスはやれやれといった具合に両手を広げて、小さく首を振った。
「それで今日はどうだった?」
反応しない俺に見切りをつけたのか、新たに話を切り出してくるが表情はニヤニヤとして物言いは含みを持たせた言い方だ。
もう間違いなく、こいつが高ランク斥候を焚き付けた張本人であることは疑いようのない事実であろう。
「今日は誰かさんのせいで最悪でしたね」
斜に構えつつ、薄目で俺が出来る最大の嫌味を含めて言葉で返すがまったく堪えていない様子。
「さて、何のことかな?」
相変わらず、ニヤニヤとした表情は崩さず惚ける様には苛々が積もる。
出来れば、ここで「お前が高ランク斥候を吹っ掛けるから大変だったんだろうが!」と文句のひとつも言ってやりたいところではあるがこちらが明確な証拠を提示出来ない以上、惚けられてはぐらかされるのは目に見えているので睨むに留めて何も言えない。
「「・・・・・・」」
「今日は何人だ?」
「・・・・・・」
会話が止まったところでダウナー教官からの催促にも機嫌が悪いアピールの為に無言で冒険者カードを取り出すと机の上を滑らす。
「ほう?・・・この4人が違反か・・・」
最近、研修を行ったばかりの4人だったから教官も覚えていたのだろう。
カードを見た後、俺に向けるその目からは俺を疑っている色が混じっていた。
「ほんとにコイツらがルールを破ったのか?」
教官から放たれる嫌な圧力に変な汗が出てくる。
「ルールは破っていないが騙し討ちしようとしてきたから・・・」
圧力に屈した俺は速攻でゲロった。嘘をついても黙秘を貫いたとしても本人達から語られれば、バレるのは時間の問題だから。
「・・・まあ、いいか」
どうやら納得してもらえたというより教育する対象がいないと詰まらないからといった心の変動が見え隠れしていたが既に賽は投げられた後なので最早、俺の預かり知らないところだ。
教官からギルマスに視線を戻すと報酬をさっさと出せと目で催促する。
「はあ~、そんな態度をとられるとうちの息子が反抗期だった頃を思い出すよ」
渋々といった感じで金貨を投げ渡してくるのでそれをキャッチするともう用はないと立ち上がる。
俺の態度にギルマスは再びやれやれと首を振る。会議室から出るのと同時にギルマスの溜息が聞こえた。
会議室を出れば、本来なら左へ向かいギルドホールを通って外に出るのが普通だがこの後から監視がついていることを考えて今日は趣向を変える。
ギルドホールとは逆の廊下を素通りし、突き当たりにある木窓から外を覗きこむ。
窓の外はまだギルドの敷地であり、小さな庭までとはいかないが建物から塀までゆとりがある造りになっていた。
俺は木窓を空けて、そこから身を乗り出して飛び出すと冬の季節ということもあり、短く生え揃った草の上に降り立つ。
踏み締めるごとに草の青臭い匂いが立つのも気にせず、助走をつけと塀を飛び越え、夜の街の中へと溶け込ますのであった。




