第四話
ある日セオングが庭で剣の練習をしていた。
すぐそばの廊下をミジュがお膳を持って通る。
ミジュが服の裾に躓き、バランスを少し崩してお膳の上のおわんがバランスを崩す。
おわんがお膳の外へと揺らぎ落ちそうになる。
あっと思ったとき、すっとお膳を動かすだけで、水滴ひとつ落とさずもとの場所へと収めた。
ほんの一瞬の出来事。
セオングは剣の手を止めず横目でそれを見ていた。
”やはり只者ではない?”
セオングは剣先で石をミジュのほうへとはじく。
セオングの思うとおりであればこのくらいよけられるはずだ。
一瞬ミジュは、気配を感じ止まろうとするが、わからないよう自然にすっと石の来るほうへと身体を移動させる。
ばん!!
石はお膳に添えた手にあたりお膳をひっくり返しばらばらに散る。
下に落ちた椀が割れミジュの顔をかすめる。
「きゃ」
その場にしゃがみこむミジュ。
絶対によけるであろうと思っていたセオングはびっくりし駆け寄る。
「大丈夫か!」
「は…はい」
見ると手の甲に大きな傷跡が・・・とっさで石をはじくのに手加減をするのを忘れていた。
セオングは自分の着物を裂いてミジュの手を取り、巻き始める。
「すまない・・・」
いきなりのセオングの行動に戸惑いの色を隠せないミジュ。
「だんな様…お召し物が…」
「私が悪いのだ…石をはじいてしまった」
手の傷に布を巻き終わり、目を上げる…
ミジュの白いほほに一筋赤い血がついている。椀のかけらが傷をつけたのだ。
セオングはなんてことをしてしまったのかと言う自責の念に駆られすまなそうな…泣きそうな顔を一瞬する。
「本当に…すまない…」
右手をそっとミジュのほほに当て、傷に触れ血をふき取ろうとする。
セオングのいきなりの行動に戸惑うミジュは、目をそらしそれを振り払うかのようにぱっと立ち上がり
「だ…だいじょうぶです!!私が気をつけていなかったせいですわ。申し訳ありません」
そういうと落ちたお膳を拾うために再びしゃがみ拾い始める。
「あっっ…」
あせっているせいか割れた椀で指を切ってしまう。
「君はいいから…」
と言いつつ膳と椀を拾っていくセオング。
「いえ…私の仕事ですので…」
と言いながら牡丹の柄の茶碗を拾おうと手を伸ばす。
一瞬遅くセオングが手を伸ばしミジュの手に重なる。
「あ」
二人の口から同時に小さく声が漏れる。
セオングが少し微笑を浮かべ、ミジュの手を取りミジュの膝の上にもって行く。
ミジュはセオングから目をそらし下を向く。
「何もしなくていいよ…こういうのは慣れているからね」
すべてを膳の上に戻し終えミジュに向き合うとまたにじみ始めたほほの傷に気がつき自分の袖の布をすっと持っていき優しく拭く。そして切った指にも小さく裂いた布を巻く。
「本当にすまない…女の人なのに…顔に傷が…」
初めて自分のほほに傷があったことを知るミジュ。自分の指をほほに当て血を確認する。
ちょっと照れくさそうに礼を言うミジュ。
「あ…ありがとうございます…」
ミジュはセオングがわざと石をはじいたことがわかっていた。
思わずお膳を元に戻してしまったのを見られていたのは計算外だったが、前から怪しいと思われているようなのでそのまま受けたのだ。
この人は自分ではなく、どんな人にでもこんなに優しいのだろうか…とふと思う。
それを思うと少し寂しい気もした。
”なんだかこの人といると調子が狂う…変だ…私…”




