婚活の前に
謎のイケメン集団に囲まれて現実逃避する時間はそう長くは無かった。イケメンの壁で見えなかったが、その壁の間からナイスミドルなおじさまが登場してすぐに別の場所に移動することになったからだ。
そして、今――
「――お気を悪くされたなら申し訳ありません、聖女様」
「…………いえ」
何故か理解できる聞いたことのない異国風の言葉に返事を返す。目の前にはここまで避難させてくれたナイスミドルなおじさまと私、そして囲むように周囲は護衛だろう女性騎士がずらりと立ち並んでいた。
……物凄く、こう、視線を感じる。どちらかといえば悪意はない好奇の視線ではあるが、非常に居心地は悪かった。
「突然の事にも関わらず、ご寛大な処置、痛み入ります」
「いえ……」
何やらホッとしたらしいおじさまには申し訳ないけど、この会話の流れはさっぱり意味が分からないし、何よりさきほどから聞けずにいたが聖女という私には似つかわしくないワードがずっと気になっている。
「……ところで、聖女とはなんの事ですか?」
誰の事かと聞くと明らかに私っぽいから変だし、だからといって人違いでは? なんて、今の段階で色々不安要素がある中で聞くことではない。
なので無難に聖女そのものについて、どういった思惑でそう呼ばれているのか確認する必要があった。
私の質問に、しまった! とでも言いそうな表情でそういえばまだ何も説明らしい説明をしていないことに思い至ったのか、おじさまが姿勢を正した。
「失礼いたしました。ご説明をさせていただきます。聖女様は――」
――私はこれでも、人並みに恋や愛について知ろうと努力したことはあるのだ。その中でも携帯小説は気軽に読めたので参考にしていたのだが……そこから参考に今の状況を短絡的にまとめると、私は死んで異世界に転生か転移をしてしまい、そして聖女になってしまったらしい。
友人たちが聞けば、とうとう仕事のしすぎで頭がおかしくなってしまったかと呆れられるに違いない。だが、おじさまの説明を聞いていると、そうとしか言えない状況なのだと理解出来た。
……我ながら落ち着いて話が聞けるなとは思うが、元々天涯孤独の身、親しい友人たちには申し訳なさやもう会えないという寂しさは感じるが、身辺は整理されていたので居なくなっても誰も困らないだろうと安心していた。
それにそうやって冷静に考える脳と、この非現実的な状況にまだどこか夢見心地というか、死に際の白昼夢ではと疑う脳とでちぐはぐに分離されているような状態といえばいいのか、とにかく思考がふわふわっと逃避していた――。
「――というわけでありまして、いずれはどなたかを選んでいただきたく存じます」
「……そう、ですか……」
一通り説明し終わってひと息ついたと思ったのか、いつの間にか侍女っぽい方がカップを置いて下がった。
カップの中から立ち上る薄い湯気を見つめておじさまの説明を脳内で反芻し確認、まとめる。
――私は聖女としてここに呼び寄せられており、そして先程囲まれていたイケメン集団の中からいずれ好きな旦那を選び、そして最終的に子どもを産めと、つまり、そういうことである。
おじさまの説明をまとめたことで、いくばくか頭の回転が良くなったが……嘘のように頭痛が増した。つまりこれは、婚活、ということではないだろうか。
私の体感ではつい先程向いていないと結論が出たばかりである。何より少ししか居なかったが、あのイケメンたちは誰も彼も若そうだった。
外見だけではあるけれど、見た感じ少なくとも全員が未成年なのは間違いないと思う。なんというか、社会に揉まれてない子どもという雰囲気丸出しだった。……普通の社会人なら、もっと哀愁が漂っててもいいはずである。
……それに哀愁云々を差し置いても、まさか彼らから見て年増な私が未成年っぽい彼らに手出しするなんてそんな犯罪行為は流石に遠慮願いたかった。もう会えないだろう友人たちに顔向けできなくなってしまう……。
「――どうでしょうか? お気に召す方はいらっしゃいましたか?」
「…………」
どう答えたものか……。正直、バッサリ断りたいのはやまやまなのだが、説明を聞いた限り、将来、私の子は特別な子となるらしく……必ず候補者の中から選ばなければならないという圧力を節々に感じていた。
子が、――勇者が生まれなければ世界が滅亡するとか、破壊されるとかなんとか……これは、脅されているのではないだろうかと言い返してやりたいが、そんなことをしても今の不安定な状況下では何をされるか分かったものではない。
本人の意志関係なく襲われることも考慮すれば、意思を尊重されている現状は歓迎すべきである。まずは情報、それから今後を決めるしかない。
「……すみません、今日はもう疲れてしまって……」
「おお! これは失礼しました。お部屋へとご案内いたします」
探るようにこちらの返答を待っていたおじさまの質問には答えず、休みたい旨を告げる。こういう内容は答えたが最後、とんとん拍子に勝手に進められてしまう。
上司に娘はどうだと問われ、社交辞令で褒めただけなのにいつの間にかお見合いをセッティングされてそのままあれよあれよという間にゴールインしてしまった同僚を想い出した。
どうなるにせよ、一度休むべきである。答えを回避した私を気にすることなくおじさまが案内を侍女に託す。そして言われるがままに侍女の後に付いて行き周囲を観察したが、今更になってやっとここがどのような場所かと認識した。
「もしかしてここは……王城、ですか」
「はい、さようでございます、聖女様」
「…………」
間髪入れずに返答を貰い、案内に従いながら天井を仰ぐ。あ、天井に精緻な絵が描いてあるんだ。凄い。なんて、現実逃避しながら。