19話
1日目の追いかけっこが終わり、俺は冒険者ギルドへと報告の為に顔を出していた。
「お疲れ様です。ギルドマスターがお待ちですので案内させてもらいますね」
報告に来た俺の顔を見て、受付嬢に通された場所は話し合いをした会議室だった。
待たされること数分。
現れたのはギルマスとダウナー教官の二人。
今回は対面に二人が座るかたちで報告を行う。
「で低位ランクの冒険者達に追い掛けられた感想は?」
ギルマスから感想は?と聞かれてもただただ鬱陶しかっただけなので素直に答えておく。
「とにかく数が多くて次から次へと人数が増えて鬱陶しかったくらいですね」
「なるほどね。追い込まれて危うく捕まりそうになったとかはなかったかい?」
「それはなかったですね。それぞれがお互いを牽制し合っていて連係でもされない限り捕まる気はしないですね」
「わかった。報告ご苦労様。明日も頑張ってくれ」
これで報告は終わりのようでギルマスはポケットから金貨1枚を差し出すと机の上を滑らせてきたので受け取り、会議室を出ることにする。
会議室のドアノブに手を掛けたところでもうひとつ用件を思い出した。
「そうだ。ルールを破った冒険者が2人いたんで冒険者カードを回収しときました」
ポケットから2枚の冒険者カードを取り出し、ギルマスに渡す。
ギルマスはカードを受け取ると一瞥してから教官に渡して「意外と少ないな」などと呟き、教官も残念な表情を浮かべいた。
余程、冒険者達をシゴくことを楽しみにしていたのに2人しかいなくてガッカリしたのだろう。
そんな教官の近くにいれば、とばっちりを受ける可能性があるので会議室からさっさと立ち去るに限る。
会議室からギルドホールに戻ると来た時にはあまり感じなかった数多の視線が向けられていることに気が付いた。
視線の種類は俺を観察する類が殆んどだが中には憎しみが籠った視線も混じっている。
そんな中、こそこそと俺に対する言葉が聞こえてくる。
「(マジであんなガキ一匹捕まえるだけで金貨10枚だなんて旨い依頼だな)」
「(あんなガキも捕まえられないなんてヒヨッコ共は何してんだ?)」
「(あ~、俺がEランクだったらすぐに捕まえてやるのによ~)」
長居しても良いことはないと聞こえてくる雑言を流してギルドから立ち去る。
ギルドを出るといつもの宿屋を目指して夜道を歩く。
夜の帳が下り、飲食を目的とした人々で街は活気に満ちている。
そんな行き交う人々に紛れて一定の距離を保ち、俺の後をつける足音が9つ。
その内、足音からして素人が6人に追跡が専門クラスだと思われる足音が3人。
どう考えても完全につけられている。
目的は俺の監視と今夜、泊まる宿の確認といったところだろう。
そして、陽が昇るとともに捕獲しようという腹づもりか。
まあ、俺が捕まえる側だったら同じことをすると思うが現在やられている立場からすると全く厄介な連中だ。
このまま放置して明日を迎えたのでは流石に逃げることは厳しいので時間外労働を覚悟する。
さて、俺の充分な睡眠時間の為にも決めれば即行動あるのみ。
大通りから徐々に離れ、裏通りに入れば灯りが乏しくなり隠れるに適した闇が此処彼処にある。
細い路地に差し掛かった所で今までの歩みとは打って変わって路地へと駆け出す。
後をつけていた連中も俺の急な動きに戸惑いながらも駆け出す。
どうせバレていないとでも過信していたのだろう。
路地を駆け抜けて、次の路地へと入り込む。
いくつかの路地を駆け抜けて身を隠すにちょうど良い物置き場を見つけたのでその影に潜み、足音へと集中する。
どうやらバラけて捜し始めたのか近くにいる足音は減っている。
身を潜めること数分。ひとつの足音が近付いてきた。
足音からしてまだ俺には気付いていない様子だ。
息を殺し、極限まで気配を絶ち追跡者を待ち構える。
相手は自分達こそが追い込む方だと思っているだろうがそれが間違いだということを教えてやる。
追跡者がゆっくりと路地を進んで俺の前を通り過ぎる。
その瞬間、身体に溜めていた力を開放するかの如く、追跡者の背中に飛び付き、すかさず腕を相手の首に回して締め上げる。
所謂、チョークスリーパーだ。
俺の細腕はやすやすと相手の首に巻き付き、完全に極っては外すのは困難だろう。
何より俺にはスキル『奇襲』に『格闘技』、そして『身体強化』がある。
追跡者は小さな呻き声すら上げることが出来ずに地に伏すこととなった。
裏路地には地面に倒れ伏せた冒険者と闇の中、妖しく光る猫科の双眸があるのみ。
見事に獲物を狩れたことに口角が僅かに上がる。
この調子で残りも狩り尽くしてやろう。
夜行性の狩猟本能が目覚めたのだった。
◇
狩りを始めてからおよそ1時間で追跡者全員を冷たい地面のベットに寝かせて、本日の時間外狩猟は終わった。
今夜の様子からでは俺が最近使っていた宿屋はすでにマークされている可能性を危惧して、そのまま近場にあった宿屋へと鞍替えする。
新しく泊まる宿屋は寂れた感じで中も外観に負けることなく質素なことになっており、その為か宿泊する冒険者は見当たらない。
正直、不満ではあるが他の冒険者がいないことは今の俺にとってはかなり適した宿だ。
念の為に夕食を部屋まで運んでもらい、寂しくひとりで食事を摂る。食事が終わったらステータスの確認をする。
というのも逃げたりしている間にスキルレベルが上がった感覚があったからだ。
【名前】:オリフィス
【種族】:猫人種[黒猫]
【レベル】:3
【クラスⅠ】斥候Lv3
【クラスⅡ】格闘家Lv3
【スキル】17P
地図化Lv-、聴覚強化Lv7(up!)、暗視Lv5、危険察知Lv5(up!)、隠密Lv6(up!)、忍び足Lv5(up!)、短剣術Lv2、格闘技Lv5、奇襲Lv2、身体強化Lv5(up!)、回避Lv3、自然治癒Lv6(up!)
「おっ!」
俺は自身のステータスを見て、驚きの声を上げる。それもそのはずスキルポイントを『身体強化』と『自然治癒』のレベル上げに消費して3Pしか残っていなかったポイントが14Pも増えているではないか。
どうして増えたのか考察し、ある結論に至る。その結論というのは本日、俺が気絶させた人数だ。
確証はないがおそらく間違いないと思う。ちょうど、明日も追いかけっこはある訳だし、検証の機会はある。
そして、スキル郡だが今日だけで聴覚強化と危険察知、隠密、忍び足がなかなかのレベルまで成長している。
この追いかけっこが決まった当初は面倒臭くて嫌だったがこれほどスキルレベルが上がるなら悪くないと思える。しかも、スキルポイントまで増えるのだ。
この成長っぷりはまさにボーナスステージに突入したかのようで笑いが込み上げてくる。
増えたスキルポイントは上がりにくく、それでも絶対的な恩恵を約束してくれる『身体強化』と『自然治癒』に振ってから今日は就寝する。
この日、一方的な戦闘での興奮と明日への楽しみで遠足前夜のようになかなか寝付くことが出来なかった。




