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第六話

「兄上」


この声はセオングだ。ホジュはその手を止めようとはしない。

ホジュの唇が吐息と一緒に首筋を這う。


「…っぁ」


言葉にならない声が思わずミジュの口から漏れる。


「兄上…いらっしゃらないのですか?…父上がお呼びです」


父上と言う言葉を聴きピクリと動きを止める。


「チッ…」


そういうとミジュの首筋をべろりとなめ、手の力を少し緩めた。

ミジュはその隙にするりとホジュの下から抜け、ベッドの横へと立とうとする。

するとチクリと腕に痛みが走り、そのとたん力が入らなくなり、ベッドの下へ落ちてしまう。


「兄上!」


セオングが物音を聞き部屋に入ってくる。

目に入ったのはベッドの脇に服の前をはだけたまま立っているホジュとその下にうずくまっているミジュ。

はだけた胸元、乱れた髪…見てはいけないもののような気がしてミジュから少し目をそらす。

身体がしびれて動かないミジュ。

ホジュを見上げるとにやけた顔をしてミジュを見ている。手には針。痺れ薬がぬってあったのだ。

どこまでも卑劣な男だ。


「何か用か?楽しみの邪魔をするからにはそれだけの用事なんだろうな」


見下すような顔でセオングを見る。

楽しみを途中にされて気に入らないのか、先ほどミジュが用意したテーブルの酒に手を伸ばし、杯に注ぎもせず、そのまま豪快に飲む。


「父上がお呼びです。何の用なのかは私ではわかりかねます」


セオングがそういうとミジュのそばに行き自分の上着をミジュに掛ける。

ホジュがその様子を見て


「女に手をふれるな!!」


といいつつセオングの胸元をつかむ。

セオングが睨み返そうとすると、ホジュはそのままセオングに倒れ掛かり、床へ崩れ落ちる。


「兄上!?」


びっくりしてホジュを見ると大きないびきをかいて寝ている。

セオングは酒の入れ物に目をやり、ミジュの方へ向き直り、掛けた上着ごとミジュを抱き上げる。


「今のうち場所を変えよう。どうせ薬で動けないんだろ?」


セオングを見つめてゆっくりとうなずく。


セオングの部屋に行きベッドへ横たえられ、布団をかけられる。


「助けていただいて…ありがとうございます…セオング様…」


身体はまだ動かない。


「怖い思いをさせてすまない。もう少し早く助けに入ればよかった」


「…まだ…私のこと見張ってらっしゃったのですね」


最近見張られているような気配は感じなかった。

ベッドのそばにある椅子に座りながらにっこりとミジュを見つめ


「兄の悪いくせについては知らなかったんだね。色々と調べていたようだけど…薬を仕込んだ酒を飲ませる前にこうなるとは思わなかった?…あまりこういうことには慣れていないのかな?密偵さん」


そういうと、ミジュがびっくりした表情でセオングを見る。


「何のことでしょうか?セオング様…」


「大丈夫…誰にも言わないから。助けてもらったしね。炎珠」


ミジュの表情が固まる。

布団の中でやっと痺れが切れ、動き始めた手を、帯のところに持ってゆく。


「あ…すまないが、これは危なそうだったから帯の間に挟んであったのをはずしておいたよ」


といいながら懐から短剣を取り出す。

ミジュはふっと笑いを浮かべながらミジュとしての表情から一転して鋭い瞳の炎珠へと変わる。


「ただのボーっとしたお坊ちゃんだと思ってたよ。いつからわかってたんだ?」


そういうと布団をセオングのほうへ跳ね飛ばす。その布団に隠れて布がしゅるると伸びてくる。

その布が短剣を持っていた手をはじき、短剣が宙を舞う。それを次の布が巻き付いて炎珠の手中へ。

まだ薬が残っているのでふらつくが、正体がばれてしまった今、生かしておくわけには行かない。


「まってくれ!君とやりあうつもりはない!」


セオングは制止しようとする。短剣を抜き、まっすぐ向かってくる炎珠のすれすれをかわし、剣を拾い上げ次々繰り出される攻撃をかわす。

まだ本調子でない炎珠の攻撃は甘く隙だらけだったが、セオングは攻撃をかわす以外戦おうとはしなかった。


「傷つけるつもりはないんだ!」


「知られてしまった以上、生かしておくわけにはいかないんだよ!」


攻撃の手を緩めない炎珠。


キン


剣を交えたままお互いの目を見つめあう二人。

そのときだった。

ふたり同時に胸に痛みを感じる。


「ううっっ」


均衡が崩れ炎珠が後ろに飛びすさりうずくまる。

ぽぅっと炎珠の胸の辺りが赤く光る。まるで炎のような光りが胸を押さえる手を透かしてあたりに広がり始める。

炎珠がセオングのほうを見ると、同じように痛みにうずくまり、胸から青い光りが渦巻いて出ようとしていた。


「…お前が…青龍の器!!」


炎珠は痛みを忘れたようにセオングを凝視する。


「炎珠…君は…」


炎珠はふっと下を向き、一瞬、寂しそうな表情を浮かべ窓へ飛び、外へと飛び出していった。

セオングはすぐに窓へ行き、外を見るが誰もいなかった。

セオングの胸の光はもう消えていた。


”炎珠の胸の光…赤く、鳥のような…まさか朱雀か…?”



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