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額もなく、縁もなく  作者: 東東
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 店の片づけを終えると、最後に店の電気を消して、代わりに住居スペースの電気を点ける。それから店と住居スペースを区切る襖を閉めた。そこまで終えて、一日の仕事がようやく、終わる。

 定休日である月曜以外は、ほぼ同じ流れで進む一日のスケジュールをこなしたら、そこからはプライベートな時間。・・・とはいっても、そのプライベートな時間ですら、いつも同じ流れだ。夕飯を取って、風呂に入って、それから日付が回るまでテレビを見たり、携帯でネットをチェックしたり、ぼんやりするだけ。

 元々、大して趣味と言えるほどのものもなく、だらだらと日常を過ごしていただけの人間なので、一国一城の主になろうと、その生活が変わるわけもない。フリーター時代の数ヶ月前の生活と、仕事が変わっただけで、他は何も変わっていないのだ。

 たった一点を、除いては。

 今日も今日とて、日付が回り、とくに面白い番組もなくなり、ネットでも面白いものが見つからなくなれば、もう一日は終わりになる。後はたった数ヶ月で万年床状態になってしまった布団に入り込み、眠るだけ。


「・・・っと、その前に」


 誰もいないのに、つい漏らしてしまう独り言。以前から全く無いわけではなかったそれは、気の所為でなければ、この数ヶ月で増えた気がする。この場所で一人で過ごすことに、まだ慣れていないのかもしれない。

 漏らした呟きに応える人がいない現実を今日もそこはかとなく感じながら、数ヶ月前から唯一、プライベートな時間で変わった点と向き合う。

 座り込む、居間と寝室の間。そこに広がる、真っ白な欠片達。

 誰に強制されているわけでもないのに、寝る前に必ず、この白に向き合い、散らばった欠片を繋ぎ合わせる作業を続けている。これだけが、変わり映えのしないプライベートな時間の中で唯一、数ヶ月前から変わった点だ。

 祖父が健在の頃は、ただ跨ぐだけの白だった。でも、今は一日一度、こうして向き合う。向き合う、というか、向き合わずにはいられない、という感じかもしれない。

 作りかけの、白いピース。何故かしょっちゅう、店内に散らばるピース。今日もひと欠片、店から戻した、白。

 どうあっても、完成させたいというほどの情熱があるわけじゃない。そもそも、直線を持ったピースが一つも見つからないのだから、どれだけ頑張っても完成するわけがないのだし。

 ただ、それが分かっていても繋げずにはいられないのだ。少しずつでも繋げたい。・・・いや、繋げる努力を、してみたい。そんな漠然とした気持ちが、ずっと胸に漂っている。


 理由は、分かっている。ただ、その理由が分かっていると知りたくないだけで。


 一つずつ、散らばったピースを摘み上げては、ほんの少しの塊になっているそこに、嵌めてみる。

 引っ掛かりを少しでも覚えれば、それはその場所に嵌まるべきピースでない。無理に力で押し込めることはせず、軽く押したその力だけで少しだけ嵌まったそれを外して、他の塊の、他の部分に嵌めてみて、また引っ掛かれば他の塊へ。

 全ての塊に嵌まる部分がなかったピースは、他と混ざらないように脇に避けて、今度は他のピースを手に取り、また同じように塊に嵌めていく。でも、嵌まらない。だからまた他のピースを手に取って、嵌めていく。でも、嵌まらない。

 ずっと、この繰り返し。ひたすら白一色のこのパズルは、描かれている絵柄を参考にしてピースを選り分けることも出来ず、こうして一つずつ、ピースを当て嵌めていくしかない。

 気が遠くなる作業。でもその作業の果てに、偶にすんなりと嵌まるピースが現れる。あるべくして、そこにある、ピース。バラバラのそれらを、たった一つの絵にするべく存在する、ピースが。

 そうして繋がった結果、今、点在する小さな塊があるわけで、これがいずれ、もっと大きな塊になり、塊同士が繋がり、一つの絵になるように、毎日、毎日、この行為を繰り返しているのだが・・・、当然のように、なかなか嵌まるものがない。

 絵柄がないパズルは難しく、そのただでさえ難しいパズルには、やたらとピースがあって、おまけに時々店に落ちているのだから全部揃っているのかどうかも疑わしく、縁に相当する直線を持つピースがないのだから、もう全体的な大きさすら分からない。


「・・・あっ、」


 完成しない要素がことごとく見つかるパズルは、今日、それでも一つ、そのピースを繋げることに成功した。

 もうそろそろ今日は終わろうと半ば諦めのような気持ちで手にしていたピースを、最後に一番大きな塊の出っ張りのような形になっている部分に嵌めたところで、大して力も入れていないのに、そのピースは嵌まった。

 嵌まるべくして、その場所に。

 もう諦めかけていた、嵌まるとも思っていなかった瞬間にすんなり収まった様は、小さく声を上げてしまう程度には衝撃的だ。微かに肩が跳ね、声を上げた後、今起きた現象を確かめるように指先で、嵌まり込んだその表面を撫でてしまう。

 無理なく嵌まっているのだということを、繋がりの滑らかさを指先で感じることによって、実感する為に。

 たった一つ嵌まっただけ。全体から見てば、何の意味も成さないほどにも感じるけれど、でも、この一つが嵌まらなければ全体が完成することもない。

 だからこそ、たった一つが嵌まっただけで・・・、嬉しくなる。どうしても作り上げたいというほどの情熱があるわけでもないはずなのに、やっぱり嬉しくなるのが、続ける理由の一つなのかもしれない。

 あくまで、一つ、ではあるのだろうけど。少なくとも、この白いパズルに関して言えば・・・。


「じゃ、そろそろ寝ますか」


 相変わらず、誰も応える人のいない独り言。

 それを零しながら立ち上がり、電気を消そうとして・・・、何気なく見下ろした瞬間にそれは感じた。微かな、違和感を。壁にある、電気のスイッチに触れたまま、押すことなく静止。じっと見下ろす、その違和感の元。

 視線が捉えてるのは、白いパズルのピース達。どこにも嵌まることなく散らばってるそれらと、小さな塊。それに、ついさっきピース一つ分、大きくなったはずの塊。

 大きくなった・・・、はず、なのに・・・。


 同じ、大きさの気がして。


 ピース一つ分の大きさ。その程度大きくなったくらいで、そこまで劇的に大きくなったと感じるわけではないだろう。でも、それでも感じたのだ。感じてしまうのだ。立ち上がり、その大きさを俯瞰出来る態勢になった今、感じてしまうのだ。

 直感に等しい、具体的に根拠が述べられない感じ方ではあるけれど・・・、毎日見ているからかもしれない。毎日、少しずつではあるけれど向き合っているから、向き合っていない時でも、居間か寝室にいる間は、どこか、視線の隅に入っているから。特に、立ち上がって移動する時は、踏まないように気をつけて見下ろしているから。

 だから、その大きさに敏感になっているのだ、きっと。


「・・・っていうか」


 見下ろしたまま、自分の直感が感じるままのそれを検証するようになぞっているうちに、気づく。今まで気にしていなかった、それに。

 見下ろす先にある、大きくなったと感じられない、塊。でも、この数ヶ月を振り返った時、大きくなった、と感じたことがそもそもなかったのだ。

 少しずつではあるが、ピースを嵌め込み続けていたはずなのに。

 最初にこのパズルに取り掛かり始めた頃から、一向にその大きさが変わっていない気がする。でも、あの一番大きな塊にある出っ張りのようになっている部分は、確かに俺が嵌め込んだのだから、少しくらい大きくなったと感じてもいいようなものなのに、総体的な大きさの印象が変わらないのだ。

 増えているはずなのに、変わらない印象。事実として、そんなこと、あるわけがないのに。あるわけないのだ。あるとしてしまったら、それは・・・、増えた分だけ、どこかが減っている、という話になってしまう。

 ひとピース嵌めるごとに、ひとピース欠けていく、そんな話に。


 そんな馬鹿な話はない。


 ・・・自分の想像が馬鹿な話だと思い至った段階で、手は電気のスイッチを押していた。途端に訪れる、暗闇。見えない視界で、せっかく少しずつ作り上げている、そのはずであるパズルを蹴飛ばさないように、慎重に大きく足を開いてパズルがある辺りを跨ぎ、引きっぱなしの布団へ向かう。

 無事、何も踏んだ感触なく布団に辿り着けば、すぐさま掛け布団を捲って、いつ入っても安らぐ布団の中に滑り込み、しっかり肩まで布団を被って、すぐに瞼を閉ざした。

 瞼の裏にあるのは当然、暗闇。何も見えない、何もない場所。

 でも何も映らないからこそ、浮かぶものもある。それはかつて、瞼を開いた先で見た光景、過去のそれだ。思い出そうと意識したわけでもないのに浮かび上がるのは、瞼を閉ざす直前に脳裏に浮かんでいた諸々が呼び水となって、勝手にその光景を呼んでしまったからだろう。

 懐かしい・・・、もう、懐かしいと思うしかない、光景。


 少しだけ丸まった祖父の背中と、その背中越しに見える、真っ白なピース達。


 見るともなしに浮かんだその光景を眺めながらも、意識は急速に眠りへと落ちていく。自分が自分を維持出来なくなっていく様をどこか他人事のように感じていたその時、微かに残っていた俺の意識が思ったことが、目が覚めた後もはっきりと脳裏に残っていた。

 毎日コツコツと、今の俺と同じようにあの白いピースに向き合っていた祖父。

 覚えている限り俺が本当に幼い時から続いていた日課のはずなのに・・・、記憶の中のあの白いピース達は、その塊は、何故かずっと同じような大きさのままだった。

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