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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

あなたの不幸をいただきます

作者: 真城まひろ

 彼は随分と不幸な目に遭ってきた。

 幼少の頃から、ここぞという時には不幸が起こった。落ちてくる鳥のフンに当たるなんて事は日常茶飯事で、事故に巻き込まれたり、強盗事件に巻き込まれたり……。今まで大事に至らなかった方が不思議なくらいだ。

 これは呪いと言ってもいい。死神が常に彼の傍を付き纏っているとしか思えないほどに。


 そして、現在。彼は死にゆく己が身を自覚していた。

 午前八時。いつもの時間にバスに乗り込んだ。大して何ら変わり映えのしない日常の始まりのはずだった。

 異変に気付いたのは、奇しくも彼が一番最初であった。いつもは見かけない中々引き締まった体をした中年の男が、銃を取り出して窓ガラスに向かって乱射した。

 絶望の叫びと甲高い割れる音、重鈍な銃の音が入り交じる。男は運転手に銃を突きつけて走り続けることを命令した。

 幸い銃弾に直撃した人は居なさそうで、窓ガラスの破片で皮膚を割いたらしい。そういう彼も腕をガラスで切ってしまっていた。

 しかし、痛みは薄い。興奮してアドレナリンが多量分泌されているのだろう。こんな傷よりも一発であの世を見ることになる銃が怖くて仕方が無かった。

 男は狂ったように笑みを浮かべている。じっくりと乗客を品定めする様に充血した眼で、舐めるようなネトついた気持ちの悪い憎悪の視線が注がれる。小さな悲鳴と歯がカチカチと震える音が周囲から漏れる。

 その瞬間は、誰もが自己中心的に他人が選ばれてしまえばいいとさえ思ったに違いない。私を選ぶな。あいつを選べ、と。


 ──自分さえ助かればいいのだ、と。


 彼は薄々自分の不幸体質が、その身に刻む呪いがどのような運命を辿るのか気付いていた。けれども、知らないふりをした。知りたくなかった。今までどうにかなって来たのだから、と楽観的に自分は助かると思いたかった。不幸中の幸いという言葉に縋っていたのだ。

 そして、突然男は狂ったように叫んだ。


「おい! クソ運転手。誰が速度落としていいなんていったのカナァ!? アァっ!?」


 運転手を殴りつける男。当然、バスは大きく揺れた。


「まぁ、バスを止めたところでお前ら全員助からない。プラスチック爆弾って知ってっか? とんでもねぇ威力の爆弾でよォ、これから警察署に突っ込んで自爆テロ起こすんだよ」

「ふざけるな!」


 乗客から怒声が飛び交う。それもそのはずである。乗客も心中に巻き込まれるなどとは露ほども思っていなかったのだ。

 男は乗客の反逆に大層わざとらしく口元を三日月のように歪ませて彼を指名して立たせた。

 銃を向けられて何をされるかはもう分かっていた。

 見せしめだ。彼は不幸だと小さく嗚咽を漏らすように呟いた。

 体温がサーッと奪われていく。とうとう死神の鎌が振るわれる時が来た。

 そして、銃声が乾いた空気に轟く。彼は心臓を撃ち抜かれていた。

 薬莢がカランコロンと転がるのが聞こえた。乗客の叫びも男の愉快な汚らしい笑い声も全て。

 感覚が研ぎ澄まされるように世界は加速する。

 人間は心臓を打たれても数秒意識を保っていられる。何故なら、血液はほんの少しだけ流動しているからだ。その数秒は、彼にとっての加速世界。走馬灯が脳裏を駆ける。

 そして、加速世界で唯一動く存在を捉えた。道化師だ。二股に分かれた赤白の帽子をし、目元には赤のダイヤが描かれているまさしく道化師。そこにいるはずもない存在だった。


「やあやあ、ご愁傷様です。随分と不幸な人生でしたね。ああ、死んでしまうとは情けない」


 大袈裟な様子で嫌味たらしい道化師は、ただただニヤニヤと笑っているだけだ。ともすれば、彼には死神にさえ見えた。


「なんの用? 連れていくなら連れていけばいいじゃん」


 どこに? とは聞くまでもない。要するにそういう事だ。


「んーん? 連れていくなんてもったいないことしないよ。私はね、あなたの不幸をいただきに来た者です。どうぞお見知り置きを」


 優雅に礼をする道化師。顔を上げて彼の瞳を覗き込む。まるで全てを見透かすような配慮に欠ける不躾な視線だ。


「もう何をしても遅いよ。もうすぐ死ぬから」

「いえいえ、とんでもない。あなたの命はまだ途切れていませんよ。やり直すことくらい造作もありません」

「やり直す?」


 彼は素っ頓狂な声をもらし、阿呆みたいな顔をしていた。

 それを見て道化師は相変わらずの笑みを顔に貼り付けて口を開く。


「ええ、時を少しばかり弄るんです。私としてもあなたに死んでもらうのは大変勿体ないことだと思っておりますので……。悪いようにはしませんとお約束します」


 なんてデタラメな……。そう声に出そうとしたが、もう気力は残っていなかった。加えて、限りなく停止に近い加速世界はゆっくりと動き始めている。時間切れが迫っていた。


「では、あなたの不幸をいただきます──」


 世界が再び動き始めると同時に意識は暗転していく。

 意識が戻ると彼はバスに乗り込むところだった。

 何が何だか分からなかったが、彼は黒ずくめの男を見るなり殴り掛かった。そうするべきだと身体が反射的に動いていた。

 男は急な事に面を食らってなす術もなく気を失う。

 乗客は、彼を非難した。当然のことである。これでは完全にただの暴力事件だ。

 しかし、皆はすぐに手のひらを返した。

 何故なら、男の荷物から銃と爆弾が出てきたのだ。

 こうして自爆テロは未然に防がれた。

 彼の不幸は幸運へと変わったのだ。否、マイナスがゼロになったとでも言うべきか。

 その日、彼は宝くじを買った。淡い期待を抱いていたが当たるはずもない。

 券を握り締めた彼の傍には道化師が居た。彼には見えているそぶりはない。その道化師は、面白そうに彼の瞳を覗き込んだり、イタズラしたりしている。

 肩を竦めて歩く彼に運が落ちてきた。

 そう、空から落ちてきた鳥のフンが肩に当たったのだった。


「うっわ! 最悪、あーもう! 不幸だ……」

「クスクスクス。面白過ぎるね君。君の不幸は極上の食事だよ。あー、美味しい。ふふ、よろしくね私の食料」


 夕陽を浴びる彼と道化師。影は一つしか伸びていない。

 それでも彼の不幸を待ち望んでいる存在が常に傍にいるのだ。

 

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