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25.怒号の爆撃パーティー


翌日になるとガルドは廃墟へ向う。

その廃墟に昨日競り落とした大砲と、注文しておいた弾が届けられていた。

300年前の海賊全盛期の暗黒時代に、エーゲ海に多くの貴族達の船や運搬船を沈め続けてきた結果、他の海賊達との抗争ごとに勝ち抜き、海の栄華を欲しいがままにして来た、史上最悪の伝説の海賊の船に取り付けられた第一主大砲だ。

その船はキャプテンが船上で死亡したと共に巻き起こった巨大台風にバラバラにされ、財宝も共に海に沈んで行っただとか、王国に捕まり船は沈められキャプテンは死刑になっただとか、いろいろ消えた噂はあったらしい。

その海賊船の幽霊船をその後200年後まで度々霧の先船で目撃されていたのだ。

羊のような角の生えた凶悪な悪魔の銅像を従え現れる巨大な船は、近年海底でばらばらになって発見された。大砲だとかその船の先頭の悪魔の銅像、数々の財宝や舵とその台や錨などしか殆ど残らない状況だった。

その80年前、海賊アジャッスバリー団オークションが開かれた。その後にその財宝や船のオプションを競り落とした物資を手にした人間達や貴族は、誰もが水難にあって死亡し、それらの品は遺族が手放したか、盗賊に盗まれたか、また闇に戻って行ったか、または海に返されたり、遺族が持ちつづけたりし、または教会など修道院で門外不出で封印された。

その闇に戻った一部に大砲が含まれていた。

鉄砲に綺麗に唐草模様が施され、アジャッスバリーの紋章悪魔の焼印が当てられてる。青銅で出来た華麗な形の台は錆が青く付き、実に奇妙な雰囲気だ。

「おいこれ、紛い物か?本物かよガルド」

「誰かが死ねばマジ物だろう」

「誰が水にやられるんだ?」

「ねえあんたが言ってた竜宮の使い、やっぱり買いなさいよ。そいつにやられるって事よ」

その海王魚変わりにガルドにパピヨンドッグをプレゼントされていた娼婦は、それが可愛かった犬の毛を全て刈り上げている真っ最中だった。その周りにはパンキッシュな首輪だとか、自分にも押し当てられている焼印の鉄だとか、犬に嵌めるつもりのボディーピアスが並べられている。

「こんな物おちびちゃんにやったら一瞬で気絶するわよ」

そうガーネット娼婦は言い、焼印の鉄をポーイと放った。

大砲に肘を掛けそれをぽんと叩き、ガルドは呆れた様に言った。

「誰かが先にくたばれば呪いだかなんだか知らねえが、んな物消える。大体大砲なんか保管しておくなんて阿呆が可笑しいんだろうが。使わねえから暴れるんだよ」

「お。なら早く試せよガルド」

「ハイセントルぶっ放そうぜ」

ガルドは縄にオイルを染み込ませながら呪い話なんかを利用しては不気味な例の海王魚を引き上げさせようともくろむ娼婦3人の言葉を打ち切った。

大砲の弾をデルがセットしながら、その海賊がどれほど凄かったのかという伝説を、興味もなさそうなエースに聞かせていた。

「誰を撃つ」

ガルドが立ち上がって、早々に集まってきていた500人を見回した。腕を組む手には火の着けられていない鉄の棒松明が握られ、スキン女がその横でマッチを磨った。主要20人の男女とパフォーマンサー3人は、彼等しか知らない市場での事に取り組んでいる。

「……は?」

その他の50人は市場を張ったり、強盗や20人の補佐をする準主要者の精鋭になる男共で、その他の不特定多数は適当にチームに入っては薬を楽しんだり情報を持ってきたり薬を持ってきたりパーティーで派手に浮かれ騒ぎ盛り上がる奴等で、大してチーム自体には働き掛けないごろつきの下っ端だった。チームに属している名目の人間は全ては確認できていないが、ハイセントルの200万人程はガルドをリーダーに置き忠誠を立てていた。

「ちょっとリーダー?何言ってんのさ。あたし等それじゃあ……」

中でも彼に貢献している奴等はこのパフォーマンスにいつもの態で大盛り上がりし、鉄パイプや鉄球を地面やコンテナに叩きつけはやしたてていた。

15歳からなら誰でも入れるチームは多く、吠え立てぶち鳴らし早く早くとせき立てた。

何人かが彼等の中から掴み狩り出されると、中にはあたしもあたしもと、自らを爆破してと騒ぎはしゃぐ奴等が吠え立ててははしゃいでいる。

いきなりガルドは50人の中に入るが、何かととちってばかりのエースの首根っこを掴んでグンッと投げて地面に転がった。

「おいガルド、俺は」

「お前、誰か5匹程デスタントの野郎の所の人間浚って来い。適当選ぶんじゃねえよ」

彼はしばらくして頭を掻き毟り、従兄弟のパフォーマンサーとシズルの2人を呼んで捕まえに行く事にして出て行った。

「ったく、お前わざとああやってガルドを怒らせるからいけねえんだよ」

「どうせふけって女とやってたんだろうが」

「サボルヌの店で打ってる女最高だぜシズル」

「マジかよ」

「やる気ねえんだよお前等は。この前もお前が逃がしたあのデカの事でキレてたぜ」

「たまにはああやってキレさせねえと、仲間の有り難味忘れるだろうってわざとああやってとちってあげてるんじゃねえか」

「負け惜しみかよドベが。あいつに仲間意識なんかあるわけねえだろう」

「ああそうだろうな。分かってる事だ。おい。誰捕まえるよ」

「上層じゃなけりゃ、見切られるぜお前そろそろ」

その背後で早々に広場まで男達に運び込まれた大砲はハイセントルの街に向け、ドンッドンッと天高く発されては所所でスラブ建てが奴等の狂い笑いと共に派手にぶっ飛んで行った。それを聞きつけて誰もがチーム連中は起き上がり広場にここぞとそこら中を走り集まり始めている。

パフォーマンサー、ロエルタは崩れた建物のコンクリート破片を3つジャグリングすると、思い切り投げつけた。

薄い窓をガシャンと割り、ケビックは朝っぱらからの何らかの襲撃を受けた事実に跳び起きた。ベッドの上にいきなり何かが落ちてきて横の2人の女に硝子破片が落ちている。それを見て怒頭切れて散弾銃を持ち野外に出ると、外を張らせてはだべっている薬狂いのガキ共が喧嘩を吹っかけて来たものとみなしぶっ放した。

その背後からエースが首を取り締め上げ、パフォーマンサーとシズルが裏路地から蹴り運んで来たコンテナトラッシュボックスに投げ込むとそのまま一気に押し、3人も飛び乗って滑走して行き、他4名も蹴り入れて行く。

広場まで直進して行き、男共がセットした大砲の真横とガルドが座っている場所前に、砂を巻き上げドウンッとコンテナが衝突して止まり、パフォーマンサーは回転して2人の女パフォーマンサーの腕に飛んで彼女等はふわりと支えキャッチした。シズルは微動打せずにコンテナに捕まったまま、ガルドはゴミの中にその衝撃で落ちたエースの首筋を引っ張り出してからコンテナを蹴り着け倒すと、ゴミの中から5人が傾れ出た。

彼等は咳き込みゴミを吐き出すと顔を上げ、ガルドが部下達を従え見下ろして来ていると分かると、険しい顔になり腕を捕らえてきた男共の腕を払ってガルドに嘲った。

「なんのつもりだ?ファッキンルシフェル」

「昨日なあ。花火打ち上げ器買った」

のんびりした口調でそう言い、大砲を擦り叩いた。

5人はそれを見ると、上目で強く口の両端を引き上げたガルドの顔を見た。

闇美術工芸品図鑑でもお目見えする呪いの船の大砲だ。

ガルドが首をしゃくると5人は一斉に取り押さえられた。広間にはそれを囲うようにガルドのチームのジャンキー共がぐるりと集まっては騒ぎはやし立て、そいつらは全員小悪魔共に見え、猛り笑っている。

「人間ふっとばすには5人じゃあ役不足だが、まあ仕方ねえな」

ガルドは真中のケビックを後ろ向きにさせると足を蹴り広げさせ項を押さえつけ、頭を地面付けた。他4人にもそうさせ動こうとするのを腹を蹴り散らし黙らせる。

「おい穴狙え穴」

その場から顔を上げ大砲の標準を併せさせると戻って行き、鞭女の姉が松明に火を灯しガルドに投げ渡した。

一瞬炎は彼の横顔を照らし、それをクルンと回し炎が千切れた様に弧を描き流れては、パシッと握り治した。

「まずは、俺に謝れ」

5人は冷や汗を垂らし、足の間から見える逆さのガルドは松明棒を手の平にトントン叩きつけ、炎の黒い煤煙は彼の顔の輪郭をなぞるように上がって行った。

誰として謝るつもり無しと分かると、溜息を吐き顔を反らし戻した瞬間、鬼神のような顔歯を剥き横にいたスキン女の手から奪った他の鉄棒松明をブンッと投げつけた。

それはケビックの片方のケツに刺さり叫んだ。

「俺にした事覚えてるかよ、え?お前等は無力な俺捕まえて良いように何した?この、俺を、ぶっ殺そうと、命令されて半殺しにしたんだろうが、覚えてねえなんざ言わせねえんだよ!!」

5人は顔を引きつらせ歯の奥を噛み締めた。何でこいつがあの追放の儀を覚えているんだ、あの時の薬で完全に記憶を飛ばしている筈だった。

彼はここまでゆっくり歩いてくると、ケビックのケツから鉄棒を抜き取りそれで足をトントン叩き顔を覗き見て蛇のような声で言った。

「いいか?お前等は俺どころか俺の大切だったリサまで陵辱しやがった。そろいも揃ってあのデイズのマザーファッカーに協賛して全てを俺から奪って行って、充分人生楽しんだかよ」

「……、」

誰もリサの消えた真相を知らなかった。まさか狂い死んでいる事など誰も知らない。今もどこかの州に行った筈だと思われていた。ディアンがガルドからリサを奪って連れて行き、今でも兄貴に内緒で連絡を取り合っているのだと。いきなり消えて家出したリサに生活費を送るため、ガルドの親父は昼も夜も働き始めたのだと。デイズに言われリサを裏で強姦した事実は兄貴のガルド自身は知り得ない事の筈だった。

ガルドは大砲横まで戻ってくると、大砲の縄に点火した。

それは徐々に大砲へと伸びて行き、船が支えていたわけだから8人掛かりで男達が大砲を押え込み火が吸い込まれていく。

ドンッという音を立て弾がぶっ飛んで行った。

薬でキマッた奴等ははしゃぎ自らが弾の前に飛び跳ねて、見事ヒットしたと同時に薬中のそいつらもろともその周囲にいた1万人もろとも吹っ飛ばし肉がばらばらに散らばった。

怒号の歓声が沸きあがったのもつかの間、爆炎と共にその低い位置から次々と乗り移った火で花火が巻き起こった。

あくどい歓声が轟き広場全体が興奮の坩堝に入り、引火して行く広場を巡らせた筒から、様々な花火が天高く打ちがっては、様々な色が光り輝き花開き、共に18個ある大砲と共にドンッドンッと天に打ち上げられた。




26.呆れた遊び


この時間の朝方。レガントの敷地の深い森の端に並ぶ私道から、エリッサ署へと一台のリムジンが向っていた。

キャリライは組む腕から冷淡な目元を上げた。

張るか遠くの青空。朝っぱらから何やら花火が盛大に上がっているのを見て首を振って息を吐いた。ハイセントルの人間がやらかしているのだろう。

これは街の景観を乱す禁止事だ。またリカーばんさんの逆鱗に触れ雷が落ちる事だろうと思い呆れ返った。

ハイセントルを中心に、エケノ、トアルノと囲うベッドタウン・ヒールコンストの上空は燃ゆる鮮やかさだ。

その街の中心地、ハイセントルの各地に掛けガンガンと天空に音を轟かせ、長々とドラゴンの如く白煙や黒群青の煙幕を引き連れ大砲が空斜めに上がっては、目下の建物を破壊して行きそれらの放物線を描く中心上空に、花火が舞い散っていた。

同時刻、仕事の為アヴァンゾン・ラーティカビジネスセンター群へと走らせて行くリーデルライゾンのバートスクストリート上。

リカーは目の前に座る女秘書がノートパソコンから窓の外を見て、社長の顔色を窺ったのを、組んだ足の上の企画書をめくりながら小さく肩をすくめさせた。

「全く。どうしようも無いねえ。ガキ共のする事は一時の一興ばかりに注ぎ込んで金の使い方をまるで分かっちゃいない。これはトアルノの連中から市長の所に苦情が殺到するだろうね。こんな朝っぱらから叩き起こされたんじゃあ、小鳥のさえずりと太陽の朝日にクラシック音楽で目覚める事に鳴れた体が軋る。とっととハイセントルみたいなごみ溜めなんざ、一掃しなって催促している物を困ったもんだよ」

だが花火はやはり、何にも変えがたい美しさを誇った。

ふちリカーは顔を上げ、空に解け行くその煌き、青空の宝石を見上げた。

あの色の濃淡は紫だ。巨大花火は一瞬では散るまいとし、永劫の煌きを見せるかの様に何処までも落ちて行く。

徐々に下方が銀色のすだれに舞い変わってはさらさらと落ちて行き、上部から紫のグラデーションを見せ、数あるカラーグラフよりも美しい並びだ。

黒群青の花火と共に黒ラメが壮大に舞い、黒エメラルド掛かる玉の様な炎がボンッボンッとそれらの花火を囲うように上がる。噴射される金粉も元に舞い上がっては、朝日を受け輝いては柔らかく舞っている。一陣の爆音に振動するかの様に揺れ動き、黒のラメと共に花火を荘厳に彩った。

またハイセントルを囲う高いフェンスの当たりだろう八方からは黒い煙が吹き上げられ、背後に渦を巻くようにくるくると押し寄せた波の様に渦巻き、その上をまるでサーフィンするようにはしゃぐゴンドラが駆け抜けて行く。

最後に、一際大きな代物、鮮やかな美しい赤紫からピンクダイヤモンドの様に落ちて行く空の大輪の華を轟きと共に咲き誇らせ、きらきら音を発しながらそれでも儚く全ては消えて行った。

幻想だったかの様に、青の空へ飲み込まれた。

「こうやって見ると、なかなか粋なものだねえ。朝の仕事を向かえるとい……」

そしてそれらが全て終了したかと思われた青の空に、サファイア色の煌きで FACK’N★LUCIFER と上がった。

ガクッと2人はずっこけ、「そ、そうですわね……、」と秘書は言った。

その頃ポカーンと腕を組みそれを見上げていたガルドは、背後でくすくす口を押え肩を揺らし、グフッと笑ったエースの頭を半身を振り向かせ見てバシッと思い切り叩いた。何やら必死こいて珍しく真面目にせっせと作りこんでいると思ったら、コレ、かよ……っ、エースはゲラゲラ笑ってガルドはいじけた様に憮然とし、空のその仕掛花火はサファイアを青に染み込ませて行った。

女秘書は前方を向き直ってから言った。

「ハイセントルといっしゃれば、事実なんですの?社長」

「何がだい」

「キャリライ様がおっしゃられていましたけれど、あの魔の巣窟に血縁の者がおられるのだとか……」

「ああ、一人ね」

キャリライの言い方が余程恐かったのだろう。いつもの様にコーサーぼっちゃんで無く、キャリライ様とはあまりこの秘書は使わない言葉だった。秘書にもその血縁を知られてはいけない事は瞬時に悟った。如何なる理由あろうともだ。

リカーは呆れた様に首を振ると、企画書を横に置き薫り立つ紅茶を口付けた。

「どうしようもないガキさ。どうしようもないね……」

ガルドは後を片付けさせてから背後に女達を連れ広場を去って行った。





27.レオン・キャンリー


ガルドは3人の娼婦の一人、竜宮の使い娼婦をバイクに乗せ、その前に彼も跨った。

一気に走らせて行き、ヒールコンストを貫くジーンストリートを突っ切って行った。

その時だった。いきなり凶悪なエンジン音が轟き、黒いガスを噴きながら何かがガルドのバイクに激しくぶち当たって来て彼等2人は派手に転がって行った。

巻き上がる煙と砂塵と共に地面に仰向けに落ちたガルドは、誰かに上に跨られ銃口を額に突きつけられたのを顔を歪め見た。

ファラオの美しい仮面の様な顔の女。長いパーマ髪がふわっと殊勝に微笑む艶やかな口元に落ち、胸元まで開けられたワインブラックのライダースボディースーツの豊満な体つきだ。片足を腹に、肩膝で彼の胴を挟み、言った。

「坊や。許可の無いおいたをすると、恐いわよ」

そう言うと女は丸いケツポケットから何かを取り出しガルドの目の前に突きつけた。

彼は歯を剥き彼女をその突きつけられた物毎邪険に振り払って立ち上がり、彼女を上目で睨み見下ろした。

「貴様、何のつもりだ」

フッと彼女は口端を上げ、娼婦は彼女を睨んでからガルドに引き起こされた。

「レオン=キャンリー。刑事よ」

レオン=キャンリー?初めて聞く名だ。突きつけて来た物は警察手帳だったのだ。

「最近少年課に配属された新任だから、やる気は充分よ。花火打ち上げは街の権利者の許可を申請し決められた場以外での打ち上げは禁止。作成した企画書と許可書を打ち上げ一年前から提出し、市側が日時と場を決定する。決められた事だわ。ダイラン=ガブリエル=ガルド」

ガルドはぴくっと切り抜かれた様にでかい目の横の血管が張って、手錠を括れた腰から外したレオンを見た。

その手が伸びて来たのをガルドは掴み引き寄せ腹に彼女の膝蹴りを食らったが、逆に彼女は膝を痛めて反転させられガチャンと彼女の両手首に手錠が填められた。

甘くスパイシーなパヒュームの香りがエキゾチックな首筋から鼻腔を掠め、ガルドは微笑み背後からレオンの美しい顔立ちを見下ろした。

「いい女だ」

「離して」

「嫌だね」

レオンは彼を睨み見上げ、顔を横目視線だけで見回しエメラルドの瞳に吸い込まれた。魅力的な強い男らしい色香がある整った顔つきは、野性的且つセクシーだ。体つきもそそられる。

レオンは心なしか一度身体をしならせてから色っぽく挑発的に微笑むと、思い切り強烈に後頭部で頭突きを食らわせたが、ひるむ事無く一気に悪魔の様に整った顔立ちが恐い物になると彼女はそのまま投げ飛ばされた。

砂塵を巻き上げ彼女はぴょんと跳ね起き、口に入った砂を吐き捨てガルドとその斜め後ろに立つ女を睨んだ。

手錠は背後で填められたまま、鍵は飛ばされた時に丸いケツのポケットから飛んで行った。

ガルドがヒールブーツの細い足首を見下ろしただけで足にまで足枷と鉄球が填められたような感覚に陥り、レオンは足元を視線だけで見下ろしたが当然手首の手錠のみだ。

「俺の心をくすぐるね。こういう姿は」

「この、サド野郎」

「じゃあお前はM役買って出てくれるよなあ」

「生憎、お子様に遊ばれる様な体は持ち合わせちゃいないのよ」

「それは残念だな。じゃあ俺が大人になったら相手してくれ」

彼は足元に落ちている手錠の鍵を拾いそれを口の中に放り、飲み込んでしまった。

「ちょっと、」

ガルドは口端を上げ微笑み、転がったバイクを引き起こすと飛び乗って女も彼に微笑みキスしながら乗り込み、エンジンをふかしたがその横のレオンのバイクを見た。

「いい音とエンジンだ。また会おうぜ。暇になったらセンター広場まで来いよ」

クラシックサングラスを下げそう言うと微笑み、街に降った金粉を舞わせ走り去って行った。

レオンは悔しそうに叫びじだんだを踏んだ。

遅れて到着したパトカーと警官と少年課の刑事が駆けつけて来た。

「勝手に飛び出すなと言っただろう!!単独であのガルドに接触するな!」

「奴はそこらのちょっと悪さしでかす若造とはわけが違うんだぞ!殺されたらどうするって言うんだ!!」

レオンは悔しそうに手首をさすって、消えて行った方向を睨んだ。

「奴には近づいた警官が何人も殺されている。中心部に連れ込まれて奴等に犬の様に追い掛け回されて殺されるだけだ。分かったな。無謀な考えはやめろ」

「ハイセントルに警官は入れない」

男ガルドのあの魅惑的な強烈なオーラを思い出しレオンは不服そうに鼻で息をし付いた。

ハードアダルトな蛇女や鞭女の姉ともまた違った、ソフトアダルトな鋼の魅力を持つレオンはどこか甘美さを兼ね備えていた。

ガルドは女が「どうしてもやっぱり欲しい」と聞かない為に、タチウオの化け物みたいな魚を見にアヴァンゾンを越えた先に広がる向う街の海洋施設に連れて行く事になっていたのだ。

その中に5日間位閉じ込めておけが気も済むだろう。





28.まどろんだスカイフライト


市場まで出ると港まで走らせて行き、その港の端突き当たりまで来た。

穴があけられている所から入って行く。裏に広がる私営ヘリポートは通常、アヴァンゾン側からでなければ入れない場だった。

その中に知り合いが一人いてヘリを自由に使える事になっている。ガルドの親父がパイロットだった時代からの顔なじみ空友の息子だ。

タトゥーコンベンションでもよく連れ立つそのヘドロはドラム缶を6つ並べた上に寝転がっていた。上半身に左右対称のデザインタトゥーが彫られ、テーブルに片足を放り顔にタトゥー雑誌を載せているたのを、ガルドに蹴り起こされて機嫌悪そうに彼を睨み見上げたが、彼が座ったテーブルの上に投げられた札を数えた。

「どこまでだ」

「向こう街だ」

立ち上がると黒髪の頭をだるそうにごきごき鳴らして整えられたヒゲを擦りヘリのある野外まで出た。太陽を睨め付けクラシックを掛け、上半身にパイロットジャケットを着てヘリに乗り込んだ。

ガルドは女と共に乗り込むと離陸した。

「バイクコンベンションか?」

「いいや」

「化け物見に行くのよ」

「化け物?何言ってるんだ?」

「あんたに関係無いわ」

「知りたくもねえよ。それでお前、どうするつもりだよ。預かってる武器、倉庫からいつ持っていくつもりだ?ばれたら責任とらねえぞ」

「もおうしばらくだ。都合悪いようなら引き取る」

「場所貸せって言う客がいるって上に言われてんだよ。一機ヘリが増えるとかで、いい加減あの木箱の山は邪魔になってるってわけだ」

「今日中にでも運ばせる」

「そうしてくれると助かるぜ。一人最近入ったヘボ新人がいるんだが、その野郎操縦が下手過ぎて倉庫に運ぶごとにがんがんそこら中にぶち当ててやがる」

「マジかよ」

「今丁度下にいる」

下のヘリポートを見る。セスナを誘導するジープにのる男が、まるでわざとかの様にめちゃくちゃに運転していた。

「首にしろよ」

「上も考えてる」

この時間の空はマンション地帯を挟んで広がる市の空港から多くの定期便ジャンボジェットがフライとしてかぶる時間帯は嫌だという物をガルドは来る。空港の監視塔にシグナルと軌道を送り、ジャンボを避けわざわざ遠回りして飛ばして行かなければならなかった。

眼下にビジネス街の高層ビル群が建ち並び、今の時刻をそのビルの中へと多くの仕事人間達や成功者達のリムジンが吸い込まれて行った。

ガルドは目を閉じヘドロが女を誘惑しているのを聞くでも無しにやはり聞いてもいなかった。女もハイセントルの自分のハレムに来なさいよと誘っていて、ダリーの知り合いなら格安でオーケーよと言い、ガルドの持ち物だが、「ね。良いでしょ?」とガルドに言い、横になる彼の横に横たわって広い胸部に頬を寄せた。その頭を撫で、別に構わねえと言った。

ガルドの抱えている女達は最高の女が揃っていて、前から狙っていたが狂った気違いが転がり、足を踏み入れるには危険過ぎる性質悪いハイセントルの雰囲気は好きじゃなかった所だ。

山を避けて飛んでいき、荒野を抜けて向う街まで来る。ここまで来ると、リカーの権力も届かない色気の無い街だ。

黄色の平地には堅苦しい四角い多くの研究施設が平面的に立ち並んでいた。緑もさほど無く、それでも巨大スタジアムや派手なイベントグラウンド、プラネタリウムなどが揃ってもいる。だが夕暮れ時ともなれば四角陰影を伸ばし黄金の光が浸蝕し、それらの色味がコントラストを美しく見せもする場だ。それらの横にようやく広がるベッドタウンまで来れば多くの人間がひしめき合っている。

その向う街のヘリポートに影を滑らせ降り立ち、ヘドロに別途で金を渡すと女を貸してくれるならいいと小気味良く笑い言って受け取らなかった。いつでも結局はそうなのだが。ガルドも口端を上げ微笑み、その肩を叩いてから歩き出した。

ガルドと女はヘドロの知り合いから車を借り、そのさばついた初老ドライバーが海洋施設までのトラックの後部座席に2人を乗せ走らせた。男の方はガルドというごろつき共のリーダーだとは知っていた。

「あんた達、あんな所に行ってどうするの」

「タチウオ見に行くのよ」

「「気でも違っているの?」

「分からないわ……」

「いるっていうの?」

「タチウオは」

「そうかい」

「そうなの」

朝の女は勤めて頭が働いてはいなかった。半分眠っているも同然だからわけのわからない事ばかり言う女をどちらにしろガルドは放っておいていた。

女は男で無いドライバーと会話を交わすつもりも無く、だるそうに窓の外を見ていた。ガルドは左肩に乗せる朝から機嫌を損ねる女の髪を撫でてやりながら座席を倒し眠っていた。






29.竜宮の使い


海洋施設に到着するとドライバーは2人を起こしてやった。女は目覚めガルドの首筋にキスをして目を覚ましたのを微笑み、2人がじゃれあいだしたから屋根をばんばん叩いた。女はドライバーに舌を出したが降り立つと口端を上げ、ありがとうと握手を交わしてた。ケツをゆっくりふりふり女はガルドの胴体に腕を回し歩いて行った。

研究所に進んで行くと、奥の建物に促され歩いて行く。

あの魚専用の馬鹿巨大な水槽があるのだ。

海底と同じ環境に設定されたポンプの中に、深海魚やらあのどでかい触覚のはえたタチウオのおばけみたいな物もいる。

2人で会話をし微笑みあいながらその場所に来ると、ガルドは水槽を見上げ、その水槽である天井に何かがうねっているのだ。

「おい何だありゃあ」

「竜宮の使いよ」

「あんな物欲しいのかよ」

「ねえ買ってダリー。可愛いじゃない。ねえ見てよあの気持ち悪い感じと不気味な目、優雅にうねる曲線美ったら無い。ねえ最高。あれ買って」

ガルドは周りの壁中の可愛い透明な深海海老だとか可愛い奇怪な深海魚などを見ながら歩いて行き、そのまま女を置いて扉を閉めて首をやれやれ振り帰って行った。女はその中でキャーキャー叫び怒って、ガルドは扉を開けた。

「おい寂しくなったら連絡しろよ。迎えに来てやる」

「ねえ寂しい」

「じゃあ来るか?」

「あれが欲しいわ」

「じゃあここにいるんだ」

「ねえ一緒にあの美しき神の造形物を見ましょうよダリー」

「嫌だね」

「んもう」

「健全な青少年の眺めつづけて喜ぶもんじゃねえ」

「持ち帰ってよ」

「じゃあな。5日後位に来るからそれまでには食われてるなよ」

「こいつに惚れてるかもしれないじゃない!」

「そのセクシーさで誘惑してその化け物はそんな短期間でガキ産める生物なのか?」

「タチウオいっぱい産んでやるから……!」

「せいぜい食卓の味方になっておけよ」

ガルドは女を残してリーゼルライゾンに戻って行った。女はキーキー叫び、しばらくすると不服そうにしてから水槽を見上げ、うっとりした。

ガルドが再び港へのフェンスを越え飛び降り、バイクに再び跨ると、そこにまたあの女デカがいた。レオンだ。

「なんだよ」

「逮捕だけれど?あんた、好き勝手やっていられると思わない方がいわよ。いつまでも続けさせない。あたしがいる限りはね」

ガルドは首を振りエンジンを唸らせ走って行った。

レオンはその背をずっと腕を組み、フェンスを背に睨んでいた。






30.お遣い


キャリライ宛てに届いた物は警察学校からの物だった。

溜息を吐き捨てそれを見下ろす。きっと知られたくは無いのだろうが迷惑この上無い事だ。仕方なく包みを変えてガルドの住居であるバーの住所を書き、送り届けさせようと歩いて行く。

「レガント警部補」

「なんだ」

耳打ちした内容に刑事の顔を横目で見て相槌を打った。またハイセントルの人間に部下が殺されたというのだ。

「全くふざけた連中だ。人の街で好き勝手をしていい気になっているクズ共ばかりだな」

「例の花火の件で巡回に回った者達が餌食になっています」

「犯人は」

「ガルド派の人間で少女の一団です」

スクーターに乗り込み火炎瓶や鉄パイプを振り回しがなり叫んでは、サツを見つけるや奇声を上げ乱射し轢き殺したというのだ。とにかくハイセントルのフェンス向こうはそういう奴等ばかりだ。そのフェンス周りをエケノの人間がうろつこう物なら野犬まで唸り喚き散らしては自らの痩身を電流の流れるフェンスに叩きつけ牙を向け噛んできては、血を噴出させながら唸っている。2,3歳の子供までにこにこ笑っては撃って来るのだから。

静かに過ごすエケノの人間達は毎度リングを持ち出しては爆破ファイトする奴等の吹っ飛ぶ血だとか弾が飛んで来る様な中を見せられたんじゃあたまったものでは無い。

それでも勝手に取り付けられたフェンスを撤去させる事はエケノ側は不安がって町役場に言い、警察に取り外させない様に言って来ているのも現状だ。電流が流れるからって毎回あんな物をわざわざみせられたくも無いし視覚的にも迷惑だった。それに常にフェンス横にはライフルを構えるごろつきが2人立っていて、剣呑とした目を巡らせて監視している。

ハイセントルの人間にはそこらへんで怖がって近づかない子供たちまで浚われて行き、ペットなどは電流に感電し被害に遭っているのだから。あの電流は街側の手が出せないように、広場横の工場廃墟から発電され地中を巡って市の電力にも巧みに直結させているため、電流だけでも切ろうとその市側の電気をいじれば、街全体の電気までストップしてしまうという面倒な事にされた物だった。

だからその工場廃墟のレバーを下げるか、廃墟毎ぶっ飛ばさない限り無駄だった。

本当にふざけた奴等は豊かで優雅な街、リーデルライゾンの面汚しだった。

街側は当然今にフェンス自体も取り外させるつもりでいる。

「俺は今から出る。あとは少年課に任せておけ」

「はい」

そう言い身を返し細身の革靴を響かせ歩いて行った。

エレベータからエントランスに降り進むと、丁度レオンが帰ってきた所だった。

彼女はスマートにエレガントな高級スーツを着こなす痩身のレガント警部補を見つけると、微笑み歩いて行った。彼は女警官達から人気があるいい男だ。女達には甘いマスクになり、普段の冷淡な顔つきは一切のぞかせはせずに優しい。

「ハアイ。それ、どうしたのよ」

「ちょっとな。君もパトロールに?」

彼女を外へ促しながら歩いて行った。

「例の花火を打ち上げた無礼者を取り締まりにね」

「それは熱心だ」

書類を手に持たせる。

「あんなゴミ溜……、危険な所へ女性が行く事は無いものを」

階段を降りて行き、横のキャリライを見上げる。

「いいえ。そういうわけにはいかないわ」

「見つかったのか?」

そう、連行されて来た筈の犯罪者達がいないのを見回すと彼女の顔を見下ろした。

「噂のガルドという男よ」

彼女は書類を脇に抱え腰に手を付け鼻で息をついた。

「放っておいたらいけないわ」

「警察が入ると危険な地帯だと言うのに。まさかあの男の所にまた検挙に向おうと?」

「ええそうよ」

「あの男は狂ってる。街の恥だよ」

「いいえ行くわ。昔から署と刑務所の常連だって聞いた。そんな人間を放っておけない」

「近づくなんて危険に他ならないよ。ああいう輩には関わってはろくな事が無い。はいこれ」

そう言い彼女に彼女の革ロンググローブを持たせた。

彼女の体を回転させバイクに彼女は跨ると、彼女は初めて両手の中の封筒を見下ろし瞬きした。

「オリジンタイムスというバーがあるから」

「何の話?」

「そうそう。住所はこれを見て」

「え?これ?何?」

「じゃあ、頼んだ」

「え?………」

キャリライはエントランスホールに引き返して行った。レオンは首をかしげながら分けもわからずバイクを走らせていった。





31.ハイセントルという場


フェンスは閉じられている。

バイクを止め、降り立ってから腰に手を当てその先を見た。エケノとはガランと変わり、異様な雰囲気がそうそう立ち込めた。

だが、中には労働者階級であって、リーイン工場地帯で働く40代のまともそうな男達が歩いているのも見える。ハイセントルは中心部へ行く程危険な地帯になって行くのだ。実際にジーンストリート沿いにあるハイセントルの酒場地帯は、まともな経営者達がうらぶれたバーを開き、その彼等が仕事も終えて酒を飲みに来る一般の堅気も多くいるのだ。それでも、振り返るエケノとは違い、住宅地などという言葉は完全に払拭されている。

それらの人間、きっと夜勤の者たちだろう。5,6人がフェンス向こうにいてジーンの大通り上、思い思いに話している他は、大して誰もいない。

真横のライフルを構える強面のごろつき2人は抜かして。という意味でもあるのだが。

「ニューフェイスか?」

静かな視線でエケノを見渡していたライフル男がそうレオンを見下ろし、レオンは顔を男に向けた。

「ええそうよ。入れてよ」

レオンは微笑み掛け、男はフェンス越しの艶のある色っぽさの勇ましい女を見て口端を上げ、扉を開錠させた。

レオンはバイクに跨り、男の顎をさすってから先を進んで行った。

ジーンストリートを歩いて行き、しばらくしても誰もいない。酒場地帯が見え始めてもそうだった。彼女は見回し、オリジンタイムスという看板を掲げた店が無い事に首を傾げて封筒を見下ろす。番地と思われる場所が違うのだろう。ジーンストリート沿いの場合はヒールコンスト中、住所に含まれるわけだから。

細い路にまがり入って行く。迷路のように入り組んでは、頭上高くに鴉が無き、建物から建物にぼろ布の掛かる空は青いままだ。

歩きつづけ、子供たちの声が聞こえ始めると、一気に騒がしさに包まれた。

スラムの住人たちが、開け放たれたドアから子供を叱り付けたり、木の外された窓からTVが大音量で流れていたり、洗濯をする人間、駒を回す子供達、ボロ犬と走って行く子達、父親の酒を奪って怒られている子供、井戸端会議をする母たち、そこには極貧ながらも、生活があった。

彼女は微笑み、そこを離れると歩き進める。方角を確かめながら、彼女は東方面へ歩き出した。その筈だった。既に方向感覚はなくなっていて、狭い路地を進めて行きいきなりの事で彼女は短く飛び退った。

「………、」

死体は乾ききり、……警官の服を着用していた。彼女はトランシーバーで状況を一度確認する為手に取った。だが、その死体を見つめ、目を閉じてそれを腰に掛けた。また単独で来た事をしられるのはまずいわ。彼女は進んで行き、段差を歩き進めた。スラブ建てはがらんどうの空家も多かった。廃墟と貸化し、慣れて来れば、その中の餓死したのだろう白骨死体、至死量のドラッグで死んだらしいミイラ、迷い込んだのだろう小さな子供の白骨、鼠の死骸、さまざまが夫々の埃っぽい屋内や路地裏影に転がっていた。

リーデルライゾン……ここも……。

一方は高い水準であるがままにパパとママの手に育てられ、フェンスを越えた悲惨な危険地帯の実情が、垣間見えた。

ダイランはヒールの足音に目を開き、建物内部の暗闇からエメラルドが光り陽が照らした。硝子の無い窓の先、女が見回し歩いて行く背を見据えた。

「……」

いい女だ。彼女は振り向き、ダイランのいる建物にも顔を覗かせたが彼は一寸先の闇に紛れていた。甘い香りがふわっと一瞬掠め、それを振り返って歩いて行く女の背を見た。彼女はバイクを再び引き、歩き消えて行く。

張り込んでいる。きっと詳しくハイセントルを探りに来たのだろう。

彼はボックスの中に分厚い書籍を全て入れなおしてからその上に木箱を積み上げ適当にボロ布を掛けた。

ダイランは目を覗かせその場から離れて行き、歩いて行った。

オリジンタイムスに帰るとマスターがカウンターに肉を置いた。

ダイランの表情を見て聞いた。

「なんだどうした」

「別になんでもねえ」

そう彼は首を横に振り、スツールに腰掛けると一度ちらりとマスターを上目で見た。また戻してライスにフォークを射して口に運んだ。

自分が警官になると聞いたら、マスターはどういう反応をするかとも思った。

今は言わないだろう。この事は。

レオンは歩いて行き、再び似たような集合住宅地帯に来た。この場には、薬の売人を匂わせる雰囲気の人間も影に座っていた。子供達は依然、走り回るものの、手にナイフを持つ子さえいた。場所に寄って、少なからず種類が異なってくるんだわ。売人と子供達との身近すぎる環境に目を細め、歩いて行く。

きっと、中心部へ行く程に状況は悪化して行くのだろう。それこそ近づくのは気件という事だ。

しばらく歩くと、彼女は多少広めの道に出た。

モルタルなどのコンクリート壁がいいように熱を吸い取った狭く蒸し暑かった空気は抜け、爽やかな風が吹いた。木々も所所、細く生えている。

ふとそんな道を自然に見回し、そして、吸い込まれるような場所を見た。

落ち着いたうらぶれる配色の、木で出来上がった大きな看板が白い漆喰壁に掲げられていた。

  ビール&バーボン オリジンタイムス

ほっとついつい、安心して心が安らいだ、そんな雰囲気の店構えをしている。100年も前からあるかの様な、不思議と懐かしい独特の雰囲気だ。

「起源の時代達……」

そう名付けられたバーだった。

彼女はしばらく見上げていたのを、封筒を脇に抱えなおしてからドアをノックした。

ダイランは肉をそのまま加えたまま振り返り、歯形のついたステーキを噛み千切って皿に落としてからドア横のベンチにそっと座り、昼は下げられるベージュ色のカーテンを少し引いた。

「………」

さっきの女だ。

ダイランはドアを開けると、ガルドが出て来た為にレオンは咄嗟に驚き身構えた。

「なんだよ」

レオンは息を付き、彼をもう一度見てから言った。

「我が署の警部補キャリライ=S=レガント氏からこの包みを渡して欲しいと頼まれて来たわ」

朝とは全くオーラの異なるガルドは、全くのやる気無しな雰囲気だった。髪も一部簪で邪魔そうにまとめていて、上下とも真っ黒なイージーパンツにノースリーブを着ては、でかい目は半分以上閉じられている。

それでも薬で荒みきったハイセントル独特のあくどい風が染み込み、毒の回った目元も、棘があるくせに甘い声も同じだった。ふとした時に、何をしでかすか分からない青少年の危険な剣呑さが怠慢さと共に浸蝕している。

「どうしたダイラン」

ダイランはレオンの肩を抱き振り返った。

「俺に会いに来た女。割合いい女だろう」

「割合って何よ!」

「なんだ。まさかお嬢さんをあのお前のイカレチームに加えるつもりか」

「加わるか?ファラオ女」

「冗談じゃ無いわよ。それに、ファラオだなんてやめて。砂漠やエジプトは好きじゃ無いの」

レオンはダイランがにっこり微笑み彼女の顔を見つめ見回すのを、内心どきどきしながらも彼の祖父だろうか。この店のマスターの手前、その頬を他所へ向けさせた。

何度近くで見ても、どこにも欠点の見当たらない顔だ。それは、じっと近くで見つづけたくなる完璧さだった。どこのパーツを抜き取っても、造形美だった。

「あなたのお孫さん」

「俺とジジイは血が繋がってねえんだ。俺の親父がマスターに拾われて育てられたその延長線上だ」

「ああ。居候」

「家族だ」

そうダイランが意地になる少年の様に憮然として断固として言い、なんだかまるで二重人格の様に雰囲気が違った。

「あたしはレオン=キャンリー」

「ジョス=マルセスだ」

「よろしく。エリッサ署で刑事をしているから、何かトラブルがあった場合は知らせてちょうだい。駆けつけるわ」

マスターは意外そうにダイランを見て、彼は肩をすくめた。まさか彼が警官をハイセントルに入れるとは。

彼女はカウンターに座り、さっきダイランが食べていた肉の塊を見下ろして、床を見回したが犬はいなかった。

「そりゃダリー犬の餌だ」

「このジジイ!」

ジョスは乾いた声で笑い首を振って皿を片付け、ダイランは歯を剥いてから目をレオンに向けた。

「ダリーって、あんたの愛称?」

「気安く呼ぶなよ」

「それ、何の包みよ。何故レガント警部補があんたに用事なのよ」

「マスターへの贈り物なんじゃねえのか?」

「営業上の事なのだとしたら地主から頂く物資は譲渡問題になり得る事よ」

「知らねえよ」

その包みをダイランは自分の背後のスツールに置いた。

レオンは立ち上がってダイランを睨んでから、踵を返した。

「話があるからついてらっしゃい」

そう開いたドアに手を掛け上半身を振り向かせて鋭い目で彼を睨み言ってから出て行った。

彼は包みを小脇に抱え、だるそうに出て行った。

路地裏に来て、レオンは振り返った。

「それは何?」

「プライベートを詮索するなよ」

「犯罪者に守られるべきプライベートは許されるかしら」

「ああ犯罪のはずだ」

「あなたもしかしてキャリライ警部補を脅迫しているんじゃないでしょうね」

「なんで俺が」

「じゃあ見せなさいよ」

「嫌だね。そんな事より、俺と遊ぼうぜレオン」

彼女の髪をかきあげて腰を引き寄せると頬を抱くように包んで微笑んだ。

「気安く呼ばないで」

そう微笑み、股に膝を食らわせたがびくともしなかった。ダイランは思い切り彼女を壁に叩きつけ引き起こし、逃げないように壁に両肩を肘で押えた。

「デカとして俺の周りをうろつくんじゃねえ。店に来ようが広場に顔見せ様が構わねえが、それはプライベートの身での話だ」

いきなりオーラが激変し、瞳から目が反らせなかった。

レオンは彼の負傷しているらしい上腕部に爪を立て、彼は驚き彼女の首筋に歯を立て目を獣の様に剥けた。レオンはきゃあっと叫び離れて行き血が滲む首筋を押え、彼は冷たい目で彼女を見下ろした。一瞬、何かの猛獣のそれだった。

「あんた、狂ってる……、」

「ああそうかよ」

レオンは足元に落ちた小包をバッと取った。

「こいつ、」

レオンはその包みを破り、足元にどさっと落ちた。砂が舞い……、彼女はそれを見下ろししばらくすると、眉を寄せた。

「……、何よこれ……、警察学校って。あんた、まさか」

レオンは危険な物を感じ身を返し走って行ったが、その肩を引かれてバウンドし跳ね返った。

「あんたが、あんたがなんですって……?警官?そんなの、認められると思ってるの?」

髪を掻き上げ、ダイランの悪魔の様な無表情を見上げ、表情が無い時はひたすら恐い物を感じた。

「なる」

レオンはハッとおもむろに息を吐いて首を振った。

「無理よ。門前払いが関の山に決まってる。薬狂いのごろつきで最近だって刑期食らったわ。強盗の主犯としてね。今までだってハイセントルの人間同士で派手に殺し合いして何度も食らってる。警官だってあんたに何人もやられてんのよ。根からの犯罪者がなれるわけ無いじゃない、馬鹿言うんじゃないわよ!」

「俺はなる」

レオンは歯を噛み締め、包みの中身を地面に叩きつけ砂が舞い上がった。

「フン、馬鹿も休み休みになさい。警察組織はそこまで甘い場所じゃ無いのよ」

きつく彼女はそう言い、彼の顔を見上げ、レオンの表情が途切れた。

「絶対になる」

「……」

彼の目を見ていたのを顔を反らし、「無理よ」そう言い捨てた。

「一体警察組織に潜り込んで何をしでかすつもりよ。DDと加わって情報を流して市場で動くためでしょう?麻薬取締りを緩和して横流しする。それとも油断させて署を爆破?ハッ、大層な事ね。悪徳警官なんかに」

「……親父を殺した犯人を見つけ出す為だ」

レオンは瞬きして、顔を背けた横顔を見た。

「そんな事、あんた分かってるの?どうせハイセントルで殺されたんでしょう。それこそ見つかるわけが無い事くらい」

「それでも見つけ出す。それに、デイズの野郎を検挙して死刑台に上げる。あの糞兄貴もだ。奴等は俺の家族めちゃむちゃにして麻薬をいいように」

「私怨なんかに」

「俺は仇を討つこれは絶対だ!!」

そう片手を広げ言い、身を返し歩いて行ったが、止まった。

「……俺はハイセントルから去る」

そう言い、投げ付けられた入試筆記試験内容の教材と試験用紙を拾って砂を払った。

哀しみとも付かないが、巨大な怒りは肌を破れば現れそうだった。歯を噛み締め、その怒りで震えていた。

「ちょっと、あんた一体、」

「デカになった人間は裏切り者として追い出されるからな。俺はそれでも構わない」

レオンの顔を見て、まるで暗示を掛けるようにゆっくり言った。

「誰にも言うな」

そう言い、身を返し明るい方向へと歩いて行った。

黒の背に、一瞬かすめた光が影のようにかすめ、それは黒の羽根のように錯覚した。振り落とされた邪悪な神の斧のようにも。

こいつ……、死に変えてでも危険を冒すつもり……?単独で

レオンは彼の腕を引き、それを引き止める手も伸ばすことが出来ないまま、動けなかった。

「なんでそこまで既に死んだ人間に命授けようとするのよ……」

「……」

ダイランは切る様に肩越しに睨み、レオンは睨み返した。

「あんたがやる事は復讐という犯罪よ。分かって無いだけだわ。あたしはこの事を上に報告する。あんたは薬に狂っているのは確かよ。まともな時なんかあるようには思えないただのジャンキー。生まれた環境を恨む事ね。この最低な地に生れ落ちた事。あんたは最低な男だわ。何度だって言ってやろうじゃない。あたしはね、犯罪を犯してきたくせにそうやって自己の為だけに行動に移す男が大っ嫌いなのよ!正義をなめるんじゃないわよ。あたし達はね、一つの心の元に警官になってんのよ。他にも多くの職業がある中をね。誇りを持って市民を守ってる。あんたは銀行で無関係の人々まで殺した。子供だってまきぞえになった。人を人とも思わないくだらない職業がはびこる中をあたし達は身を盾にして来てるのよ。あんたなんかに汚されたくなんか無いのよ!!」

「……」

ダイランはうつむき、口をつぐんでから戻って来た。

「ごめん……」

レオンは瞬きして、その頬を打ちそうになったが彼の頬を撫でた。

「ねえ。ダリー。あんたは確かに今大きな決断をしようとしている。従えて来た仲間を裏切ったり、大切にして来た女達を手放すのは確かに決意が固くなければならない事だって分かってる。一気に見放されるでしょうからね。きっと、警察組織だってあんたに辛くあたって孤立すると思うわ。でも、あんたがそこまで心があるとしたらきっと……あんたのおじいさんは喜ぶって思う」

「……」

ダイランのうつむく頬を撫で、軽く叩いた。

「もしも本当に警官になったらあたしは見上げた物だって思うわ。今はそれだけ言っておく。じゃあね」

彼女はそう言い身を返し、歩いて行った。

彼はその背を横目で見て、……質悪く口元を微笑ませた。

あれは充分利用出来そうだ。]</body>





32.ドキュームからの悪魔降臨~悪者ガルドチームへの怒りの鉄槌~


女は研究所の人間を誘惑して遊んでいた。

タチウオの怪物みたいな巨大な魚はその頭上にいる。

「ねえ部屋をちょうだいよ」

「それは無理だよ」

「じゃああれが欲しい」

「向こうの水族館に行けば剥製があるだろう。それで我慢してくれないかな」

「嫌よ」

「たまに死体なら引き上げられる」

「死体なんか嫌。動いている方が魅力的」

研究員は困った顔をして頭を掻き女を見た。

「あたしに何かをプレゼントしたいっていう気は起きないの?」

「それは……」

「ねえ。食事に連れて行ってよ。誘われてあげるからあれをちょうだい」

男がだらしない顔をしているから女の研究員はくすくす呆れ首を振った。


そんな作戦を遂行している中、男達は私営ヘリポートに来てガルドに言われていた物資をトラックに積み込み運んで行った。

トラックがヒールコンストへ入って行こうとした手前で、車両の前にパトカーが踊り出た。彼等を張っていたが、ハイセントルへ入られたのでは手が出せなかった所だ。4人の男達は取り押さえられるのを暴れた。

ジョンは警官達に荷を調べさせ、木箱を開けていった。

「………」

ジョンはその物資に目を丸くし、4人を見てからまたそれら、ヌイグルミの山を見た。

中身を一気にむしり取って行ったが、武器だとか麻薬、覚せい剤や貴金属なども、盗品も無くただの真っ白な綿だけだった。他の木箱も引っ繰り返し開けさせると、梱包用の包装箱が束になった物だった。

「……。お前等、今度からサーカス見に来た子供達にヌイグルミ配るつもりだったのか?」

4人の男も内心ぶったまげて真っ白の綿の内臓の散らばる中を、”大切なヌイグルミが殺された”男達の怒りは形相を見れば分かる程凄まじかった。

おもちゃ工場の人間が発注を間違えていた。足りない分を急遽運ぶべく、ヘリポートの人間にヘリで輸送してくれと木箱を倉庫に運ばせたのだ。あの新人が紛らわしい所にヘリをつけた物だから本物の武器の入った木箱をえらい重いと感じながらもパイロットは必死こいて運び込み、飛び出していってしまったのだ。その後から4人は残った木箱を一斉に運び出し、ヘリポートを踊り出た。

「ああそうだよ!!なにしやがるこの外道共が!!!」

「どうしてくれるってんだこれを!!」

めたくそになったヌイグルミの山はずたぼろだった。

ジョンはすまなそうにもしゃもしゃの頭を掻き謝ってからヌイグルミの死骸を乗せ「覚えてろよ糞ッ垂れ共が!!!」とがなるトラックを通して行った。

ヤバイ事になった。男達は廃墟の奴等に現状報告し、鞭女は呆れ返って姉を振り返り見上げた。

「お馬鹿者達ね。リーダーが帰って来るまでに絶対にそのトイ工場を突き止めてヘリが到着するまでには奪い返すのよ。ヘリの無線番号をヘリポートに聞いて引き返させる方法を考えるから。まだ時間は間に合うはずよ」

頼りある声で鞭女の姉はそう言い、蛇女はヘドロにそのヘリの無線番号を聞いた。各々の頭に地図は入っている。

「これだわ」

鞭女はネットを調べそれを言った。

「野球チームのキャラクターマスコット、ボティーベアとベティーベアちゃんを観戦に来た小学生以下のお子様たち先客1000名様に無償でプレゼント。リーイン工場地区のドキューム社トイファクトリーは野球のマスコット製作に手を貸しているスポンサーだから」

「球場の映像をハックしてちょうだい」

「まあ最悪だわ!!」

「この白熊と同じ……」

震え握り締めるそれは確かにそれだった。

そのマスコットが既に開幕会場で子供達に配られている。子供達は狂乱して驚喜し、スマイルのベアドールの顔が彼等には牙を剥き大笑いする凶悪な悪魔と、泡食って大狂乱するこちら側を嘲り笑う小悪魔に見えた。ガルドが知ったら殺される。

一刻の猶予もならなかった。

無線で急遽引き返すようにいう物を、あちら側も工場の信用問題と球場の大打撃好感度問題に挟まれ必死だった事ったら無い。

「何を馬鹿な!もう少しで到着するというものを!」

彼も球団と工場の間に挟まれ首がかかって必死なのは分かる。あっちも死に物狂いならこっちも命を掛けた死活問題だった。死に物狂いになって彼女等は怒りに任せ熊のくせに腰が縊れてスカートをはくベティーの頭を泣き顔で歯を剥きもぎ取った。

まさか木箱には登録のされていない新機種軍用兵器が入っているのだとは言えない。ヘリに爆破が仕掛けられたのだから引き換えしなさい。こちらの爆発物処理班が対処するからなどと言えばパイロットは飛び驚いて混乱を招き本物の警察に連絡することだろう。

今からパイロットが向う巨大スタジアムは向こう街の更に向こうにあるマンモス街にあった。

「爆破する?」

「何をよ」

「マンモス街をよ!」

「無理」

鞭女の姉は首を振って、ランジェリー娼婦が言った。

「ねえ。向う街には今ジェレアネルがいなかった?」


そのジェレアネルは寂しくなったから今からヘリに乗り込んでガルドの所に帰ろうという所だった。

その研究所の屋上からここの専用ヘリに乗り込んだ彼女は、竜宮の使いの変わりに研究員からタチウオをプレゼントされビニール袋の中で動いていた。

その彼女の所に研究員が駆け寄ってきた。相手の慌てふためく様が尋常ではなかったのだ。

「連絡が来ていますよ」

「ダリーが寂しくなったのね。可愛い」

電話を受け取り、それが鞭女の姉だったからがっかりした。

「なんですって?誰よそんな馬鹿したの」

「何らかの手違いよ。あんたはその場所に行ってヘリを絶対に引き止める事。降ろさせないで欲しい」

「ちょっと、あたし一人でどうやって……、」

女はその時、使える人間に思い当たった。

「オーケー。どうにかするわ」

「知られたら一気にマズイ事になる。慎重にね」





33.ガルドチームの死に物狂いぬいぐるみ誘拐事件~子供達の夢を奪えの巻~


女は親切にもあのトラックのおばさんが施設周りを回ってくれていた事に感謝して乗り込んだ。

無線完備。素敵。

「感謝するわおばさん」

「リキーよ」

「ねえリキー頼まれてもらいたいの。あたしが言うヘリに球団スタッフを装って連絡を入れて欲しい。今から行く球場はヘリ置き場が危険な事になっていて止められないのよ。フーリガン達が暴れ騒いでいるから。今から言う広場にスタッフを向わせてワゴンで向って手配させるからそこに来て欲しいってね。そうすればワゴン内でマスコット達の包装を完成させて滑り込みセーフ、キッズ達の心をキャッチして逆転ラブリーホームランよってね」

「くてんラブリーホームランよっつ……、」

その通りを球場スタッフの清々しさを心掛けヘリの無線に言っていたリキーは女の顔を見て、「まあ、そんな言い回しはいいの」女はそう真顔で言い、無線ボタンを切った。

「ワゴンに乗せればこっちのもんなんだから」

「縫い包みなんかを盗んで子供達の夢を剥奪するのがあんた等の仕事だってのかい」

「ウィ。半分違うわよ。それと、2、3人に声掛けしてもらいたいの。女2人じゃあ、パイロットはヘリの方が早いとみなしてまた飛んでいってしまうから」

「全く。ヘドロの紹介じゃ無かったら断ってた所よ。そんな縫い包み誘拐なんて。この街の事なら任せなさい。いい場所を知っているわ」

「恩に着るわリキー」

パイロットはその場に慌て降りてきて斜め降りのそのまま地面に突っ込むんじゃないかという勢いだった。慌て降りてきて彼等5人も慌て降りてきてを心掛けて必死になって縫い包みのくせに糞重い木箱を運び込んでは運搬書に適当にサインし奪い取って砂塵を巻き上げ走り去って行った。

パイロットも死に物狂いで空に飛び立ち、必死になってそのワゴンをやはり確認のために追ったものを、それは即刻街に入ると逆走していったから飛び驚いた。ワゴンはすぐに影に隠れ、見えなくなったのだ。ぬぬぬ、縫い包み強盗だ!彼は慌てて上に報告した。

そのワゴンは陰で他の車に変えられて球場スタッフジャンパーと目深に被ったキャップを取って3人を放ち、リーデルライゾンへと向けて軍用兵器を乗せ疾走した。


ワゴンでの搬出時に、それを張っていた警察のジョンは彼らのワゴンを停め、箱の武器を確認したが全てがぬいぐるみばかりだった。ジョンの部下はぬいぐるみに麻薬や覚せい剤などを所持しているものとみて切り裂いてしまったが、出てくるのは綿だけだった。

「おいおい、どうしてくれるってんだよこれらをよお!」

ばらばらのぬいぐるみを見てガルドの部下は内心焦っていた。既に他の線で物資は運ばれておりこちらはカモフラージュだ。もともとこっちは球状側に返すつもりで運んでいた。

「す、すべて綿です! 怪しいものは入ってません!」

警官が言い、ジョンはもちゃもちゃの頭をかいて「おかしいなあ」と首をかしげた。

それらぬいぐるみは全てガルドの部下が工場に持ち帰った。

それを縫い合わせて行く。女好きのガルドはメスのぬいぐるみばっか、ビアンのスキン女もメスのぬいぐるみばっか、GBWは広げた脚にオスのぬいぐるみをこちらを向かせ並ばせ塗っていて、他二人の男がそれら縫い終わったものを握り締めて針が残ってないか検査をしているが、真横のGBWが不気味に彼女の痩身の全身に針を誤刺しさせて糸を垂らさせているので、おっかなびっくり検査しているのであった。それらは五十体ずつ箱詰めされていき、ワゴンに幾つも運びこまれていく。

レナーザ姉妹の見ているなかでガルド等がそれらを縫い合わせて行く。

「なんでこんなことするの?今更子供も意外と冷めてるものよ」

「ダリーってたまにこう」

「子供だってね、時期も終わればもう球場でくばられるはずだったぬいぐるみのことも忘れてるでしょう。何の意味があるというの?」

「………」

物に恵まれ育ったレナーザ姉妹は何故ガルドが警察に裂かれたぬいぐるみを縫い合わせているか理解できなかったらしい。

「お前らもこの数年、俺らの生きてきた場所を見てきてるだろう。同じ街でどれほどの違いがあったのか。貧しいなかで育ってきたハイセントルの奴らには、一つのものさえ大切な宝物でずっと生涯大切二つ使い続けるものも多くあるんだ。子供時代なんてこんなおもちゃも与えられずにきて、世の中には実際そういう子供はいくらでもいる。いつも馬鹿なことばっかしてる俺らも手違いといえ子供の夢奪っちまったんだ。これぐらいしてやるぐらいが丁度いいんだよ……」

ガルドはそう言い、笑顔のメスのぬいぐるみを見た。

実際、二人が見てきた内にもガルドがハイセントルを少しでも改善するために金を配ったり、女に手芸などの手に職をつけさせたり、川横から始まり各戸の横に木の苗を植えたりなどして日陰を作ってきたこともあった。ガルドの子供時代は、いつも腹を空かせていた。馬鹿騒ぎをするのはやりすぎだが。

「あとはヘリで子供のいるところに降らせりゃいい」

「それで、どうするっていうの? サプライズっていうのはほとんどが役所への申請が必要なものであって、勝手やらかして下手をしたらぬいうるみ奪われた側の製造会社に苦情の声が届くこともあるのよ」

その後、綺麗に縫い合わされたぬいぐるみの全てはガルドらにより、ヘリコプターで孤児保護施設や幼稚園施設などのグラウンドに天空からばら撒かれたのであった。

子供らは大よろこびだった。

それを受けて、ニュースではぬいぐるみが奪われた球状サポーターのぬいぐるみ製造ドキューム社が、恵まれない子供への粋な計らいとしてリポーターから報道されることとなり株が上がり、会社側も被害告訴を取りやめたのだった。





24.造船


ガルドはレキュードで斜めのレールを駆け上がっていき滑走すると、一気に天に飛んでは青空に紫コブラが煌いた。そしてスラブ建ての低層地帯の屋上を滑走して言ってはデスタント根城の屋上に大打撃を加え走り去って行った。舌を打ち銃弾が掠めたが車体は弾丸などでは傷さえつかなかった。

またレールに飛び乗りフェンス間近で途切れているそこからダイブし、フェンス越えした先のジーンストリートでドウンと降り立ち港へと滑走して行った。

彼は5人の拘束されている造船の様子を見るために港に降り立ち、デスタントのグループの奴等がうろつき船を見ている。

「ようファッキンルシフェル。お前、朝から街にあんな宣戦布告してよく捕まってねえじゃねえか」

「ああ俺は運がいいんだよ」

「何度も食らってるわりに何処の運が見放さずにいるんだか知りてえもんだな」

アーネスはそう皮肉を言い彼が自分の前まで来たのを口を噤んだ。ガルドはニッと微笑み、アーネスから船を見た。

「お前もこの船狙ってやがるのか?」

「使い方をお前等があの野郎には内緒で俺に教えてくれるならな」

「んな事するわけねえだろうが」

「船なんか何の為に狙ってる」

「関係ねえ」

「変な奴等だ」

デスタント側はこれからのルート上の物資を運ぶ大きな輸送船は必要不可欠だ。いつまでも入って来る分だけを取り締まるのでは利益が上がらずに次に進めずに力誇示にも関わる。自らが集めにも行かなくば。

ガルドはやれやれ首を振って船の方へ歩く。

「おい。いいのかよ」

「船の製造ぐらい興味本位で見せてくれるんじゃねえのかよ」

「ハッ、お前やディアンさんみてえな航海のロマンなんざ分からねえもんだな」

「お前等も見学するか?」

彼等は首を振り見回りを再開した。ガルドは手を振りまだ完成されていない船に乗り込み、内部へ進んで行くと進行具合を確かめて行く。本来の船のオーナーは彼、Ze-nだ。説明を受けながら進んで行く。

「それで、あの話は本当なのかね」

「ああ。途中から引き渡す『顧客』が変わることになるがあんたの所へは損害は来ない様に俺側で調整を回す」

男を下げさせてから、見張らせているドアの中に入って行った。

囚われている5人は、主要の女10人の中の最後の一人、拷問女バイリーに見下ろされていた。

黒のストレートの髪が膝下まで届き、目を隠すぎりぎりの前髪から病的なでかい目が覗いている。恐ろしい程のガリ痩せ女だ。

彼女はリーイン精神病院の患者だった。他の州の軍用拷問部屋で働いていたのだが、自分が狂ってしまった。彼女に任された人間は完全に人間として使い物にならなくなる。分けの分からない事を言い聞かせ続けて精神を完全におかしくさせてしまうからだ。

普段彼女は丸ピアスで上下横一列に締められその丸穴にガマ口ピンを填め込み錠をして、その口を覆う顔半分を黒革のマスクで追われていた。

骨が全てから浮き出る女は必要無いビキニブラと革ショートパンツに鷹の脚の様な素足で、網で出来た擦り切れるロンググローブを填めている。

その病的なままの目でガルドを振り返った。

口の錠は閉ざされているから5人は無事だ。鍵はガルドが持っている。拒食症だから1週間物を口に入れなくても生きている。普通、有無を言わされずこの彼女を見せられているだけで普通の人間なら気を違えるものの、目隠しをされた5人はやつれていた。

猿轡を噛まされ椅子に固定され完全に身動きを取れなくされていた。捕まって2日間何も与えられていない。

拷問女に5人の目隠しを外させると、彼等は眩しそうに目を細めた為照明を消してから工業用デスク上のスタンドを闇の中着け、彼はそれに腰を降ろした。

「お前等はデスタントに闇金融のブラックボスが、お前等の知る一定のある場所に存在し見ている事を認識させればいい。そこからこの市場を操作しているとな。あくまで元からこの界隈には姿を見せたことは無い。お前がそのZe-nとの交信役だと名乗れ。お前は俺の秘書だ。俺が金融関係の裏づけを露見しろと言うまでを管理していろ。お前には俺の身分のスケープゴートになってもらう。お前はデスタントの金情勢を探り報告しろ」

スタンドに照らされる顔は表情の無いまるで石膏の仮面の様で、人間味を失わせているという物を、普段の荒れ狂った声も囁くと甘いものを含ませるそれがその口から流れ出ては余計に神経を張り詰めさせた。

あと一人残った男は、自分に何の役も与えられなかった事にガタガタ震えそうだったが青年を睨み、何かを言いたげにブルドック顔を渋らせたから猿轡を外した。

「なんだ?」

「君はまさか謎のZe-nの事を知っているのか。噂で聞くゼグ・ネオという交渉人が彼の顔を知り直接仕事を回している噂は流れて来ている。我々はそのZe-nとの仕事を橋伝いで受けて来た人間だ。それが今回、彼の命令でデスタントに協力しろとの話を貰い受けたんだぞ。君が横槍を入れるのはZe-nの逆鱗に触れることなのでは無いのかね」

「さあ。俺がその交渉人だったなら話は簡単だろう」

「君が?」

「俺も顔は知らねえよ。姿も無いんじゃあ、噂では本当は実在しないんじゃねえかって俺等の間でも囁かれている。はったりをでかくかましてるんだとな。だがそれには何処かに仕掛け人がいるはずだ。その組織がな。だが、そんな幻じゃあこちら側も困るんだよ。デイズ=デスタントに恨みを持つ俺はそれならばとボスからデスタントを潰す為に命令を受けた。奴に人権引渡しの為に競り落とさせてから、一時ここに隔離してそのボスの考えを吹き込んだ上で奴に引き渡す必要がある。元からこちら側がお前等を構えた上で渡したんじゃあ、奴がZe-nを探るだろう?」

「今回の事でデスタントは不信感を持つ」

「吹き込まれたってバラす能無しじゃねえんだろうがお前等は。俺はただのちんぴらだぜ。その脳足りんの俺にどう吹き込めるってんだよ。え?」

「分かった。我々は口に出す愚行は犯さない」

「だがなあ。デスタントの奴は残酷だぜ。俺なんて可愛らしいもんだ。それに耐えられるか試そうじゃねえか」

他の4人の猿轡を外させると、何の役も与えられていない男を放ちジャックナイフを持たせた。

「お前が変わり勤めたい人間を殺せ。お前等は一切口を開くな。命乞いも弁明も自己アピールも一切無しだ。始めろ」

4人は目を見開き、拘束され完全に動けないままなのを必死に暴れた。震える死を思わせにじませる男の持つナイフ先が自分に向けられる毎に叫びそうになるのを飲み込みその切っ先に集中し、それは不気味に闇の中銀色に輝いている。男はガタガタ震え、Ze-nのスケープゴート役にザッと向けては鋭く鷹目に見据えられ躊躇し、一番命の保証がされるという秘書に向け彼は必死で目で冷や汗の滲む中ガルドに助けをすがり見ては口をきつくとざし、デスタントに向い助けを求められるとみられる男に向けては彼は渇く口の中でブンブン首を振った。Ze-nとの橋立の男は冷静な目をして目を細め、内心面白がる様に男を見据えている。

ナイフを持った男は4人にザッザッと向けては間近で切り付けそうになりずっこけてはガルドに首根っこを引きつかまれ乱暴に起こされる。

「さっさとしろ!!!」

彼はガルドに4人の前に背を蹴りつけられ、誰もが叫びそうになり自分の方へ倒れ込んできた男が来ても、口を開かなかった。

4人も男もガタガタ震え、自分に傷が無い事を知ると青年を震え見上げた。

「何故殺さなかった」

男は目を反らし見開いた目で地面を見ていた。

彼の背後の女はゆらゆら揺らめいていて、視線をどこに向けているのか、空間を彷徨っていた。

ガルドはナイフを硬直した男の手から剥ぎ取り回し収めた。

「言い残す事は?」

男はバッと顔を上げガルドを見て、ナイフの切っ先に目を落とした。

「わ、私達は君を調べ上げることも出来るんだぞ。私は友人にFBIの人間もいる。こんな脅迫をして最終的にデスタントに打撃を与え様なん」

ガルドは微笑み、男の耳を片方切り落とした。彼は叫び、ガルドが床から拾って男の手に握らせた耳を彼は震える手で見下ろし、バッと放った。

「え、FBIはZe-nを探っている、」

「お前は情報を渡したのか?」

「じょ、冗談やめろ、」

「いいか?いまいち信用ねえ俺達の間柄には制約が必要だ。元からお前等はZe-nの元ここに来た。俺が監視役買って出てるって事だ。他の場所も失いたく無いんだろう」

また耳を切られそうになったのを逃げて行った。闇の中で転び、ガルドは放っておいて、ふと顔を向けた。

「何見てんだよ」

そうスケープゴート役の男を見た。男が睨み据えるように見てくるからだ。

「目が気にくわねえ……」

血が飛び、3人は避けた。

「……糞、この、薬狂いが、」

男はうな垂れ片目から血が流れた。闇の中男は転がった音がどさっと響いた。

「んな事いうとお前も狂わせちまうぞ。幾らでも代わりなんかいるんだよ。お前等が選ばれなくてもな」

脅しに随分弱いと分かったデイズ側に向わせる男の方を見ると、彼は口を引きつらせた。

「弁明は?」

耳や目を切られたくも内から挑発も脅迫も口に出来なかった。何するか分からない薬狂い相手にするのも悪いのだ。闇で調べなければ。十分デスタントはこのチームリーダーの脅威だ。だが、役目も終われば5人ともこの男に殺されるだろう事は5人にも分かっていた。

「言っておくが、お前等には一人ずつ監視をつける事忘れるなよ。下手すればすぐ殺させて代用引っ張るだけだ」

そう言うと、デスタントに向わせる男に切っ先を突き立てた。

3人はバッとガルドの顔を見て、崩れた男を横目で見た。

再びガルドを見上げ、彼はナイフを持ち変えたときに切った自分の指をまるで猫の様に舐めていた。指、流れた血の手の甲を舐め、しばらくはまるで猫そのものになってしまったかの様に目を閉じて耳裏をその手の甲でくりくりやって肩を縮めると、目を開けて口を閉じ首を戻した。

何故だか、そんな仕草から目を反らせずに茫然としていた。

ふとガルドは正気に戻って4人が自分を怪訝そうな目で見ているのを見た。

「なんだよ」

「……、」

ヤ、ヤバ、4人はそう思い、このなんだか分けの分からん青年の無防備に持っているナイフの切っ先に気を集中させた。

「もうしばらくすれば開放してやる」

そう言いながら4人の口に再び猿轡を填め、血の流れる男の目の血を拭った。

ガルドがドアの方向へ歩いていき、ようやく4人はほっと安堵した時だった。銃声が轟いて誰もが再び顔を巡らせた。闇中を、どさっとブルドックが倒れた。4人は勘弁してくれと思いながらも地面を見据え身構えていた。

「見張ってろバイリー」

そう言い、ドアを閉めガルドは出て行った。

バイリーは頷き、それは一度頷くと止まらずにふらふらと頷きつづけていた。

4人は消えた青年側からふと立ち尽くす女を見て、彼女は止まらずに頷きつづけている。ブリキでシンパルを持つ猿の様にあの長い黒髪を振り乱し両腕をだらんと感情も無く下げたまま同じ体勢で無防備に突っ立ったまま、首のねじが外れた機械人形の様にカクカクとずっと頷きつづけ目を開けたままそうし続けそのうち首がずれて妙な角度で頷きつづける為にやはりそれは見ていられる物ではなく、かなり病的だった。激しくなり初めて首は軌道をそれ横斜め背後にガンガン振りつづけあの不気味な目も開きつづけたまま男たちは口を引きつらせた。放っておくと細い首が頭ごと外れるんじゃないかという程顔を仰け反らせた状態で斜めって、ガンガン振り始めた為に実に不気味で髪を振り乱ししかも目を見開いたままで黒革マスクも吹っ飛んでいきあの口が露になりその上、それでも恐いほど狂った無表情で錠がガチャガチャ音を立て青白くこけた顔を振り乱しそれらが覗いては、真っ黒の長々しい髪も骨皮の首に巻きつき始め顔を覆い現しては見ているこっちが気が狂いそうになる。そしていきなり口も不気味な錠で閉ざされたまま上半身が斜め横背後にガンガン揺れてはその斜め背後に仰け反った状態でなおも頷きつづけ黒髪が振り乱れ……見開いたままの目で閉ざされた口、闇に叫んだ。

「ああああああああああああああああっ」

「ぎゃあああああああっ」

4人は背後にぶっ飛んで動かなくなった糸を立て切られた操り人形のように首をもげ四肢を不気味に崩れさせ折り倒れた女の骸骨を見て、狂わされる前に早々に自らが目を閉ざした。

ガルドはしまったしまったと思い不用意にも自分がバイリーに命令してそのままになってしまった事を思い出し通路を戻りドアを開けた。

女は一度頷くと止まらずに止めてあげなければ酷い状態に……。

「あ。」

既に女は吹っ飛んでいた。ガルドは目を閉ざした4人を見てから拷問女の所へ来て、バイリーが壊れた体制で見開いたままの目を乱れた黒髪から覗かせて、闇空虚に向けつづけているのを抱き起こし、頬をそっと撫でて正気を取り戻させた。

しっかり立たせて前髪がなくなると極めて繊細な美しい顔が覗いては髪を整えてやり、彼女はガルドを見上げて髪を撫でられたのをもう一度こくりと頷いた。その頷きがまた止まらなくなる前に頬を押えてマスクを填めてやり、彼女はまた立ちすくんだまま青像の様に微動打せずに動かなくなった。

どちらにしろ4人はまた目を自ら閉じて始めて絶対に出るまでは開けないと決めた。そしてあの青年に見切られない様各々がいかに自分が役立つかと言う事を考え始めた。

ガルドは出て行き、船を下りていった。





25.デスタントのねぐら


デスタントに思わせることは、そのZe-nがこれから何らかの契約によりこちらからの一存で手を結ぶこともあるかも知れないと思わせることだ。今回5人をガルドに命令し奪い拘束したのはデイズの需要を阻止し出方ややり方を探る為であったに過ぎないと。

闇市に介入するデスタントと手を結ぶに値するかをはかり、優位に立つのはあくまでこちら側である事を示せばいい。最後には彼等が黒幕を裏切り、この市場の権利を存分にデスタントに引き渡したあと、黒幕の変わりの男を殺させればいいだけだ。

その時には彼等が証拠隠滅の為にデイズに殺されていようが関係無い。

そして全ての内容はその後明るみに出る。

ガルドはジョンとラングラーが見張る中、適当に市場を進んで行った。今の情勢を聞き、彼は金縁の黒クラシックを掛けると適当にしばらくぶらついた。

バザールで薄手でゆったりした茶色の上着を買い、白の蛇革パンツから肩に掛けると、腰に金ブロンズの蛇を巻いた。腕を通し、裾を両腕手首の黄金ライオンモチーフのメッシュ部で留め、普通に裏に入らずに購入だけして歩いて行く。

いつもの迫力ある勇ましさと猛々しさは、色彩的に色っぽさが色濃く体現され落ち着いた中にもワイルドさが居着いた。粗野な感じは隠れ、セクシーな雰囲気だが鋭い目元は黒の中毒を発するようにあたりを見回す。

そういう雰囲気の時には街娼達やそこら辺りで妖艶に踊るダンサー達は近づかないようにしていた。市場の様子を窺っている時に邪魔すると睨まれる。

彼にゆったりと手を振っては、彼も甘く微笑み返し、時計を見てから時間を確認し、デスタントの人間はいないに等しい。17時。

ガルドは珍しい場所、デスタントの根城へ向う。

レキュードへ乗り込み、港を後にすると彼はフェンスを開門して置くように連絡を渡してから一気に走らせて行った。刑事の車両も追ったが、550キロのレキュードには追いつけなくなった。


ブラディスの遺産で地下に巨大な屋敷をどんと建設しているデイズのねぐらは、外見からはスラブの小さな建物が入り口としてあるのみで、そのドアの前ではライフルを持ったデイズの部下が固め、関係者以外は誰も近づけない場所だ。

リタスが裏路地を歩いて来たガルドに銃口を向けた。

「ようガキんちょ。何の用だ?」

「デイズは」

「リーダーは今いねえ」

「嘘つくなよ」

「いねえ」

「話通せ」

「そんな必要はねえ」

ガルドは煙草の煙を吐き捨てリタスの目を見据えると、彼の項を取り口にくわえる煙草が彼の目にジュッと音を立て煙を立てた。リタスはうめき目を押え、背後からライフルを向けたハゾルクの首筋を後ろ回し蹴りし倒すとリタスがインパラそっくりの目で歯をむき一気に丸い目を血走らせ細身の体はガルドにそのまま壁に蹴り飛ばされた。

ガルドは煙草を吐き捨てドアに入り走った。

瞬間、彼は急激にごろんごろんと体を何度も打ちつけながら坂を、いや、階段のようだ。転げ落ちて行った。

それはじぐざぐに曲がりくねり人がすれ違える程度の狭さと暗闇で、段差さえばらばらだ。落ちていきながら彼はくぼみに手を掛けたがそれは滑り転がって行った。何か壁ではない物にぶち当たって跳ね返り背を段に強打した。

「いって、」

ガルドは舌を打ち、体を丸めさすった。

「なんだ一体」

デイズはいきなり腹を激打されさすっては、また部下が慣れない階段を転げ落ちたのだろうと闇の中見据えた。

「この馬鹿が、妙な物作りやがって……、」

デイズは眉を険しく潜めた。

「何でてめえがここにいやがる。出て行け」

「話があるんだよ」

「話?」

「そうだ」

「耳くらいは貸してやる」

ガルドは壁に手をつけ立ち上がり、髪を後ろに邪険に振り払うと背をさすった。

「明日、造船されている船に来い」

「何か、例の黒幕からの言い伝か?」

「それと、レオン=キャンリーとかいうデカとドルク=ラングラーの事をお前は何か掴んでねえか?」

「破産した工場主の娘か。デカになったってどういう事だ?」

「俺を張ってる。明日もうろつく筈だ。お前等の所の人間に見晴らせて港に近づけさせねえようにしろよ」

「まあ、それ位はいいだろう」

ハイヒールの音が響き近づいていた。上からか下からかさえ不明だ。頭上からに聞こえる。

「デイズ?いるの?」

「ああ」

ジェーノだ。

「ねえ。誰かいるの?」

「猫が一匹潜り込んでいただけだ」

「猫?見せてよ」

ジェーノは手をかざしデイズの広い背に細い手を掛けてからデイズは彼女の腰を片腕に抱き引き寄せた。

「ねえ。暗闇は怖いわ。電気をつけて。アザなんか作りたくない」

「猫じゃなくて悪かったな」

そうガルドはジッポーの火を灯した。

「あら何よ。ダリーキャットが迷い込んで来た」

「猫じゃねえ」「

「ダリーキャットは何の用事?」

「猫じゃねえって言ってるだろうが」

「ねえ。あんたも下に来なさいよ」

「おいジェーノ」

「いいじゃない」

彼女の狭い背は引き返していき、ガルドはデイズのずうたいを跳ね除け意地悪っぽく微笑み降りて行った。もしも、ガルドがデカになることを目論んでいると知れば絶対に入ることを許さなかった筈だ。

「うお、ルート改正ってこんなに儲かるのかよ」

ガルドは見回し、奥は工事中だった。グループの奴等はいきなり来たガルドに驚きでデイズを見上げてはガルドを鋭く睨んだ。

「お前の店で殺人事件があったらしいな」

「あ?」

ガルドは奴等の鋭い視線を無視していたのを顔を振り向けた。

「へえ?ダリーってお店持ってるの?」

「Favroffってストリップバーだ。そこでストリップやってんだ。俺」

「お前が脱いでんのかよ」

「体見せるのが好きなんだ。お前も一緒にやるかジェーノ?」

「本当?やりたい」

「お前は駄目だ」

「あら何故よで伊豆?綺麗な物は見せるべきでしょう?あたしの事、綺麗だって思わないの?」

「お前は俺にだけ見せてればいいんだよ」

「今度、こいつに内緒で俺にもみせろよ」

「俺の女これ以上誘惑して奪うなよ。やめておけジェーノ。こいつの店で働けば綺麗な物もそれで済まされるかわからねえからな」

「失礼言うなよ。俺の店は健全だぜ?」

「ハッ、お前の言う健全が一般の健全じゃねえ事位誰だって分かってる。ダンサーが一人ダンサー同士に撃たれて獣に食い殺されたらしいじゃねえか。そんな間違って穴でも開くような」

「食われてねえ。俺に懐いてるから」

「お前が撃たれたのかよ」

「ちょっと。どういうストリップバーよ」

「健全なバーだ」

歩き進めたリビングを見回してガルドはあきれ返った。

「ったく、ごろつき共の集会所にはもったいねえ場所だな。これだからイギリス貴族ってのは。最近も親族の会合に行ってんのか?」

「ああ」

そこにいたキースはガルドが来たから眉を潜めてソファー背もたれから腕を外し、銃に手を掛けた。

バースは唖然としてガルドを見て犬鷲を見た。きっと知らないのだろう。警察組織関係の書籍をガルドは集めさせていた事をだ。もっとも、バースはその事をデイズに報告するつもりはさらさら無かった。

「デイズ。なんでそのルシフェル野郎を入れた。おい何でお前がここにいるんだ?」

「勝手にさせておけ」

「おいデイズ。これ俺にくれ」

「おい勝手に触るなよファッキンルシフェル」

「うるせえ垂れ目野郎が」

「この糞ガキ、俺は目は垂れちゃいねえぞ」

「雰囲気的に垂れてんだよ」

「あの糞ッ垂れは」

ガルドはキースを無視してあたりを見回し、ディアンの気配を探ったがあのグリズリーはどこにも見当たらなかった。

「出て行った。一人暮らしがしてえんだとよ」

「お前が追い出したの間違いだろう」

「兄貴は俺を嫌ってるからな。顔つき合わせたくねえんだろう。グループの奴等がプライベートまで押し込んで来るのがたまらなく嫌なんだとさ」

「あいつに行く当てなんかあるのか?」

「さあな」

「おい俺からエルサレムに逃げたんじゃねえだろうな」

「奴が部屋の場所俺に言うわけがねえだろうが」

「お前を嫌ってるからな」

「ああそうだ」

デイズは口の中で小さく悪態をついてからガルドはその空間にもある黒石材で銀パイプのパイプオルガン前のスツールに腰を下ろした。

「なあ。お前等、船奪うって本当か?奪ったら俺にくれよ。航海に行きてえ」

「駄目だそんな遊びにつかわせねえ」

「何に使うつもりか教えろよ」

「もう出て行け糞悪魔」

「お前今にその目垂れ目に手術させるぞ。それと、お前等レオンに手出しするなよ。俺が手に入れる」

「レオン=キャンリーの事か?やめておけ。あの女は始末悪い」

「なんだよキース。お前付き合ってたのかよ」

「きついんだよあの女は」

そう言い、ソファーアームに預けていた背のまま前方を向き直った。痩身な黒のジャガーのような背は呆れた様に首を振って襟足の長い黒髪を後ろに流した。

「ハッ、お前が扱い切れなかっただけなんじゃねえの?」

「黙れ。何の為に来た」

「いい話があるんだけどなあ。お前等、市場の謎の黒幕と手を組むんだって?」

「そんな話は無い。出て行けよ。デイズ。何のつもりでこの小僧を入れた」

「俺が話しつけてやろうか?その黒幕とやらと仕事をやりやくすして市場を乗っ取る為に」

「お前みたいなちんぴらに何が出来る」

「さあ。奴の鼻を明かしてこの街の市場から蹴り出してやる。好き勝手やってるらしい噂は聞くからな」

デイズがその黒幕とガルドが関わって手を下しているらしいことをガルド自身から聞いていたものの、それも全て疑わしい事だった。こいつも市場にちょっかいを出し始めた中で、横槍をいれてさも黒幕と手を組んでいるとはったりをかましているのだろう。何しろ一切姿は確認されていない男だ。

「お前が手を結びたいだけなんだろう。その男とな」

「当然。俺だって、少しは権利を手にしたいお年頃だからな」

「こちら側と手を組みたいならそろそろお前が奪った5人を連れて来ることだな」

キースはそう言い立ち上がり、威嚇する様にガルドを上目で睨んだ。

「さあね。俺の気紛れが機嫌良く収まれば返してやる」

そう上目で微笑み鍵盤の蓋に肘をかけていたのをガルドは立ち上がるとジェーノの方を見た。

「おいジェーノ。王子様の俺を送って行け」

「お前が行く必要はねえ。バース行け」

ガルドはジェーノに全シルバー製の鋭い造花の花瓶の中から一輪だけあったヘマタイトが花弁の薔薇のつぼみを差し出していたのを、くるんとバースに投げ渡した。

バースはそれを黒にシルバーの水の動きを象嵌された花瓶に差し戻してから歩いて行った。

2人の背が消えるとキースはデイズを振り返った。

「何であの野郎を」

「今に引き入れる。あいつは何だかよく分からねえが考えを持っているからな」

「あいつが?まさか。ただの危なっかしいジャンキーだ」

「そうだな」

デイズはジェーノの肩を抱き奥へ歩いて行った。ガルドが本当はレガントと関わりがある事は知られていない事実だ。もしも、裏から好き勝ってやる奴等を蹴り出そうと、デスタントに弱みを握らされているリカーがあの小悪魔に手を下させているのだとも考えられるのだから。だが、ガルドは糞プライドが高い。絶対にリカーには頼りはしない。

ガルドは階段の開口部まで切るとバースに言った。

「お前、デイズなんかに着いてねえで他当たれよ」

彼は鼻で息をついて首を振った。

「どんな目見せられるか分かったもんじゃねえだろうが。お前は気が弱いんだぜ。いくらお前の兄貴が気に入られてるからって、お前がグループのごろつきなんて柄じゃねえ。ディアンの奴にでもつけよ。どうせ奴はハイセントルから出たんだろうからな」

元々無口で英語なんか学ぼうともしなかったバースは喉を潰されていて喋れない。デイズに少年時代そうされたからだ。ガルドが始めて読唇術を習い始めたのは落ち込んでいたバースの為でもあった。今では、バースの常用語のイタリー以外でももちろん英語を始めとする様々な言語の読唇術も可能にしていた。

何があって喉を潰されたか分からないが、きっと喉にふざけ半分でチョップでもされたんだろう。理由をキースに聞こうが喋らずに珍しくむすっとしていた。きっとキースにきつく言われたんだろう。デイズ自身も何も言わなかった。

ベビーフェイスのバースは年上で28の彼女に可愛がられていて、彼女は手話を可愛い彼の為に覚えている最中でもあった。

「デイズやキースの盾なんかに隠れてたら生身に爪立てられるぜ」

バースはガルドを睨む様に見て口を動かした。

『お前は一体何するつもりだ?警察の事なんか調べ回ってるなよ。ろくな事ねえからやめろ。何かでかい事やらかすつもりか?その為に犬鷲と手を組もうとしてるのか?ルート改正だって少なからず行政機関の目が邪魔になるからな』

デイズ自身はバースに自分が犬鷲呼ばわりされている事は知らないが、喋れた無口な時代から犬鷲と言っていた。

ガルドは何も言わないまま、バースの肩を叩いて階段を上がって言った。

闇に背が飲み込まれていき、バースは溜息をついて引き返した。

ガルドは睨め付けられながらも歩き去って行った。夜風を加速する中冷たいものに風は変わり、その中を進めて行った。





26.廃墟の夜


彼が廃墟に戻ると、ヘリポートから木箱が運び込まれていたから何度か頷いて、いつもの様にのんびり過ごしている奴等に兵器を点検させた。

女はコンテナの中を見下ろしていた。

「おい。まさかその中にヤツが入ってるんじゃねえだろうな」

「こんなに小さいと入らないわ。あなたが会いに来てくれなかったから、彼との間に子供を産んできたわ」

ガルドがその中を見下ろすと、タチウオが一匹悠々と泳いでいた。

ガルドは茶色のシャツを放り、胃をさすって体をしならせた。女は微笑み甘い目をしてガルドを見た。

ランジェリー娼婦が持ち込んだ調度品はブラウンゴールドの垂れ幕を天井から下ろして黒のペンキで塗られたH型の鉄柱で補強され、その梁からクリスタルとプラチナの荘厳なシャンデリアが掛けられ垂れ幕から覗き、いつもランジェリー娼婦はその中の豪華なソファーに横になっている。

アニマルの毛皮とブロンズのキャビネットや調度品などの置かれたそれらの彼女のスペースの一角の前に置かれた、円形で頭がクラウンの形をした優雅な檻の中の鰐は暴れていた。

「あなたって、とってもセクシー」

ガルドは胃を叩き、いきなり自分の口の中に釣り用の大振の鉤爪を針金にぶら下げたまま突っ込んだ。首をのけぞらしてそのまま何かを引き上げた。

胃やら何やらを引っかいた血を伴ってそのがっしりした鉤爪に小さな金属がぶら下がっていた。

「それはなあに?あたしへのエンゲージリング?もしかしてそれは、あーあ。あのキーね?」

ガルドは手錠のキー毎地面に吐き捨てて真っ赤な舌と口の中を投げ渡された酒瓶を呷り血毎吐き捨てた。

「お前等、ボティーの遺体はしっかりコンクリートに固めて海に沈めたんだろうな」

マフィア要人を始末したのかというように言った言葉に彼等はおどけた。

「知ってたの?」

「ああ。ヤツは凶悪だからな」

「ね。引っかかれちゃった。なめて。指」

女のその指をぺろりと舐めて甘く微笑んだ。

「お前等今日はご苦労だったな。思い切りこれで羽目外そうぜ」

デイズのねぐらのテーブルに転がっていた古めかしいアンティークの懐中時計を拝借してそれをデスタント配下の売人に薬に変えさせたのだ。だから自動的に物資はデイズに戻されることになるが、それを見てデイズはあの野郎の仕業だとすぐに分かるだろう。

懐中時計は裏にBradis Wollino Destantと優雅な筆記体が彫られていた、ブラディスの遺品だ。

重厚な純銀製の代物で、目の部分にオニキスなどの填められたスカル型のそれはそれを中心とした蜘蛛のレリーフつきの蓋を開けると、透かし彫りの施された銀の盤はサファイアで時が記されクリスタルでカバーされている。その調節部分にブラックダイヤモンドがはめ込まれていた。

相当の値打ち物で上質な薬に変わると、誰もが笑顔になり体を起こした。

羽目を外すと見境無く派手にパーティーを始め、一種艶やかで妖しい背景に彩られた廃墟内は世界をどこか異世界にさせた。


ジェーノは微笑んでデイズの顔を覗き込んで、アルマニャックのグラスを差し出した。

受け取り口端を上げ口をつけると前かがみに座って葉巻に火を着けられる。黒の釦無しの合わせから覗く彼のたくましい肌に指を当てたから、ジェーノは彼の横に丸いケツを着け座っては脚を組み肩にしなだれかかった。顎を上げ、艶やかな瞳を伏せ気味に微笑ませた。

「ねえデイズ。ようやく立ち上げるんでしょう?ファミリーを」

「それは今言う事か?」

「なんだか嬉しくって」

「まだ待て。それまでは飛んで行くなよ」

「逃げてあげない」

そう彼の唇に微笑み指を当てた。彼女もグラスをそっと傾けてから立ち上がり、緩い曲を掛けに行った。なだらかな背の下方をシルバーに鉄鋲を立てに配したホックで留め、シルバーブラックのシルクで上半身を包んだ彼女は、黒シルクで細かくプリーツの入るスカートの裾から覗くハイヒールを振り向かせて蓄音機の置かれた台に腰をつけた。

瞳の虹彩が金色掛かる焦げ茶の彼の瞳は若々しく悠然とした肉食猛禽類の様で、充分落ち着きある物腰は女を安心させた。

彼女は戻って来て彼の腰に腕を回して肩に頬を乗せ、安心しきって瞳を閉じた。ジェーノは男を立てる性格だから今まで付き合って来た女よりも続いている。

「デイズ。あたし、あなたがファミリーを立ち上げたら何かを贈りたいの。何がいい?」

「お前に贈ってやる」

「いいの。たまには何かあなたを喜ばせたいわ」

「そうだな。考えておく」

「そうね。期待していてほしいの。共に祝えること、栄光に思うわ」

デイズは葉巻を置くとジェーノの滑らかな頬に手を当ててから言った。

「しばらく留守にする。1週間後だ」

「どこに行くの?」

「ルクソールだ。年に一度の定期的な親族会がある」

「ああ……確か、イギリスとエルサレムの親族が集まる会合ね」

「ファミリーの事を持ちかけるつもりだ」

「力になってくれるの?」

「反対されるだろうな」

そうデイズは肩をすくめるとジェーノが首もとのシルバーとルビーで出来上がった重厚なネックレスを弄んだ。

「あたしも着いて行きたいわ。砂漠で遊びたい。ラクダに乗りたいわ」

「婚約者以外の女は連れて行けない」

「あら。本当?考えてくれてもいいのよ」

「時間が決める事だ」

「考えておいてね」

「留守中にガルドの奴に誘惑されるなよ」

「大丈夫よ」

ジェーノは自信を持って強く微笑んだ。





27.凍てつく華


しゃみをすると、その口からボホッと血が飛び出てきていきなり寒くなった闇の中をまるで外套のように褪せた髪を出たノースリーブの腕に巻きつけ背を丸め歩いて行った。最悪な寒さはまるで氷の様だ。

さっきついつい馬鹿をして我を忘れ血を流しすぎた。いつでもこういう、熱々の鉄の液体を口に流し込み思い切りシズルに吹き付けたり、固まり掛けたその液体の入るトレーに自分の顔を付け鉄製の顔型を作ったりだとかして、体が熱くなったから血を流そうとかどうとか、頚動脈の無い首筋側をナイフで切りつけていた。揃いも揃ってそんな事を男共はやるものだから、確かにガルド達の体は本当に鋼の様に強靭で気孔だとかどうとかの力でも働いていそうだった。

ピンクラメと銀箔が金箔と共に舞っては恍惚とした性欲に溺れ、性の開放と邪なカーニバル的輝きが感覚全てを快感に変換し、女達も共に声を上げ狂笑し全空間はシェルパールに彩っては誰もが悦に浸りきっていた。

その余波も今では、あの光彩の空間と妖しいまでのあでやかななまめかしさの中では到底考えられもしなかった暗部、闇が悪寒と共に全てを消し去っていた。

本当に気候自体が寒い。春到来の季節もへったくれも無い。

ダイランが目を半開きに肩をちぢめ歩いていると、簪に纏められ出た耳に何かが聞こえた。

目の前にあの毛を刈り上げられピアスを耳にはめ込まれたパピヨンドッグがちょこちょこ暗闇から掛けて来ていた。犬は裏が羊毛のパンキッシュな鋲着き黒皮の服を着ていて、彼の前まで歩いて来ると、自分をペットショップで見つけて買った彼を見上げて毛の無い尻尾をぱたぱた振った。

「よう犬。寒いだろう」

犬を抱き上げると犬はくしゃみをした。腹は温かかったが、出た細い手足は冷たかった。パピヨンドッグはダイランの頬をぺろぺろ舐めて喜んだ。

小脇に犬を抱えて立ち上がると、その目の前の人間を見た。

ディアンが彼を見下ろし、ダイランは犬を抱えたまま目を反らしその横を歩いて行った。

「ダル」

ダイランは振り向き、少年時代ディアンとデイズが言って来た愛称にディアンの後頭部を睨んだ。

「今度その名で呼んでみよろ。ただじゃあ済まさねえ」

ディアンは何も言わずに振り返り、横顔は闇を見ていて思った以上に目元だけ暗かった。

「リサの命日だろ。俺は墓の場所しらねえから」

そう、ダイランに花束を持たせた。

ダイランはその花を見下ろし、ディアンの顔を見上げると、徐々にその目が赤くなって行った。口が震え、小刻みに震える腕からパピヨンが落ちその花に怒りで今に狂いそうな、それを抑えた顔からぼろぼろと凄い量の涙が花を握りつぶすその手に落ちた。

ダイランは思い切りディアンの頬にビンタしディアンは傾けた方向の顔を地面に向けたまま視線をしばらくは戻せなかった。ダイランが顔も覆わずに肩を震わせ、うつむき声を漏らし泣いていたからだ。

「……ふざけんなよ、ふざけんなよ!!!」

ディアンの横顔に花束が叩きつけられ花びらが散った。顔を赤くし歪め泣き、一度上げた怒鳴り声が空を奮わせたかの様にしんしんと、雪が降ってきた。

熱い涙に落ちてもシビアに凍てつく風にさらされても冷えずに頬の涙は雪を溶かしていった。

「お前が花なんかたわむけるなよ、お前があいつの死悔やんでるんじゃねえよ、お前が偽善者振る毎に俺の頭は怒り狂いそうになるんだよ!!これ以上俺を、リサを侮辱するんじゃねえ!!!」

犬はきゅんきゅん言ってダイランの足をがりがりやり上がりたがった。ダイランは頬を腕で拭いきびすを返し歩いて行った。

パピヨンドッグはその後ろを駆け回りながら付いて走って行き、途中から彼に抱き上げられながら歩いて行った。

ディアンはしばらくその場から動けなかった。

ダイランがオリジンタイムスに戻ると、マスターは店仕舞いをしていた。

暖かい店内はまだ、多くの人間のいた雰囲気を含んでいた。犬はきゃんきゃん言って駆け回り、マスターは帰って来たダイランにお盆を渡した。

「元気ねえな」

ダイランは何も言わずに頷くと、でかい盆にビールデカンターや皿やフォークだとかえお、一まとめに載せカウンターに置き、テーブルを拭き椅子を上げた。金を計算し終えたマスターは箒を持ちに店中のドアへ入って行き、ダイランは盆を持って調理場へ向い食器を洗い始めた。

店内をゆっくり流れるレコードの曲は犬に邪魔されていた。

マスターがその中を履き終えて椅子を戻し、ダイランの毛布とクッションを出し長椅子に並べてから調理場に入り、ダイランの洗った皿を拭いてはグラスを磨き棚に戻して行った。

ダイランは蛇口をひねると洗い場に腰をつけ、目は完全に死んでいた。

「ダイラン」

ダイランは手を拭いた布巾を置いて、裏に捨てに行く生ゴミを漁りかきむしる犬を見下ろしていた。

「あいつが、今日はリサの命日だって言ってた」

「そうだな」

「俺は忘れてた。あいつに言われて思い出した。それまで……何年間も忘れたくても忘れられなかった事だってのに」

「それ程辛かったんだろう。今を楽しむことで忘れられるなんて、出来る事は幸せな事なんだぞ。辛い日を迎える為に花はあるんじゃねえ。華を今まで生きてこられた者の人生に添えてやる事が花の役目だ」

「……」

「お前が大切にしていたリサの事を思うほど、お前は変わって行く。それで心が強くなるか、そうじゃなくなるかはお前自身の意思だ。俺はお前が強くなってくれる事をずっと思ってる。辛かったら俺がいる事を忘れるな」

ダイランは犬を見ていたのを目を泳がせ涙が出そうになるのを目を閉じた。

「向き合うことが恐怖な時期はあるものだ。それが過ぎたらお前は絶対にディアンに感謝の言葉を言える勇気を持つんだ」

「そんな事嫌だ」

「あいつはいい奴だ。分かっているだろう。本当はあいつがお前を影から守って来ていたんだぞ。それをお前はまだ知らないだけだ。あいつはリサをお前と同じ位に忘れられずに悔いて」

「んな事知ってる!!だが、だが俺は許せねえ。絶対にだ。あいつがどんなにリサの事について後悔していようが、それでも許せねえ」

「許したらお前がもう何を恨めばいいのか分からずに崩れそうになるかもしれないが、それなら怒りに身を任せた方がいいとお前は思うかもしれない。だがな、ダイラン。お前はずっとお前であって、他の人間に代わる事なんか出来やしねえんだ。怒りを達成させて、その後一体どうするって言うんだ。そこから他の人間にはぱっと代わりたい様には変われないんだぞ。一度怒りに動いた心の傷は許さないからだ。お前を開放しようとしない。今だけがそれを止められるんだぞ。お前の人生はお前だけが辿る道だ。だが、その道の上でお前の魂は幾らでも変われる」

マスターはダイランの手を両手で持って手の甲を軽く叩きながら言い聞かせた。

「人生のソースには何を混ぜたって構やしねえんだ。お前には俺がいる。ウィストマに育てられて来た陽気さがある。リサに接し続けてきた優しい心がある」

ダイランはうつむいたまま地面を見つめていて、マスターはその頭を肩に引き寄せ頭を撫でた。

しばらくダイランは泣き続けていた。マスターは黙って頭を撫でつづけてやっていた。






28.雪原のマーズ


リカーの女秘書、ミランダ=白鳥はその早朝、アヴァンゾン・ラーティカのマンションでいつもの様に目を覚ました。

早々に支度に取り掛かる。

普段から勤める朝のストレッチを終え、頭に血を巡らせると日本の祭の掛け声さながらに発声練習をする。彼女の日課だ。

彼女は黒で膝下からフリンジの広がるタイトなスカート、シルバーホワイトの細かいプリーツスリルの襟シャツを着込み、焦げ茶で黒みかかった仕立ての上質なスーツを着込んだ。ゴールドの薔薇が一つレリーフのネックレスをかけるとストッキングの足に黒のヒールを通す。

黒石盤で小ぶりのゴールドアームな腕時計を填めるとそれを見下ろし、コートを持ってノートパソコンを抱えるとフォンタリネのバッグを小脇に抱え部屋を出る。

バスから電車に乗り、毎朝リーデルライズンに向うのだ。

階段を降りて行き、こげ茶石材の柱とベージュの床、黒の調度品の配置されたエントランスホールを抜け、ガラス扉から見える外界は寒いと思えば雪が降っていたのだ。ふうとすぼめた口元から息を吐いて、コートを着込むとファーの襟を立てた。

春先だという物を、この辺りはたまに4月の上旬でも雪が降ることがあるのだ。日本の生まれの彼女だが、雪の質が日本と違う。

21の彼女はアメリカに来て1年半。雪ではしゃぎはしない。


その時ガルドはアヴァンゾンの広場でうずくまり倒れていた。

刺されたからだ。

昨日、3時頃からもう動く気もなくなってずっと転がっていた。なぜそんな事になっているのかと言えば、女に刺されたからだった。

彼は1時になるとまたオリジンタイムスを出てビジルの部屋に行くと、ラリッている2人の男を叩き起こし5人の女を引き連れアヴァンゾンのクラブではしゃいだ。そこに現れたのがマーズだった。彼女は彼を呼び寄せ広場に来ると、刺された。

「子供が出来たの。あなたとの子だわ」

「……。子供?」

ガルドは口をつぐみ2度ほど瞬きし、マーズは狂った口元で微笑んだ。

「嬉しい?」

彼女は自らの薄い腹を擦り、その手は寒さで青くなり凍えてもいた。

ガルドは彼女の頭を引き寄せていた。マーズは瞳を閉じ微笑みガルドの広い背に凍えたままのかたかた震える手を持って行ったが、言った。

「パパにバレたら殺されちゃう……」

そして、刺してきた。

腹に突き立てた上向きの出刃包丁は引き抜かれたときに皮膚を切り、マーズは彼を押すと背後に倒れて行き、倒れた彼を見下ろしたマーズの目は、まるで狂った火星人そのものだった。

「反撃しないのね」

そう言い、そのまま血も滴る包丁を手に下げ歩いて行った。

薬で視界は原色に色づいていて見下ろしてきていた女の目が渦のように見えた。

凍てつく寒さのせいで激痛は全てを狂わせ緩和した。真っ黒い夜空を見上げていたが、その内雪が降り始めて雪の上、ごろんとうつぶせるとしばらくしてまた上に向き直って雪を見上げていた。

嫌な寒さだった。昔よく見た夢も、こういう同じ寒さだった。寒さの色濃く残る春先、ガルドは目を閉じ、腹に当てられた真っ赤な手をそのままに転がっていた。

何時間もすると薄闇になって来た空から丸くうずくまり、腹を押え目を閉じた。


秘書が何故その広場に立ち寄ったのかと言えば、それはライオンを見に行くためだった。週に一度の恒例的な訪問で、その改良を加えられたライオンの毛質を調べに行くのだ。そのライオンはリカーのコートにされる運命にあった。

ミランダは雪原に、何かを見つけ首を傾げた。

派手なたてがみの生えたその巨体は、まさかライオンなのかと思って身構えたが、分からなかった。それでも黒の革に包まれ曲げられた長い足が見えると人間だと悟った。

何かが広場で丸まっている。こんな朝早くから何をあんなに丸くなって遊んでいるというのか、彼女は呆れながらも腰に手を当て首を振っていたが、歩いて行きその横にしゃがみ込むと肩を叩いた。

「ちょっとあなた様は何をやっているんですか?こんな所で丸まって邪魔じゃないですか?」

反応は無い。

「ちょっともしもし?」

まるで雄ライオンの様な長い髪で隠れる顔を確認しようと、たくましい腕と肩を引いて上にごろんと向けさせた。

「ま!なんていい男!」

ミランダはにこにこして真っ白で肉の無い鋭利な顔つきを見下ろし頬を叩いた。閉じられた睫は多く短いのにくるんとしているが、動く気配が無い。

「………。?」

ミランダは肩をぐらぐら揺らし、辺りを見回すとまた男を見下ろした。

「もしもし?大丈夫です?」

そこで初めてもっともらしい声を掛け、まさかと思って整えられた肉体の胸部に耳を押し当てた。おかしい。動いていないように感じるのだ。その彼女の視界の先の、酷い状況を見て彼女はヒッと叫んで男から離れた。彼の丹精な顔立ちを恐る恐る見て、また腹部を見た。

断ち切られている。

慌てて携帯電話を取り出し、広場で男性が瀕死の状況で凍死寸前だと言うと、また死体の所に来て自分のコートを上に掛けた。

男の頭を膝に乗せて髪に掛かった雪を振り払い、氷の様な体をさすり続けてやっていた。

救急車が駆け込んできて、運び込もうとしたそれは元街の凶悪で有名な悪漢だったから驚いた。以前は彼に撃たれ搬送された男の所に彼が殴り込みに来て大騒動になったのだ。結局負傷者はこの青年に火達磨にされた。それでも動くと知るや否や、掴みかかり激しく殴りつけ彼まで火に包まれる寸前だった。

怨恨でいつかはこうなるだろうと思っていたのだ。





29.銀色の朝の天使


ダイランは担ぎこまれた所で思い切り伸びをした。

眠い目を開けたが、即刻景色が動いている事実とふわっと宙に浮いた不気味な感覚にさいなまれた。

それと共に垣間見た幻覚、銀ベージュに光る天空と、泥を跳ね飛ばす大群の迫力ある黒茶の野生馬達の群れの中、その琥珀の世界の中彼は大きなそれらの馬の背に重力にそってどっしりうつぶせ倒れ込み乗っている。錯覚と重なり、それら馬と光る天に占領された視界は急激に変わり、すぐに思い出した腹の激痛でごろんと寝転がると視界が回った。

「あ。こら!」

救急隊の言葉もくなしく、地面にどしんと落ちた。

「いって……、」

「おい生き返ったぞ!」

「だと、誰がくたばっただとこの……」

強烈な眠気に襲われ完全に夢の中だ。

銀色で茶色掛かるものを、くすんではいない大きな陽が徐々にはるか遠くの水張りの荒野の先、なだらかな黒い影の山々の向こうへと地平線に揺らぐ。追いかけていこうともがくものを、沈んで行ってしまうのだ。手をかざしても馬は逆方向へ、まるで陽から狂乱し逃げるように群を成し駈けて行く。

体を中止ににどんっどんっと鈍く叩かれるような鈍痛だけが全ての感覚で、全てを邪魔してくる。

目の前に女がいた。見覚えが無く、その顔のぼやけた女はまるで楽器の様な声で煩かった。

だから一瞬だけ強烈で黄金に光ったその巨大な陽は山々の稜線に炎を浮かび上がらせ、完全に暗闇に閉ざされ消えて行き、一気に現実に引き戻された。

口調がはっきりしていてちゃきちゃきの日本語訛りの女だと感覚は思ったが、そんな事どうでも良かった。ただ今は動きたくなかった。それなのに動かそうとして来る奴等がうざかった。

こんな傷位よくある事だし大丈夫だ。雪の中で眠ることぐらい平気だ。動けば血が出るからそれが止まるまで転がっていただけだ。それで眠くなって寝ていただけだ。

寝ぼけたまま起き上がるとダイランは腹を押えてぼうっとしながら歩いて行った。

ミランダは驚き駆けつけて、横になっていた時には分からなかったが思った以上に長身でがっしりした彼の腕を持ち彼を見上げ、押し戻させた。

この女だ。野生馬達の駈けいななく大群の天空には、盛大なトランペットだとかトロンボーンなどの管楽器のファンファーレが狂乱して高く鳴り響き続け、世界を蝕むように猛っていたのだ。まるで邪魔をして彼を死へなど誘わせ無いかの如く。

あれは眠っていただけだ。眩暈がして、手を目に当てて顔を覆った。

琥珀の荒野から黒の旗をはためかせ、鉄とシルバーステンレスの紀元前の様な甲冑をまとう騎士達の大群が、剣を振りかざし駈けて来ている。真っ黒の馬に乗り。猛々しい灰銀色の肌の彼等は固い無表情のまま口を閉ざし目元は冑で見えない。無精ひげの下の口は開かれることも無く、同じく甲冑を身に纏う黒馬達を走らせ野生馬を縫い、それらの黒と焦げ茶が混ざっては黒が占領し始めた。

彼等は身も震えるような怒号を天に轟かせ始めた。目元が影で見えない。奴等は彼をこの世界に引きつけ、戻さずに戦わせ続けようとしてくる。どちらにしろ眠くて仕方が無く、戦意も起きる気も無くダイランは立ちながらにしてくーくー眠り始めていた。

ミランダは呆れ返って救急隊を振り返り、彼等はまた目覚めて逃げ出す前に彼を運ばせたが、また目を覚まし腕を邪険に跳ね除けた。

「退け。俺は眠いんだ。帰って寝る」

「何を言っているんですあなたは!刺されたんでございますよ?!病院へ行ってもらいます!」

「知らねえよんな事」

「いけません!」

断固としてそう言う女は無理やり救急車へ乗せた。

黒の牛皮の背後から、前方は焦げ茶の馬のハラコノースリーブから伸びる長い腕の上腕に包帯が巻かれ、首には酷い縄のアザが鎖骨に填められたゴールドの鎖に彩られ、腹には断ち切られ傷。口端は殴られたような小さなアザ。男は傷だらけだった。うつらうつら濃い色の瞳を閉じ開いては半分以上眠っている。

ミランダは群のボスに刃向かって負傷した若い雄ライオンの様な男を見てから自分も乗り込み、救急車は発進した。

とにかく助かって良かった。週に一度の早朝5時からの訪問が無ければ手遅れになっていたのでは無いだろうか。青年は明らかにいい男で、荒くれた毒の回り切った雰囲気はあるものの、きっと自分よりは年下だろうと思った。

「あんた、自分でやったの?これ」

ミランダは年相応の言葉で言い、ダイランは感覚を目覚めさせると天井をおぼろげに見た。

「女に刺された……」

「あら。何故よ」

覚えていない。薬が欲しかった。だが無い。ダイランは腹を押え、鮮やか過ぎる瞳と媚態は危険な狂暴さを帯びていて、まるでぎろりと音が聞こえそうに鋭い視線を辺りに這わせた。

「ちょっと、落ち着きなさいよ」

「薬を出せ……」

「何?駄目だそんな物は」

「さっさと目の前に持って来い!!」

彼は暴れ始め手につく器具を投げ飛ばし機械を殴り壊して窓を叩き割ってはとんでもない怒鳴り声は叫ばれるごとにびんびんと窓を奮わせた。ミランダは隅で小さくなり薬を欲しがる男は3人がかりで押える物を跳ね除けた。

粗野で性質悪い目元が鈍く光り半身を起こすと、走行中だというのに起き上がって「あ!」と誰もが叫んだ中をダイランはごろんごろんとアスファルトに落ち転がって行った。

救急隊が慌てて引き起こしに行くと、もう朦朧とした顔をしていて、全てがどうでもいいという様に地面に頬を乗せ虚ろに道路を見ていた。

妙な体勢で打ち捨てられた地面にのめるエルモ人形の様に動かなく、背中の傷の鈍痛、腕の激痛、腹の鋭い痛み、全てが連結して血の気の多い顔だが動けずにいた。

そのまま運び出すと病院に搬送された。

麻酔を打たれても感覚が眠れずに激痛もそのまま、体だけ重く動かずに、手術は最悪に痛かった。胃は見事に二分されていた。それをつなぎ合わせていき、縫合してから包帯を巻き病室に寝かされた。

ミランダはレガントの名義でサインをすすと請求書の控えを貰い、病室に戻った。青年は病室の天井をおぼろげに見ていた。ミランダは彼の髪をなでてからスツールに越し掛け、肩に手を置き諭すように言った。

「いい?刺されたら眠る前に今度からしっかり連絡しないと」

ダイランは頷いて、起き上がると眠い目をこすってからそのままベッドのパイプに寄りかかって片足を引き寄せ首を傾け眠り始めた。

ミランダは溜息をついてから時計を確認し、一応まだ2時間ほど時間に余裕があるからノートパソコンを広げて仕事を始めた。

ダイランは目をうっすら開き、キーボードを叩く音をおぼろげに聞いては壁を見つめていた。

「ありがとうな……」

ミランダは顔を上げ、彼の表情の無い横顔を見た。頬を染め、彼女はおどけた。

「助けてくれて」

「当然の事しただけじゃない。あんたはこれからは刺されるような事しないのね」

壁に頭を付けたまま、ダイランはふと彼女の方に顔を向けた。

「名前は」

「あたくしですか?ミランダ=シラトリと申します」

そう言い、名刺を差し出した。

ダイランはそれを見下ろし、しばらくそれを見下ろしていた。

「………」

その内、いきなり頭がはっきりしたと共にそれを理解する事を拒んだかの様に頭が痛んだ。

  アトリエ リカ・ラナ 

  第一秘書   ミランダ=白鳥

「………、」

リカ・ラナ。

ダイランは険しい顔になりその名刺を突き返したからミランダは目をぱちくりさせ立ち上がった青年を見上げた。

彼が完全に目を覚ましたからだ。男は魔物のような顔になってミランダを睨め付けると、憤然としたまま何も言わずに颯爽と歩いて行ったから驚いた。ミランダは追いかけ、通路を走った。

「あなたさっきまで死ぬところだったのよ?!あたしはあんたを助けたのにどうして名刺を叩きつけるの!!」

「俺はあのレガントの人間や関係者には一切関わりたくねえんだよ」

「何故よ!一体何なの?!」

エントランスから出て、医者が驚き駆けつけるのをそのまま歩いて行く。ミランダは追いかけ彼の腕を引いた。

「離せよ。あの敷地にミサイル落とされたくなかったら俺の目の前から消えろ」

「何て事を言うの!!」

「じゃなけりゃあの糞ばばあの上に墓立て」

パアンッ

ダイランは頬をさする事無くそのまま踵を返し歩いて行った。見つけたバイクにまたがり、ミランダが後ろに乗り込んだから肩越しに見下ろした。

「降りろよ」

「あなた。名乗りなさい。失礼にも程がある」

「ハッ俺の名前だと?俺は名前はガブリエルだ。お前の主に言ってやれよ。今日天使を助けてやったってな」

「ご立派な名前を授かったものよね。あんたにはどこから見てもルシフェルって名前の方が似合う」

「あのババアにミカエルなんて大それた名称が似合うってのかよ」

「……」

レガントの人間のセカンドは世間には公表されてはいない。Mとだけだ。

「俺の名付け親は俺に悪魔って名付けやがったんだよ。糞ババアにとって、俺は単なる間違って生まれ落ちちまったゲテモノだったって事さ」

そんな悲しい言葉を投げ捨てるように言ったガブリエルの頭を見上げた。

「お前等の仕える所の人間は全てが優れた血の元生まれたわけじゃねえって事分かっておくんだな。どんな卑劣な事しようが影は隠す実情があるって事だよ。そこに仕えるお前も大嫌いだ」

眉を寄せそう冷たい目で言ってから背後の彼女の肩をどつき下ろしてから、寒空の中バイクを走らせて行った。

ミランダはしばらく瞬きをしてその背を見ていた。

ごろつき風情がレガントの名を借り脅迫してきたから朝から嫌な気分だった。彼女は全く信じずに、忘れるに限ると思ってタクシーを拾い駅へ向って行った。

ミランダは雪の似合うリムジンを選びリカー迎え、窓の下を赤の革のボタンダウンされたクッションのドアを開けると乗り込み、金のノブを引き締めた。黒のハラコ毛皮の座席に座るとミランダは背後のドライバーに進めさせた。雪の積もる中を走らせて行く。

「そう言えば社長?今日、妙な天使を助けたんですの」

金のチェストの天板を艶の黒檀仕上げで薔薇レリーフが施された代物の、黒ひだ取手の付いたブビンガ扉を開け、その中から紅茶の陶器を出すと、ミランダはその深い藍色に金の百合の紋章の器からシルバーティースプーンで紅茶葉を掬った。

リカーはミランダの選曲したレコードのボリュームを下げるように言ってから、おかしそうに言った。

「ふ。天使を?ロマンス的な話聞かせてくれるじゃないの」

「大天使様をですね。ガブリエル様をです」

リカーの表情は一気にぴくっと変わったがミランダはその一瞬を見ていなかった。

「へえ。ガブリエルの奴を助けたって」

リカーはその名称を冗談でも口にするな、面白くも無い。ときつく言おうとしたが、何も朝から秘書の気分をそんな悪い物に変えさせる事も無い。天使だとかどうそか、また異教徒的な事を聞くだけでも口にされるとリカーは気分を害するのだが。

「朝日もまだ上がらない時刻。真っ白く、それでもどこからかの光を受けきらきら光る雪の上の物語ですわ」

彼女はそう言い始め、まるで緩い曲に乗せるかのように続けた。リカーは膝に組んだ手を乗せ、首を傾げて微笑み促した。

「植物たちは3割方実を控え、緑の木々や葉をつけ始めたと言うのに、また雪に積もられてはいてもそれも映える。美しかった寒空が視覚的にそうさせたのでしょうね。霞の先、遠くに浮かぶ様に見える観覧車やジェットコースターのシルエット。巨大なサーカステントや猛獣園の荘厳な門扉だとか、どこかそれらはそんな天気の元、美しい廃墟めいて見えたんです。そういう幻想的で単色な感じという物は、悪どい物はテントの中だけの秘密の様で一種素敵な物がありますでしょう?」

ミランダは薫り立つ紅茶を蒸らし、静かに注いだ。

「祭りの後の日のむなしさだとか、そういう感じの朝を祭りも無く体験すると実に妙な夢感覚に襲われますの。それが季節を残した名残雪の魔力ですのね。そんな中で幻を見たんです」

そう、目を大きくリカーに暖かいカップを渡した。彼女は受け取り、薄いカップから細い手を紅茶のぬくもりで温めさせると薫りを楽しみ、口を小さくつけた。

「その妙な天使は猛々しく優雅な雄姿の男前で、とても美しい肉体を持ち合わせあたしを見下ろし言いました。次回からは人助けをするなら名を公言しない様にと」

彼女は目を閉じ続けた。

「人助けは一つの名誉だけれど、それは人に無闇に公表し自らは善良であると言う事はおごりであると」

「あんた、クリスチャンかい」

「いいえ。日本人はほとんど仏教か神道です。教訓でしたわ。やたらめったら人助けなんかするもんじゃ無いって。でも、人徳や道徳の教えではやはり良い事は進んでやらなければ。でもやはり、世の中を広く見る事も大切だと実感したんです」

すこぶる機嫌の悪そうだった天使を思い出してミランダは心なしか口元が緩んだ。

「男性的にも巨大な魅力のある様態でしたわ。ワイルドでセクシーで男くさく、洗礼された野性的パワーがオーラとして備わっていた。きっと、本物の天使か何かだったのでしょうね」

羽根をもぎ取られ、まるで神からの鉄槌のように稲妻で腹を裂かれ堕天させられた、元は天使であったルシフェルのように。

腹を刺されて雪の中息も止まっているも同然だったというのにそれでも動いて目を覚ますだなんて話、こうやって考えると幻めいて思えたからだった。

黒のクラシックサングラスで見えなくなったあの美しく強烈な眼光は、ミランダをそれでもうっとりさせた。

「なんだい惚れちまったのかい。天使相手に」

「めっそうも無い!」

それでも彼の煙草の煙るスモークの香りまで、その吸い先のキャメルのシルエットまで覚えていた。

「年下のくせに生意気で失礼な男でしたよ!」

リカーは肩をすくめ、それがあの馬鹿者らしいと確信を持った。立派に成長するだけ成長して、中身は生意気で変わらないらしい事も分かったのだが。

「幻だったんだろうね」

「そうですわね。素敵過ぎましたけれど。本当に実在していたならちょっとはあのひねくれた性格をかわゆくしてもらって一緒にお食事をしたいくらい」

「ふ、そうかい」

リカーは可笑しそうに微笑み肩をすくめノートパソコンを開き視線を画面に落とした。








30.毒蜘蛛


ガルドは途中からくしゃみをし、バイクの牛革ボックスの中を物色すると黒で釦の無い併せの上着を取り出してグレーのマフラースカーフを巻くと適当に進めさせた。

ディアンはその頃片手にコーヒー、片手にサーモンサンドを持ち店から出てくると、自分のバイクが無い事に瞬きした。

そこの辺りには見覚えのある拳銃が落ちていて、彼は目を伏せてそれを拾い、グリップの部分にシルバーの毒蜘蛛レリーフのついたリボルバーを見下ろした。

「あの、馬鹿……!」

毒蜘蛛ルシフェルの馬鹿垂れだ。人の変えたばかりのバイクを盗難して行きやがってしかもそれがディアンの物と分かればリーデルライゾンまでに戻るBBB渓谷から蹴り落として行くだろう……。

実際ダイランはリーデルライゾンの24Hマーケットまで来るとごそごそとボックスを探り、金を見つけようとしていたら内側のポケットの中にバッファロー革の小銭入れを見つけていた。それと共に入った飛び出しナイフの横に、免許証を見つけそれを見下ろした。

「あ」

ディアンのものだった。

ガルドはその免許証をぽーいと雪に放り、ボックスの中の酒瓶を呷ってからマーケットで肉を買い、そのチキンナゲットをかじりながら走らせて行ったのだった。

彼は廃墟横の広場に来ると服を放って包帯を取り、シャワーの水を出し、蒸気コルクをひねって雪解けして行き、真っ白な湯煙が噴出す中体を洗った。

空き缶の中のシャンプーをすくい髪を洗っては4本の簪で全てぐさぐさと一つに纏め、いつものモイスチャーロイヤルゼリー石鹸で体を洗うと蒸気栓とシャワーコルクを捻って健康的な肌の水を飛ばし、軟膏を刷り込んでからガーゼと包帯を巻き、打ち捨てられた冷蔵庫の中から暗紫色のストトラをはき白のザラザラの皮のワイドパンツに足を通しブーツを履いた。

鉄の棒に掛けられたプラチナで蛇バックルで、黒金属メッシュのベルトを巻くと白の緩い袖コットンシャツを着てから黒革ベストの釦を締めて、その上からグレーシルバーシルクに黒の模様の入った上着を羽織ってからくしゃみをした。血を流し過ぎだ。

ドラム缶を切って箱にした中から白い狐毛皮のショートジャケットを出すと羽織る。転がった炊飯ジャーを雪の中から引っ張り出して開け、中からアクセサリーを取り出すと全部の指にシルバーに石の嵌るリングを填めてガチャンと閉ざした。

いつもガルドが座る土管背後の赤茶に錆び付いた大きな鉄盤を片手で持ち上げ、その下の札を鷲掴んでからケツポケットに突っ込み板から手を離して雪が舞った。

黒のクラシックサングラスを填めるとバンダナを巻き、バイクに乗り込み広場を後にする。

港に向かい、そこらへんにバイクを放置してから灰色の海を眺め、吹雪が溶け込むように飲み込まれて行く。

カモメは寂しく鳴き、それでも多く飛んでいた。

船は無人で不気味な静寂に覆われている。

3人の閉じ込められた場にはまだ拷問女がいる。

彼はドアを開け入って行き、黒のクラシックサングラスを外して進んで行った。

テーブルの上に膝を曲げ顔の下に揃えた両手を敷き横になって眠っていた。

テーブルに手をつけ髪を撫で、彼女を起こすと目を開けてから起き上がった。マスクを取りキーを回してから袋の中の栄養剤を与え、また錠ピアスを填め鍵を掛けた。

3人はドアから入った冷たい風に目を開き、既に気力は無かった。

ガルドは3人の所へ来ると縄と猿轡を外し、男の目の治療をすると眼帯を填めさせてから立たせると、3人の背後から手枷を填め、1列に並べさせて縄で繋ぐと拷問女に今の内に船から連れて行かせてバジュダのいる場所へ隔離させて食事を与えさせる。3人は既に逃げる気さえ失せて女の背後をまるで死刑台へ向うように歩いて行った。

その後、拷問女を廃墟に帰らせてから船に再び一人残った。

時計を確認し、時間に余裕がある。船の点検をする。天井にはまだ板は張られていなく、配管が剥き出しにされいて、床も所所がそうだ。機械の様々な配線を調べては調査書類をめくりながら細かく点検していく。不備は今のところ見つからずに今のところの作動に問題は無い。気になる点を書き込んでいき、幾つかのコードを点検しては蓋を閉める。

船体は日置にZe-n自身が毎回点検を怠らなかった。構造や欠陥部分、手抜きが無いかを事細かくチェックして行き、神経質な程確認し、いくつかマークし歩いて行き、その通路の先にデイズが歩いてきていた。ガルドはクラシックを填め親指で背後を指し歩いて行った。

「話ってのは何だ?」

「まあ。こいよ」

個室まで来ると積み上げられた椅子を一つ取り腰掛けた。

「あいつ等をそろそろ持って行ってもらおうと思ってな。邪魔で仕方がねえんだ。何も上から言ってこねえし音信不通なままでいつまでも無駄な人員使っていられねえ」

「姿を眩ましたままだってのか?」

「知らねえよ。何だかよく分からねえからむかついてるんじゃねえか。奴は俺を小馬鹿にしてやがるのか」

「さあな。とにかく5人をとっとと俺に引き渡せ。どこにいるんだ?」

「バジュダ張ってろ。奴に食料運ばせてるからな」

デイズは何度か頷いてから腕を解いて黒革のジャケットから金のシガーケースを出した。

「火気厳禁だ」

ガルドは目を鋭くそう言い、デイズは肩をすくめしまった。

「そりゃ悪かったな。確か、今の時期辺りだったな。リサが消えたのは。今でもどこかにいるのか?ウィストマの死を知ってるのかよ」

「死んだ」

「あ?」

サングラスの先の目は何処を見ているのかは不明だった。

「なんだって?」

「リサはもう死んでる」

デイズは眉を潜めて目を細めガルドの顔を見据えた。

「いつ」

「親父が死んだ後だ」

「俺は知らなかったぞ」

「お前に関係あるかよ」

「大して有りはしねえ」

リサが死んでいた?デイズはそれこそディアンが何かを隠しているらしい事を思うと真相を知りたがったが、ガルドは硬そうな口を開く気配さえなかった。

ディアンの奴は何かとよく行き先も不明なまま出かけるし、それが毎度のコンベンションやイベントでは無い事も分かっていた。それまではディアンがリサに会いに行っているとばかり思っていた。

奴等ができていて、ガルドの顰蹙を買いだからあそこまで仲が悪いのだと。

「また俺だけか?何も知らねえ。なんであいつは双子の俺よりもお前に何でも話すんだ」

「嫉妬するなよ」

デイズの目が一気に恐くなり、ガルドはサングラスの先の目でそれを無視し横を見ていた。

「俺は身内の結束を何よりも大事にしてる事はお前だって分かってる筈だぜ。守らなければ許さねえ。こうやって秘密抱えられるのが大っ嫌いなんだよ」

「ああそうだな」

「お前、また痛い目見せられてえのか?お前にこの数年で殺されてきた仲間がどれ程いると思ってやがる」

「いつまでも許すつもりはねえって?」

ガルドはせせら笑い、サングラスを放って毒を吐きつける様にデイズを睨んだ。

「貴様を殺すまで続けるに決まってるだろうが」

そう、立ち上がりビシッとどこからか出したのか鞭を床に叩きつけた。

デイズはガルドを睨み、その鞭を視線だけで見て戻した。一度手を上げ、しなるとそれはデイズの頬に入って続けざまの鞭を掴んだがそれには細かいクサビが付き皮膚を破って引き剥がした。

ガルドは愉快そうに微笑み、顎を上げると下げた。取っ手をピシッと片手に収め、デイズを上目で睨んだ。

デイズは頭がくらつき、背後のテーブルに手を付き頭を押えた。

クサビに毒がしこまれていたのだ。俺を殺す為に誘き寄せたのか。

だが、予想に反してデイズは死ぬことすら無かった。ガルドは舌を打ち、大きく鞭がしなってデイズに胴に叩きつける様に払いつけた。

「お前には生きていてもらっちゃあ都合が悪いんだよデイズ。市場を好き勝手されたんじゃあ黒幕も動きづらいからなあ」

彼は脇腹を押え、ガルドを上目で睨み付け大きな手を伸ばしガルドの額を鷲掴んで床に叩きつけた。

どしんと音が鳴り腹に入った膝でガルドは血を吐くとでかい手の下から覗く血にまみれた歯を向いて鞭を両手で掴みデイズの首に巻きつけた。

「糞、」

デイズは血を首から噴出させガルドは腹を蹴散らして立ち上がると鞭を引き、デイズは回転し転がった。

表情も無く見下ろし、床にビシッと払いつけると、デイズがよろめき立ち上がったからまた鞭を構えた。

「元々ハイセントルは俺達のテリトリーでお前等余所者の遊び場じゃねえんだよ。殺されるのが嫌だったらさっさと出て行くんだなユダヤ野郎が」

デイズの目元がぴくりと鋭くなった。

「お前等揃いも揃ってでかい顔しすぎなんじゃねえのか?てめえもディアンの糞野郎も顔首揃えて出て行きな」

のんきな風で歯の奥もつけない口調でそう言うとデイズを下目で眺め見た。

「お前の欠点は結局はその仲間をとことん利用する事だ。信用が置けねえんだよ」

冷静一徹の目は冷ややかで、それでもデイズに向ける眼光は怒りで強いままだった。

きっとこいつは気づいている。5年前にした事をだ。

「リサは何で死んだ」

「今は関係ねえ!!」

怒鳴り薬に荒んだ目を険しくし、デイズは目を細め見据えた。

「上に立ちたいなら薬から抜けるんだなガルド。今にあの阿婆擦れみてえな廃人になりてえのか?」

デイズのお袋の事だ。

5年前、ディアンを独占するのをデイズは凶悪なほどの薬漬けにさせ狂わせて再起不能にまで陥らせたものを、ガルドは大人しくなる所か事ある毎にデイズの邪魔をした。

あの頃の彼には何故何もしていないというのに自分がリカーからも邪険がられなければならないのかが分からなかった。必要とされない自分の所在が不確かだった。リカーが彼に与えた悪魔のレッテルはあの時の彼を絶望させた。

彼女への深い怒りは日を追う毎に増すばかりだ。

今は商売を上手く軌道に乗せデイズを騙し込む事が目的だ。

「お前さ、俺に恨みがあるのか?」

デイズはテーブルに腰をつけ、首筋をさすってからガルドから視線を反らした。

「別に」

「俺に謝ってくれ」

ガルドは鋭利な目でデイズを睨め付け、デイズは顔をガルドに向けため息をついた。

「悪かった」

「絶対許さねえ」

デイズはハッと息を吐き捨てガルドを睨んだ。

「毒盛ってもくたばらねえ。出て行けって言おうがその気もねえ。お前、本気で始末悪いな」

「悪かったな」

「ハッこの街に来たのが運の尽きだな」

そう言うとガルドは首をしゃくった。

「俺が黒幕に見切られる前に、お前はそいつから権利を奪える自信はあるのか?俺は今の所どっちつかずだぜ。姿も分からねえ様な奴より、性格もよく分かってるお前の方が操り易いからな」

そう踵を返し、肩越しに性質悪く微笑してからドアを開けた。

「奴等はさっさと連れて行けよ」

それだけ言い、クラシックを填め出て行き歩いて行った。

デイズはしばらくそのドアを睨み、奴の企てと一連の行動を考えた。冷静な顔して全てを嘘で塗り固めて真実を仄めかしているのか、それともあいつは何か重大な事を知っているのか。

だがどちらにしろ今に黒幕の鼻を明かす。市場に名を冠されていてはルートにも差し支える目の中の大鋸屑だ。

存在するものはいつかは顔を出す。

わざわざあちら側がデスタントに喧嘩を吹っかけて来ているんだ。今にその尻尾を掴んで炙り出してやる。

ガルドは港を離れ、青空の覗いた雲の切れ間から白い太陽が射し、彼の背後を照らした。

全てを奪い尽くしてやる。あのデイズに奪われた分、全てだ。

底意地悪く毒蜘蛛の様に一度微笑すると、面白そうに肩越しに船体を見て顔を戻し、歩いて行った。

充分愉しませてもらわなければ面白くない。世界的に見てもあいつの動向は幾らでも利用価値があるのだから。

ガルドはカードを弄ぶ様にナイフを回し収めると、灰色の海を見渡し、紫煙を引き連れ歩き去っては港を離れて行った




31.零時


ダイランは珍しく廃墟でぼうっとしていた。

何も食う気も起きずにコンテナの中のタチウオを見下ろしては腕を組み、その上に顎を乗せ見ていた。

女が背を当ててからダイランの横に座って彼の頬にキスをしてから一緒に見下ろした。銀色の剣の様だ。

「この魚、食えるのか?」

「駄目よ猫ちゃん。おいたしようと考えちゃあいけないでしょう?」

そう言うとダイランがその横から釣堀をセットして掛けていて、掛かるのを待っているのを彼の体越しに見つけて、一向掛かる様子も無いタチウオは泳いでいるだけだった。

珍しく簪で髪の上部だけまとめている彼の鋭利な横顔の目はぼうっと半開きで、厚い唇の5つの丸いピアス毎いじけた様に見えた。

拷問女はいつもの様にガルドが座る石缶の中にうつぶせて好んで入り、骨ばった白い足だけ死体の様に出して不気味に目に入って来ることを余儀なくされ、強要させられるのをなんとはなしの風景の一部としれは誰もが受け止めていた。

その中を覗き込むと決まって彼女は首を髪毎ふるふると横に振りつづけているのだ。薄暗い中を、ただ延々と黙々と。瞬きもしない目を見開いたままで。鞭女の姉がガルドの斜め前に仁王立つ背後の足元で。たまに激怒しガルドが座る石缶に鉄パイプを叩きつけるその下で。

ランジェリー娼婦は起き上がり、ガーネット娼婦はソファーに横になったまま今しがた塗り終わった寝入るを見つめていた。ランジェリー娼婦のそのスペースと空間の間仕切りになっている全体的な優雅なモスク型の鉄格子フェンスは今日は大きく開門されている。そこから2段の段差を降りて歩いて行き、釣堀をぽーいと放りそこに座ってコンテナに腕を掛けるとダイランの頬をさすり肩に肘を掛けた。

「このセクシーなお尻に入っている血みどろは一体どうしたの?ダリー?」

「流行らせる計画のファッション?」

腹の傷でさっき吐血した口を拭ったバンダナが入っていた。

「刺された」

「刺された?」

「女に」

「そのキュートなお尻を?」

「分からねえ」

「なんで大人しく刺されたの?」

「なんとなく」

「今度刺されそうになったら言わなきゃ駄目よ。姉さん達がそんな女はお仕置きしてあげる」

「どこの誰?」

「マーズ」

「あのイカレ女?」

「彼女今朝方死体で転がっていたのよ」

「丁度ジーンの中心で」

「誰がやったんだ」

「さあ。首に包丁が刺さっていたから、どこかの主婦か市長に不満を持つ人間じゃ無いかしら。彼女、前からぶっとんでたから」

ダイランは何度か頷いてコンテナから離れて行った。

隅のコルクを捻って巨大鍋で大量の料理を作り始めた。巨大な伊万里焼だとか青磁の大皿だとかにそれらの4品のイタリアンとロシアの料理を開けて、20人は嬉しそうに喉を鳴らした。

「ダリー?食べないの?」

食い漁る中をダイランはベッドに転がった。拷問女ががやがやする音で出てきてまた廃墟中をうろつき始め、そのまま何も無いというのに突っかかって転び、バッとあの長々しい黒髪が広がり死体の様態だった。また見続けなければならないいわれは無いために、男達に運ばせて彼女の置き場に戻させた。

女が眠り始めたダイランの所まで行き、簪を取ってあげて彼の後頭部を撫でてあげていた。

その内口に寄せる首筋の熱はまた低くなって行き、腕は冷たくなり初めて彼が安眠に入って行ったのだと分かる。その広い背に付ける彼女の頬が感じる心臓の鼓動が恐ろしい程ゆっくりと、だが深く力強い鼓動に変わり始めた。

その背に頬を寄せなでつづけ、閉じていた目を開き寝息も無く眠る横顔を見上げては、傷口のある方を避け腕を撫で目を閉じた。

雪は溶け始めていた。全てが全てだ。

春先の雪はいつでも彼の心を掻き乱して来た。

「また、どこかであなたは暴れて来たのね……分かってる。もう溶けるわ大丈夫」

そう、優しく囁いた。

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