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黒猫のオリフィス  作者: くろのわーる
目覚めと鬼ごっこ

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22/27

22話






 常識として逃げる前にちゃんと料理の代金の支払いを済ましておく。


 俺達は軽い雑談を交わしつつ、タイミングを見計らい男がトイレへ立つとその際に酔って足が覚束無い演技を入れるので俺も演技で肩を貸して二人で連れ添う。

 そんな俺達を店内で監視している奴らは目で追うだけで不審には思っていない様子だ。


 肩を貸したまま、トイレに入ると中はまるで小さな公園にある不衛生な公衆トイレを思い出させた。

 そして、大人では無理だろうが小柄な俺ならギリギリ抜けられそうな小窓がひとつ。


 この監視者に囲まれた状況から脱する為に男が提案した方法とはトイレの小窓から逃げるといったものだった。

 方法としては少々、拍子抜けだが他に監視者の目を欺く手段がないので仕方がない。


「さて、手助けするのはここまでだ。俺が臭い演技までして手を貸したんだからギルマスにきっちり一泡吹かせてやれよ」


 男は酔った演技から素に戻ると激を飛ばしてきた。

 それにしてもこの男はなぜ、俺なんかに肩入れしたのか気になる。


「なんで助けてくれたんですか?」


 気付けば、自然と疑問を口にしていた。

 男は少し考える素振りを見せるもすぐにまた無邪気な笑顔で答える。


「・・・なんでか、その方が面白いと思ったからだ」


 言ってることはめちゃくちゃでギルマスや教官に似ているがこの憎めない感じはなんだろう。


「まあ、あのギルマスが悔しがる様を見るのも滑稽だしな!」


 無償で助けるには納得し難い理由ではあるがギルマスを悔しがらせたいという部分には共感が持てて、俺も知らぬ間に笑顔で自己紹介していた。


「自己紹介がまだでしたよね。知ってるでしょうが改めて俺はオリフィスです」


 いきなりの自己紹介に呆気に取られたのかちょっと間抜けな顔になったがまた無邪気な笑顔に戻ると男も答えてくれた。


「俺はヨルン。ヨルン・サイレスだ」


 まさかの苗字持ちに冷や汗が出る。

 この帝国で苗字を持てる者は貴族もしくは貴族位に相当する者だけと限られている。


「あ~、俺は冒険者から成り上がった質だがらあまり緊張するな」


 つまり、冒険者から貴族位を獲たということは最低でもAランクということだ。


「それよりもさっさと行けよ。長いことトイレにいると不審に思われるぞ」


 出来ることならもう少し話を聞きたいところだが時間的余裕がない今となってはもう遅い。


「ヨルンさん、ありがとう」


「気にするな。俺がしたくてやったことだ」


 窓枠に飛び付くと無理矢理に体を捩じ込んでいき、脱出するのであった。


 オリフィスが脱出した後もヨルンはしばし、その場で立ち尽くしそっと呟く。


「・・・オリフィスか、お前とはまた何処かで会いそうな気がするぜ」




 その後、俺達がなかなか店内に戻って来ず、不審に思った監視者が確認に来たのは10分は経ってからだった。




 小窓から出た先は暗く細い路地。

 人影はなく、監視している高ランク冒険者達は飯屋を挟んだ反対側に潜んでおり、ヨルンさんから聞いた高ランク監視者は4人。

 いくらスキルレベルを上げたからと言ってもスキルが馴染まなければ、完全には使いこなせないので気は抜けない。


 監視者達がいる方向とは逆方向にゆっくりと静かに歩みを進めていく。


 路地を進み、充分に監視者達から離れたところでさっきまで食事をしていた飯屋の方から雄叫びが聞こえてくる。

 どうやら低ランク冒険者達は俺が抜け出したことに気付いたようだ。

 ここからは迅速に移動する。


 1日目、2日目と街壁に近い貧しい地区で宿をとったり、身を潜めたり暴れもしたので今夜は嗜好を変えて、高級な宿屋やお店が多く建ち並ぶ地区に身を潜めようと思う。

 またいつもように街壁の近くではすぐに発見されそうだし、俺を追う冒険者や監視者達には認識されているだろうと考えてだ。




 大きく街中を迂回して、引き返す形になったが無事に高級住宅やお店がある地区まで辿り着いた。

 ここは住宅が一軒ずつ塀に囲まれており、他の地区とは趣きが明らかに違う。

 例えるならアメリカのビバリーヒルズか。地区の範囲はかなり狭くはなるが。


 高級な住宅も多いとあり、辺りは魔道灯が規則正しく設置され、喧噪など無縁とばかりに静まり返っている。

 注意するべきは家を警備する兵士や不審者を取り締まる見廻りの衛士が徘徊していることか。


 突っ立っていて見つかれば面倒なことになるので以前に地図スキルの空白を埋めるついでに目をつけていた家に行く。

 なんだか行動が泥棒のようだが見つからなければ、どうってことはない。

 俺が目をつけていた家はこの地区の端にあり、比較的小さくもしっかりした造りの家で警備の兵士もいない。俺の想像では商店を息子夫婦に譲り、隠居した老夫婦が住んでいる設定だ。


 高さ2メートル程の塀を一足で飛び越えると音を立てないように着地する。

 塀の中は庭を囲うように庭木やよくわからない草花が植えられ、落ち着いた雰囲気で老後には良さそうな風情だ。

 庭木や草花に隠れるように敷地内を塀に沿って移動し、家の裏側に入り込む。

 窓はカーテンが閉じられ、その隙間からは僅かな光が漏れ出している。住民はまだ起きているのだろう。


 勘違いしている奴はいないと思うが家に泊めてもらう訳ではなく、ちょっと軒下を借りるだけだ。

 なんせ今頃は高ランク冒険者達が血眼になって俺を探しているから宿屋に泊まるなど出来ないだろう。


 今の季節は冬。雪は降っていないが早朝ともなれば、霜が降りる寒空の下で野宿するのは厳しいものがあるが思い出してほしい。俺の出身が極寒の地であることを。

 流石に楽ではないが雨風を凌ぐことさえ出来れば、俺でも無茶ではない。


 買ったばかりのフード付きローブを深く被ると家の裏に積み置かれていた木箱の間に身を縮め、身体を休めるのであった。











 俺が逃走してから数時間が経ち夜も深まった頃。

 冒険者ギルドの3階にあるギルドマスターの執務室にて3人の男達が向かい合って話をしていた。


「じゃあ、オリフィスにまんまと撒かれたと?」


 報告の為に訪れた冒険者を鋭い視線で睥睨へいげいするのはこの部屋の主であるギルドマスター。


「撒かれたというか現在、捜索中です」


 報告をしているのはオリフィスの監視にも加わっていた高ランクの斥候スカウト


「それを撒かれたと言うんじゃないのか?」


 相手は冒険者になったばかりの格下と高を括っていただけに撒かれたことで面子を潰され、ギルマスからは責められ苦虫を噛み潰したような表情になるがすぐに表情を元に戻すと告げる。


「明日の朝までには必ず見つけ出します」


「わかった。明日の朝にもう一度聞こう」


 ギルマスの返事を聞くと冒険者は足早に執務室を出ていった。

 部屋に残っているのは主であるギルマスにオリフィス捕獲の依頼を出したダウナー教官の2人。


 冒険者が立ち去り、気配が遠退くのを確認すると2人は声をあげて笑う。


「どうよ?オリフィスの奴は俺の言った通り、サイコーだろ?はっはっは!」


「くっくっくっ!確かにな!見たか?まんまと逃げられたアイツの顔を!傑作だったな!」


「おい!そんなに笑ってやるなよ!可哀相だろ!はっはっはっ!」


「それにしても高ランクの斥候スカウトからも逃げ切るのか!そりゃあ、お前からも逃げ切るわ」


「アイツは追い込まれると力を発揮するタイプだからな」


「そうは言っても相手は高ランク斥候4人だぞ?正直、見くびっていたな!くっくっくっ!」


 この夜、不気味な2つの笑いは長く続いたらしい。







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