21話
1日目に続き、本日も冒険者ギルドへと報告に訪れれば、受付嬢に導かれて会議室に通される。
どうやらギルマスとダウナー教官は忙しいのかすぐには現れず、会議室では手持無沙汰でイスに座り、足をブラブラとさせていた。
暇だから本日、得たスキルポイントの使い道を考えているとドアが開き、教官だけが入室してくる。
教官はいつもに比べて機嫌が良いのかうっすらと笑顔を浮かべている。
これはあれだ。訓練で俺をボコボコにした時の笑顔と同じだ。恐らく、ルールを破った昨日の冒険者達に指導を行ってスッキリしているのだろう。その証拠に訓練場の土で少々埃っぽい気がする。
「よう!お疲れさん。今日は何人の奴が違反したんだ?」
この陽気さ、俺の推測は間違ってなかったようだ。
「今日は4人ですよ」
素っ気なくそれだけ言うとポケットから4枚の冒険者カードを取り出し、カードを教官に向けてテーブルの上を滑らせる。
教官はカードを受け取ると不気味な笑顔を張り付けて、ニヤニヤと冒険者カードを確認していく。
「Eランクが3人にFランクが1人か、今日の奴らより骨があればいいがな」
再教育される冒険者達には気の毒だが所詮は他人ごとなので教官が楽しそうで良かった。
ガチャ
「やあ、待たせて悪いね」
ちょうど、会話も途切れたタイミングでギルマスが会議室に訪れ、教官を一瞥するも特に何か言うこともなく俺の対面に座る。
「さて、今日はどんな感じだったかな?」
俺は冒険者達をボコボコにしたことは伏せて、話をすすめ問題なかったとだけ告げる。
「・・・ふーん。そういえば、昨夜に冒険者9人が襲われる事件があったんだが何か知らないかい?」
この言い方は明らかに解っていて聞いてきている。俺は溜め息をひとつ吐くと観念し、昨夜の顛末を告げる。
「なるほどね。ちなみにその冒険者達から気が付いたら所持金が盗まれたと訴えがきているが盗ってないよね?」
「盗ってないですね。むしろ次からは盗りましょうか?その方が俺もやる気が出ますし、そもそも自己責任でしょう」
「うーん、意図して盗るのは流石にちょっと不味いかな。まあ、私もオリフィス君の言い分はもっともだと思うから訴えてきた冒険者達には自己責任だと伝えておこう」
今考えれば、街中で倒れていれば財布を盗られるのは当たり前だよなと思う。
なんせ、この異世界よりも遥かに治安の良い日本でも酔っぱらって路上で寝てしまった日には財布をすられるのだから。
報告も終わり、報酬を貰い会議室から出ようとすると教官が声を掛けてきた。
「お疲れさん、明日も期待しているからな」
教官の期待しているは明らかに違反者をもっと連れてこいということだろう。
「そうだね。明日も『しっかりと』頑張ってくれたまえ」
何だが意味深な雰囲気でギルマスに言われ、俺は首を傾げずつも会議室を後にした。
ギルドホールでは相変わらず、多くの視線に晒されるが昨日よりもなんだか剣呑としている気がする。
こんなところで長居しては絡まれるのが目に見えているのでさっさと退散する。
そして、俺がギルドから出た後にギルドホールに併設された酒場では飲んでいた者が数人立ち上り後を追うようにギルドを出て行く。その装いは低位ランクの者ではなく、中・高位ランクの者達で独特な空気を纏うさまは一筋縄ではいかない予感を感じさせていた。
ギルドを出てから夕食を食べるために飯屋を目指した俺は向かう途中も警戒を怠らず、周囲を探れば懲りもせずに後を付け狙う輩がいるわいるわ。数は軽く一桁を越えて、二桁に届いているだろう。
しかし、俺も日々学習するわけでいきなり狩りを始めたりはしない。まずは腹ごしらえをしてその後に食後の運動だ。2回目ともなれば、余裕も生まれてくる。
大通りから外れ、裏通りを幾つか通り過ぎて地区整備が行き届いていないのか建物が乱立し曖昧な地区にある下級と中級の間くらいの飯屋兼宿屋へと入る。
店内は冒険者達で賑い上品さなど、欠片もない喧騒が似合う活気のある食事処だったのだが俺が顔を見せるなり、店内は鎮まり返った。
それも仕方がない。今の俺は冒険者達にもっとも熱い話題を提供する時の人なのだから。
ギルドホールと似たような視線を受けながらもひとりカウンター席に座り、おすすめの料理を頼む。
背中からはひそひそと俺についての会話が聞こえてくる。そして、俺の後をつけていた連中も入店してきて店はすぐに満席になった。
料理が出てくるまで出された水を飲みつつ、入ってきた連中の顔を念入りに記憶していく。
「よう!お前が噂の『黒猫人のオリフィス』か!」
注文した料理が出てくるのと声を掛けられるのはほぼ同時だった。
声を掛けてきたのは冒険者にしては甘いマスクにほろ酔いなのかやけに調子が軽そうな二十代半ば程の男。
「噂は聞いてるぜ!Fランクのくせにやたらすばしっこくて低ランクの奴らを手玉に取って逃げ続けているんだろ?やるじゃねーか!」
「やるじゃねーか」といい、肩をバンバン叩いてくる。 正直、無視して今すぐにでも目の前の料理を口にしたいところなのだが如何せん。
この男、滅茶苦茶に強いと思う。
なぜか俺の本能が最大音量で警鐘を鳴らしているのだ。
「こんな処で飯食ってるなんて余裕だな!」
俺は苦笑いを浮かべつつ、内心ではお前みたいな奴がいることを知ってたらこの店に入ってねーよと叫ぶ。
「まあ、料理が冷めちまうから食えよ。ここの飯はうめぇぞ!」
料理は冒険者受けを狙ってか脂がのった分厚いステーキだ。
こんなお肉、オリフィスの人生でも数えられるくらいしか食べたことがないのにあまり味を感じない。
原因は隣に腰掛けた男。
「それでなんでお前、ギルドぐるみで特別依頼なんかやってるんだ?」
純粋に疑問に思っていたのだろう。明け透けに聞いてくる。
特に隠すことでもないのでギルマスとダウナー教官の悪行を10割増で食べながら話す。その話に店内の全ての人が耳を傾けている。
話し終わる頃にはステーキも食べ終わり、あれほど頭に響いていた警鐘も鳴りを潜めていた。
男はジョッキに残っていたお酒を呷ると「俺も参加したかったぜ、もちろん逃げる方でな」と語り、肩を組んでくる。
「(ところでお前監視されてるのは気付いてるか?)」
不意に俺にしか聞こえないよう小声で話し掛けてきたので無言で頷き、店内にいる奴らのことだろと目線で返事をする。
「(ちげーよ、俺が言ってるのは店の周りに潜んでいる奴らのことだ)」
「!?」
「(反応するんじゃねーよ、馬鹿やろう!)」
そんな奴らがいるなど露ほどにも思っていなかった俺は驚きのあまり反応してしまい叱責される。
「(外にいる連中は店内の奴らなんかよりもランクの高い連中だ。大方、お前の情報でも売って儲けようとしてるのか、ギルマスの差し金だろうな)」
なんでギルマスが出てくるのか疑問に思っていると男はその理由も教えてくれる。
「(どうせ、お前があまりに上手く逃げるもんだから少しでも面白くする為に高ランクの斥候を雇って低ランクの冒険者達に情報を流す腹づもりなんだろうな)」
理由を聞けば、あのギルマスならやりかねないと思えてくる。
そう言えば、会議室での去り際に意味深な言い方をしていたし。
思わず俺は頭を抱えたくなるが男はある提案をしてきた。
「(俺が逃がしてやろうか?)」
まるで屈託ない無邪気な子供のような笑顔に吸い込まれそうになる。
「(とは言っても無事に逃げ切れるかどうかはお前次第だがな)」
教えられてやっと、外にいる連中を僅かにしか認識出来ない今の俺では男のいうようにギルマスにいいように転がされてしまう。そんなのは後免被る。せめて、ギルマスに一泡吹かせてやりたい。
俺の中ではすでに性格の悪いギルマスが関わっていると決めつけている。
男の提案を受け入れることにして、俺も逃走の為にスキルポイントを消費する。
【名前】:オリフィス
【種族】:猫人種[黒猫]
【レベル】:3
【クラスⅠ】斥候Lv3
【クラスⅡ】格闘家Lv3
【スキル】1P
地図化Lv-、聴覚強化Lv8(up!)、暗視Lv5、危険察知Lv6、隠密Lv8(up!)、忍び足Lv6(up!)、逃走術Lv5(up!)、短剣術Lv2、格闘技Lv6、奇襲Lv4、身体強化Lv7(up!)、回避Lv3、自然治癒Lv8(up!)
逃走術のレベルを3つ上げて、他に逃げるのに有効そうなスキルは1つずつ上げる。
さて、準備は整った。得体の知れない男の口車に乗るのは不安だが何とかなるだろう。




