16話
俺を探すジャンを見送った後、今後の逃亡について考えていた。
まず、こっそりと宿屋で身を隠すのは悪手に思える。
理由は訓練に寝坊した際に教えてもいないのにダウナー教官があっさりと俺を探り当てたからだ。
残る手は2人の怒りが冷めるまで逃げ続けるのみ。
いっそのこと、街を出るのも悪くないかもしれない。
ただ、他の街が何処にあるのかさっぱり知らないし、俺はダンジョンでお金を稼ぎたいのでこれは最終手段にしたい。
となれば、少しでも逃走ルートを確保する為にも街中の地図は埋めておいた方がいいだろう。
ついでに休息したいのでどこか安心して寝られる場所も確保したい。
思い返せば逃げない方が良かったのではないかと後悔が押し寄せるが残っていたら最悪死んでいたかもしれないのだ。
俺は寝不足で気だるい身体に鞭を打ち、警戒しながらの生き残る為の探索が始まった。
◇
街中をひたすら歩き回り、地図を埋め終わったのが陽も暮れてきた頃、安心して休息出来そうな場所はこれといって見つけることが出来なかったが変わりに変装用のフード付きローブを買った。
これで目立つ猫耳は隠すことができるだろう。
地図埋めが終わった俺は一先ず、冒険者ギルドから離れた外壁の近くを歩いている。
そこへ今まで聞いた足音の中でもっとも静かな足音がずっと俺についてきていることに気付いた。
「お前がオリフィスか?」
声を掛けられるのと俺が駆け出すのは同時だった。
「ちっ!」
舌打ちを捉えつつ、逃げ切ると決心した刹那。
俺の横を疾風が走り抜けて、後ろにいたはずの気配は正面へと回っていた。
・・・速すぎる。
今の俺では逃げ切るなど到底無理な相手だ。
「逃げんじゃねーよ!こっちはお前に用があるんだ!」
「何の用ですか?」
逃げ切ることは不可能だと観念し、大人しく用件を聞く。
「俺はギルマスからの依頼でお前を連れてこいと言われている」
ギルドマスターからの呼び出しとはいったい?用件を聞きながら改めて相手を観察する。
細身に見えるがわずかな仕草からでもしなやかな筋肉に覆われていることがわかる。
何より目を引くのは頭部に俺と同じ猫耳がついていた。
この街に来てから初めて遭遇した同種族に故郷を思い出し嬉しさが込み上げてくる。
「わかったならいくぞ、ついてこい」
俺が大人しくなったから素直についてくると思ったのか冒険者ギルドへと向かって歩き出した。
前を歩く人物を見れば、夜と同化する様な漆黒色な尻尾が揺れている。
「あの自己紹介がまだなんですけど、名前はなんていうんですか?」
故郷以外で会う自分と同じ種族にたまらず興味がわく。
「名はイーガだ」
「この街にはイーガさんの他にも猫人種の仲間とかっているんですか?」
獣人族は同じ種族で群れることが多く、俺が知らないだけで猫人種のコミュニティが存在するかもしれない。
あわよくば、もし存在するなら俺にも紹介してもらいたいと思っていたのだがイーガの次の言葉で俺の望みは儚く砕ける。
「俺は誇り高き黒豹族の戦士だ!お前みたいな愛玩族と一緒にするな!」
同じ黒猫人と勘違いして声を掛けたら激怒させてしまった。
それも仕方がないことでイーガが激怒した理由には訳があったりする。
猫人種にもいくつか種族があり、猫人・豹人・虎人・獅子人の4つの種族が存在するのだがそもそも猫人族との呼び方は人族達が勝手に4つの種族を総称して呼ぶようになったのが始まりで世界にそれが広く浸透してしまい猫人族以外の3つの種族はないがしろにされて怒っているのだ。
ちなみに俺の種族である猫人族には黒猫の他に白猫、三毛猫、茶虎猫などがいる。
イーガさんの豹人族には豹、黒豹、雪豹の3つの部族に分かれている。
他は虎人族だと虎、白虎がおり、獅子人族は獅子だけなのだが一人だけ金獅子という例外が存在する。
最高位の土属性魔法『金蓮の魔法』を所持する金獅子王だ。
俺も冒険者ギルドの資料室にあった本で読んだだけなので見たことはないが鬣は勿論のこと、体毛も金色でまさに百獣の王に相応しい風格をしているらしい。
一説には『金蓮の魔法』を獲ることで進化したのではとも言われている。
後、資料には4つの種族を能力的に比べた順位も書いてあったけな。
《速度部門》
1位:豹人族
2位:虎人族
3位:猫人族
3位:獅子人族
《力部門》
1位:獅子人族
1位:虎人族
3位:豹人族
4位:猫人族
《魔力部門》
1位:猫人種
2位:獅子人族
2位:虎人族
4位:豹人族
《総合》
1位:獅子人族
2位:虎人族
3位:豹人族
4位:猫人族
順位からすると虎人族の方が獅子人族よりも上になる気がするが獅子人族は皆、種族特有のスキル:family skill。通称【Fスキル】『不屈の闘争心』を発現するからと本には書かれていた。
さらに部族のリーダーになれば、『王者の威風』なんてスキルも生えるともあった。
俺の勝手なイメージでは脳筋に輪を掛けるスキルで欲しいとは思わないが獅子人族を前にしては絶対に言えない。
で、猫人族は総合順位を見てもらえばわかる通り最下位の為、他の3つの種族から馬鹿にされがちなのだ。
唯一、魔力部門で1位ではあるがそもそも魔術書自体が希少であり、これも魔術書が手に入らなければ始まらない。
イーガさんとの会話がなくなったまま、トボトボと後についていく。
今、ジャンさんや教官に見つかってもノーカンにしてくれないかな。
ギルドの中は併設された酒場で依頼終わりに飲み食いしている冒険者達で賑わっていた。
そんな楽しそうに盛り上がっている奴らを尻目に受付の方へ目を向ければ、今一番会いたくない人物が二人。
凄く悪い笑顔を浮かべて立っている。
まさに悪の組織の幹部面の二人から思わず、回れ右して帰ろうとするがイーガさんが俺の肩を強く掴み放してくれない。
「ギルマス、ちゃんと連れてきたんだから約束通り報酬は弾んでもらうぞ」
「ああ、ご苦労様。ダウナーに引き渡してくれ」
イーガは投げるように教官達の方へ俺を押し出す。
ガシッ!
ダウナー教官が俺の右腕をジャンさんが左腕をがっしりと掴み、まるで十字架に磔にされたような体勢で確保された。
明らかに格上である斥候のイーガさんまで使い、俺を確保するなんてあまりにも卑怯なので文句のひとつも言おうと思ったが二人の顔が笑顔なのに恐すぎる。
ミシッ!ミシッ!
い、痛い!俺の腕から変な音が鳴ってるんですけど!
力入れすぎじゃないですかね!?お二人さん!
「さて、きみがオリフィス君か」
「そうだけど、背中に向かって話し掛けられても今は振り向けねーよ!それより腕が痛い!」
「そっか、じゃあ腕が折れる前に会議室に行こうか。二人とも連れて行ってくれるかな」
ギルマスの言葉に教官とジャンは動き出したが俺は磔られたままだ。
後ろ向きのまま足を引き摺り連行される俺は冒険者達から注目の的で好奇心の目を向けられている。
ゴンッ!
柱にぶつけるんじゃねーよ!
「わざとだよね?絶対わざとぶつけたよね?」
二人は今だ笑顔を保ったまま何も言わない。マジで不気味なんですけど!
こうして俺は初めてのギルド会議室へと運ばれていった。




