第二話
何日がたったのだろう。セオングが意識を戻すと丁寧に傷の手当がされていた。
かなりの血が失われたらしく起き上がると目眩がする。
「ようやく起きたか…」
声のするほうをみると、白い着物の男が水を持って洞窟の入り口に立っていた。
「まだまだ起きられるような傷じゃない…寝ていろ…少し水を飲め。」
そういうとそばまでやってきて、水を差し出す。
「追手は…?」
「もう…いない」
その雰囲気と一言ですべてを理解する。殺したのだ。殺し屋である腕の立つやつらを、殺してしまうほどの腕の持ち主。
「なぜ助ける…」
疑いの眼を向けられ男はくすっと笑い、
「そう噛み付くな。いかにも悪そうなやつらに追われていたお前を、助けたかったから助けた。…そう…見て見ぬふりができなかった。ただそれだけだ。」
「わが名は炎珠。お前の名は?」
にっこりと笑いながら、差し出した水を手元まで持っていく。
”罠かもしれない…”
今まで散々いろんな方法で殺されかけた。この水に毒が入ってないとは限らない。
だがセオングは水を受け取り、少し見つめ考えていたが、がばっと口へ運んだ。そして用意してある食べ物も少しだが食べる。
そのうち座っているのもつらくなってきたので横になり、まきをくべている炎珠をみる。
白く透き通る肌に細い身体。男物の着物や髪形をしていなければ女でも通りそうなくらい、綺麗な顔立ちをしている。
なぜこの山にいたのか・・・なぜ助けたのか・・・それはわからないが、なぜか懐かしい感覚がして気をそがれてしまい、それ以上の追求をしなかった。
「セオング…」
ボソッと発した声に炎珠は聞き取れず何を言ったのか聞き返す。
「名はセオングだ。」
吐き捨てるように名を告げる。
そして数日が立ち・・・少しの時間ならば起き上がることができるようになっていた。
今日も傷口に塗っている薬草を取替えてもらう。
「もうそろそろ動いてもいいだろう。食欲もあるようだし傷口も綺麗だ。そろそろ帰らないと家族が心配するんじゃないのか?」
家族という言葉を聞き、セオングの顔色がすっと曇る。それを見て炎珠が話題を変える。
「少し行った所に滝がある。行ってみるか?足でも浸すがいい。」
「あ…ああ…寝てばかりも退屈だしな…」
立ち上がったセオングが数歩あるいたところでつまずき、こけそうになる。それを炎珠が支える。
「大丈夫か?」
ふと間近で目と目が合い、なんだか変な空気が流れる。
「だ…大丈夫だ…すまない。」
すっと離れるセオング。男だとわかっていてもあまりに綺麗な顔立ちが目の前に急に現れると心臓に悪いのだ。
「それにしても…ほんっとに細くて小さい身体だなぁ…ちゃんと食べているのか?」
照れ隠しなのか、少しからかい気味に言うと
「私にはこれが身体にあってるんだ。セオングこそもう少し太って力をつけたほうがいいんじゃないのか?」
満面の笑みをうかべて、肩をポンとたたく。怪我をしているほうの肩だ。
声にならない声を出して痛みをこらえるセオング。
「ちょ・・・怪我してるほうの肩…」
「からかうからだよ」
ちょっと意地悪な目をしてセオングを見る。セオングと炎珠はぷっと吹き出して二人で笑う。
炎珠はおかしかった。こんな何気ない普通な会話や気を使わない相手など…いつ振りのことだろう。
笑いながら、昔を回顧しはじめてすぐにこわばった顔になる。昔のことなど…もうどうでもいいのだ。
その日の夜のことだった。
炎珠がふと気配を感じ外へ出ると、どこともなくささやくような声がしてくる。
「命が下った。2・3日中に…」
その話を聞いたとたんに、炎珠の顔が今までになく厳しい表情になる。
セオングが朝起きると、炎珠の姿はなく、セオングの新しい着物が剣と一緒にそろえられ、食べるものも置いてあった。
『用ができたので先に出る』
それだけ書いたものが置いてある。
セオングは外に出て周りを見回すが誰の姿もなかった。
”まだきちんと礼も言っていない…”