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額もなく、縁もなく  作者: 東東
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 どれだけ不思議なことが起きようとも、日常は進んでいく。つまり、店は営業するし、俺自身、自分の生活を営んでいた。


 客は相変わらず決定的なほど途切れることなく、コンスタントに来る。来て、パズルを買って行く。今は俺自身も作っている、パズルを。

 常連ばかりが来るその顔を、表情を、今まで以上に見つめてしまうようになったのは、どういう気持ちでジグソーパズルを求め、それに取り組んでいるのかを知りたかったからだろう。

 たぶん、今までも知りたいとは思っていた。この店に来る客の気持ちも、この店を開いた祖父の気持ちも。でもそれは分かるものなら分かりたいという漠然とした気持ちでしかなかったのに、ここ数日、奇妙なパズルを組み立ててている内に、その気持ちがいっそう強くなってきてしまったのだ。


 パズルは、あの風船のパズルは、ますます完成して、ますます箱から色が消えていっている。


 徐々に消えていく、というよりは、どうも風船が一つ完成するごとに消えているらしい。その瞬間を捉えてやろうと、一つの風船を完成させる時、箱を傍らに置いて、最後のピースを嵌め込む瞬間に箱を見る、という実験をしてみたのだが、生憎その瞬間を捉えることは出来なかった。

 見ているうちは変化がなく、変化が捉えられなかったことに諦めて視線を離した隙に、色は消えているのだ。ぽっかりと、その風船の形だけ。

 それだけでも相当な事態なのに、何故か何度も、何度も、あの白いピースが混ざり込む、という事態まで起きている。ふと気づくと、色分けした山の中に白がいるのだ。

 鮮やかな色の中では異様に目立つそれは、視界の片隅に見かければ絶対に気づくはずなのに、その視界の死角を狙ったかのように混ざり込む。

 何度も、何度も白いピースを取り出しながら、どうしても分からないのはどうやって混ざり込んだのか、その経緯だ。気をつけている、それはもう、神経質なほど気をつけている。

 何度も混ざり込むので、本当に気をつけて、絶対に混ざらないように日常生活からして気をつけているのに、どれだけ気をつけても何故か混ざるのだから、もう訳が分からない。

 店内に散らばるピースのように、どれだけ掃除をしても客に拾われてしまうそれのようにキリがなく、理由が分からず、対応策が見つからないぐらい、続いている。


「・・・アレ?」


 客が一時的に途切れ、一人になった店内で考えているうちに、ふと、気づく。じっくりとこの数日を振り返り、考えてみるのだが、気づいたそれはやっぱり正しくて、自然、首は片側に傾いていた。気づいたそれの意味を、問うように。

 数日に一度は見つかり、拾われていた白いピース。でも、この数日、一度も拾われてないのだ。

 勿論、たった数日。偶々拾われていないだけなのかもしれないし、そもそも連日拾われていた方がおかしいわけだから、拾われていないということを気にする方がおかしいのかもしれないが・・・、一度気にしてしまうと、やたらと気になってしまう。

 気がついたら止めてしまっていた日課を、行わないといけないと窘められて生じたかのような、妙な義務感のようなそれを感じて。


 拾われる代わりに、あの山に混ざり込んでいるみたいだよな、これじゃあ・・・。


 どうしても、そう感じてしまう。何の根拠もない、ただの印象でしかないけれど。

 不思議なことが多すぎる、おまけに引き取り手である少女はやっぱり、姿を見せない。

 このまま作り続けたとして、完成したパズルを一体どうしたらいいのか、そもそもあのパズルは何なのか、そして作り上がってしまったら箱の表面は無地になってしまうのか、もしなってしまったとして、その箱を何と言って引き渡せばいいのか等々、考えればキリがないほどの疑問が沸いては、すぐ萎んでしまう。考えても仕方がない、と。

 今、完成させようとしている風船は、決して萎まないのに。


「・・・いらっしゃいませ」


 キリのない考えを膨らませては萎ませている間に、新たな客がやって来た。新たな、とはいっても、当然のように常連さんではあったのだが。

 大袈裟にならない声を心がけてかけたそれに、少しだけ身を震わせて、目を合わせないように微かな会釈をしたかと思うと、すぐさま棚の間に隠れるように歩き去ったその人は、とても若い男性客だった。

 まだ一応、若者に入るだろう俺より若く、おそらく、二十代になったばかりか、下手をすれば十代後半なのではないかと思われる。

 あの少女はともかくとして、うちに来る客層としては確実に若い部類に入るその男性客は、当然疲れているのだが、その上、いつもとてもびくびくとした人だった。

 うちに来る殆どの客は疲れ切ってびくびくとすら出来ず、動きがどことなく緩慢な人が多いので、ある意味元気な動きを見せるその人は、本人は記憶に留まりたがっていないのだろうが、やたらと記憶に留まってしまう、かなり逆効果な人だった。


 そして、必ず昆虫の絵柄のパズルを選んで買って行く。


 イラスト、写真、どちらでも拘りはないらしく、しかも昆虫の種類にも拘りがないらしいのに、昆虫の絵柄のパズル、という一点だけは譲れないらしい。

 写実的であろうとデフォルトされていようと気にしないらしく、見ていると気持ちが悪くなるくらいアップの写真のパズルを買って行くかと思えば、帽子を被ったりステッキを持ったりしている可愛らしい姿のパズルまで買って行くので、ここまで拘りがないのにどうして昆虫という一点だけが譲れないのか、毎回不思議に思うほどなのだ。

 そういう意味でも、常に目を合わせないで隠れているような人なのにやたらと記憶に残ってしまうので・・・、余計なお世話だとは思うのだが、印象に残りやすい行動していますよと忠告をしてあげたい、と常々思ってしまう常連でもある。


 この間は蟷螂で、その前が飛蝗だっけ? せめて今日は蝶とかにしておいたらどうって感じだけど。


 色合いが似ている昆虫が続いているので、見た目にも綺麗な蝶にするといいだろうなと本当に余計なお世話なことを考えながら、客がカウンターの前までやってくるのを待っていると、それほど待つこともなく、決して目を合わせないようにびくびくとした様子で一つの箱を持って客がカウンターの前にやってきた。

 口の中で何かを呟くようにして差し出された箱、受け取ったそこに描かれていたのは・・・、何故かまたもや、飛蝗だった。


「2,180円になります」

「・・・3,000円からで」

「少々お待ち下さい」


 決まり切ったやり取りを交わしながら、正直、頭の中では『何故また飛蝗?』という疑問が渦巻いていた。気を抜くと、顔にその疑問が出てしまいそうになるくらいに。

 記憶が確かなら、俺が店主になって以来、この客が同じ昆虫の絵柄のパズルを買って行ったことはないはずなのだが・・・、飛蝗がよほど気に入ったのだろうか? もしかすると俺は初めての経験なだけで、気に入った昆虫は何種類でも買う客なのだろうか?

 本当に、本当に余計なお世話な疑問を抱きながらも、何とか顔に出さないで商品とお釣りを渡し、出て行く客を見送る。

 その後ろ姿、最後まで目を合わせないで店を出て行く様を眺めながら、思う。


 おそらく好きなのだろう昆虫を作り続ける、その気持ちはどんなところにあるのだろう、と。


 ・・・勿論、これはあの客に対してだけの疑問ではない。祖父とこの店の客全てに抱いている疑問だ。

 きっとパズルの絵柄に選ぶものは、全てその人が好きなものなんだと思う。勿論、難しそうだからこの絵柄にチャレンジしてみようとか、パズルならではの理由で選ぶ人もいるのだろうけど、同じような種類の絵柄を選ぶ場合は、絶対にその絵柄が好きなのだと思う。

 写真でも絵でもなくパズルを選んでその絵を見ようとする気持ちは一体どこにあるのか・・・、そもそも、あれだけ疲れ切っている人が、ジグソーパズルという、地味で細かな、ともすればもっと疲れるのではないかと思われる行為を好むのは何故なのか、いまだにその答えが見つからないでいる。

 ジグソーパズルの店の店主になったのに、祖父の後を継いだのに、それが分からないでいるうちは何となく、この店を継いだのではなく、ただの店番の気がして仕方がないのだ。

 店主が別にいるならば・・・、たとえば祖父が戻ってくるのならば、店番でも一向に構わないけど。


 ただ、店主は、祖父は、もう戻っては来ないから。


 ぼんやりと店内を見渡しながら、気がつけば視線は床を這っている。あの、白いピースが落ちていないか探すように。

 しかし当然のように俺には見つからないそこには、一応は磨いてある床が映るばかりで、昔から変わらない床の、白がくすんだその色を眺めているうちに、その床に平気で座り込んでいた昔を思い出す。

 床に座り込んで、パズルを広げようとして、祖父に部屋でやるようにと笑って促された、あの頃。

 促す祖父の優しくも穏やかな、全く押しつけがましさのないその声の調子が、他のどの大人よりも好きだった。好きだから、そうして促されたくて床に広げようとしていたような気もする。今思えばの話で、当時はそんな自覚はなかったけれど。

 でも、自覚がないまま何度でも繰り返していた。何度でも繰り返して、何度でも促されていた。何度でも、何度でも・・・。


 そういえば、あの当時は俺もよくパズルを作ってたな・・・。何の絵柄を選んでたんだっけ?


 何故か、すぐには思い出せない。

 確かに今の俺にとっては結構な昔だけど、ここまで記憶が霞むほどの昔だとは思えない。何より、幼ければ幼いほど、ジグソーパズルに難しさを感じていたはずで、作り上げる為に一生懸命に箱の絵柄とパズルのピースを見比べていたはず。

 実際、見比べていたという記憶はある。あるのに、その見ていた絵柄が思い出せないでいる。

 あれだけ見比べていた絵柄を失念しているのは一体何故なのだろうと、自分の記憶力を不思議に思っているうちに、視線は床ではなく、ここではない何処かを眺めていて。

 ただ、それでも耳は動いていたはずなのだ。


 動いていたはずなのに、来店を告げる音は素通りしたらしく、何も認識出来ず・・・、気がついたのは、いつかのように袖を引かれた時だった。

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