14話
・・・おかしい。
なぜ、こうなった?
今、俺はお馴染みになりつつある訓練場で兄弟子のジャンと真剣で立ち合っている。
昨日の夜は教官とジャンの3人で飲みに行った。
ちなみに俺はまだ12歳になったばかりの未成年だ。しかし、この帝国には未成年に酒を飲ませてはいけないなんて法律は存在しない。
後は少し想像すれば、察するだろう。
ダウナー教官に酒を強要され、子供の身体の俺はすぐに酔いがまわり、気分が良くなった勢いで隣に座るジャンと正式に兄弟弟子の杯を交わした。
ジャンの兄貴はちゃんと話せば、俺と気が合うようでどうしたら強くなれるのかと相談したら誠実に自分はこうだったとか具体的に経験談を語ってくれて、まさに頼り甲斐がある兄貴といったところだった。
失敗だったのはその話を教官も聞いていたことだ。
もうここまで言えば、大概の人は気付いただろう。
朝方まで飲みに付き合わされた挙げ句、夜も明けきらない早朝からの訓練場をはしごする羽目になった。
一応、お酒が入っているから辞めようとは言ってはみたが「冒険者たる者、いつ如何なる時でも対応できて一人前だ!」とちょっと、カッコイイけど滅茶苦茶なことを言われ、なぜかその発言に共感したジャンの兄貴もノリノリで乗ってきた。
たぶんあれだ。オールした時に妙なテンションになっちゃうやつ。
この世界で初めて飲んだ酒を訓練場に吐き散らし、頭も目も回りに回る過去最悪に近い状態での立ち合い。
起死回生の酔拳も教官の「お前ふざけてるのか?」の一撃により不発に終わり、『ジャン→教官→ジャン→教官』の繰り返される終わり無き地獄の訓練。
今日はマジで宿屋に帰れないかもしれない。
「やっと、酒が抜けてきたぜ」
目の前には剣を携えて、調子を取り戻しつつある兄弟子。
俺はといえば、吐きに吐いて酔いは治まりつつあるが激しく体力を消耗している。
流石にこれは訓練とは言えないのでは?
「オリフィス、気合い入れて立ち合えよ。俺は上り調子だからな」
「誰か助けてくださいっ!!」
訓練場の中心で助けを叫ぶ。
「そんだけ大声出せるならまだまだいけるな、構えろ!オリフィス」
「オリフィス、調子の上がったジャンの剣は剛剣だからな、死ぬなよ」
鬼や鬼が二匹もいる!!
構えろと言っておきながら俺が構える前にダウナー教官と遜色ない気迫で間合いを詰めて、剣を降り下ろしてくる。
今できる全力の力で横に跳んで避けるがジャンの兄貴が降り下ろした剣は地面に当たり、小さな亀裂を造る。
こんな勢いで剣を降り下ろされては間違いなく俺は真っ二つだ。訓練場の地面に残る跡を見て顔が引き吊る。
「まだまだ思ったより動けるじゃねぇか」
こいつもあれだ。絶対にダウナー教官と同種の頭がイカれたバカだ。
教官が弟子と言う訳である。
しっかりとダウナーイズムを継承してやがる。類は友を呼ぶってか。
このままでは最悪、死ぬ。
せっかくスキルポイントを貯めていたのに使う前に死んでしまっては元も子もない。こうなっては背に腹は変えられないのだ。
俺のふらつく姿を見てニヤニヤしている間にスキルレベルを上げるべく、ステータスを開く。
今あるポイントは35ポイント。
この状況を凌ぐには方法は3つ。
1つは教官とジャンを動けなくなるまでシバく。もしくは殺る。
うん。無理だ。二人を倒すイメージが出来ない。
2つ目は終わるまでひたすら守勢にまわり耐え忍ぶ。
この選択は辛い。何より終わりが見えないのが辛過ぎる。
3つ目はそう、この場から逃げる。
・・・これしかないか。
決まれば、俺の決断は早い。
知らない内にレベル2に上がっていた『身体強化』スキルを12ポイント使いレベル5に上げる。
そして、自然治癒をレベル6まで上げて20ポイント消費。
幸いにも訓練場の出入口は俺の後方にある。
「次も避けないと死ぬぞ」
腰を落として再び構えに入る兄弟子。
本能が攻撃させてはいけないと告げる。
ここはなんとしても自然治癒の効果で逃げ切れるだけの体力が回復するまで時間を稼ぐ必要がある。
「さっきから聞いていれば、「避けなければ死ぬ」だ?好き勝手言いやがって!これは立ち合いだ!俺が先にお前を倒せば済むことだろうが!」
「ほう、生意気な口をきく余裕はあるみたいだな。いいだろう、先手はくれてやるからかかってこい!」
想定通りだ。こいつら俺になんて負ける訳がないと考えているから余裕な姿勢を崩さない。
その傲慢なプライド、『いつか』ズタズタにしてやんぜ!
初撃を避けた拍子に膝を着いていた状態からゆっくりと立ち上り自然体で立ち尽くす。
一度、ジャンの眼を見てから 睨みつけると目を閉じて深く深呼吸を繰り返す。
やはり、リラックスした方が体力の回復が早い気がする。
「おいおい、まさかまたさっきの変な動きをするつもりじゃないだろうな?」
「酔拳を変な動きって言うな!」
俺の熱いカンフー愛が思わず叫んでしまったがある程度の年代の人ならきっとわかってもらえると思う。
酔拳とは一大ブームを築いた偉大なカンフーで一度は友達と真似をして、盛り上がった諸兄の方々も多いはずだ。
それを馬鹿にされては黙っていられなかった。
それはさておき、いつまでも立っていては不自然に思われるので足を肩幅まで広げ、脇を締めて拳を握り外側へと開くとそれっぽい声でも出しておく。
「はぁーーー!!!」
とある有名漫画ではこうすることによって、戦闘力が上昇する。
「俺の本気を見せてやる。せいぜい刮目しておくんだな」
俺の発言に反応したようにジャンの雰囲気が変わったのを肌で感じる。
「いくぞ!」
掛け声と共に後ろに振り返り、出入口に向かって全力で駆け出す。
「こちとらお前ら戦闘狂の脳筋と違って、斥候がメインなんだよ!バーカ!」
空気で解る。二人共、完全に呆気に取られている。
行ける。行けるぞ!俺!
出入口を潜り、冒険者ギルドのロビーに差し掛かる。
「「待てや!!クソガキッ!」」
訓練場から響く怒声。
待てと言われて待つ馬鹿はいない。
走る速度を弛めることなく、ロビーを駆け抜けて外に飛び出す。
早朝でも陽が昇り始めたばかりで外は薄暗くギルド内の冒険者も疎らだった為、混乱や邪魔が入らなかったのは良かった。
それでも街中へと脱出に成功した俺の自慢の猫耳は追い掛けてくる2つの足音を捉えている。
今捕まれば、何をされるか恐ろしくて考えたくもない。
一段と真剣味を帯びる逃走精神。
スキル『地図化』でいつでも現在地確認できるようにして『身体強化』に加え、『隠密』と『忍び足』も発動させて、大通りの賑わい始めた朝市の人混みへ駆け込む。
人混みの中では『回避』スキルと動体視力に人の動きを予測してすり抜ける。
感知能力の低い人はそよ風でも吹いたのかと思ったはずだ。
「俺らがみすみす逃すと思うなよ!オリフィス!」
「キャー?!」
どこかの馬鹿の怒声に悲鳴も混じる。きっと、一般人とぶつかりそうになったのだろう。
地図化スキルで行き止まりがないか確認してから細い路地へと入っていく。
右へ左へ入り組んだ路地を疾走し、撒きにかかる。
10分も走れば、街の街壁に近付いた。
そこで俺を追う足音がないことを確認するとスピードを弛めて歩く。
地図で確認すれば、今いるのは街の東側。こっちには初めて来たがどうやら住宅が多いようだ。
宛もなく、周囲を警戒しながら歩いていれば、この地区の住民が使っていると思われる共同井戸を見つけたので勝手に水を汲み上げ、飲みながら一休み。
見事に撒いた訳だし、そろそろ諦めてくれていないだろうか。
いや、無理だろうな。
あいつらがこんな簡単に諦めるはずがない。
もう逃走を実行してしまった以上、俺にはもう逃げ切るしか道は残されていないのだ。
その時、此方へと駆けてくる足音がひとつ。
この足音からわかるのは足運びが常人に比べて軽やかで武芸を嗜んでいて、腰には剣を帯びて尚且つ誰かを探している。
何よりさっきまで聞いていた足音である。
一先ず、住宅の物陰に身を隠し様子を窺う。
現れたのはジャンの兄貴だ。
「あの野郎、どこ行きやがった」
悪態をつきながらもジャンも井戸で喉を潤すようだ。
「ぷはっ!生き返るぜ!それにしてもダウナーさんの秘策ってのは何なんだ?」
ジャンは井戸水を飲み終わると豪快に袖で口を拭い、また駆けていく。
音が遠ざかるのを聞き届けると静かに物陰から出る。
「なんか不穏な事を言ってたな」
この後、まさかあんな大事になるとは俺は知るよしもなかった。




