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掌編小説集「雨の日は憂鬱な」 収録作品例

掌編「カインドネス」

作者: 蓮井 遼
掲載日:2018/05/20


お読みいただきありがとうございます。


ジャンル分けすることが難しく、文藝から純文学というくくりとしました。まだプロットの段階ですが、宜しければどうぞ。


 何万年もの間、貝は眠っていた。ある日にこの貝はふと目を覚まし、この何万年の期間よりも目覚めている期間が僅かでしかないと気づいたのは、辺りの貝達が、ある時を境に目の前からいなくなってしまうことを度々経験したからであった。そして、この貝はアワビにサザエ、ミル貝にホッキ貝、タイラギにハマグリ、バイガイ、シジミにタニシ、ホンビノス貝など実に自分以外に様々な性質の貝が生活していることとそれらの貝達が年寄り、若者と問わず現在という不確定の時間に一緒くたに存在していることを知った。この貝はそれらの貝達の誰が先にいなくなるということを順序付けることができなかった。そしてその冷静な混乱とは対極にある彼らや彼女らが去っていくことにより強い喪失感をしばしば感じたが、タイラガイに比べれば自分の小ささがわかり、そのような小さな自分の体が他の貝によって取り付かれている様を滑稽に思い、シジミに比べると自分が小さくないこともわかり、このようなシジミの体を動かしている熱意というものがあるなら、それより大きな自分にもより強い熱意があるかもしれないと他の貝を知ることにより、自分が定まっていくのであった。

 自分の目覚めたその後はいなくなってしまうことを経験せねばならないということ、そして辺りで起きる出来事を知ることにより、自らがその事実に翻弄されて生活せねばならないこと、この二つのことが貝には歯がゆくうっとうしく感じた。まるでマングローブ林に入ったあの泥濘んだ感じが例えに相応しいと貝は思ったのだった。このようなことを周囲の貝に伝えると、色々な貝が、自分もそう思うと答え、中には自分はそうは思わないとは答えていたが、それらが話し合いには発展しなかった。なぜなら、どちらの貝も何者かに摘まみ出されたかのように一枚、また一枚と抜けていくのである。そもそもがこんな僅かな時間でしかないのに、あれこれ言い合うなんてなんて馬鹿馬鹿しいのだと貝は思ったが、おまえ、それは馬と鹿が言えるものなんだ、単純におまえは貝でしかないのだよと名前は忘れたが別の貝に諭されて、馬や鹿とは一体どういった生き物なのかと貝は関心を持ったが、自らその生き物と出会うことはなく、色々尋ねたら、タニシが馬について答えた。

「とても大きな生き物だよ。風を強く起こす生き物なんだ。田んぼの中であの足の硬さに多くの家族が怪我したものだよ」

 それを聴いて、なんでそんな生き物がバカなのか貝は不思議に思った。とても力強い生き物ではないか、怪物じゃないか、この貝はその生き物の関心が深まったが、その話を聞いていたミル貝がこう答えた。

「君ね、目覚めている時間が僅かだっていうなら、怪物になんて心奪われるよりも、君自身を鍛錬した方がよいのではないか、怪物は君というわけではないんだよ」

 なにをミル貝は言いたいのか、この貝にはよくわからなかった。いいじゃないか、そんな目覚めのなかで馬というものを知ったのだからそれを確かめに行くことが不必要なことなんて自分は思わないぞと。しかし、この貝は辺りの出来事や自分の特定から、あらゆるものは相対的なことを知っていたから、ミル貝の言うことを全く無視するわけにはいかなかった。馬というものを確かめに行こうと計画してる最中にも自分の目覚めた役割はこういうことではないのだろうと思ってはいた。そうして考えながら生活する間にもまた一枚、また一枚といなくなった。

「おい、またアサリがいなくなったぞ」

「友達のサザエの消息がつかめません」

 なにも考えずに、一緒くたに生活するこの不確定な現在を味わえれば、体を失うような痛みはあまり感じなくなるのではないか、貝はそう思ったが、無駄だった。なぜなら、ふん、そうさどうせあいつも明日いなくなるんだとは思わなかったし、たとえそうなったとしても、平然とはせず、これが普通のことだと思っても、その不在への思慕が湧かないことはそんなになかったからだった。つまり、こうなれば自分はきっとこう感じるだろうという予想をこの貝は学習したのだった。だから、貝はとある事態に堪えたりしたし、反対にその予想と自らの感じ方がずれたときに、奇妙な感じを覚えたが、それらも相対的なものなのだと思い、同じにはならないなと思った。

 しばらくして馬についてなにか注意をしたミル貝もいなくなって、この貝は,どうしてまだ自分はいなくならないのかと思ったが、ある他の貝が自分と全く同じ思いを持っていたことを話から聞き、自分はあいつより先にいなくなりそうだとこの貝は予感した。

 そしてある日、この貝も何者か得体の知れないものに掬われ、沢山の貝からいなくなった。この貝に他の多くの貝がまた思慕を抱いたかはわからないが、予想ができたので、その予想通りに起きるのか起きないのか、それとも…そう相対的なのだから予想通りはあり得るし、予想外もありえる。そう思って、貝は最期の目覚めを終えたのだった。



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