1
★黒無の零路
やるとなったら派手に華麗に徹底的にやり通す
怒りと怒号の危険なパフォーマンスに身を任せ、音に乗って騒ぎ叫ぶ
ガルドチーム★
ダイラン=ガブリエル=ガルド チームリーダー 18
メイズン=レナーザ 鞭女の姉 25
アヴィト・ヴェレ=レナーザ 鞭女 22
ズィラード=ゴシュデル スキン女 24
メイシス=ハロ 蛇女 27
マゼイル ガーネット娼婦 31
ジェレアネル(ジェレー=ネラ) タチウオ女 25
ジャーレミ・ヘヴン(ジャー=レム) ランジェリー娼婦 20
GBW、バイリー 拷問女
ロエルタ=ギライシー 男パフォーマンサー
アヴィーン ボブ女、女パフォーマンサー
アシェディ 玉の様なパーマの女、女パフォーマンサー
エース(エスリカ=ギライシー) 非協力的ドベ
デスタントグループ★
デイズ=デスタント グループリーダー 18
キース=デーロイ 幹部
ハーネス 幹部
{堅気}
ディアン=デスタント デイズの双子の兄、ハスラー 18
{警官}
ジョン=ヘレス 所轄の刑事 相棒ドルク=ラングラーと共に闇市を張る
レオン・キャンリー 新しく就任した少年課の女刑事 20
1.銀行強盗
怒りに身を任せたからだ。巨大な怒りに。また我を忘れていた。墓石にウィスキーを掛け帰ってすぐに奴等は彼を迎えた。顔を上げ、出発した。
全てをその時は恨んでいた。憎んでいた。外観だけは嵌めを外そうと、意気込んで強く微笑んだ。
巨大銀行に派手に強盗に入った彼等の一味は銀行中の人間という人間を機関銃で皆殺しに撃ち殺し、誘き寄せたデスタントグループの男共と鉢合わせたのを、ゆっくり振り返った。彼等は辺りを見回し彼を睨んで、彼は手にした何かを床に投げつけた。
豪炎が耳を裂く音と共に巻き起こり、長く乱雑でライオンの様な髪が彼の顔を隠し現れ、あの悪魔の様に冷めた無表情が炎に照らされた。顔を鋭くし、質悪く蛇の様に口元を歪め歯を剥いた。
デスタントグループの男、幹部ジェデバの腹に降り立ち冷めた顔で男を見下ろした。
その大きな手に、背後の降る炎の中から機関銃が投げ渡され、その炎からスキンヘッドのスレンダーな女が現れ狂笑した目元と口元で舌なめずりした。
彼はジェデバを見下ろし立ち上がり、撃って来ようとしたデスタントの下っ端達に一瞬銃口をぐるりと向け、剣呑とした目で見下ろすと死んだ感情の上目になった。銃口を回し、周りの男共を片手に掲げる機関銃で撃ち殺した。
血が舞い、炎に消えた。
血を飲み込んだ炎に照らし付けられる彼の顔を下からジェデバは目元を引きつらせ睨み、その毒色のエメラルドがきつく、静かに煌いたのをぞっとした。
煙を上げる機関銃は下げられ、彼の顔は感情も無いまま再び腹に足を掛ける男を見下ろしそのジェデバの口に銃口を持って行った。始めはその頬を銃口で優しく撫で、自分の足の背後に向け撃った。男の急所だ。男はのたうち回った。
彼の顔は一瞬で、激しい怒りに彩られ鬼神の顔つきで男を睨み見下ろした。背後に駆け寄った他の男の横面を銃筒で叩き払い倒して、ジェデバは許してくれ、俺が悪かった、デイズに命令された様なもんだったんだどうか命だけは、命だけは許してくれと泣き叫び顔を歪めた。
その顔を見下ろし、風の様な荒涼とした声で、死ね、そう言い、必死に命乞いした男の顔面を撃ち抜いた。
その血に吹っ飛んだ顔を見下ろし、歯を強く噛み締め振るえる肩先の機関銃はその原型の無くなった顔を何度も撃ち抜き頭を完全に無くした。
彼は大股で降り柱に機関銃を叩きつけ、火花と共に鉄片がばらばらに飛び散り、毒の様に怒鳴り収まらない怒りのまま長い蛇革の膝から抜いたジャックナイフで自らの片腕を激しく斬り付け柱にナイフを突き立てた。
駆け寄った仲間の人間達が来たのを踵を返して歩いて行った。
グラマラスで迫力のある革アイマスクとハードボンテージの長身女、メイズンが彼の横に立ち、彼は一瞬の殺気でざっと振り返り様、女の膝から拳銃を抜き、柱裏の銃を向けた男を撃ち殺した。
唾を吐き捨て仲間を引き連れ颯爽と歩いて行った。駈け付けた警官達を殴り殺し顔を鷲掴み叩きつけがなり、切るように大股で出て行き、監視カメラに気づいてそれを見上げ、打ち抜こうとした時だった。
最後に煙火の炎に巻かれるカウンター隅のコーナーをふと、彼は振り向いた。
小さな男の子が泣き叫びちょこちょこと歩いてきていて、煤にまみれて泣いていた。仲間の中の一人、黒のボブ女がしばらくして駆けつけ、抱き上げた。子供を撃ち殺そうとした仲間の男を彼が肩を引き左で殴りつけ男は吹っ飛び、彼は子供の所に行きボブ女から子供を見下ろすと、辺りを見回した。
先程まで悪魔の様に感情も無く皆殺しにしたものを。母親の姿を見つけると彼女を引き起こした。
当然、彼女は死んでいた。片腕に抱える子供を見て、子供は大泣きして彼の顔を叩き腹を蹴っては激しく泣き肩をどんどん叩いた。彼は立ち上がって子供の髪を撫で小さな頭を抱いた。その子供は首をぶんぶん振って真っ赤になって泣いた。
死体の中の一つが微かに動いた。その男は震える手で銃を構え、彼を背後から撃ち抜いた。
腕を貫通し、彼は振り返り子供が腕の中動いたのを目を見開き、子供に視線を落とした。
「うう、」
子供は無事だった。彼の腕の血を見て叫び、彼の胴に小さな手を当てた。
覆面を被った仲間の黒人男が生きていた男を撃ち殺し、そして監視カメラを覗く目で睨み見上げるとそれを撃ち抜いた。
2.刑務所
気が付くと、後頭部に銃口が突き付けられ大人数に取り押さえられていた。目の前は闇と赤、青の光が駆け巡った。彼は毒づき、地面にがなった。
強盗で派手に手にした金をワゴンに積み込み、他の仲間達を一斉に散らせ運転席に乗り込もうとした瞬間、何故か立ち止まってしまった。ふと、何故だか空を見上げてしまったからだ。その瞬間警官達が押し寄せ彼を地面に叩き付けた。泣き叫ぶ子供は保護され、救急車に乗せられた。
女達はバイクから降り立ち、信じられない、という様に警官車両を丘の上から見つめ茫然とし、男達は毒づきその方向を見守った。
「糞、なんでリーダーは立ち止まった」
「分からないわ、そんな事」
サイレンは遠ざかって行く。男は覆面を芝に叩きつけ、仲間達に視線を回した。彼等は頷きバイクに再び跨り、今はこの場を去るしか無い。闇中をハイセントルの渦の中へ向け消えて行った。
また刑務所に突っ込まれると今度は初めから独房に突っ込まれ転がった。そうでなければ他の受刑囚を片っ端から殺すからだ。
独房に入った瞬間、警備員達が彼の顔を殴りつけ倒すと、外した鉄格子で体をガンガン叩き髪を掴み引っ張り首に縄を回し思い切り這いつくばらせ、背を足で踏みつけ後ろからぐんと引いた。
猛り狂った獰猛なドーベルマン達は彼の皮膚を噛み千切らんばかりに噛み付いてくる。背後から首が締め付けられ、壁の鉤爪に引っ掛けその背に体重を掛け跨られて誰もが嘲り笑い、独房にこだました。
これだけで顔色を変える男では無い事位は分かっていた。彼自身がパフォーマンスでやっている範囲だ。全ての生きて行く糧だとか精神と道を奪い尽くし泣き叫ばせ命乞いさせなければ警備員達の気が晴れなかった。何をしようが泣き叫ばない、命乞いさえしなければ逆に警備員を冷めた鋭い目で睨み見据えてくるだけだった。こういう気晴らし相手は気に食わないが、叩いても壊れない玩具は長持ちし飽きさせはしなかった。死んでやると思わせるまでに精神をぼろぼろに傷つけて、自尊心など全て粉々にしてやらなければ。
警備員達は他の独房の受刑囚を連れ込み、その男の口枷を外した。警備員達が薬漬けにさせ人間味を奪い去らせた喰い狂いは、元が赤子噛み殺しで快感を得る精神異常者だった。理性を無くし咆哮を上げ、与えられた肉を食い散らかそうと歯を剥いてくる。
その男の両目は既に潰されていた。外れきった開ききる顎はそれでも強靭な力だった。筋肉にまみれていた元の体は衰弱しきり真っ白に青くなり、殺人マシーンの様だった。
理性を全て奪い尽くそうとも、猛り雄叫びを上げたその潰れた目からはまた血が噴出し彼にぼたぼた落ちてきた。本当は苦しいのだと、理性を無くした心の中で怪物が叫び声を上げているかの様に聞こえた。血色の涙に見えそれはあまりに悲哀に充ち禍禍しい。開放してくれ、こんな人間や動物を離れた姿はもう嫌だ、俺を殺してくれと怪物は叫んでいるように聞こえた。実際獣の様に唸り猛っている言葉は言葉では無かった。
警備員達はこれはお前のなれの姿だと言い嘲笑った。こうしてやるからいくらでも来い。幾らでも怪物なんか創り出してやる。最悪で最高の夢を幾らでも見せてやるからと。
怪物の顔は激しく苦しみ歪んでいた。全てが、怒鳴る事さえも激痛かの様に。
彼が瞳をうっすら開くと、化け物の首を両腕でガッと掴んだ。警備員達は顔を引きつらせ立ち上がった。彼は化け物の首に噛み付き歯を立てその固い首筋をぎりぎり噛み千切ると、更に噛み歯を食い込ませどくどくと血を噴出させ、遂には首の骨をその歯で掴むと噛み砕き、怪物を殺したからだ。
血で埋め尽くされた真っ赤な顔から、あの毒の回ったエメラルド色の瞳が輝き、赤い口の中が覗くと質悪くその口元を微笑ませた。
3、工場廃墟
もう何も無い工場廃墟。
コンクリートの床は鉄パイプを打ち付けた男に全てを跳ね返させた。
薬で常に怒頭切れた、筋肉質のスキンヘッドにニードルを打ち込んだ男は頭に血管を浮かせた彼自体の頭が欠陥品か何かの様に、眼球が今にも脳の線を離れてせり出して来そうだった。
その双子の弟の方は常の目だし帽マスクからやはりニードルが突き出ていて、覆面の意味は果たされていずに誰なのかが皆目検討つけられていた。ニードル双子の弟だと。
女はエレガンスにパーマ掛かるボブは金色に艶掛かり、目元を隠す黒革のマスクの瞳も、色っぽいダークレッドの唇も、その下のほくろ毎微笑んでいた。が、彼女の手に持つ長い鞭はぴしっと音を立て、赤ボンテージの肉感的な網タイツの鋭い足先のヒールブーツは尖っていた。総合的に愚か者、バゾを嘲笑いキレている。
他の奴等は鎖を回し威嚇し唾を吐き捨てて殆どの奴等は冷めた面でバゾを見下ろしていた。
スキン女がさっきから炎毎オイルを、舌を尖らせた口に垂らしては見開いた横目だけ2人の男達を見ていた。
奥のパネル前の石土管に座るリーダーガルドが、女が歩いてきて彼にキスしようとしたのを蛇の様に威嚇し跳ね退けて、彼女は色っぽくしなり微笑みその横に越し掛けた。
色褪せた金髪は乱雑に腰上まで伸び、ぎろりと動いた毒々しい瞳は極めて狂暴だが鋭利な目は冷静だった。悪魔の様に整う顔造りがそう見せていた。リーダーは長身の背を軽く立ち上がらせ、他の奴等が一気に両腕を捕えたバゾの前までのんびり歩いてくると、左右に歩きしばらくして、白に灰のバンダナの下から覗いた目で見下ろした。
バゾは振るえ顔を反らしたが、リーダーが腰に掛けた大振のスパナーで彼の顔をガッと上向きに払い、バゾの頬がえぐれ叫んだ。穴の開いた頬を骨ごと掴むようにリーダーは顔を上げさせ、頬が完全に裂けると白いスウェードワイドパンツの膝にその血が飛び散った。
もう一人はその横の檻に狂暴な鰐と共に閉じ込められ、首の枷を女に引っ張られるとリーダーの前に引っ張ってこられた。男は岩に打ち込まれたような肘鉄を食らった。彼は左眼にそれを受け右目が勢いで飛び出し、左目のくぼみを中心に頭蓋骨が割れて脳味噌がはみ出した。肘は潰れた左の目玉の液が脳漿と共に付着した。
リーダーは箱から開放されたばかりだ。陽に焼けた肌の塞ぎ掛かった背の傷は皮膚が張っていた。
留守の内に好き勝手やって港市場の物資をリーダーの許可無しにデスタントに卸したバゾだったが、許しを得るには一人決められたデスタントの幹部を捕えてこなければならなかった。その男は既に脳をはみ出させたままコンクリートにへたり込み、バゾは冷や汗を掻いた。
バゾは足に力を無くしケツを地面に着け、リーダーはしゃがんでその後ろ髪を引っ張って顔を上げさせた。喉の奥から出てくる様な囁き声は地鳴りの様だった。
「俺の身内か? あの糞野郎の下部か? この女の下僕になりてえのか? お前、一体何なんだ」
「お、お前の部下だ、」
口が裂け聞こえなかった。髪をそのまま引っ張り立たせて檻に思い切り押し付け、鰐の上に千切れた頬の肉が落ちると薬漬けにされた鰐が鋭い声を上げ、ドシンと外側のバゾの格子に体当たりした。
バゾは足をもつれさせ逃げて行くと、また男達に捕えられた。横のソファーで艶めかしい顔をして横になる黒ランジェリー姿の娼婦は、エジプト女的笑みで強笑しそれを見ていた。
リーダーは鎖を手に、脳が出ながらまだ生きている男の所まで来ると彼を背から踏み倒し、長い鎖をぐるぐると巻き始めながら言った。
「お前が死体で転がっていれば、あの野郎がどんな顔するか楽しみで仕方ねえなあ」
ゆっくりぐるぐるに巻いて行き、その鎖を滑車に掛けた。鞭女の姉が機械を作動させ、徐々に男は上がって行く。他に一体、既に一週間前そうされた腐乱している男の死体のぶら下がる下辺り、頭上高くまで引き上げられた頃には男は首をもげ死んでいた。
リーダーが腐乱死体の繋がる鎖の壁の留め具毎斧で殴り付けると2体が地面にゴトッと落ちた。
「あの野郎の玄関前に放り込んでおけ」
リーダーは斧を男に投げ渡してから歩いて行った。女達は付いて歩いて行き、男達は誰もがバゾに唾を吐き捨てたりシカトし歩いて行った。
倉庫のドアから出て来たリーダーの所にエースが走ってくると、そのエースの細い首をもげるんじゃないかって程、振り返ったと共に片手で掴んで彼は地面に浮いた。リーダーの顔は完全にキレて歪んだ口元から歯が覗いた。
「手前の配分だろうが。何で見張って無かった」
「悪かっ、」
「役立たずが」
そう冷たく地面に打ち捨て歩いて行く夜の路地をすぐ行くと、街娼達が嬉しそうに顔を微笑ませ甘えて来る。
「ねえ寂しかった。相手してよ」
直属の女達8人は甘い顔で猫の様に来る街娼達とは違った。街娼達は逆にコアな彼女達をどこか畏怖していた。横の広場まで歩き進めて行く。
4.廃墟横広場
オレンジの照明が焚かれる広場では彼のグループのパフォーマンサーの男女が、炎芸や爆破芸やら何やらをやって場を沸き立たせていた。
その中の革パンに指だしグローブ、ダークブロンドの痩身男、エースと瓜二つの従兄弟だが、彼がガソリンを口に含み松明の炎を闇の天高く斜めに吹いている。
でかい玉の様なロングパーマの連なる白金髪の女は豊満な胸とケツをくねらせ踊っては、腕指を水平に滑らせ掲げリーダーに視線を合わせると、狙いを定めて上目で微笑んだ。
そして教会から、あの独特なパイプオルガンの音が、緑に薄光る低い闇の天に鳴り響くと、一気に彼は不機嫌になり壁から激しく引き剥がしたガス官で真横の柱を獣の様に唸り叩きつけ、誰もが一瞬でぶち切れたリーダーから後じさり、女達は逃げて行った。まるで魔物が聖水でも浴びせ掛けられたかの様に散って行った。
バンダナを剥ぎ取り、立ち並ぶ低層のスラブ建ての先の、塔のみ見える教会の方を鋭利な目で睨め付け、険しい表情を女が宥める様にそっと半身のそのなだらかな裸の背を撫でた。
「あっち、いきましょう?」
さっきガス官でたまたま叩きつけられた運悪い男が転がる横を女が引っ張って行った。女をドンと突き放しバゾから腐乱死体を奪うと、教会側へ歩いて行く。
敵対するグループのリーダー、ユダヤ人の男、デイズが今いる教会の扉が蹴り開けられると、その彼はパイプオルガンの鍵盤から指を上げ、体を反転させた口元を挑発的に微笑ませた。
「よう。帰って来たのか」
「今は機嫌が悪いんだ。その演奏をやめろ」
ガルドは両肩から地面に投げ捨てた2つの死体を蹴りつけ、高い所に座るデイズを睨み見上げた。
「それは何だ?箱での『お友達』かよ」
「手前で確かめるんだな」
そう言うと横目で睨み口端を上げ出て行った。
武器を掲げ威嚇していた連中は、視線で命令され捨てて行かれた二体の死体を確かめに行った。
「……、カジラだ。それにアボー、」
鷲顔の眉がぴくりと上がると、デイズは何度か頷いた。颯爽と教会から出て行くとすぐに、特定していないが1週間前はそうだったガルドの女が部下の男達に囲まれ泣き叫んでいた。彼は部下を蹴散らし彼女を肩に担ぎ広場まで来ると放り降ろし、誰もが振り向き黙り込んで動きを止めた。
その広場で娼婦とじゃれあっていたガルドが顔を上げ、女を見ると立ち上がってデイズの前まで来た。
「お前、出て来たからって嵌め外しにいい気になるんじゃねえよ」
焦げ茶の上と黒のイージーパンツのデイズはガルドとまるで対極だった。その黒のパンツに唾を吐き捨てるとデイズの膝がガルドの腹に跳んだが反転して彼はデイズの背後に立った。肩越しに睨み見下ろし、ガルドは睨み見上げた。そのガルドの背後に女が泣きながら地面に顔を付け手で覆っていた。
のんきな口笛が響くと2人ともその方向を視線だけで見た。
「? よお。お前、出て来たのかよ」
デイズの双子の兄貴だ。
デイズは何も言わずにその場を去った。ガルドはディアンをきつく睨んだ。そのディアンは意地悪っぽく口端を上げてから、ガルドの後ろに来ると女を引き起こしてやった。彼女の頬や腕は擦り剥いてそれを悲しんでいたが、ガルドはディアンの腕から女を奪い返して彼女の肩を抱き、ディアンを睨め付け身を返し歩いて行った。
「ったく、おっかねえ顔しやがって」
ディアンは肩をすくめると、広場の人間達に小気味良く微笑み歩いて行った。女達は微笑み手をゆらゆら振った。弟デイズは恐れられている
5.女の部屋
一週間振りの女は最高だ。顔の傷を舐めてやり、さっきとはまるで別人の様に酔って甘い視線が開かれ微笑んだ。
女は微笑み返して熱っぽい彼の目の色を確かめてから彼の首筋にキスをし、乱雑な長髪を掻き上げ項に唇をよせた。
「ねえ。酷い顔だわ。傷は残るかしら。あたしを捨てないで」
「今はな」
「ずっとよ」
女は上目で微笑むと、レズでもあるスキン女がガルドのケツをヒールで蹴りつけ、その横に膝を付きガルドの頭を手で押えると女にキスしてはガルドの背を舐めて横に座った。
ガルドはスキン女を横のクッションにどついてぎろりと睨んでから、女が彼の頬を掴んで顔を戻させ彼女にキスをした。スキン女は天蓋の紐をいじってはクッションに背を沈め、小ぶりの鰐、アポスカイマンがベッドの下をのっそり歩いているのをその鰐皮の背を蹴ったり威嚇してくるのをシカトしたりしていた。
男2人が来てスキン女の横に来ると、ガルドの肩を引き囁いた。ガルドは女をちらりと横目で見下ろし、相槌を打った。デスタント側の野郎共といたというのだ。一気に冷めた顔になりはしたが、それでも女に微笑んだ。
男達はナイトテーブルに肘を掛け針を立てるとスキン女も立て、ガルドは半身を起こすと髪を後ろに流し、注射器を受け取り女の膝を高く上げその膝裏に針を立ててから自分の腕にも立てた。一気にクラッシュする。
「上質じゃねえか」
「俺からの祝いだ。今日でお前、18だろう」
男は口端を上げた。女は気絶したように目を閉じていて、上半身はベッドに沈んで見えなくなりそうだった。それだけの道具の様だ。
ベッドから跳ね起き、棚の上のナイフを取ると刃を確かめる後姿はセクシー且つ芸術的に綺麗だ。柔軟な筋肉、しっかりした腕と肩にがっしりと伸びるスレンダーな足。ライオンの様だ。人間としての肉体の美しさを野生の動物よりも野性的に美しく体現している。
ベッドに腰掛け、女の腿にナイフを滑らせ線を引く。股を広げて一気に突き刺した。女は叫び、男2人が彼女の口や腕を押え込んだ。子宮が引っ張り出されるとそれをガルドは床に放り、部屋の壁のシャワーコルクをひねって返り血をさーっと洗い流した。
カイマンは臓器を喰うとベッドに上がり込んで血で真っ赤に避ける場から食い荒らし始め、横のクッションのスキン女は興味も無く座っては黒の爪を見ていた。
「いつ実行に移す?」
皮パンを履いてカイマンと女の死体をベッドから蹴り落としてその端に腰を下ろすと、男の問いかけに肩越しに視線を向けたが顔を戻し寝転がり、スキン女の伸ばす足を退けると顔の上に腕を乗せ目を閉じた。
Ze-nとして発動し始めこれで3年だ。落ち着きを見せ始めた今、そろそろ南アメリカやヨーロッパなどのアングラに向わせているZe-nとしての部下達や金融管理させているライナス、ミリアナス達を一度帰ってこさせ、コロンビアに赴き方向の四肢をまた他に伸ばすべきだ。慎重派のデスタントを最終的陥れるのはまだ先になると見越し、巨大化し今飛躍させている様々な方向性を変換するには今がチャンス。その資金繰りは金庫からは今は出せない。FBIが謎のアングラ金融のブラックボスに目をつけ始めていた。
「脅せば出すかもしれねえ奴がいる」
この街の地主、リカー=M=レガントの事だ。
デイズを打ち負かし、この街での港の闇マーケットでも権利を確固とした物にするには地主の力も邪魔だ。デイズがその闇市のルートに手をつけ始め麻薬等がデスタントに流れ易くなっている2年前から、奴等は更に力をつけ始めている。
物資は取られても金融方面からガルドがかっさらっている今、形成され始めたデイズの需要を崩して奴の鼻を明かす。しかも、そうしている姿を見せないブラックボスが一ごろつきジャンキーでしかないと思わせているガルド自身だとは気づかれない方法でだ。
「情報で掴んだんだが……、デスタントの奴もファミリー立ち上げるつもりらしいぜ」
「なんだと?」
ガルドは起き上がり、男を睨んだ。
「あんな余所者なんかのどこに金がある」
「分からねえ。ただ、どうやら軌道に乗ってるらしいぜ」
「あの野郎もファミリーを……?」
確かに当然の成り行きだとも思った。圧倒的に世界で力を有するのはガルドの方だが、この街では大人しく力を出さずにいる分、デイズの方が上位だ。
また柔らかくいくつもの巨大な丸クッションのみで出来上がっているベッドにうつぶせ、奴が先を越そうとしている。そういう事だ。
何か打開策は? 打ち負かせる巨大な方法は。
薬でやけに白い眼球と鮮やか過ぎる瞳が、質悪そうに微笑み口元を引き上げた。
「どうしたよ。嬉しそうじゃねえか」
「別に」
サイドテーブルに手を伸ばしスキン女が吸い取った液でまた針を立ててからだるそうに腕を下げ、徐々に気分がハイになって来た。まるでそれが名案に思えた。そうすればいいのだと。
奴に罪を重ね続けさせ、死刑台に上げればいいのだと。
何かが楽しいわけでは無いが、ガルドは可笑しくて仕方が無くて額を押えて笑い出した。馬鹿らしくて仕方が無いからだ。こんな事。
ガルドはひとしきり笑い終えると腹を抱えて首を振った。
「おい。俺が死刑になったらお前等がデイズを殺せよ」
そう言ってからまた可笑しそうに笑って立ち上がった。
「おい何するつもりだ?」
「今はその事はいい。とにかく、奴等に1時に召集掛けろ。今夜はガンとかますぜ」
そう言ってから女の部屋を出て行った。
6.闇灯りの港
3年前に連れが警察署にぱくられた時、ガルドが10人程で署に殴り込みに行って爆弾を投げ込んで微笑んだ。手錠で引かれる男は激しく燃える背後を振り返り微笑し、ガルド達は警官を撃ち殺し連れもろともハイセントルへ戻って行った。その為に署の玄関は回転ドアから自動ドアに変えられていた。
その硝子の中に、ガルドの知り合いが一人いる筈だった。現在時刻18時。そろそろ出てくる筈だ。
リムジンが東側の森から署に近づいてくる。
ガルドはブロンズ縁に緑黒のクラシックサングラスの裏からエリッサ通りの向こう、裕福な屋敷群の立ち並ぶ方向を何ともなしに見下ろしながら、署の門の外壁に寄りかかり、バイクに手を掛けてはスモーク向こうの揺らめく明かりを見ていた。
ライトが彼を照らし、運転手はぎくりとして一族の悪魔の横顔から目を反らす様に門の中へ入って行った。
ガルドの血の無い親族の一員であるキャリライが、どこか冷めた感を受ける表情でブランド物のスーツを引き自動扉から出て来た。
いずれは自分の物になるリーデルライゾンの煌きを眼下に収め、開けられたリムジンに颯爽と乗り込むと、運転手が主人にダイラン=ガルドがいる事を伝えた。
黒硝子越しの煌びやかな街並みから視線を外し、キャリライは片眉を上げてから相槌を打ち、ガルドの姿を確認すると視線を戻した。
ガルドはバイクに跨り、裕福な地区トアルノへ消えて行く。その背を目を細め見据えた。
彼には近づくべきではない。危険な男だ。一体何の用があるというんだ?
リムジンはいつもとは違う逆方向へ進んで行き、ガルドの姿が完全に見られなくなると港へ向わせた。
強請りか何かだろう。
リムジンが港につくと、既にガルドがバイクに跨り港の光と海に移る月や、巨大な輸送船の群を暇そうに眺めていた。打ち付ける波に合わせる様に稀にあの長い褪せたライオン髪が風に揺れた。リムジンに光が滑らかに反射し流れては停車する。
キャリライは充分警戒しながらリムジンの窓を少し開け、視線をガルドの横顔に静かに横目を合わせた。
「今日はお前の18の祝いだったな。それで、何だ」
「金出せ」
「何の為だ」
ガルドはクラシックの下の視線だけでキャリライを見下ろし言った。
「金と、デカになる手立てだ」
「………。何?」
キャリライはおもむろに眉を潜め、危険な物を感じ窓を完全に締めるとリムジンを発進させる様言った。
その瞬間ガルドがリムジンにガッと爪を立てエンジンを唸らせると車体前まで黒煙を巻き上げ停車してから、運転手を静かに見下ろした。彼はざっと視線を反らし、キャリライは呆れて息を吐き捨てた。
「ハッ、ごろつき風情が気が狂った事を言うな」
「手前は黙って金出して俺に貢献してればいいんだよ。分かったらとっとと大人しく用意しな」
バイクはそのまま走って行った。キャリライは息を吐き捨て進めさせた。一体何を目論んでいるんだ? 警官嫌いのリカーばあさんの心臓を縮め様とでも目論んでいるのか、許される筈も無い。最近も刑期を食らった輩だ。
7.18の祝い
ガルドがグループの根城であるハイセントルの廃墟に戻って来た。
そこには珍客がいるのを見ると両眉を上げた。
「マーノ」
彼女は彫り師でそのだんなはビリヤードバーを営んでいる。その店にチビ時代からディアンは常連としてキューを構えていた。
「あんた、今日で18だろう。無料で彫ってやろうと思ってね」
初春も間近である1935年3月30日が彼のこの世に生を受けた日付だ。
「珍しいじゃねえか」
ガルドは微笑し、そこまで歩いた。女達は夫々がくつろいでいてガルドに妖艶に手を振り男共は軽めに挨拶した。ガルドは軽く受け答えてから指定の石のガス官の上に座ると、マーノの後ろを見た。
背がチビの娘が母親の背後に隠れていた。名前はガルドと同じ3月産まれでマーチという単純な名だった。
鞭女はソファーに転がりダークレッドの爪に息を吹きかけ、その姉貴はガルドの横前に両腰に手を当て立っていた。
「ブラックライトに当てると浮き出るインクさ。あんた、背中下腰周りから腹と、胸下脇腹に掛けて入って無いだろう。それか、ケツと膝側面から前面に掛けてだ。あんたが好きな赤紫から紫、深ボルドー、青紫に光るインクが入ってね。グラデーションでね。考案して来たから脱ぎな」
「今からか?」
「ほらマーチ。あんたさっさとしたくする」
「うん」
マーチが3つ連なった土管の下にシートを引き、インクの入った壺と3種類の鉋、ブラックライトのスタンドと下絵のトレーシングペーパーを取り出し、座っているガルドを見上げた。
「どっちが良い?上半身か下半身」
優雅なルネッサンスとビザンチンの時代のアカンサス模様が繊細且つ華麗に描かれている。圧巻させられる芸術だ。
「すげえじゃねえかマーノ」
「そうだろう」
坊主で眉の無い彼女が稀に微笑むと、それでも美人さが広がった。トルコブルーの原色のアイラインが太く入る目元で促すと、彼女はラジカセをセットした。彼女が使いこなすと鉋といえど、繊細にそれらは彫り上げることが出来る。
「両方だ」
「さすが!」
マーチはにっこり笑ってブーツとグレー白の革のパンツを放ったガルドに母親とともに絵柄を写し、横になるように言った。
体の曲線と筋に綺麗にシンクロし、アカンサスを流線的なアールデコに力強い美しさを引き立てた。
2本の鉋を口にくわえ一本を構え、ブラックライトを付けると壺の中身が深く不思議とワインレッド掛かるメタリック紫に光った。
マーチはすっとガルドと顔を見合わせる形で腹ばいになり、ほお杖を付き顔を突合せ見ていた。
「何だよ」
「別に」
「あっちに行ってろよ」
「あんたの顔って、見てても飽きないね」
「あ?」
「「あたしマーチ」
「んな事知ってる」
「あんた、うちの姉さんと付き合いなよ」
「なんでお前の姉貴と。あいつは我が侭過ぎる」
「男なんだから女の我が侭くらい叶えなよ」
「叶えるもそんな気ねえのも俺が決める」
「今姉さんデイズと付き合ってるんだ」
「マジかよ」
「奪っちゃいなよ。最近、良い女になって来てるし」
「前から美人だ」
「あんたも芸術品みたいね」
「文句か?」
「さあわかんない」
「じゃあ誘惑か?」
「あたしかもし大人になったら相手してくれるんだ」
「わからねえ」
「きっと美人になるよあたし」
「そうだろうな」
「これからダイランって呼んでいい?」
「駄目だ」
「何でよ。あんたの名前じゃない」
「何でお前に名前で呼ばれなけりゃならねえんだ」
メイシスが顔を上げ、髪を流して言った。
「お嬢ちゃん。ダリーは自分の名前が嫌いなの。だから愛称で呼んであげないと、恐いわよ」
マーチは上半身を上げて背後を振り返り、全身に掛けて細蛇のうねる様なメタリック掛かる水色の入墨が入り、常にマッパで過ごしているグラマラスな蛇女を振り返ってから、顔を戻しガルドをにっこり微笑んで見た。
「じゃあダーミンでいいよ」
ガルドはいい加減溜息を吐いて顔を反らし、組んだ腕に頬を付けた。メイシスはシルバーゴールドホワイトのボリュームあるロングをいじりながらシャンパンシルバー系メイクの鋭い顔から息を吐いた。
マーチが身を乗り出して顔を覗かせて背を見ている。
「その背中の傷どうしたの?」
背中脇腹あたりの深い傷は丸く、何かえぐられたように見えた。
「知るか」
「ねえ母さん、それって邪魔じゃない?」
「仕方無い。避けて彫るさ」
「ねえ撃たれたの?」
「知らねえよ」
「姉さんと付き合いなよ」
「だから、何で」
「だってディアンと最近よく話す為にバーに来るから。前まで手伝いやらされるのが嫌で来たがらなかったのに」
「だからって俺の所に持ってこられても迷惑、なんだよ……」
ガルドは肩越しにマーノを睨み、マーノが刃をぐっと立てたからだ。意地悪そうに彼女は肩をすくめてガルドを見た。彼女がタトゥーを彫るときはセットするラジカセの曲に乗っては彫り進めてはインクと極少量の血をふき取っていた。
マーチは消えていた。
ガルドの指定の席に昇ってそこからがらんどうに近い廃墟を見渡しているのを放っておいた。ガリクに広場からパフォーマンスをやる人間を連れてこさせる。
いつもの様に目の周りをぐるりと黒いラインを入れた3人がバク転をしたり妖艶に体をうねらせ激しく回転宙返りし入って来ては、火のついたダイナマイト回しやらド派手なパントマイムをしてここまで来て、何かやっているガルドを見下ろした。
「何やってる?」
「寝転がって」
「面白い事してる」
黒猫のようなボブ女が黒豹のようなメイクをし黒のひらひらレオタード、男が肌にブロンズボディーファンデーションを塗り黒猫の様なメイクをし黒のスパッツ、玉の様なパーマの女がゴールドテラコッタのボディーファンデを肌に塗りライオンの様なメイクをして、今度はベージュのひらひらレオタード素材の衣装でそろえていた。首にベルをつけ、それが頭上でじゃらじゃら言った。3人でごちゃごちゃ話している、もちろん無言で口だけを動かしてのパントマイムだ。
「うぜえから離れろ」
女2人はくすくす笑ってからマーノの掛けている曲に合わせてストリップを始めた。細いつくりだが肉体芸勝負の男はそれに合わせた様に獣ダンスを始め、他の女達も設置されているスポットライトを回しグラマラスに踊り始めた。
ボブとパーマは猫になってガルドを威嚇しては、元からの猫真似男がケツを突き出し降るボブ女と猫そのままの交尾を始めて、猫の様にしなやかに身振り手振りのダンスを加え芸を披露した。
マーチはパンキッシュに気が狂ってしまったかのように思い切りキャキャー言って飛び跳ね叫んでは長い髪を振り乱しキャッキャーッ怒鳴り言いジャンプし激しく飛び跳ねている。
目に黒シルクの目隠しを嵌めた娼婦3人が1列に並んで裸体で体をくねらせていて、男達が小規模の爆弾をセットし闇と紫、青の太いスポットライトが駆け巡る。所々を青い炎を太く立たせる中、白やシルバー、ピンクとボンボン丸く爆破される毎に廃墟は闇に合わせ鼓動し揺れた。
爆弾と共にセットされた金粉が空間を舞ってはスポットライトに、流れる煙に、激しい曲に、踊り激しく飛び回る奴等に煌いては闇と光を浮き立たせた。金粉が渦巻く中闇と光は鼓動し、幽玄に揺らめき確固とした景観に変える。
鎖をぐるんぐるん回し踊り、鞭を腰をしならせ回ってはセクシーにガルドに視線を渡して来る。シルエットが幾重にも重なり広い空間中が轟き動いた。
時間が経ち始めて体を浸蝕する鈍痛が次第に鉋を立てられる毎の激痛に変り始め、体中の熱が更に上昇する。首筋が赤く火照ってきた。全身じゃ無い分一気に彫り上げ、5時間で終了する予定もあと1時間程で彫りあがる。
いいペースだ。墨も良くキメが細かい肌に落ち着く。
このインクは肌に入り込まなければ直接のアルコールに弱い分、いつも様には口に含んだ熱々のアルコールを吹きかけ色止めはせずに、コンテナの中にぐつぐつの熱湯を用意させてはその前に立ち、彼は目をぱちぱちさせた。明らかに地獄の魔女のようにぐつぐ……その中にマーノとマーチは放り投げた。マーノもその瞬間、「あ。ぐっつぐつ」と言った。
その瞬間、今まで顔色変えずにいたガルドだったがウアッと叫んで、男達に火をガンガンに焚きつけさせていた大笑いするマーチの頭を叩いた。
体中真っ赤になってそのコンテナ横の巨大な透明ウォーターベッドにうつぶせに寝転がり、放り投げられた時に鉄コンテナに当たって火傷した肩と腕を女が氷を押し当てていじけるガルドの肩にキスをしながら優しく囁いていた。
マーノは片付けをしながら呆れてマーチに一言叱ってから立ち上がった。
赤い線がまだ所所見える肌に軟膏を刷り込んで消費した体力が戻るのを待つと、だるそうに起き上がってストレッチトランクスを履きガウンを肩に羽織ると首をごきごき鳴らした。
マーチはにこにこしてガルドの縁に座るふよふよのベッドに上がり込むとびょうんびょうん飛びながら一周回りガルドと女の背後に来た。ゼリー状のその水の中には細かい紫のラメが入っていて、それは一つ一つがスカルだとか蜘蛛の形をしている。
「ご苦労様」
そう言うとガルドの頬にキスしてからマーノに着いて帰って行く。
30分程のんびりし、ガウンを放ると茶馬の毛皮パンツを履いてから首に重厚なゴールドを掛け、ヘアステージへ行く。
現在、一度アフロ並みにきめ細かいパーマ掛けた長い髪を八方にぐんと伸ばして背後下方へ伸ばし下げ、立体感あるライオンの鬣の様にしていたのだが、その全体的な長さを今度は上部を30センチの長さにザクザクにカットさせ四方に流し、全体の長さもランダムにカットさせた。まるで迫力ある歌舞伎の演目土蜘蛛とライオンの合いの子の様なものだった。
8.出陣
ハイセントルはその周辺の大通りや主導となる道路全てをぐるりと電流の流れるフェンスで囲まれている。無用に警官の犬が入らないように設置したフェンス横では今日もリングを持ち出し、ハイセントルのごろつきジャンキー共が集まっては電流ファイトを繰り広げていた。
その高いフェンス上を、ハイセントルセンターに唯一のこる工場、その廃墟の地下巨大パイプから繋がってフェンス外側方々の空に突き出した太いライン官天高く、凶悪なガスが今日も黒緑に噴射され続けている。稀に人が当たると死んだ。何をやらかしてるか分からないが、稀に工場廃墟でガルドチームが何かを作っているのは確かだ。
電流フェンスにすぐ隣接する2龍階級地区のエケノの住人はまた始まった狂った野蛮人間達の騒ぎに耳を塞いだ。その瞬間だ。ニードルを頭にねじ込んだスキン男の頭を、昨日やらせパフォーマンスで腹に大砲を突っ込み飲んだ筋肉男に鉄パイプでニードルを叩きつけられスカルが割れ死んだ。その瞬間ニードル男の鎖先の鉄球が筋肉男の腹に直撃し、半径50メートル付近が大爆破した。リング周りの薬に狂い切った300人は喜びぶっとんで行き、エケノの人間は3世帯が強烈な被害を受けた。そのハイセントル中、スラブ建ての中にまで張り巡らされたジェットコースターレールは今日もゴンドラをごごごごごと走らせ、爆破に出て来たエケノの人間達を狂い猛り笑ってはマシンガンで撃ち殺しては去って行った。そのまままた脱線して行き、200メートル先のエケノの世帯に突っ込んで行き家をぶっ壊しついでにくたばった。
廃墟に戻ると丁度1時。面子が揃っている。肩に掛けていたガウンジャケットを横の女スタンドに掛けるとチーム部下達を見回した。
「解散だ」
顔を見合わせ誰もがガルドの顔を見た。
「チームを解散する」
目を眩ませる為に表面上のチームは解散して、裏でのZe-nは起動させ続ける。
「おい何でだよ」
「事情が変ったからだ」
「おい何だよそりゃあ」
「後は勝手にやってもらって結構だ。別にこのままでいいなら現行して行くが、ただ俺はリーダーを降りて組織の形じゃなくすだけだ。だが今夜の仕事は決行する」
そう言うとガルドは機関銃を下げ、踵を返すと出て行った。他の奴等もついて行く。
ガルドは屋根が外されたベライシー・レキュードの助手席に乗り込むと、ズィラードがハンドルを握り女3人が後部座席の背に座った。その後ろの蓋の外されたトランクスペースに大量の武器がつぎ込まれている。
他の奴等はジープ2台、またはバイクに3ケツ、3ケツし乗り込み港の方向へ進めていった。
エリッサ通りの街の光はイルミネーションを彩らせ、ゆったり光の走る紫の車体を進めていき艶やかに微笑む女達の髪を翻させた。黒で虫目サングラスに覆われた目元で優雅な光の渦をやり過ごし、ゆったり街を見回しガルドはシートに背を沈め項をつけて夜空に目を閉じた。風が心地良かった。
女の中のランジェリー娼婦が囁くようにエジプト舞曲を唄い流れるように艶の夜を流して行った。
9.港の闇マーケット
巨大なクレーンが何基も指示の元動き、造船されていく巨大な船が視界を占領する。
ガルドがZe-nの名義で造らせている船だが、デイズはこの船を麻薬ルートの為に狙っていた。
港市場は1時から3時まで非合法な闇市に変り、一部、財政界の要人もその地下レストランを訪れる。
ガルドは車体から飛び降りると、目を付けていた要人共の車両を見張らせてから船を見に行く。デスタントの所の人間がいるのを見つける。ガルドは他の男共が殺気立ったのを押えてデスタントの奴等を無視して市場方向へ向う。
細かい金融情報を動かす為にそこかしこに張らせているネットが、ガルドに短く暗号の口を動かして来る。彼が多国籍語を操れる事を知らない世界各国のマーケットの人間達は、他の目を大して気にも留めずに気ままに話していた。夜には異様な雰囲気に包まれ浸蝕するマーケットはがやがやと静かに蠢いている。
今日の目的は以前開かれた人権オークションの人間引渡しで、デイズの買った人間を奪い殺す為だ。
ガルドの一団が歩いて行き、街娼達やダンサーが彼に甘い声で彼のしなやかな上半身にしなだれかかり、彼は微笑み、だが邪険に両手で跳ね除け、女達は猫の様に溜息をめろつかせて彼に手を振りしなり微笑む。行く先にいる人物を見てガルドは立ち止まった。
刑事ドルク=ラングラーとジョン=ヘレスの2人だ。
奴等はデブとガリガリの大型コンビで、闇市を取り締まっているデカだ。ドルク=ラングラーは肉にうもれる鋭い目を辺りにはわせ、表面上正当な商売と金の動きを見せ闇をなかなか見せない中を嗅ぎまわり、ジョン=ヘレスはのんきな風でもサングラスの奥の剣呑とした目では、一人一人の顔と考えを探り歩いていた。
ガルドは葉を包んだ紙を口から吐き捨て、共に唾も吐き捨てた。
ドルク=ラングラーは彼等を見つけると剣呑とした目で睨め付けた。
「ここはお前等ガキ共の通学路じゃねえぞ」
「老い耄れじじいの迷い込むにはホームから離れ過ぎてやいねえか?」
「何の為にうろついてるちんぴら共」
「てめえに関係あるかよホモ野郎が」
ドルク=ラングラーは鋭利で薬に荒みきった危険な目元を睨み見上げ、女達は彼の肩に手を掛けくすくす笑った。
鞭女の姉、長いロング大巻きパーマのハードな女はその斜め前に腕を組み仁王立ち、マーケットにながれるエキゾチックな舞曲に煙が黄金と暖色照明の中妖艶に渦巻いた。曲の中剣呑とにらみ合い、目元頭部を隠す黒のマスクの下から2人を上目で見据え色っぽい唇を引き下げる。
スキン女は逆方向でたるそうに黒皮ビキニの前で腕を組み2人を見ていた。ジョンはガルドの言葉に可笑しそうに吹いてはガルドは睨み見据えた。
「ムショから出たばかりで何やらかすつもりだ」
「単に歩いていて睨まれる事なんざ、しちゃいねえ」
ドルク=ラングラーは冷笑するガルドを見てから、他の男共を見て今の所は歩いて行った。ジョンが彼の横を通り際、ガルドの馬のパンツケツポケットに差してあるナイフ裏からマリファナの葉をスッと抜き取って行った。そのジョンの後頭部をガルドは肩越しに見据えて歩いて行った。
首に嵌めた蜘蛛の形のゴールドアクセは、鎖骨自体に埋め込みはめ込まれたビスから背後に太い鎖が項にぐるりと掛かっているのだが、そのずっしりした鎖を思い切り後ろからぐんっと引っ張られた。
舌を打ち振り返るとデイズのグループの幹部、キースだった。その横にハーネスが腕を組みガルドのチームのガキ共が威嚇するのを悪辣とした無表情で見ていた。
ガルドはキースの手をバッと払い、パイプやナイフ、鉄球を構える奴等を下げさせた。
「よーうファッキンルシフェル。お前、デイズをキレさせたらしいじゃねえか」
母国イタリア語では気取った風を見せないキースの口調は極めてガルドを見下す視線を変え無かった。ガルドはこの3,4年で自分より背が低くなったキースを見下ろし、一瞬激しい殺気が宿ったのを鞭女が彼の肩に猫の様に頭を着けたから留まった。
「箱からの手土産に随分喜んでたの間違いだろう」
「このガキが、」
ハーネスが腕に掴みかかり、ガルドは彼の腹を蹴り倒しせせら笑い、出店へと派手に突っ込んで行った。ハーネスは起き上がりそのこあった巨大な豚の頭斬り包丁を構え、殴り掛かったのを他の奴等が威嚇し女達は面白そうにきゃはははと笑って見ている。
ガルドは殴る体勢でハーネスの脇腹に鉄パイプを叩き付けるとその頭に膝打ちし、蹴りつけ歩いて行った。キースは呆れて店の人間に修理代の金を投げるとハーネスを引き起こし、ガルドの背を冷たい作りの目で見てから「行くぞ」と言い逆方向へ歩いて行った。
ガルド達は幌が半分の天を隠す市場の中、背後に構える薄汚れた煉瓦の並ぶ建物に入って行く。
薄暗い豪華な通路から部屋に通されると、膝に足をのせコロンビア風の椅子に浅く腰掛け背を着けた。デカダンだがベルエポックの室内は間接的な灯り以外は落ち着き払っていた。
モニターに様々な顔が移っている。
Ze-nとしての怜悧な顔付きになり、テーブルにケースを叩きつけ脇のテーブルを挟んで座る男を横目で見た。
「それで、どうなった? うまく取り次いだんだろうな」
男は「ああ」と言ってからアタッシュケースを開けた。
その紙切れの内容に目を通し、ガルドはいきなりその契約書をばらばらに破り棄てた。誰もが驚き男は立ち上がった。
彼は微笑み精工な銀スプーンを持った手は拳を握り青筋立てる男の顔の皮をえぐった。短く叫び、その目は龍の様に怒り狂っては、爆発戦前だった。せせら笑い、背もたれに寄りかかった。
「駆け引きと行こうか」
Ze-nは冷静な顔で言いその先を促した。
紙屑を舞わせると、その屑が床に舞い降りて行った。女のステップ。そうだっていい、惨めな男だ。
商談に進む前に男はバッグを抱え立ち上がり、Ze-nは手を軽く上げた。男共は銃を乱射し茶と紅の色合いの空間に男、その秘書の血が跳ねモニターを打ち抜き、監視カメラを見上げあくどく歯を見せ微笑むとその部屋を後にした。その部屋の床に散らばった他の売渡契約書を仕舞い歩いて行く。
これで今回の引き渡される人権を管理していた人間は殺した。
今回権利が引き渡される場所へ向う所だった3人、デイズの所の儲けを決める人間と、現在会計、ルート上の金を取り締まる男を捕まえ連れて行かせる。
充分脅しつける為に造船中の個室に彼等を並ばせた。Ze-nの影武者にしている男も混じっている。同様に4人は猿轡を噛まされ目隠しされた。
その場を一時見張らせから船を出て、単独で港を歩いて行った時だった。
「……」
彼の前に現れたジョンが、黒灰と緑茶グラデーションのクラシックなレイヴァンを一度下げてから、また掛けなおした。
「お前が金融界のブラックシープだったのか。金の動向影で操るのは楽しくて仕方無い顔してやがる」
「は?俺がそこまで頭回るわけがねえだろうが」
この3年で彼は市場全体の裏に進出し、金の動向を読み手を多方面と結び便宜を計っては動かしている。
だがその事は知られていない筈だ。チーム内でもそれを知り右腕になり動向を動かしているのは一部だ。ただ、ごろつきを仕切るチームのリーダーで、奴等は狂い切ったちんぴらなのだと。もちろん、若者達の間では絶大な力を持っていようとも、まさか十代の一青年が造船までさせて様々な権利を手にしているとは知られてはいないのだ。こいつ等警察組織にもそうだ。
彼等は地主の取り締まる銀行から取る強盗などという野蛮で荒い手は、鮮やかに騒ぎ派手なはしゃぎ目的でしかやらない。本目的では仕組みの裏から操り取り、金庫を空にするのが彼等チームの軍資金の得方だった。
金を手にし市場で新たな商売で金利を納めさせそれを他の人間とともに倍に変え展開していき、金融の動きを起動に乗せ算出する。トランプを操って行く。一部を街銀行に回しては金を洗い、金はよく回った。
そこで配下で何倍にもした金をド派手にかっさらって行こうが、遊びの為に自分の金をケツポケットから掴み出しているに過ぎはしない。
持ち金の放出にガルドが設立している一部が真っ当な造船だった。より多くの人間に頻繁に小さな金を出させるギャンブルよりも取れる所からガバッと奪い取る。一種危険で大きな賭けにもなるが、当たる確率は大きい。
「小僧。商売なんてのは全て金が動くからには、正当も不当も同じようなもんよ」
注意しろというように忠告をして来た。そう言われずとも自分にしか信用は置かない。何処にだろうが敵も罠も転がる事位百も承知だ。
「火が着けば消える金なんかに興味ねえ。俺が好きなのはその場限りを楽しむ余興に生きる事だけだ」
「女、ドラッグ、権力、危険な仲間、派手なパフォーマンス、お前自身の身体、普通は金も加わって五体満足できるもんだぜ」
「んな物順序立てれば幾らでも変るんだよ。女、享楽、派手なパフォーマンスの他は上位に上げる価値も面白みも分からねえ」
ガルドはそう言い、同じ目線のジョンの顔に煙草の煙を吐きかけ、ジョンの吸うしけた煙草のすえた匂いを消してから、その横を歩いて行った。
ドルク=ラングラーの姿をさっきから窺うが、見当たらずに他の連中が、表面上だけオレンジや緑の照明に照らされる積み上げられるコンテナや器材、倉庫の闇色の影で動き、デカの犬の動向を探っているが、奴の姿は確認できない。
さっき2人のデカに付かせていた奴もまんまと巻かれたと視線を送って来た。それがエースだったから役立たずが、そう心の中で罵って毎回非協力的でわざとに違いないあの垂れ目野郎を睨め付けた。
ガルドはそれらの今の闇マーケットでの権利を全て棄てるつもりだ。確実な形に変えてからになる。デイズの野郎に固定した闇マーケットの金融関係まで力を及ばせ手中に収めさせ、そこから確固とした犯罪者を検挙すればいい。
だがデイズは慎重派だ。それが壁だった。その壁を打ち砕く方法をガルドはまだ考えられなかった。その分、今の内に渡す権利が後から露見し易いように巧妙に組み込む事も必要になる。
この先、ガルドがハイセントルから出て行くと分かれば、奴等は一気にデイズ側に付くだろう事も分かっている。
政府団体や警察組織にどこまで力があるかは不明だが、巨大化する前にはデスタントを死刑にする。
「俺はジョン=ヘレスだ。お前に宣戦布告しておく事覚えておくんだなファッキンルシフェル」
ガルドはにやつき歩いて行くジョンのその背を睨み、顔を戻し歩いて行った。
闇マーケット側へ戻る。一次マーケットは途切れる中、市場に立ち並ぶ建物の一部、地下から掘り上げ、上5階分を吹き抜けの巨大ホールにしたオペラ劇場へ歩いて行く。
10.豪火のオペラ劇場
マーケットを抜け、背後の建物と建物の間のアーチから微かに覗く先の港から、海面は見えないが辺りは海の細波と闇が繁殖し、市場の中前方は豪華な建物が立ち並びリンカーンやキャディラック、ロールスロイスなどのリムジンが黒光しては暖色を受けている。
街路灯が照らし付けてはぼんやりとさせたが、建物からの煌びやかな黄金の光だけが鮮明だ。
オペラハウス、オークション会場、劇場、高級ホテル、様々が軒を連ね、トアルノの連中や寄航した客船達が一時の滞在をしては、港の固定された豪華客船内のカジノを楽しみ、そしてトアルノーラ背後の草原ソルマンデ上のグランドホテルでの宿泊と豪華なパーティーの時を楽しむわけだ。
ガルドはやれやれ首を振りサングラスを下げると、身なりの良い貴女に微笑みを受けた。彼も口端を上げてから目を反らし、彼女は妖艶微笑みすると連れ合いの正装の男と共に今日はクラシックバレエの魅せられる劇場へ消えて行った。
一方、デイズが闇の奥から黒で襟釦の無く併せられたシャツの肩から焦げ茶の薄手の羽織をなびかせ黒パンツの足で颯爽と歩いて来た。いつも襟足の長い髪を面倒がって背後に適当に流しているだけの真っ直ぐな黒髪と共に首の重厚なシルバーを照明が暖色に射した。
ガルドはそれに気づかずに闇を背後に立っていた。
デイズは視線を上げ黄金掛かる焦げ茶が射抜き、その背を見ると怪訝な顔をした。なんであの野郎が市場をうろついてるんだ。今日は重要な日だ。
ガルドは気配に気づき、闇の遠方を睨み見た。デイズが口端を上げ微笑した。ガルドは冷めた目で見て、デイズはそのままオペラハウスの建物に入って行く姿を見てからオークションハウスの前方の建物の壁に寄りかかった。
3,2,1
ガルドが煙草に火を着け心の中でカウントし終えた。
彼は口はしを引き上げた。
巨大な爆音が闇空間を轟かせ震撼させた。静寂をつんざき、低くくぐもった音で切り裂くとオレンジの炎が黒い煙と共に玄関扉から巻き起こり、ガルドは口元を質悪そうに微笑ませると船にいる人間に合図を送った。
スキン女と蛇女、鞭女の姉が走り現れると銃器や武器を構えガルドは両手でゴウッと松明の火を擦り扉の吹っ飛んだ建物へ大股で向った。
挨拶代わりに宣戦布告されたデイズは舌を打ち、ガルドを呪ってから瓦礫から出てコンクリート壁をどつき歪んだ皮の重厚な扉を蹴り開け、壮大華美な奥の会場に進み出た。
背後から激しい銃声が乱舞し鳴り響き、ガルドのチームの男共が派手にガソリンを撒き散らすと、人間トランポリンで跳んできたガルドがガソリンの海を回転し飛び、越え際に両手の松明を投げつけ一本を加えた口元で微笑み、デイズの所にゆらりと降り立った瞬間だ。
ゴウッと全てを威嚇する様に巨大な炎の海が沸騰したかのように豪華な天井高く湧き上がった。
スキン女はそのそのまま炎の中を歩いてきてガルドに機関銃を投げ渡した。
身軽なパフォーマンサー3人が驚くべき肉体能力で火の山を飛び越え、天井からの巨大なシャンデリアにピアノ線を飛ばし跳んだのだ。ガルドの横に3匹の獣の様に降り立ち猫の様に狂笑した顔を恍惚とさせた。
「相変わらずのサーカス団体振りじゃねえかガルド」
ガルドは口端を上げ微笑むと、オペラ劇場の地下の舞台裏に隔離されていた強奪する人間5人が、デイズの後ろにいるのを見てから、その地下へと続く舞台装置階段からはデイズのグループの奴等がなだれ込んではガルド達に武器を構えた。
燃え盛る炎に照らされガルドの背後からの炎は業火となって行き、スキン女は痩身で上目で構え、4人のグラマラスな女達メイズン、マゼイル、アヴィト、メイシスが妖艶に強笑し、彼の肩に肘を掛け微笑み炎の風で長くなびくゴールドの彼女等の髪がふわっとなびき、彼女達の美しい顔を現し甘く微笑むガルドの炎色の鋭利な頬にキスをした。
彼の顔を照らし人間味を失わせては、炎までまるで彼に味方する荘厳な館の家臣か何かのようだった。
怪しいまでの瞳が煌き病んだ口元が引きあがり、悪魔達を従える壮麗な様は大合唱まで幻聴として耳に轟いたほどだ。
たまに跳んでくる火の塊を軽い足並みで避け回転しては踊る様に銃身で炎の中に払い戻し、まるで美しく舞う。
デスタント側は炎に目を細め腕で覆い、武器を構え持ち直すと引き金を引く瞬間、ガルドがデイズの足元に激しく乱射した。
デイズはガルドを睨み、同時に瓦礫を壁に炎の中に隠れていたガルドチームの男達が一斉に踊り出て武器を構え、双方の銃撃戦が始まった。
3人のパフォーマンサー達が5人を強奪して行き、ガルドは天井に燃え移って広がる炎の空間で激しく回転乱舞しターゲット共を抹殺して行く。彼等の上にぼたぼたと水のような火が落ちてくるのを、雨を受けるかのように顔で受け止め彼は舌を突き出し炎を顔に受け気持ちよくはじいて行く。
デイズは火の燃え移った焦げ茶の上着を投げ捨て、黒の引き立つ身で狂笑する奴等のガルドの腕を引き炎の中に叩きつけ、ガルドは飛び起きゴウッという炎の音と共に黒豹の様にデイズの拳が飛ぶのをデイズの腰に巻かれた炎に熱を持つシルバーを取ると横面に叩きつけデイズは短く叫び、炎み目を慣らすととデイズを蹴りつけ炎から出て、彼も肩の火をでかい手で払いガルドを鋭く見て肌を焦がすシルバーのネックレスを剥ぎ取りそれが輝きを持って跳ね返った。ガルドは意地悪っぽく笑い、デイズは目を細め見据えた。
そこかしこで警官達が押し寄せてくるが、四方で爆弾が轟き全てを震撼させては炎が奏でる音楽と、見下ろすボックス席の客は炎ばかりで小悪魔達と見まごう程女の様に艶っぽい火を上げている。
笑顔など全く思い浮かばない鋭利な顔の蛇女はマッパの両腰のホルターの銃をクルンと収め、いつもの様に仁王立ちしゴキゴキッと首を左右に鳴らすとグルンと上半身を回し髪を背後に流した。彼女の体の蛇はうねるように炎に揺れた。
円筒でそこかしこに張り巡らされたパイプから空気が炎と共に野外に噴出して、まるで建物自体が巨大なパイプオルガンの様にがなるのを、会場でガルドは高く雄叫びを上げ回転し天に笑い猛った。
デイズは辺りを見回し奪われた5人の方向を見てから完全に火が回る前に地下に潜り、ガルドはその背を見ると可笑しそうに笑いの後を引きずり腹を抱え前のめり、一瞬かざした炎で葉に火を着けると煙ごと飲み込む。炎にリサを大人数で犯した下衆野郎共の死体を蹴り入れた。まだまだ300人残ってる。さっきまでの顔が演技で笑顔のマスクがはがれ落ちたかのようだった。
殺しても殺してもまるで減らないかのように。
恐いほどの無表情になり、舞台裏への黒の穴を睨み踵を返すと歩き出した。
女達、男達も続き、炎の外の男達が天井を爆破させ落とし床にさせ、炎の中に道を作った中を颯爽と歩いて会場を去った。
5人を見張らせその場を後にする。
ジョンとドルク=ラングラーの姿がまた見えなくなったというのを殴り倒しレキュードに乗り込むと男達に市場全体を張らせる。
今度は娼婦3人が後ろに収まり、スキン女がハンドルを握り来た通りメイズン、メイシス達はバイクに跳び跨り走って行った。
デイズ側の人間だった3人は開放されるとZe-nに脅されたと知り闇市場からもこの街からも尻尾を巻いて逃げて行った。
廃墟に戻ると女達と騒ぎはしゃいでから、それにも飽きると打ち棄て、彼女達にいつもの様に廃墟を好きに使わせて銃を腰に挿した。
廃墟から出て歩き出した。
温暖の温くなり始めるこの季節には上半身裸の彼は薄手革の黒ノースリーブを引っ張り着ると、いつもの様に長い髪を上部一部分だけ邪魔そうに金の簪できつくまとめ上げ、他はそのまま垂らし闇の中、一人で歩いて行った。
彼の目はまるで別人かの様に、色彩に関係のなさすぎる闇を映していた。顔はまるで死んだ様に停止していた。
歩き進める足はとぼとぼと、鋭利な横顔は感情も無く地面前方を見て歩きつづけた。
頭は何も考えられなくなっていて、ただ、美しいがそれは死神のように見えた……。
11.トラウマ
バー、オリジンタイムスのドアを開け、カウンターの中のバーボンをグラスに注いだ。喉を焼くと店の明かりが着いた。
マスタージョスが降りて来たのだ。
ダイランに焼いた肉を皿に乗せ彼の前に置いた。マスターは彼の顔を一瞥すると、カウンター内の椅子に腰を降ろしてブランデーに口を付けた。
「どうしたダイラン。ひでえ顔してるじゃねえか。また、どこかでおいたして来たか」
ダイランはカウンターにうつぶせた顔を小さく頷かせてから垂れ下がる髪も跳ね除ける気力も無いのか、一瞬で平らげた肉が腹に落ち着くのを腹をさすっては顔をカウンターにのめらせたままだった。
「出て来てまず俺の所に顔見せなくなったんだ。何かしでかして来たんだろう。お前は今に、どうしたいんつもりなんだ」
首を横に振り、無言のまま身体を起こして涙まみれの真っ白で青ざめた顔をしていた。
そのまま店の奥のドアに駆け込むと階段を駆け上がって行き激しく吐いて蛇口をひねり、冷や汗を拭って邪魔な髪を跳ね除けるとその横のシャワーの水を流して背中のえぐれた傷に激しく爪を立てた。長い足を真っ赤な血がどくどくと伝い流れ、ダイランはタイルに額を付け、頭を激しく打ち付けた。
フラッシュバック。
狂暴な犬共は真っ暗の足元で既に息絶えていた。
高い場の小さな窓から月光が差し込み、ダイランは汗で髪が顔に張り付くのをそのままに膝と頬を血の石床につけていた。
石で先を尖らせた鋭利な鉄格子で何度も自分の背中を突き刺し、独房の中を血生臭くした。
犬の黒の細身の身体はダイランの血に浸っていて、警官達は彼が自傷し血まみれになっているのを助けるでも留めるでも無く見下ろしていた。
表情の無いマスクの様な顔からエメラルドの瞳が覗いて、それが一種強烈なエロスに感じた。
何をしても彼が泣きを見せない事を知っている。
彼が出血多量で死にそうになるまで待ち、ダイランが気を失いはじめて引き上げさせた。
精神科医にも連絡は渡さなかった。こいつはいつでもこうだ。
薬が与えられない刑務所内では孤独になる中、それが無ければ目を離す隙に自殺しようとし、放っておけば出血多量になってまで独房の中を壁を血で塗りたくって瀕死でうずくまっていた。
熱湯になった湯はそのままに、傷口の血を流して倒れ、額を着ける床は血でむせかえり起き上がりたくても起き上がる力が無かった。
マスターは驚き駆けつけ、蛇口を止めて死んだ様に動かないダイランの身体にでかいタオルを掛けて座らせた。顔を覆ってうずくまり痙攣して奮えていたが、いつもの様に何かに手を掛け暴れはしなかった。
きっと刑務所でまた辛い思いをさせられたのだろう。何を言おうともマスターの言葉をダイランは聞かなかった。それでも絶対に帰って来た。
「風邪ひくぞ。背中見せてみろ。こりゃひでえじゃねえか。医者呼んで来る」
ダイランの肩を叩き立ち上がるとマスターは出て行った。ダイランはよろめき酔った足でそ場にスッ転んだ。どしんという音が聞こえて受話器を置き戻ってくると、ダイランはぐーぐー言って額を床にのめらせ眠っていた。マスターは苦笑してから首を振った。
「全く、どうしようもねえ落ち着きねえ奴だ」
背中の傷は前の獄中にぶち込まれた時も作って来たものだった。2回目だった。マスターはダイランのこんな事を、日常の全てを止められない自分が不甲斐なかった。
医院の医者が来るとマスターが運び込んだベッドの上の負傷者を見て首を振った。
「こりゃ壊死するからやめろって言った言葉も忘れたのかい小僧は」
「聞いた事なんか、こいつの頭にゃのこらねえ。自分で考えた事以外はな。単細胞もいい所だ」
背中の治療をしてからやれやれと言った。
「なにやらデスタントの孫にも呼ばれた。いきなり災難が降りかかって酷い目に遭って来たらしい。仲間共がめちゃくちゃになってたぞ」
「ったく、仲違いの喧嘩もド派手にやらかして世話ねえなあ。ブラディスの野郎が生きてたら何言うやら」
医者がぽんと包帯を叩き、マスターは下まで医者を送って行った。
「今日は悪かったな。こんな深夜に」
「いいって事よ。じゃあ、また明日にでも一度来させてくれ」
ダイランは唸り目を覚ますとのっそり立ち上がった。マスターの部屋だったからドアを開けて階段を下り、バーのドアを開けると自分のいつものスペース、バーの一番背後の窓際下ボックス席にうつぶせに転がった。
店内に戻って来たマスターはいつもの様にスペースに収まるダイランを見て、長い片足が落ちていた。足を戻してやってから上に毛布3枚を出して掛けてやり、簪を木のテーブルに置いてから階段を上がって行った。
いつまで経ってもダイランは彼にとってはまるで赤ん坊の様な子供だった。
12.書類
翌朝、ダイランはマスターに叩き起こされた。
寝ぼけた目で欠伸をしながらシャワーを浴びて包帯を替えると入墨に軟膏を刷り込むと裏地が柔らかい皮の黒の革パンと黒のぴったりしたノースリーブシャツを着てライオン髪をまた上部だけ簪でまとめて下へ降りていった。
カウンタースツールに座り、なにやらこんな朝っぱらから叩き起こして来たマスターを見上げた。
「お前、昨日何やらばーさんの所のキャリライに用事頼んだらしいじゃねえか。電話が掛かって来たぞ」
「ああ、あれ」
抜けきっていない薬は身体をだるくさせ、まずい牛乳の味を無味にさせた。でかい目は半分閉じていて牛乳はやはり似合わなかった。
「お前何かしたのか? 何であんな所のぼっちゃんから連絡が来るんだ。まさか、強請りに掛けてるんじゃないだろうなあ」
「ちげえよ」
「本当だろうなあ」
「マジだって。それで何だって?」
「起きたら連絡を寄越せとさ。お前、一度医院行って来い」
ダイランは何度か頷くとバーから出て行った。数年前に親父が殺されリサが自殺してから、ダイランはまるで別人になってしまった。
今までは憎めない可愛さがあったが、この数年で破滅という文字が彼に当てはまるようになっていた。外見では常に派手をやらかしていた。今までの様に。だが、今までよりも質悪く。
店横のバイクに跨り、重厚な蛇モチーフのシルバーアクセが耳、口元、首、手首、指全部で太陽に光った。腕のカラフルなタトゥーが黒を引き立てる。金縁で黒のクラシックサングラスで目元を隠し、エンジンを唸らせ走らせる。
昼の顔は夜とは違い、完全に眠っていた。計画や仕事の無い以外では全くのやる気無しな態だ。本物のポケットから金を出し、そこに丁度ちょろちょろ歩いていたデスタントの所のバースを捕まえた。キースの6歳下の弟だがダイランとタメだ。それでもまだバースは17だった。
医院の医者に昨日の礼の金を持っていく途中で、ダイランは彼に5冊のポルノ雑誌を買ってこさせると4冊目に札を挟む。医者は金よりこっちが喜ぶ側だ。1冊をバースに渡すと、彼女に怒られるからと困った顔をした。いいから待たせて頼みごとをした。
図書館でメモの本を一通り借りてから、オリジンタイムスの横にある林檎の木の下のくぼみに入れておけと言い、後ろにバースを乗せ医院に向った。
バースは医者に封筒を渡して一通り薬を貰うと帰って行った。医者はダイランの4冊の贈り物に大喜びしてからにこにこした。
「今度やったら細胞が死ぬぞ」
「気をつける。それにもう傷つけようって思わねえから」
「ほう。出来るんかい」
「じゃなけりゃマーノに原爆落とされるか機関銃でメタ殺しにされちまう」
「マーノもうまい事考える」
「かもな。昨日は悪かったな。駆け回ったんだろう。バースが来たって事は」
「金さえ入ればいいさ。それに、こういう礼は大満足だ。まあ、怪我なんか負って欲しく無いってのが本望だがな」
「そうだな」
ダイランは苦笑してから医院を出て、バートスク通りを進めて行き、丘の隅にバイクを着けると署に歩いて行ったが、いちいちごろつくと警官共の目が鋭かった。常にホルダーから手を離さずにダイランの行動をキャップ下の影から覗く目で見ていた。
顔なじみの警官を見つけると、キャリライを呼ばせた。
キャリライは挙動不審な風で慌てて出てきて困るよ!と頼りなげな風に駆けつけて来たから始め別人なのかと思った。
「連絡してもらわないと!」
「それで」
警官の時の彼はレガントの御曹司の皮を覆い、優男である事を心掛けていた。キャリライは首を振ってから封筒を渡した。
「じゃあ、今度からは連絡にしてくれ。君と会うのは控えたいんだ」
キャリライはそう言い「いいね!」とさっさと署内に戻って行った。
「き、君って言いやがった……」
バーに戻るとマスターがいない事を確認してから店内のカーテンを全て閉じ、いつものボックス席に座り木のテーブルに書類を広げた。
必要事項を記入し、未成年者の為筆跡を変えて保護者記入欄に必要事項を書くと、キャリライの推薦書もまとめて分厚いそれらを同封された封筒に入れると、首を傾げて元の封筒を引っ繰り返したが、切手が入っていなかった。首を振ってまたバイクに乗り込みエリッサ地区の郵便局に向った。
彼が行政関係全ての役所に入って来ると、いつもの様に誰もが身を硬直させて動向を目で追い、警備員は無線に手を掛けた。
ダイランは憮然として窓口に書類を放った。
「切手」
それだけ言い、女はぎこちなく切手を用意し、ちらりと女は横目で大理石カウンターに腰をつける彼を見上げた。いつもと違いだるそうな態だが、剣呑とした風は抜けなくそれでも怠慢な風が浸蝕していた。
彼は何もする事無くそのまま出て行ったから誰もが胸を撫で下ろした。
郵便局から出て、銀行前で昼から行動しているガルドを見つけた部下のギルディラだったが、珍しい格好をしているから声を掛けるのを渋った。どこにでもいるガラ悪い若い青年の様にラフさがあり、洒落た風で普通に服を上下に着ていたからだ。
「ガルド」
ギルディラの声にだるそうに振り返り、サングラスを下げ一瞬だけ隠れる瞳を除かせると軽く手を上げた。ギルディラが彼の握ろうとしたハンドルに手を掛け、後ろに行かせてギルディラが運転スペースに跨り、エンジンをふかし走らせて行く。
「下見話は聞いて無い」
「今取っても何も得はねえよ。お前の部屋行こうぜ」
一度酒屋に寄り酒を買ってからハイセントルへ帰って行った。
ギルディラの蒸し暑いコンクリートで固められた広めの部屋は、鎖が天井から床に無秩序な感覚で張られ、所所からぶら下がっては何かしらが掛かっている。鎖で出来たハンモックの上にはスフィンクスが鋭い声を上げた。地を這うアナコンダがうねると主人が兎を放り投げ一飲みした。
シャツとパンツを放るとゼブラのストレッチトランクスになりコンクリート壁をくり貫いた形の中のソファーに寝転がって足をぶらつかせた。
「誰か呼べよ」
「面子は」
「適当」
「オーケー」
簪を放って放られた黒のバンダナを巻くと深い緑の目を覗かせてから酒を受け取り傾けた。
8人の男と女7人が来るとバーシーから渡されたフィルムを舌に乗せ、乱交パーティーを始めた。はしゃぎ騒ぎ銃声が狂気として打ち鳴らされ轟いてはどいつも狂った高笑いと興奮を高鳴らせた。女達は鎖ハンモックに揺れて手錠につながれては宙を激しくぐるぐる回り狂い笑いした。
巨大なブラックライトだけが照明の中、鮮やかな紫の装飾的美が浮かび上がりしなやかに揺れ動いた。それ自体がまるで美しい蝶の様に、生き物の様に。
13.化け物
ディアンは木綿のバッグを肩に担ぎ、デスタント根城の自室から出ると外に出てバイクのところまで来た。牛皮ボックスに木綿バッグを放り蓋を閉めると、バイクに跨りハンドルに掛かるゴーグルを目元に嵌めた。
「どこかに行かれるんで?」
「ああ。じゃあな」
スモーク先に霞むハイセントルを見回してから軽く手を掲げてから走らせて行った。
部屋を探すつもりだが、ハイセントルからは出て行くつもりだった。転がり込むつもりの場所もない。気ままに今は気楽に暮らしたかった。
ハイセントルの人間の空気も好いているわけじゃ無い。気のいい兄貴分として慕われているがそれも離れたかった。デイズもガルドも力をつけ始めると何の面白みも無くなったからだ。奔放に自由に生きたい気質の放浪タイプだ。ディアンはハイセントルの空気は肌に合わない。
ガルドは廃墟に戻るとスキン女達と2人の男共しかいなかった。
「奴等は」
「昨日の事でここら張ってた人間の首取りに行った」
「勝手するなよ。どいつ等だ」
「客船オーナーの部下だ。昨日、ボスがばらされたってんで、その生き残りだろうって」
その言葉に灰色の石が金属で繋ぎ合わされたパンツの膝が男の腹にまともに入り、男は吹っ飛んだ。
「ばらしちゃいねえ。奴はまだ生きてる。よその街に今は高飛びさせるだけだ」
「だが、」
「連れ戻せ」
外回りしていた5人の男は帰って来るとぶちのめされた。
「調子が戻らねえ……」
項を銃身で叩き目を見開いて指示を出したメイズンを見ると彼女はアイマスクの下の視線を反らした。
「誤解したのか?これは奪い合いじゃねえ」
マゼイルはコヨーテの毛皮で隠しただけのケツを振り背を伸ばし、ガルドの肩にジャケットを掛けてから口元に煙草をくわえさせ火を着けた。
「ねえダリーボーイ?気が立ってるわ」
「気のせいだろう?」
マゼイルは情熱的に一度身体を仰け反らせてから上半身を戻し、ガルドに挑発的に微笑みかけその厚い彼の唇を撫でた。
チェスをしているスキン女と蛇女は足を組替えて、鰐に餌を放り投げる鞭女は鞭を払ってはランジェリー娼婦と共に鞭を払い合って鰐を困惑させていた。
「昨日は上機嫌だったじゃない。この1週間何も変わって無いわ」
「お前に何か買ってやる。何がいい?装飾品でも見に行こうぜ。ナショナルトレジャー物の競りが開かれる。おい。お前等もこいよ。ぱあっとやろうぜ」
そう言い、チームでも要になる男女20名が廃墟から出て行った。いつも裸足に黒の革パンと黒革ビキニのスキン女は腰に掛かるレキュードのキーを黒マニキュアの手に収め歩いて行った。
「ねえダリーあたし、何か大型の猛獣か竜宮の使いが飼いたい」
「ある富豪が愛用していたヴィンテージ物の鞭が出典されるって、本当?」
「レットリガン狙えよガルド」
「そろそろヘリ増やさねえか?」
「竜宮の使いだなんて、気色悪いわよ。あの巨大で長くて銀色で確か触角とかが長いタチウオの化け物みたいでウツボみたいな深海魚でしょう?」
「この廃墟の壁をぐるりと水槽にして気圧ポンプ取り付けるのよ。それでぐるぐる泳がせればいいのよ」
ジェレーネラがそう、夢身心地にスレンダーな長い四肢の両手を広げた。
「長さなんて2キロもある噂よ?そんな気持ち悪い物見て過ごすのは嫌よ」
「素敵じゃない竜宮の使い。でも2キロって違うと思うわ。雌と雄の番がいいわ。パパならやってくれた。あたしの部屋も壁をそうして5000匹のイワシを回遊させていたの」
「これだから裕福なパリの元お嬢様ってのはパパとダリーの間で泳ぐ事しか出来ないフランス人形だって言われるのよ」
「うるさいわね!そうよ?ほっといてちょうだいよ」
「第一そんな物の性交ってどんな感じよ?」
「そんなの、知らない」
「餌は何喰うんだよ」
「子供じゃない?そんなに大きいから」
「肉食なのか?」
「さあ。あんたの腕かませてみれば分かるわよギバーダ」
「おいガルド。んな不気味な魚なんか取り寄せるなよ」
先頭をスキン女と鞭女の姉と颯爽と歩いていたガルドが好き勝手言い合う奴等を肩越しに振り向いて、竜宮の使い娼婦がぱちっと色っぽくウインクした。
「奴等が占領していた使う分の金は腐る程ある。せいぜい貢献しろよ」
そう微笑み言うとレキュードの助手席に飛び乗った。オークションが開かれてから隔離したオーナーの経営していたカジノにも顔を見せる予定だ。これからの権利をZe-nに移行する為の話し合いも買収したオーナー秘書とも進めなければならない。
「ねえ。そんな物よりガーネットのアクセサリーが欲しいわ。ロングダイヤモンドが豪華にあしらわれて巨大ガーネットを中心にダイヤのカラットが下がって行く代物でね。装飾鎖が首の革と繋がってるんだけど、その鎖には大振のクリスタルがあしらわれている。プラチナゴールドのメッシュが胸を包む形になっていて、クリスタルで繋がってTバックもメッシュなの。後ろが蛇のシルバーストラップになっている。500年前に女王が殺されて盗まれたそれが今闇に出回っていて、オークションで出典されるって」
「500年前の女王がそんなハードな物身に着けてたの?」
「凶漢なキングが好みそうね」
「そそるじゃねえか。そういう女王の姿は」
「それをあたしに着けさせてよダリー」
「あたしが部下になってあげる」
片目を黒革の布をかぶせたスキン女が片方の蜘蛛タトゥーを頬と額に掛けて彫られた側の中心の目で振り返りマゼイルにそう言い、ぐるりと人工牙の嵌められる歯を剥き大穴の開いている舌を蛇の様に出すとガルドを威嚇し、ブラックグレーメタルのカラコンの瞳を見開いた。
彼女の項を掴んでその黒ルージュの薄い唇をぺろりと舐め微笑み、大人しく出発しろと言った。スキン女は怒り狂い、それ毎の他の車をあおり立てがなりスピードを上げ走らせた。
「怒っちゃったみたいよダリー」
ガルドはせせら笑って横を走るベラージの乗る車からテキーラの瓶を投げ渡され飲み、一瞬で身を乗り出したベラージがガルドの煙草に火を灯すとスキン女がベラージの車まであおり立て出し怒鳴るのを、スキン女はけらけら大笑いした。
ベラージはスキン女側に行かせてガルドの手から奪い取った瓶をあおる彼女に身を乗り出すと、一気に息を吹きかけアルコールの飛沫が火になって一瞬スキン女の目の前に広がった。
スキン女はベラージの首根っこを掴んで地面の方に押し込み離してはベラージがキレて運転する男の握るハンドルを急激に迂回させたが、座席を倒し鞭女とじゃれあっていたガルドが一度のんきそうな下目を彼に向けるとハンドルから手を離す。
このベライシー・レキュードは世界に4台の車だ。
本格的にZe-nとして闇市場に進出した日に、他州ギャングボスが情婦に買ってやっていたのだが、彼は一目見て闇中スポットライトに照らし出されるその最高に渋いそのベライシーレキュードロイヤルスターを気に入った。彼はそれにギャラリーから見入っていて、助手席に試乗したその情婦と目が合った。彼は微笑み、彼女も微笑むと彼にベライシーをくれたわけだ。
一つの光だけでも、車体は濃い紫から鮮やかなボルドーにグラデーションを見せる。先頭のシルバーエンブレムのコブラが、ブラックシルバーの5スターを足元にしたがえ風を斬っていた。そのボスと車をくれた手始めに交渉を持ちかけ、今ではそのボスから全てを奪い去りそのギャングはつぶれていた。恩を仇で返すとは、何事か。という感じでもあるのだが。
黒樹脂の屋根を取り外しオープンカーにも出来るその車両は取り外すとドーベルマンの様にスタイリッシュなボディーに様変わりした。ずっしり重く巨大なエンジンの馬力は素晴らしい。
だから、本来このベライシーの移動用に方々に取り付けられたジェットコースターレールの上を滑走させて行っては猛スピードで脱線させ、いきなりトアルノのとある屋敷前までの駐車場に落ち駐車させたりする。
そのまま他の道に降り立ちバートスクストリートだとか港まで滑走させてはいちいち面倒なフェンスを飛び越えて行った。
そのレールからハイセントル中に降り立つとスラブ建ての上をそのまま滑走して行きもする。ゴンドラのジャンキー共より危険なのが彼の運転するベライシーでのレール滑走だった。前方をゴンドラが向って来ようが、それにも突っ込んでゴンドラを派手にぶっ飛ばして行き何くわぬ顔で滑走して行くのだから。
だがそれらは到底ガルドの運転技術でなければ及ばない事だった。稀に彼は電流も平気だからと言え、面倒臭がってフェンスをそのままレキュードで突っ込みかけぬけていき、しかもオープンカーの状態でもそうだった。
スキン女は通常通りフェンスを開放させ進むわけだ。
乗りこなすには面倒で好き嫌いの多い車だった。相性が合わない人間の言う事を全く聞かないが、ガルドとスキン女の運転技術は車を唸らせた様だ。だから滅多に決められた人間以外には運転席に座らせない気難しい車だった。
このベライシーロイヤルは他3体とも色が異なった。
黒豹の様に漆黒の車体。本物の純銀のボディー。全体に薔薇の外打ちが施され、紫のエナメル加工で覆われたボディー。そしてこの120ものパール、黒ラメと魅惑の重厚な七色ラメでラッカー塗装された光に寄り重厚なグラデーションを見せる紫の車体だ。
黒旗にシルバースターを配し、とぐろをまく白抜きコブラがベライシーレキュード社のシンボルマークだが、ガルドの乗るようなロイヤルタイプはエンブレムを見なければ車名が不明な程色鮮やかだった。
それを取ってもベライシーと言えば、黒の車体にシルバー金具で全て揃えられ、車体も巨大で最高に渋いドスの効いた重厚な迫力があり、内装シートも選別された黒馬の毛皮のみを使用している。その分、ベライシーの車体自体が希少価値が高かった。
ロイヤルの様な半バンタイプといったらVIPなこの4台にしかない珍しい車体でもある。ガルドはベライシーに依頼し、半バンタイプの黒樹脂にコブラの紋章が左右に着いた従来の屋根のほかに2種類特注し、セダンになる形の屋根と、回転幌付きオープンカーの屋根を持っていた。用途により変えている。ボルトでそれらは固定されていた。
ベライシーロイヤルは車の化け物だ。
14.闇オークション
レキュードから降り立つとガルド達は厳重警備のなされている建物の中に入って行った。
女達は煌びやかな黒石材の室内の中、イブニングドレスやオートクチュールを選び身に着け豪華に着飾って行く。夫々の銀ミラーの鋭利なドレッサーの中の鋭い美を誇る自らを見つめ微笑した。黄金色や銀色のスパイシーな香水をポンプを押し振り掛けては甘い高貴な香りに身を包んだ。
ガルドは白シャツと黒のスーツジャケットを着込んでカフスを取り付けた。シルクブラックグレーのスカーフを巻き、重厚な腕時計を見下ろし、他の支度を済ませた黒服の男達を振り返り行くぞと手を掲げ、甘くスパイシーな薫りと装飾品の輝く美しい女達に微笑みキスしてから通路を進みオークション会場へ来た。
デイズは彼の横に腰掛けたガルドをサングラス下の目で見下ろし、ステージに向き直った。女の肩を抱き、20で一番年の若いジャーレミをデイズの横に行かせた。
彼女は彼の葉巻に火を着け微笑み、彼を見上げしなだれかかった。デイズも口端を上げ返す。
ガルドの抱える女は誰もが極上の美しい女ばかりだが、このジャー=レムに限っては元々がブラディスの持つエジプトオアシスに豪華にあったハレムの女だった。
彼女は意味ありげに微笑むと、デイズの耳に囁いた。彼は肩をすくめおどけただけで、ジャー=レムは面白そうに微笑すると言った。
「あまりあたしのダリーを困らせないでね。天国のブラディスに報告しちゃうわよ」
「困らせて来るのはこいつだろう。ようやく力をつけ始めた俺の邪魔が出来て随分のご満悦だ」
ガルドは意地悪そうに舌を出して肘掛に両肘を掛けてリングの手を組んだ。
「よく通れたじゃねえか。昨日の火遊びは過ぎたんじゃねえのか?」
「俺にやりすぎなんて言葉はねえ」
「何か企んでるなら、俺に話通せよ」
「お前を陥れる計画を何でお前に言うんだよ」
デイズは鼻で低く笑ってサングラスを外すと組んだ足の上に乗せ、肩に掛けたスーツの広い肩に乗るジャーレミを退けさせた。
会場にジェーノが入って来て、デイズに微笑み彼の横にすべり腰掛けた。
ガルドを見ると「ハアイ」と言い、手を差し伸べ彼の取り巻きの強女達を見回してから微笑みあった。
男達は会場を点々とし、サングラスの下の目で窺っている。
「おいデイズお前、何か企んでるのか?襲撃かよ。グループの部下共がいねえじゃねえか」
「さあ。今回は大人しくしなけりゃならねえ」
「ドルクとヘレスはお前を着けてるんだろう」
「お前が阿呆やらかすからだ。市警なんざ、何の力もねえ。分かってるだろう」
デイズはジェーノの顎を擦り、ガルドが息をハッと吐き棄てたのを見下ろした。
「お前が純粋にオークションを楽しむ?柄じゃねえ」
そうガルドは顔を上げデイズの顔を見た。
「その女、俺が奪ってやる」
「ジェーノの事か?」
「ねえダリー。あんた、あたしに何の恨みがあるのよ」
「お前に楽しい思いさせてやる」
「ねえデイズ」
「勝手に言わせておけ」
「オス猫は黙って魚食べてなさいよ」
「いつからそんな悪い言葉を覚えたんだ」
「見たままだけれど?」
ライオンの様に歯を剥くとジェーノはしたり顔で横目で微笑んだ。
ステージの隅で鐘が鳴り響いた。
ステージ以外の灯っていた赤茶色の暗い照明がまるで息を吹きかけたかの様にスウッと消えた。
前を向き、デイズはステージを見ながら言った。
「黒錬だ。エントリーされる事になってる」
「マジかよ。バチもんじゃねえか」
彼等双子の祖父ブラディスから貰い受けたそれは確かにデイズが所有しているのだから。日本の妖刀は、様々ないわく付きだった。
「親父が売り飛ばしたヨルブの剣もな。それもきっとフェイクだろう」
ヨルブ2世の為に最上の称号を貰い受けた宝石職人が製造し、謙譲されたサーベル。それは切れ味よりも装飾性に重要視を置き、飾りの為に謙譲された代物だった。
「そんな偽者の為に来たのかよ」
「お前が何を差し置いても来る筈だからだ。昨日の落とし前は付けて貰わなけりゃあな」
ガルドが今も何処かに5人を幽閉しているはずだ。
「さあなあ。日頃の罰が当たったんじゃねえのか?ルートなんかに若者が手出しするんじゃねえよ」
「それも互い物だろう。何をお前が企んでやがるのか怪しいもんだな」
ステージでエントリーナンバー1の品の紹介がなされて行く。
外ではデイズの部下が辺りを見回し、合図を送りあうと闇に姿を消して行った。昨日奪われた5人と姿が消えた3人をあのフェミニストな小悪魔が女達のご機嫌治しに集中している間に見つけ出す必要があった。だが、ガルドが5人を見晴らせている場所は何処にも見当たらないままだ。
それに今日の目的は何も骨董品強奪じゃ無い。ガルドの手にした物資の内容を今のうちに探るためだ。
デイズがファミリーを立ち上げればガルドも引き入れるつもりだ。手を組めば力は倍になるのだから。
こいつが今裏で何をしているかは探れていないが、昨日いきなり爆破パフォーマンスをやらかした先で闇市に動向があった。
姿を見せなかった金融界の黒幕があの変動で消えたという噂が立ち上がった。その人物はいまいち闇に閉ざされたままだったものを、もしかしたら昨日消えた奴等と繋がりがあり、黒幕に手引きし消えたとも言われている。嘲笑い闇の中へ、スウッと。
もしかしたらガルドがその金融の実権を握る男と手を組んでいるのかもしれないものを。
黒幕が動くとしたら今夜の筈。
ガルドは何食わぬ顔でステージを見ていた。
デイズに権利や船を奪わせるとしたら、いずれは時期が来れば船も市場も彼の関わった証拠毎消す事になるだろう。当然、充分力を手に入れたデイズに打撃を与えるという意味でも。
エントリーの進む中、ガルドは首尾よく女達の欲する品が出て来るまでをのんきそうにしていて、黒のビロードに金縁の座席に沈んでいた。
大体、こいつにオークションに来られるほどの資金があるとすれば先日の強盗で手にした金はあり得無い。警察に押収されたのだから。訝しいものだ。こいつは確実に今、何かを企んでいる。
デイズに出くわしたから、船上カジノで楽しんだ後オーナー秘書に権利書を持ってこさせる事は難しくなる。デイズは部下を張らせている筈だ。その闇市に集中させている内に、幾らでも他の場に黒幕の替え玉を高飛びさせられる。
順調にヴィンテージ物の鞭、女王のガーネットとセットの鉄仮面に足枷、それらを競り落として行くが、黒錬とサーベルが現れる前にジェーノが席を立ち化粧室に向って行った。
デイズが立ち上がったジェーノを振り仰ぎ、彼女の微笑みのキスを受けてから小さな背を軽く叩き、丁度現れたヨルブの剣を見た。
「マジ物じゃねえな……」
そうがっかりした風で立ち上がって会場から出て行った。ガルドはその背を振り返り、部下に目配せして追わせることはしない。確実に殺されるからだ。
「ねえダリー。あたしが行くけれど」
メイシスがそう言い、ホワイトシルバーシルク衣装を身に着ける彼女のブロンズ蛇が、とぐろを巻き腕に巡らされ灰水色の蛇入墨を引き立てる、その腕を一度掴んだ。
「他の男共には気をつけろよ」
「オーケーダリー」
デイズは女に手を上げない質だ。メイシスはヒールを進めて行き、デイズの背を見つけるとパウダールームから出て来たジェーノといたから角に隠れ、もう一度顔を覗かせた。
彼は目を上げ、メイシスに気づくとジェーノに歩いて行かせた。ジェーノはそれに一応は従い、ドレッサールームへ歩いて行った。室内に入ると彼女はデイズのグラスにブランデーを注ぎ、ミラー前に来ると金の櫛で豊かなロングの髪を梳かし始めた。
メイシスは早速悟られたから目玉を回して歩いて行った。
「ハアイ」
「どうやら首尾よく事は進んでるらしいじゃねえか」
「さあ。どうかしらね」
「アマゾンが恋しくならないのか?」
メイシスは彼を目だけで威嚇してから言った。
「どんなにあたしを脅しに掛け様が無駄よ」
「ああそうだな」
デイズはシガースペースに腰掛けるとメイシスを見上げた。
「俺を陥れられて楽しいか?」
メイシスはせせら笑い、腕を組むと通路からデイズを見た。
「ええそうね。今に全てをあなたが失っていなければいいけれど。楽しみで仕方ないわ。いつかは逆転する事はある物よ。自然の法則でね」
「あいつに既に自然の味方なんか働く程の心に余裕はあるのか?」
デイズは顔を反らし、その頬に彼女自身の耳から剥ぎ取った重厚なコブラのイヤリングが投げつけられたのを目を開きメイシスを見据えた。
彼女の目は怒りに燃え盛り、それは今にも珍しく泣きそうでもあった。
「奴に同情し続けるつもりなら俺と会話しようなんて思わない事だな」
「あんたは悪魔よ。笑った顔で全てを奪って何食わぬ顔でダリーを騙しつづけてる。前からそうだったのね」
可笑しそうにデイズは首を振り、立ち上がるのと彼女の髪をそっと掻き上げ耳にイヤリングを嵌めた。
「そんな事はこちら側の勝手だ」
「あんたが殺したんでしょう」
メイシスは鋭い目を上げてデイズの黄金掛かる焦げ茶の瞳を射抜いた。
「何のことだ?」
「目を見ていれば分かる。ダリーの大事な物を奪うことが楽しくて仕方が無い目してる。そんな男なら、彼の父親を殺しかねないって」
メイシスは一瞬身構えたが、頬に手を当てられただけだった。
「女がでしゃばるな。今に許されつづけると思っているわけじゃないんだろう。奴に加わって危険な橋渡って女だろうがこの街は死刑にする体制を敷いてるんだぜ」
「構わないわよ。その前に、せいぜいあんたがそうならない事ね」
「楽しむ側が分かれているだけだ。打ち負かせるには手駒が多い方が力が大きくなるものだからな」
「加わる気は彼には毛頭無いわ」
メイシスはジェーノが再び扉から出てきて彼の背に呼びかけたのを見た。
「うろちょろ探るなよ。『蛇女』」
「ふん」
デイズは背後へ歩いて行き、室内に入って行った。メイシスは壁に背を付け、空を睨んだ。
その奥の会場からガルド達が歩いて来て、女達は手にした物資を彼に渡され喜び微笑んでいた。
ガルドは彼女の顔に気づくと、そこまで来て美しく鋭い顔立ちの彼女の頬を優しく撫でた。泣いているわけじゃないが、普段強気で出来上がった彼女が相当元気が無い。
「どうした?あの野郎にいじめられたのか?」
「違うわ。なんでも無い」
「今度蛇料理作ってやる。元気出せ」
「ありがとうダリー」
「あたし達は遠慮するわ……」
「美味しいけれど」
「あんたは戦士だから勢力増進に必要だろうけれど、あたしは娼婦だから必要ないの」
「これだからハレムの女っていうのはオアシスの泉か噴水でしかはしゃぎ遊べない水鳥だって言われるのよ」
「ええそうよ?水蛇が現れても飛んで行けるの。どうしたの?いつもの切れが無いわよ」
ジャーレムはそう言い、緩く微笑んでから歩き出したガルドについて歩いた。
メイシスは首をやれやれ振って歩き出した。
「ね。どうするの?彼と居合わせたなんて」
鞭女がそうガルドの顔を伺うが、彼は会場の外を見ていた。
彼の部下の男、ローイが来て、そとで昨日のデカ、ジョンがうろついていると言うと舌を打った。あいつ、一体どこで金融の情報を嗅ぎつけてきやがった。きっとカマ掛けだろう。デイズにも同じように接触し同じ事を言って反応を探った筈だ。デスタントが物資のルートを大きく変えている状況は囁かれている。
ドルク=ラングラーは依然姿を見せず裏で回っているのだろう。ちょこまかと煩い。刑事ごときに邪魔されるほど何も出来ないわけじゃ無い。今の内に奴等の出方を探って自分が数年後に生かし、その方々も出し抜ける手を掴むべきだ。自分からデカ共を見越し、それを踏まえてデカの目でデスタントの内容を掴み取るまでにならなければならないのだから。そして、今の内は邪魔な犬共を排除する方法だ。
あのジョンの食えない雰囲気が気になるが、はったりだろう。そう言い聞かせ通路を歩く。
15.孔雀の眼力
「ようファッキンルシフェル」
ガルドはその声に天を仰ぎながら振り返った。
「なんだよ」
デイズのグループのアナキンとムロバンだ。
ガルドの顎をついっと上げさせ、ガルドの首筋には大体アザがある。それをせせら笑った。刑務所で縄で首を縛り上げられるからだ。ガルドは下目で睨み乱暴に払った。
スキン女と鞭女の姉は腕を組み2人を睨み、鞭女はガルドの肩に手を掛け鞭を構えた。蛇女は腰に手を当て2人を見据えた。3人の娼婦は背後で黙って上目で見上げた。
昨日の騒動でムロバンはガルドに弟を殺されていた。
ガルドを泳がせて誰と接触するかを見張らせていたが、武器は持ち出しを厳禁にされている中、互いが打ち殺す勢いだったが抑えていた。
「お前、またくせえ鼠にかじられてえらしいな」
「箱での生活がそこまでお気に入りかよ」
「今度は保釈金なんざ持って行かせねえ様に刑務所の警備員共に計らなけりゃあなあ」
そう言い娼婦達の中の一人を見るとマゼイルはムロバンには興味もなさそうにつんと顔を反らした。
「もっと入ってろよ」
ぴくっと目を細めゆっくり瞬きさせると、ガルドの目がジッと一瞬殺気立ち瞳孔が真っ黒に開いたものの、それは一瞬の事で消えると底意地悪く口の片端を上げた。挑発的に2人の瞳をじっと見据えるその表情には恐いほどの何かがあった。
ガルドの瞳はまるで孔雀の様な物だった。
鮮やかなピーコックグリーンの美しさに惑わされ近づいた瞬間に、孔雀の羽は毒蜘蛛が巣を広げた物だったのだと、幻覚の風を羽根でゆっくりゆっくり送っては地獄へおびき寄せようとしていたのだとようやく気付いた時、その時には死んでいる。
強烈な眼力に金縛りにあったかの様に2人は冷や汗が流れ落ちたと共に、ガルドの腕に女が腕を回した。
ガルドが凶悪な蜘蛛の巣に昆虫や蝶を罠に掛け、噛み殺す事を知っていた。
武器なんかなかろうが彼は人間を殴り殺し、噛み殺す。しかも、噛み殺される人間は動くことすら出来なくなっている。強烈な暗示にでも掛かったかのように。
女達ですら、あまり彼の瞳をじっと見つけすぎはしないのだから。昔いたリャイーヌという女が彼の美しい瞳を無闇に見つめ続けていた。女達の間の賭けだった。どうなるのかを。
始めはリャイーヌは艶っぽく微笑み見つづけていた。そして会話を囁きあっていた。だがしばらくすると、彼女の応答は途切れ始め、その内に彼女は一言も発さなくなり、彼は彼女の名を呼んで頬を撫でた。
その瞬間彼女の顔色は固まっていた物は白くなって行き、いきなり彼の腰に挿す銃口を手に取ると狂乱し銃を乱射しては彼が目を見開き咄嗟にその手を取ろうとし暴れる彼女を抱きかかえた瞬間、彼女は自分の口に銃口を入れ撃った瞬間だった。彼の肩で弾が止まり、彼女は彼の腕の中から顔を無くし地面に崩れ落ちた。
女達は目を見開き青くなっていて、ガルドのショックを受け立ち尽くす顔を見て、真っ白になった。
安易過ぎたのだ。危険過ぎる賭けだったのだ……女達の。確かにガルドに可愛がられるリャイーヌを疎ましく思ってもいた。だが事実美しかった彼女の狂乱した顔を思い出すと、今でもぞっとした。目がやばかった。ガルドはしばらくの内はずっとショックを受けてサングラスを外さなかった。
知らなかったのだ。自分の眼力に殺気を含む時でないというのに、可愛がる女まで狂わせる物があっただなんて事は。
彼のエメラルドは石が魔力を発するかのように、強く自己を揺るがせ思考回路をめちゃくちゃにする。毒牙の凶悪な潜在コントロールだ。
鞭女は彼の肩に手と腕を掛け宥め、2人をアイマスクの下の目で一目してからガルドを連れて行った。しばく背後になった彼等は微動打にもしなかった。
前に向き直り歩いて行く。
デイズがドアから出て来ると、ガルドにぶつかりがたいではガルドが負ける彼がよろめき、デイズを睨み見上げた。
いつもの様にデイズが下目で見下ろしとガルドは意地悪っぽく微笑んだ。
「紛い物で残念だったじゃねえか。まあ、ギャンブルで盛り上げようぜ」
ガルドの誘いに女達は内心驚きはしたが、平静とポーカーフェイスを保っていた。
ガルドは歩いて行き、ジェーノは行きたがりデイズの腕に手を回し背を促した。デイズは警戒を敷いたまま数度彼女に頷き歩き出した。
デイズはガルドの背の褪せた髪を見下ろすと、アナキンに気づき視線で合図した。
ガルドはレキュードに乗り込んだ。既にオープンカーからセダンの形に変えられている。いつもの様に自分で腰に挿したベライシーシンボルのコブラが入ったスパナを取り出すと黒金属のスター型をした特殊ボルトがしっかり締まっている事を確信した。大体は毎回しっかり部下は締めるのだが、確認は絶対に怠らなかった。
上半身がシルバーメッシュ、背後の縦に並ぶホックにブラックダイヤがあしらわれ、カラスの羽根を繋ぎ合わせたギザギザな裾のショートドレスのスキン女が純銀のアーム装飾の嵌められる手腕を伸ばし、革指出しグローブでハンドルを握る。足首をカラス羽根に包ませる下から黒ヒールのブラックダイヤストラップが揺れ、アクセルを踏み込んだ。
強烈に猛発進し牙を剥き、後部座席のデイズは叫んだジェーノの肩を抱きズィラードの首に掛かるシルバーの巨大蜘蛛のアクセを引き頭を叩いた。
「おいお前の女は主人を運ぶ慈しみを持ってねえのか」
「ハア!!あたしがこの馬鹿の女だって?!冗談じゃ無いね!!この馬鹿はあたしの下僕さ!!!」
気に入った女の乗らないスキン女の、しかも大嫌いなガルドだけに近い状態での運転は極めて危険だった。急激に壁に突っ込んで行く寸前で急激にカーブし他のリムジンに突っ込む寸前でバックしその車体をエンジンを爆破させ飛び越えては乱暴に地面に落ち、わざとバックしリムジンのケツに突っ込んで行き舌を出しがなり窓から親指を下に向けるとはしゃいで滑走さえては、アーハハハハハ!!!と狂い笑い猛っている。
「おいこの常狂いした女を止めろ!まだ飼いならせてねえのか!!」
「俺達の日常だが」
「この、馬鹿が、」
デイズはジェーノが泣き叫んで、いや、違う、大はしゃぎしているのだ。もう呆れ返った瞬間舌を噛み切りそうになった。ベライシーの車幅では到底通れない港へ出るまでの建物と建物の間の道を車体を横にタイヤの火花を散らしその火花でフロント視野に飛び散る中滑走して行き、そのまま壁伝いに横向きで先の海に飛び立っては流石のジェーノも死の物狂いで叫んだ。
そのまま高く飛んでスキン女は黒の唇を穴の開いた舌で舐めシルバーブラックの片目を上目にして微笑み、豪華客船の船体野外階段にいた人間は目を見開き叫び、階段にタイヤを激しく叩きつけそれを下敷きに凄い音を立て宙に紫の車体は宙返りした。10秒にも感じた逆さの無重力にそのまま何が起きたかも分からないまま甲板にドシンと降り立ち、ドリフト方向転換し船内駐車場へ駆け下りて行き誘導員を轢き殺す勢いで突進して行きキュッと、美しく停車させた。
「…………、こ、こいつ、首にする気ねえのか……」
「んなつもりは毛頭ねえ」
「抜かれる髪の無いスキンなもんでねえ」
「う、うるせえよ……、」
背後は酷い状態になっていた。ガルドはそのまますっと降り立った。デイズに威嚇しスキン女は車をガルドに任せられ彼等3人はデイズとよろよろのジェーノと共に歩いて行った。
16.豪華客船カジノ会場
この港市場界隈の所有する固定された豪華客船内にカジノは含まれ、当然クルージング可能だ。
普段されるガンチェックをガルドはされなかった。デイズはガルドの横まで来ると声を掛けた。
「おい」
「なんだよ」
「いちごろつきのお前がいつからVIP扱いになった」
とは言え、デイズも顔パスなのだが。ガルドの背後に黒服が2人立ち、いぶかしみデイズは片眉を上げた。
「お前を見張らせてんのさ」
「ここの所有物をお前が好き勝手出来るなんておかしな話だ」
「金で買わせているだけだ。お前が常に俺の背後にいる事の危険性は誰もが知ってる」
デイズは一度目を細めてからジェーノが言うテーブルの方向、多少他の台から隔離されトアルノの成功者達が4人ほど入るロシアンルーレットの台へ進んで行った。
デイズの部下がひろまず見当たらない。一度会場を視線だけで見回し太い柱に背を付けた。親がちらりと見て来て、促した。
カードゲームの椅子に腰掛けると、ガードマンがウェイターから受け取ったグラスを確認しガルドに渡す。持ち手のクリスタルに点文字が刻まれ、傾けるとしばらく適当にカードゲームで時間を流して行く。
ガルドはふと顔を上げ、彼の肩に重い手を掛け横に座った人間がいる。豪麗なシャンデリアの方向を振り向き、大きな影が出来、マスターが肩をもう一度叩いた。
「あっれジジイ」
「ようダイラン」
琥珀のブランデーグラスを置き、マスターは足を組んで、微笑みパイプを離して目を伏せ彼を見た。
「お前は、困った奴だな。18になったばかりの」
マスターの革靴を踏んで親がガルドを見たがシカトしていた。ガルドはここらへんの界隈では24とか適当な事を言ってサバ読んでいるから、マスターは可笑しそうに低く笑うとバカラのカードを配らせた。
「ブラディスの所のデイズもいるじゃねえか。お前等は全く、どうしようもねえなあバレてつまみ出されっちまうぞ」
「暇なだけさ」
「暇つぶしなら金遊びの真似事じゃ無く、ディアンみてえに大人しく玉突いてろ」
「あいつ、俺より稼ぎいいんだぜ」
「お前の駄賃よりはだろうが」
「上げてくれ煙草の値段が上がりそうな、予感がする……」
そう言い歯を剥き、マスターの手持ちを見た。
「ハハ、二十歳の祝いにな」
「意地悪じじい」
「生意気小僧が」
せせら笑ってチップを引き寄せるのを、3分の2ガルドががっぽり手で自分の前にかき寄せたから、マスターはぱちぱち瞬きしてから目を伏せ横の彼を見て、ガルドはマスターを見てニカッと憎めない顔で笑った。
「それじゃあ高級葉巻まで3ダース買えちまうぞ」
「まあ、あと少しロイスターにはとどかねえけどな」
そう言いマスターの手の中に残ったチップを見たがマスターは知らぬ振りをしていた。
黄金に煌き輝く会場は人々の心と共に興奮と一種の恍惚で彩られ酔いしれていた。
ガルドの後ろに女が来て、彼の肩に腕を掛け頬にキスをする。ガルドの座る椅子の後ろにかたがり立ち、その鞭を持たない鞭女はオリジンタイムスのマスタージョスに微笑んだ。
マスターも口端を上げ微笑み返す。
「親子二人でカジノで遊んでいるなんて、珍しい」
「案の定説教食らってた所だ」
「息子に内緒で女性と密会の予定?」
「ジジイ再婚かよ」
「おい。俺は婚暦無いぞ」
「あたし、空いているわよ」
「駄目だ。お前は誰の所有物だ?」
「ふふ、あんたよ」
そう微笑みじゃれるとペルシャ猫の様な女はガルドの髪を撫で頭にキスを寄せた。肩から腕を外してその横の椅子に座り、受け取ったシャンパングラスに口を着けるとテーブル縁に置き、後ろのボディーガード2人に色目を使っていた。鞭から手を離しアイマスクをしていなければ彼女はS嬢から誘惑女になった。
アダルトな長く分厚いまつげが上下して赤のドレスのスリットから覗く網タイツの足を組み、黒シルクのロンググローブの指先のブラックダイヤモンドが彼の肩を撫で、開いた胸元のブラックと共に煌いた。
ガルドは腕時計を確認すると、鞭女の腰を抱えてマスターにウインクして口端を上げ、ボディーガードを従えテーブルから離れて行った。
マスターは肩をすくめ首を振ってから溜息を吐き、テーブルに向き直ってパイプを加え呆れた。
「全く、ありゃあ誰に似たやらなあ」
親に言うと彼女はおどけるように小さく眉を上げ、赤い口を微笑ませた。
一際落ち着き払った中を派手に声の上がったロシアンルーレットの方向へ行き、デイズの後ろに来ると彼はジェーノがはしゃいでいる横で微笑み盤面を見下ろしていて、どうやら相当のいい線を行っているらしい。
デイズは肩越しに振り向き、そのガルドの先のテーブルにカードゲーム好きのマスタージョスが彼には珍しくバカラをしているのを見た。
ガルドはデイズの横から勝手を台についた。
「話がある」
「なんだ?」
ジェーノは一度微笑み横目でデイズを見つめた。深くて掠れた感じのデイズの声が効き返す時の声音や、ディアンの深く落ち着いた感じの声音が彼女は好きだからだ。
「こいよ」
ジェーノの横に鞭女を座らせ、ボディーガードを2人に着けさせるとガルドは会場端の扉へ歩いて行った。
エレベータで下がって行き通路に出る。パウダールームから出て来たトアルノの女が微笑み通り過ぎていき、突き当たりのプレイングルームへ進んで行った。年齢層の広くなったその中は多くの種類のゲーム台、ビリヤードやチェス、ダーツやホールディング盤が並び、その暗い照明の落ち着いた中、奥のバーに進んだ。更に奥のドアをくぐると通路を行き、個室に入って行く。
船の丸い窓から港の光が覗き広がり、外側から綺麗に蜘蛛が巣を張っている。その先の街全体がまるで彼の罠にはまって手中に収められているかの様に。
船の持ち主の部屋だ。オペラハウス爆破時から姿を消した。やはりオーナーのいた気配は部屋には無い。黒幕であったと囁かれ始めている消えた男。
ガルドは窓の外に見える造船中の自分の船を目を細め見た。
「俺と手を組まねえか? デイズ」
「何?」
デイズはデスクに腰掛け腕を組んでいたのを眉を寄せて背後のガルドの横顔を見た。彼は丸い窓際のカウチに座りホールドチェアをオットマン代わりに足を乗せ、船を見ている。
「何のつもりだ?」
不振がり、何かまた企んでいるんだろう。いぶかしんだ。
「あの船、一緒に盗まねえか」
そう、船を差した。
名義上はトアルノの車両海上運搬業者の名を買い、それを使っている。レナーザ造船会社にその名義で依頼し造らせているというのが表の顔だ。
「あんな代物、お前が何の為に使う」
「お前なら使い道わきまえてるんだろう。俺はあのオペラハウスでの仕事を最後にチームを解散させた」
何がガルドの裏に潜んでいるんだ? 船の持ち主であるトアルノの車王? カジノの経営者であり姿を消したボスか? 誰かが糸を引いて指示を出している。何の目的があって罠を仕掛けてくるんだ。
デイズは薬がキマッていない時のガルドが、思った以上に冷静に物を客観的に捉えている事を知っていた。よく卑怯な手を使って来る、まるでカードゲームのジョーカーの様だと言う事もだ。だが単なるごろつきチームのリーダーに過ぎない。
確かにこいつの血筋は金回りのいいレガント一族の物だが、この狂い騒ぐだけのジャンキーが闇市や、ましてや金融などに手を出すとは到底考えずらい事だ。
「お前、リカーばあさんと手を組んでるのか?」
「はっ、何で俺があの糞ばばあと」
「お前の身内だろう」
「俺はレガントの人間じゃねえ」
「確固とした血縁の事実は変え様が無い事だ。ディアンが俺をどんなに嫌って身内じゃねえと絶縁して来ていても、何ら血は変わらないようにな」
「ふん、あんな一族といっしょくたにされたくねえんだよ。話を反らさず返事をしろ」
ガルドの目の色は落ち着いていたが、レガントへの激しい怒りが彼を渦巻き瞳の中でくすぶっていた。自分を天下から叩き落し、ハイセントルの地べたに打ち棄てたレガントを。そうしたリカーを。彼が血縁者同士の子供だったからだ。
スキャンダルは消す。それがリカーだった。生後間もない赤子のダイランを彼女は、3月も末なのに凍てつく雪の降る悪魔のような濁流の河に、泣き叫ぶ赤子を非常にも橋から投げ捨てたのだから。
そんな凍てついた激流から救い出したのが駆け寄ったマスターだった。赤子は息が止まり、青くなっていた。落ちたショックで既に。蘇生させるのに苦労した。
マスターは完全に彼とレガントの血筋を絶えさせたがったが、それを打ち捨て殺して来たくせにダイランが生きていたと知った瞬間、リカーは許さなかった。
「レガントには金作りの才がある。お前にも無いとも言い切れ無いだろう」
デイズはガルドの鋭い横顔を見据えて眉を潜め聞いた。
「お前、本当は誰の子供なんだ?」
「………」
ガルドはきつく鋭い目元で床を睨み歯の奥を噛み締め、目元を怒りで引きつらせた。
「知らねえよ」
そう吐き捨て、目の前に現れたならこの手で殺したかった。そんな無情な実の両親など、この手に掛けて打ち殺したかった。彼の母親は親父の話では、そんな赤子まで捨てて他の男と共に駆け落ちしたのだから。あのリカーからきっと、逃げたんだろう。息子の事も忘れて。信じられる心の余裕なんか、全く無かった……。
「本当は船を盗ませて俺に何をやらせるつもりだ」
「手を貸してもらいてえような考えなんか用意しちゃいねえ。俺達ならお前等に無い様なパフォーマンスであの船を奪えるって事だ」
「協力だと?怪し過ぎるな。お前、俺を敵視して来た割りには仲間使わせて、面子が潰れるんじゃねえのか?」
「そう邪険に考えるなよ」
こいつ等の派手な演出で消えた、もしくは死んだと思わせているここのオーナー、金融のボスが指示をあおっている以外に他にはいない。その留守にするうちに闇市がどうなり誰が動かすのかを一人一人炙り出して高みの見物をしている筈だった。例えばデスタントが船を盗んだ後に何を本当はするつもりであるのか、どこと契約を結び躍進していくつもりなのかを。
心中と考えの裏を探ろうとまるで心の心底までえぐって来るようなデイズの目は神経を掻き毟って来る。ガルドは薬が欲しくなったが、今は駄目だ。
ポーカーフェイスを貼り付けガルドは目元を落ち着かせた。
「どうするんだ?」
「俺がもしも逆にお前等のチームを引き入れるとしたらどうする」
「今回手を組むだけだ。知ってるだろう。俺はお前が嫌いだ」
「何で俺に声を掛ける。誰の一存だ」
案の定ガルド自身がこの船を乗っ取った事を気づいていない。
ガルドはニッと口の片端を上げた。シルバーの簪が回転した白い光の灯台の明かりに反射し、その横顔を怜悧な印象にした。
「もしも、俺だったら?」
軽い感じでさらりと適当に言ったガルドを見てデイズは目を細めた。
「お前が?」
ガルドは意地悪そうにでかい目を細めてから冗談かの様に何もいわなかった。
「手を組むか組まないかは昨日お前が浚った5人を引き渡す事が条件だ」
「さあね。適当にどこかで死体で転がってるんじゃねえの」
「真面目に答えろ」
「やっぱり、そんなに重要な人材だったわけか」
ガルドはあくまで一ちんぴらを装いつづけ意地悪く口端を上げ、デイズに思い切り頬を張られ床に転がった。
「誰と繋がってる。お前の裏にいる野郎は誰だ。そいつがもし5人をお前に殺されたならお前はじきにそいつに始末される筈だ」
「ふん。さあね」
血唾を吐き起き上がると煩わしいスカーフを剥ぎ取って口の傷を拭った。
「5人は何処だ。お前が張っているんだろう」
「この俺が大人しくお前に引き渡すと思ってやがるのか?なんであいつ等が必要かは知らねえが、そこまで欲しがる人材独占しようなんて随分ずるいもんだな。俺にも分けろよ。黒幕切ってデスタントに乗り換えてやったっていい」
こいつのはったりか? 何も分かっちゃいないこいつに本当は誰もが一斉に乱射されているのだとしたら。
「あの船その黒幕から奪ってぎゃふんと言わせてやろうぜ。俺等が手を組めば、そんな奴の何が恐いってんだよ」
「顔を知ってるのか? 橋渡しがいて命令されたのか?」
「お前にすら分からねえ顔を何でただのハイセントルのちんぴらの俺に分かるって言うんだ。どうせ、その手下だかって人間からもこの前から点で連絡無くなって苛立ってた所だ。丁度今が船の狙い時なんだぜ?」
「それなら喧嘩売った事になるんじゃねえのか?」
「喧嘩売ってるんだよ」
「俺をスケープゴートにするつもりなんだろうが」
「手を結ぶこととそれは別物だ」
「断る」
「いいのかよ」
「お前等の力なんか借りずとも船の一艘位手中に収められる」
ガルドは微笑みそうになるのを抑えて、不服そうな顔で目を半開きにした。
「確かに俺が5人を預かってる。黒幕からの言い伝でお前から奪えって言われていたからな。だが、5人を引き渡すつもりはねえ。姿も見せないその黒幕が本当はお前とも繋がる人間だったら俺の命が危険だからな。俺側の保険として人質にさせてもらう」
指示を出して来ていたのがこれで消えたここのオーナーだと思わせられれば言い。黒幕の姿を知り消されたのだと思わせれば更に良かった。
どちらにしろ、その黒幕の存在はデイズのこれからの動向に事あるごとに邪魔になるんだ。さっさと突き止めてデイズはその黒幕を始末し、権利を奪わなければならなかった。
こうやってこのジョーカーに手を下して、デスタントの動向をめちゃくちゃに混乱させようとする黒幕は、完全にデスタントに敵意を持って宣戦布告して来たのだから。
デイズはふと眉を潜め、悪魔の様に自分を嘲笑い見ているガルドに気づいて、危険な物を感じる。こいつからは。
正体の分からない何かを隠し持っているかのようだ。元からの殺意以外の、操り切ろうと言う目だと気づく。まるで金の動きを操るかの様にだ。
この数年でデイズの連れ達は150人もこいつの催した秘密の麻薬パーティーで殺されてきた。デイズにも手に入らなかった様な極上の麻薬で釣り、帰ってきては狂い自殺して行った。
孔雀の様に雅に舞い、蝶の様に妖しく誘き寄せては、毒蜘蛛の巣に引っ掛けて蛇の様に丸呑みにする。精神を削ぎ落とし蜘蛛の様に残骸を食い荒らして来たのはこいつなのだと、こいつ自体が危険な麻薬だったのだと気づいたのは、こいつの鮮やかな草原の様だった緑の瞳が、妖しい程に濃くなり始めた年齢からだった。
いくら連れ達の命を奪った正体不明の危険な麻薬を、取り締まり探るためのルートを改正した所で、極上の快楽をもたらした後の強烈な自害を引き起こす様な悪魔の麻薬など、見つかるはずも無かったのだ。
それでも当初、暗黒街を潤す為に、より魅惑的な薬を見つけ出し、世界を駄目にして行くそのガルドの手に入れる麻薬を掴めば利用手切ると思ったのは事実だった。それが相手が人間なら手に入れて力にするだけだ。こいつには野性的にそう言うものが備わるのか、ともあれカリスマ性があるのだから。
それにこいつを仲間に加える事でリカーを脅迫出来るのだから。
「ジェーノがそろそろ寂しがってる頃なんじゃねえのか?」
ガルドはこれ以上下手に探られる前に腕時計を見た。
「この船は誰の物になる」
「? お前じゃねえのかよ」
「お前のそのボスとやらに言っておけよ。くれってな」
ガルドは首を振り苦笑してから息を吐き捨てた。
ドアがノックされ、オーナー秘書が入って来るとデイズを見てから新オーナーのガルドを見た。帳簿をローテーブルに置くと、ソファーに座り2人に首をしゃくった。今回のことで権利を2分する商売仲間になったと思った為だ。
ガルドはデイズと共に出て行き、肩越しに秘書を見てからドアを出て通路を歩いて行った。
17.笑顔のポーカーフェイス
「もしも船を狙うなら、不都合のある場合は俺に話し通せよ。条件付で手駒貸してやる。だが、俺の部下は高く付くぜ?」
そう口端を微笑ませ、目がきらりと光った。
「お前、チーム解散してどうするつもりだ。新しい方向に行くつもりならその手の内を言えば協力してやろうじゃねえか。それでちゃらだ」
「じゃあ、使うんだな?」
「いいや。不要だ。お前には借りを作りたく無いからだ。何を利子にするか分かったもんじゃねえからな」
「リーダー同士で腹割る日も来るってもんだぜデイズ。これから何が起こるか分からねえ世の中は恐いからなあ」
「何か見通しがあるのか?」
「さあ。はったりだ。だが、事実ひっくり返るような世の中は幾らでも転がってる。俺等は互いに危ない橋渡って明日なんて無いんだからな」
「何の交渉を運ぶつもりかそろそろ言ってみろよ」
「黒幕ってのを殺してくれ」
デイズは立ち止まり、ガルドは身を返した。
「お前に得になる話には聞こえねえな。その黒幕がどんな奴かは知らないが、まだ市場の地下に潜んでいるかもしれないんだぜ。公の場で公言するのは避けたらどうだ」
「お前は慎重派すぎるんだよ」
「逆にお前の質でハイセントルだけに留まってるなんて満足する様には思えねえ。これから先チーム見切ってその黒幕と手を本格的に繋ぐつもりだからだろう。邪魔者引き受けるだけで条件まで着けようなんて、俺の仲間にくわわらねえくせに都合が良すぎるな。、俺に探らせて本当に信用出来るか探らせようってのか?」
「お前、殺されても死ぬのか? 俺は人間だから2度目はきっとくたばるんだろうぜ。運を既に使い果たしてる」
「ふん、使い果たしてここまで生き延びてれば悪運が着いたっていうんだよ」
ガルドはせせら笑い、プレイングルームの開口部に背を付けて手の中の銃をデイズの前に出した。
「じゃあ、そこまで言うならこれで決めようじゃねえか」
そう言い、デイズの胸部に手を伸ばして向こう開口部に背を着けさせた。バーカウンターの人間がそちらを振り向き、ガルドはカララララと回してジャキッと銃創を収め背後に後頭部をつけ言った。
「お前が死ねばそれで終わり。お前が生き残れば俺は黒幕蹴ってチーム引き連れて無条件でお前に着いてやる。そうすれば黒幕の野郎も下手始めた俺等の様子伺いに少しは顔出すだろう」
「………」
両手で構え、まだ下げられた銃口から上目でガルドの笑む顔を見据えた。
「さあ」
彼は銃口を上げ、デイズの顔面間近に掲げた。
「どうする? お前の考えを言えよ。その後に引き金引いてやる。デスタントは何を企んでるんだ」
ガルドの表情から笑顔が消え、恐いほどの無表情になり後頭部をつけたままデイズを下目で見た。
バースタッフがカウンターから出て来て、横に広がるプレイングルームのゲスト達は、ハイセントルの有名なごろつきが2人で揉め事を起こしているのを見て、さわさわとさわめき立っていた。
デイズはしばらくガルドのあの目をずっと見続けていたが、一歩進んで銃口を手の甲で横へさせ歩いて行った。
ガルドはそのプレイングルームを歩いて行く背を見ていて、ふ、と一度笑うと、可笑しそうに大笑いした。タガが外れたかの様に大きく笑いつづけ、笑いの後を引きながら身を返し通路を戻って行った瞬間だった。
強引に肩を引かれ立ち戻ったデイズにぶん殴られ派手に台に突っ込み背を激しく打つと、顔を歪めてデイズを睨み降りかかったライオン髪を腕で邪険に振り払って、デイズにまともにぶん殴られると立ち上がるには時間がいる。
彼はガルドをきつく睨み付け颯爽と歩き出て行った。ガルドは血唾を吐き捨て肩越しに面白そうに笑んでから、腕を引かれたのをスタッフに起こされた。
「問題ねえ」
そう言い、首をごきごき左右に鳴らし、髪を飛んで行った簪で上部だけまとめ通路へ消えて行った。誰もが顔を見合わせてから、ガルドは個室へ消えて行った。
「時間取らせて悪かったな」
堅苦しいジャケットを放り彼は椅子に座ると、渡された帳簿を受け取る。頭がさっきのでくらつき目頭を抑え、頭を振ってから目を通した。
まるで水が湧き出るかのように目に見える。店内の状況も客が多いわけでは無いものの羽振りが良い。
市場の金の動きを大体は独占していたこの客船は邪魔だ。市場への金の流れを大きくせき止めている。トアルノの連中にここで持って行かれ、ただでさえハイセントルにも街銀行へも金が回らなくなるだけだ。
権利を奪い取った今、客船を取り締まる前までに不当で法外な利益をここで出し金を流し儲けるだけ儲けなければ駄目だ。
トアルノの需要の高い客船の内容を変えるべく方向性の話を持ちかける。
港地区は規制が厳しく、今までカジノは極正当な動きと準利益が保たれてきた。月例で行われる船上パーティー以外でもいろいろな宴は街に巨大なゲストが来るたびにカジノと共に行われたが、それだけでは到底まかなえない。他の魅力が少ないからだ。
雇う人間ももっと雇うことにもなる。
上がった利益を上手く分散して市場に流し街を潤してから、使うだけ使った客船は廃業だ。その時に上がった利益をZe-nの地下銀行にそのままパクンとネコババだ。告発されたならそれでも充分。]
18.港
客船の旗は支柱からゆったりと離れてはライオンに盾の紋章が広がり、そしてゆっくりとはためいた。
夜カモメが夜風を切る中、港は空を時刻的に透明にさせた。
初春の夜は淡いものだ。心情にもその下の世界灯りと関係は無く時期を分からせて来た。
それをまるで反抗し蹴散らかすかのような黄金の灯りなどは、擬似的な闇を晩夏の夜や、晩秋の夕暮れの室内のような空気にする。この場は季節が無い。闇マーケットは常に一定なのだ。闇の色も、灯りの色も人々の心情も。
デイズは甲板に出て、心地良く全身で吹く風を受けてから大きな手の中にそれらの一陣の風を流し入れた。足音に、瞳を開き振り向いた。
背後を走って来た部下から5人が見当たらない事、奴等が全く不振な状況を取らない事を報告された。彼等が閉じ込められているのは造船中のあの巨大な船だった。まさか今頃5人はメイズンとアヴィト・Vの実家で豪華盛大に過ごしているとしたら苦笑ものでもあった。
メイズンはデイズを嫌っていた。昔からそうだ。今でも、あの光沢ある黒に覆われた中の艶やかな彼女の瞳は、鋭くデイズを射抜いた。
「カジノ会場の様子を見て来い。もうガルドは現れない筈だ」
部下は走って行き、デイズは甲板の曲線を緩く描く先頭に来ると、港に今しがた流れ込んだ大型リムジンを見下ろした。
リカーのリムジンだ。
彼女は颯爽と開けられたドアから降り立ち、一度その長身の上の小さな頭で辺りを見回すと、いつものきつい顔立ちでふと客船を見上げ、目を細めてデイズを見据え口元を笑顔とも到底つかない風で面白そうにすぼめさせた。
キャメルカラーのスプリングトレンチコートポケットに両手を突っ込み立つ姿はやはり、名馬の様に凛としている。彼女は極めてしっかりとした美しい顔立ちをし、腰までのストレートの髪を今日は上部でまとめ、馬の尻尾のように全身のスレンダーさを強調させている。
デイズは彼女を見下ろしたまま一度身体を返し、顔を振り向かせ歩いていった。
きっと今から何がしかの客を出迎え、港市場の高級ホテルで会合でもするのだろう。
リーデルライゾンの女地主、リカー=M=レガントはあの小僧、デイズが消えたのを、革グローブの手を出し、燻したシルバーがドラゴンスネークを置くレリーフのコンパクトミラーを出し小さくそれを見下ろした。
プライベート通信機だ。
全く、あの小僧には困った物だ。人の港で好き勝手をしてはオペラハウスまで大きな痛手を加え、それがあの馬鹿ダイランが関わっていたと報告を受けている。
今日はそこの支配人と早々に大型修理について語り合わなければならない。噂で聞くあのジョーカーダイランの馬鹿はいつまで経っても人を嘲笑う様に全てを粉々にして困惑させては楽しんでいる。
好きにはしゃぎ遊べばいい。デイズの小僧に泡吹かせればいいのだ。今にあの馬鹿者ダイランも自らの身から出た錆で御用になって一生あの刑務所から出られなくなるだろう。そのカウントも今に間近になる。
ガキ共が後から後悔する程、安泰になるのだから。
だが、デイズの小僧には多くのスキャンダルを握られては脅迫されている。ハイセントルなんて塵溜めなど今に爆破したい気分だった。
ダイランには4年に一度の割合で屋敷に来させる決め事をしていたものを、16の4年目は来なかった。あいつが13の年家族を2人亡くしてその葬儀で一度見た以来の事だ。会話など交わすことや近くに行く事も無かったのだが。
生後から、彼には9歳のとき、12歳の時、そして葬儀の13の時に会っただけだ。今は確か17か8。あいつはチビだったが、少しは背が伸びているのだろうか。
いつも小生意気な顔をしたガキで、リカーに初対面の9歳ではガンガン怒鳴り叫んで屋敷に怒鳴り込んで来た。オリジンタイムスに降り立ったリカーが9歳のチビの頭を挨拶代わりに背後から思い切り蹴り飛ばしし嵐の様に颯爽と去って行ったからなのだが。
マスターから禁じられて来たハイセントルへの訪問も、そんな物知った事無く破り来た理由は、ダイランの親父、ウィストマが許可無しに勝手にリサという少女を引き取り連れて来た報せを部下から聞いたからだった。『ダン』を蹴り飛ばした突如の勇ましい貴婦人にそのリサは驚き大泣きした。金色の飴玉の様に愛らしい少女でもあった。
その時に初めてダイランがレガント関係の人間である事を親父とマスターに知らされた。
ダイランを12歳で屋敷に来させた時はずっと従兄弟のアルトルとばかり話していて、ディナーの席では大層な酷い食い方をしてリカーはあきれ果てた。
あのオリジンタイムスのマスターは一体どういう躾をしているのかとも、信じられなく疑いたくなる振る舞いだった。腹も充たせばとっとと帰って行き、リカーに一度も会話を向けずに見向きもしなかった。
だが、太陽の様に輝いた健康そうな笑顔をしていた。アルトルと話してはケラケラ大声で笑っていた。何かを持ち出していて、トランクから喧しいトランペットを出してはとんでもない肺活量で吹き鳴らしていた。
そして無免だろうバイクで走らせ闇の芝生をタイヤ後で良いように荒らしまわるかの様に帰って行った。
森の深さは広い。隔たりの様だ。まるで、リカーとダイランの間の様に深い溝は木を全て引き抜き無くそうが埋まらないだろう事など分かっている。
本来は絶対に会いに来たがらないのだ。4年に一度と強制的に来させない限りは、行かせる事を断固としてマスターも反対していた。
きっと今も小生意気な顔をしているのだろう。犯罪を起こし始めて毎回獄中に突っ込まれる噂毎にリカーは苦い顔をした。人の銀行から街の金を良いように奪っていっては本当にどうしようもないガキだ。
街の誰もがダイランのレガントの血の繋がりを知らない。知られてもならない事だ。9歳の時に蹴り散らした場にディアンがいて、彼は知っていた。デイズもそれをディアンから聞いていて、他には知らない。
だが、デイズはそうと知った瞬間、いろいろと調べたらしかった。何故ダイランがハイセントルにいるのか。スラムで育ったのか。どこから情報を仕入れるのかは知らないが、何故かあの小僧はリカーがダイランを殺そうとした事まで知っている。6歳になるまであの双子はエルサレムにいたというものを。
あの馬鹿がデイズの悪ガキになど加わらなければいいのだが。
黒のセダンが到着し、その方向から、ふと視線を感じ彼女は背後を振り返った。
「……」
マスター、ジョス=マルセスは客船から降り、リカーに気づくと顔を曇らせた。彼女はあの痩身を振り向かせ、ジョスを見ると顔を体毎反らし、オペラハウスの支配人と話し始めた。
彼は身を返し歩いていった。彼女は肩越しにちらりと彼の広い背を見て、視線を落とし話に戻った。
デイズはジェーノを連れて一度会場を見回すと、船から降りて行った。
オーナールームからガルドはその2人の背を見下ろし、きびすを返し歩いていった。部屋を出ると駐車場へ降りて行く。
「盗聴器は」
スキン女は横に飛び乗ったガルドにそう聞き、彼は「ああ」と言った。
デイズの胸をどついた時にスーツジャケットの襟に着けたのだ。銃口に気を集中させ奴は気づいていなかった。
既にいつもの革パンと黒皮ビキニに素足に戻っているスキン女は頷くと船を後にし、ガルドもシャツとスラックスを放って簪を取りライオン髪に戻すと背後に背を伸ばし、黒豹毛皮パンツを履き、鎖骨項、耳、口、指、手首にプラチナアクセサリーとボディーピアスを取り付けるとブーツを履いた。
項の鎖の上から鎖骨部分の首下にライオン顔モチーフのアクセを取り付けると首を大きく回して黒馬のシートに背を着けた。
レキュードオープンカーで船から港に出て、掛かる曲を流すように視線だけで港を見回すと、すぐにマスターの背を見つけた。
オリジンタイムスの常連と共に、埠頭の端にワゴンを付けていて、トランクの蓋が上げらそれを屋根に下で、テーブルと椅子を並べて酒を傾けながらチェスをしている。
そのでかい背に、窓に腕を掛けて呼びかけた。
「ジジイ」
「ようダイラン」
レキュードは暖色のぶら下がる裸電球の光を受け、そこを中心にメタリックかかるゴールド、そして深い焦げ茶と紫のグラデーションを見せた。
車体が滑り振動も無く停まると、マスターが顔を向けた背後から、ハビッスンが足腕を組み、背を丸め盤上をかじりつくようにみていたのを顔を上げた。
「ようガルドの所の倅じゃねえか。お前最近羽振りいいなあ」
「パトロンが多いからな」
「こいつはそういう店でストリップまでやってんだ」
「へ~え。その車もそのパトロンから貰ったのかい」
「俺に惚れたのさ」
「ハハ、大げさな事言いやがってこいつは」
マスターはやれやれ笑ってチェス駒を動かしたのを、ハビッスンは、っは~と感心したように言った。
「俺も脱ぐかなあ」
白い目をしてガルドもマスターもそんなハビッスンを振り返った。
「おいぼれの体なんか誰に見せるつもりだよ……」
「看護婦も喜びゃしねえぞ」
2人とも首を振って笑ってから、ガルドはマスター達に手を掲げた。マスターも軽く手を掲げ、横のスキン女に手を振って、彼女も妖艶に微笑み車体を進めさせて行った。
その車体を見送ってからチェスを再開した。
19.Favroff
黒に髑髏の白抜きされたバンダナを巻くガルドの横顔に言った。
「あんた、ここの所店に顔出して無いじゃないよ」
ガルドと蛇女は隣街のハウスクラブの建ち並ぶ一帯オージャスタン・J-オースティンのショークラブ{ファヴロフ}でストリップダンサーをしている。ガルドの経営する店だった。
鞭女は鞭女の姉がオーナーをするSM館とキャバレーでSM嬢をし、スキン女はイベントクラブのコンベンションやステージで炎、針ニードル、剣だとかを使う身体を張った危険な技を披露し、J-オースティンやクラブ島でそれらのパフォーマンスをしている。3人のパフォーマンサーは昼は隣街の猛獣園で猛獣使いと飼育をし、夜と金土日、祝日の昼は隣接する広場横の豪華妖美なサーカステントで華麗華美な道化師や奇術師をしているパフォーマンサーだ。
久々に店に顔を出す事にする。
舌に蜘蛛の形でインプラントされ、その端をぐるりとピアスを嵌めて行くと、大口を開けてミラーで口の中を見る。また滲んだ血唾を吐き出し、口の内側の両方に蠍タトゥーの対が彫られた片側が切れている。デイズの野郎に殴られた時の奴だった。
港で蛇女を捕獲し、他の奴等にあとの状況を任せてレキュードは隣街、アヴァンゾンへ向って行った。
スキン女は大きなワッカをその細い首から外した。その先端の針で両頬を貫いて牙で噛み、そのワッカに重い長鎖を取り付けその先端にズッシリ重い鉄球が下がる。スキン女とパートナーの筋肉男、ガリクの鉄の様な腹だとか頭に振り叩きつける為の物だ。
蛇女は後部座席に飛び乗ったガリクに葉っぱを渡し彼はだるそうに筋肉をほぐしながらスキン女の肩に足を放った。
スキン女は邪魔そうに払いのけてそれがガルドの頭にドンッとぶつかり、ガルドは2人の頭をバシッと叩いた。
「わりいわりい」
そう悪びれもせずに言ってせせら笑い、ガルドがスキン女の鉄球をガリクに打ち当てたから、乱闘が始まって蛇女が苦笑して彼女は店前で降りた。切れたガリクと呆れるスキン女を乗せたままレキュードは走り去って行った。
彼等2人は店内へ進んでいった。
琥珀とゴールド照明が彼等を包む。今の時間からボルドーワインそのものを再現した鮮やかで美しいスポットライトが方々から回転している。
激しくクールな曲が琥珀と闇中浸蝕し、全体的に薄くスモーク掛かる間を縫ってブラックライトの線がレーザーとなり空間を踊り貫いた。繊細な線のスポットライトが四方八方に広がり回っている。
ステージレスの店内では、スタンドギャラリーを天井までのフェンスで仕切り、その演術スペースの各々の客用ボックス毎に檻になって点在し円卓などが設けられていた。ギャラリーは沸き立っている。
裏部屋まで進んで行き、控え室で身体を柔軟にしながらだるそうに首を回し、背のガーゼを外した。
「あら……なによそれ」
女ダンサー、ストレートの長い金髪をひっつめにした女が顔を上げそれを見た。
「聞くなよ。格好悪い」
「昨日より酷いじゃない」
「さあな」
蛇女は首を振り、ガルドは目の周りを蝙蝠の様に黒く塗りつぶし始めた。蛇女はシルバーで蝶の形に目の周りを塗りつぶし、その羽根の周りに青のラインストーンを並べつける。
黒から鋭利なエメラルドが覗くと目を閉じて立ち上がり、髪を掻き上げ項の鎖に他の鎖を引っ掛けた。蛇女の手枷に演術中に取り付ける鎖だった。
テーブルに腰をつけ、黒豹ヴェレの前足と首に枷を繋ぎ、ガルドは指だしグローブを嵌めたその手にヴェレの鎖を持ち引くと耳の間を撫でてやった。
ライオンのアギは常に放されている。
首を回転させ目を開け、そのガルドにヒッツメは酒瓶を投げ渡しそれを呷った。
ヒッツメは鋭い目の周りに黒のアイラインで囲ませレッグバンドに拳銃をセットした。
ゲイで黒髪を羊の大きな角のようにしている目隠し仮面の垂れ目男は鏡から向き直り、4人は通路を歩いて行った。
「お前、またとちったんだって?」
「この1週間、あんたがいなかったからライオンがディールに襲い掛かったのよ」
「お前に懐いてるから」
「お前が嫌われてるだけの勘違いだろう?俺のせいにするなよ」
「雌と間違えたかもしれねえじゃねえか」
「こんなガリガリの雌、縞馬にも吹っ飛ばされちまう」
「あんた、羊にもぶっ飛ばされるわよ。野生の羊は狂暴なんだから」
くすくす笑い蛇女はハイヒールを鳴らし腰をしならせながら先頭を歩いて行く。
20.ハードストリッパー
浸蝕する音が闇を蝕み、体を打たせる。波打つようにギャラリーは音に乗り、そのまだゆったりとした音に目を閉じ揺れ動いた。
幻想をどこまでも抱かせ、宇宙、海、天、闇、洞窟の水滴、獣のいななきと大群の幻想を抱かせる神経をこの身に起源の時からいつかせる音……。
ヒッツメが体を緩く唸らせ、色目を辺りに這わせた。闇の中に琥珀に浮かび上がり口元は言葉を発する。
「Boy A Go」
体を打たせ、しならせる。視線の先、シルバーの光が住み付いた空間にゲイはギャラリーに身を返し違うリズムで身を音に打たせた。
闇から黒豹がそろそろと歩き、ライオンが、けたたましい程の雄叫びを空間中に切り裂くように震撼させた。
ギャラリーは一瞬で激しくなった曲と共に光が駆け巡り渦巻いた空間に怒号と驚喜の怒声を轟かし激しく踊り始める。
新しく彫られたばかりのガルドの体の線が激しく反転する光りの中、スポットライトに浮き立ちゆったりと、紫に揺らめいたその一瞬、黒の中のエメラルドが全てを貫いた。
今日は久々にトップダンサーがいる。
余すことの無い肉体美が妖艶に激しい音に乗せ闇と光が掛け巡る中をゆったり体を打たせては、ヒッツメは天井から斜め張る縄に昇り半身をのけぞぞらせ足を掛けて蝶の様に舞った。
ゲイは激しく回転し回り黒豹が周りを旋回しガルドが共に激しく回転した共にその鎖をぐんっと引きゲイが黒豹を飛び越えたと共に黒豹は引かれガルドの足元に飛んだ。蛇女が彼の肩に肘を掛け体をゆったり仰け反らせると背後のライオンの背にバク転し飛び乗り妖艶に微笑みフェンス脇を徘徊した。
縄を伝い降りヒッツメがゲイと共にステージ中央で背を合わせうねっては黒豹を目だけで威嚇し、ガルドはポールを中心に黒豹と踊る曲芸を魅せ、ゲイとヒッツメが離れた夫々の場で低い体勢で腰を動かし顔を左右に動かしては、上半身をぐるぐるとまわした。
蛇女がギャラリーボックスの檻の周りで激しくギャラリーを威嚇し鎖を回し練り歩いては高い声を上げた。その長い鎖をぐんっと引き寄せガルドの首を中心に衝突すると甘く微笑みポールを中心にヒッツメとゲイが威嚇する。
ゲイがヒッツメに腕を取られ回転し激しく踊る中、3人は身体をそれぞれしならせ踊り、2匹の獣が檻、半分地面に埋まったボックス、円形で鎖で宙に吊るされたギャラリーのボックス、円柱上の天高い場所の円形ボックスのギャラリーの檻に飛び乗り駆け回って威嚇した。
曲の変化と共に琥珀の暖色ライトが空間を照らし全てのライトがついたと共にそれぞれは綺麗に曲に乗せ凄い体勢で交わり踊る。
鮮やかなワインレッドのみの照明の中、ゲイと黒豹とガルドの性交ダンスが暗闇のライトが当たる毎に照らし出され消えては反転し現れる。
琥珀ゴールドの照明だけになるとライオンに蛇女が跨り、ヒッツメがその鎖を引きホールを徘徊しながら客たちに艶のある色目を飛ばし踊っては背後はシルバーの光が降りるとガルドが頭を振り回し激しく踊っては曲がハイラウドになり4人が激しく踊り始めた。
無秩序に多いフェンス越しのギャラリーホール側にライオンと黒豹が雄叫びを上げ飛んではヒッツメとゲイが高い台へ駆け上がっていき、蛇女はガルドの鎖を引き寄せ地面に額を叩きつけては交わり踊ると突き放し、蛇女はギャラリーフェンスを登っていき巣を這う蜘蛛か地をのたうつ蛇の様に踊り彼女のシルバーゴールドの全身の蛇墨がのたうった。フェンスからフェンスに飛び移ってはギャラリーを威嚇し踊る。
ガルドは曲に身体打たせポールを伝い降りたヒッツメに手首を引かれ立ち交わっては天高くからゲイがヒッツメの手首に鎖を飛ばし巻きつけ彼女はぐんっと空を飛び逆側の高台に飛び乗った。
張られた鎖を掴み張り、ゴールドのライトの元ライオンと黒豹が交わり徘徊したライオンの背にガルドが飛び乗りライオンは階段のように点在するギャラリーボックスで天井間際の柱の上にかけあがって行った。両端の鎖をゆったり張らせステージはし同士で妖艶に踊っていたヒッツメとゲイは、ゲイが一定の体勢で停止しヒッツメも違う体勢で停止した。
黒豹はギャラリーボックスの上に駆け上がり宙吊りにされた円形のギャラリーボックスを大きく揺らして回ってそれらがギャラリーの持つドリンクごと揺らし回転させては、首の鎖をぐるぐる回し鉄格子を叩きつけた。
ガルドがライオンの横に降り立ちダンスするとライオンがその場所からフェンスに昇り踊る蛇女が挑発するのを張る鎖を飛び越え、その背にガルドも天井を蹴り飛び移る瞬間の事だった。
飛んだ瞬間のガルドの視界にギャラリーホール中心、ジョンが口端を上げた。
「……」
つかの間、鎖を断ち切る筈だったヒッツメの銃声が宙でバランスを崩したガルドの腕に命中し、彼女は張られた鎖を手放しライオンがフェンスの蛇女の横に爪を立て飛び乗ったと共に背後に乗っていないガルドに大きな頭をめぐらせた。
ガルドは高い天井間近から2人の持っていた鎖がぐるぐる首に巻きつきながら一気にそのままドシンとコンクリート床に転落した。
打ち付けた身体に顔を歪め身体を丸め、蛇女はフェンス上から振り向きバク転宙返りし降り立つとガルドの所に掛けよりガルドは首に巻きついた鎖を爪で剥ぎ取ろうとした手は震えていた。
「ダリー!」
ライオンは彼の身体と腕の血をぺろぺろ舐め頭で身体を揺らし起こそうとし、黒豹は興奮して檻にドシンドシン身体をぶつけ牙を格子に目を剥きたて始めた。スタッフが駆けつけガルドを起こし首から鎖を外し頬を叩いて彼は頭を振った。
「おーいおい大丈夫かよファッキンルシフェルよお!」
「糞デガが……っ」
雰囲気と魅せるダンスに完全に酔っていたギャラリーは一斉にざわついた。
ガルドは邪険にスタッフを振り払うと掛かりつづける曲に激しく身体をのめらせ闇に落ち深い青のスポットライトが時間により駆け巡った中を回転アクロバットし踊りつづけた。
蛇女は深く過激なダンスに移ったガルドの背後で、肉体美を魅せ上半身を髪を振り乱し回転させ点在する細い鉄柱から闇中不気味な音に乗せ青白い炎が天高くに立ち上った。
ガルドが両腕を左右に掲げた悪魔の様な顔つきは魔物の様に照らし付けられ微笑し、間近の斜め背後闇でのたうつ蛇女が背中向きから妖艶に向き直りガルドの身を激しく回転させて絡みつき黒の目元から覗くエメラルドが青から緋色の炎に代わり、人を惹き付けるセクシーだったオーラは一気に立ち代った。
黒豹とライオンは炎の上がる鉄柱の中心を練り歩いては、蛇女はアナコンダのように猛獣を威嚇しながら踊り、ヒッツメとゲイはそのまま突っ立ったままだった。
ガルドはヒッツメ側の高台に駆け上り背後から顎を取りキスして目覚めさせ彼女ははっとしてゲイも慌てて腰の縄を取り輪を作り炎の間投げつけヒッツメが受け取りその縄から床にぐんっと黒豹の背に降り立つち檻上から檻上に縦横無尽にダイブし、ゲイは縄を離したヒッツメから蛇の様に大きくしならせ空間をのたうたせると炎を伴ってぐるぐる大きく回し炎を引く中ガルドがそれを掴み一瞬からどられた輪を蛇女の跨ったライオンとヒッツメの跨る黒豹が潜ってはガルドとゲイが天井からの鎖で伝いぐるぐると回転し飛び降り激しい爆音が轟いた。
闇に閉ざされ、4人が床の穴に飛び降りるとガルドはゲイをどつき飛ばしヒッツメが飛んで行ったゲイを引き起こしてガルドは壁を殴りつけ通路を大股で歩いて行った。
蛇女は走り追いかけ血で真っ赤のガルドの半身側に来て声を掛ける間無く彼はドアを開け放ち入って行った。
ステージは失敗だ。最悪な出来だった。
ガルドは一度天に怒鳴りがなった。
22.苛立ち
ガルドは楽屋に戻ると鏡を殴りガシャンと割れ、腕から指で弾を抜き地面に投げ付けた。
黒のストレッチトランクスを履き蛇女が渡して来た布を乱暴に奪って押し当てる。鎖で首を巻き着けられ地べたにうつぶせたあの一瞬で、完全にあの牢獄での悪夢が蘇り錯乱したのだ。
「落ち着きなさいよ」
「なんであのデカがこの店張ってた。あの馬鹿共一体犬の何見張ってやがる」
「あんたは今、目を付けられてる。闇市場に頻繁にうろつき始めた。箱から出たばかりだし何を購入したくてうろついてるのか探ってる。それで行動範囲を回ってる。それだけだわ」
「あの野郎は何かを知ってる!!」
「はったりよそんなの。ねえあんたらしく無いわよ。何をそんなに騙されて気持ちを掻き乱れさせる事があるの」
ガルドの肩に牛革のガウンを掛け、痙攣するその背を撫でてやり座らせる。
「あんた、ムショから出て来たばかりでまだ気が立ってるのよ。その間薬だって出来なかった。どうせまた独房で辛い目に遭ったんでしょう。忘れなさい。平気よ。あんたはあんたでしか無いんだから。大丈夫だわ」
頭を離れない悪夢で顔を抑える手がガタガタ震え、歯を噛み締めて乱暴に袋を引出しから出した。線を引いて折ったライブチラシで整え鼻から吸い込み、口を開けてゆっくり首を回した。
黒い目の周囲は険しい顔で更に人間味を失わせていたが、気を落ち着かせると蛇女の渡したメイクオフの布で顔を拭き、また顔を押えた。
蛇女がその背を大きくさすったが、きっとひびでも入ったのだろう肋骨周囲に激痛が走り、彼女の腕を払ったが、彼女の背にゆっくり腕を回して腹に頭を付けた。
広い背は泣いているわけでは無く、痙攣していた。
フラッシュバックしたあの闇の中の牢獄。むせ返る血。死が横たわり、自分は完全に無になっては血にまみれている。執拗に死は横たわり、警備員共は泡けり笑っては死ぬ寸前までを見ている。死にたい、死にたい、死にたい、死にたい、そう心で言い続けてそれだけで24時間心は浸蝕し、薬で忘れる事など許されない過去の全ての記憶。デイズは嘲笑い助けもせずに彼が薬漬けにされ瀕死の状況に大人数に嬲られ気絶も出来ずに血にまみれつづけるのを見ている。その激しいトラウマ。朝方の親父の死体。見つからない犯人。微笑み泣くリサが彼の目の前で手首を切り自殺し、隔たれる強化硝子の先、どうしても怒鳴ろうが助けられない。
その恐怖でだ。全ての記憶が締め付けられる首に連動してあの牢獄では嫌になるほど24時間彼を苦しめつづけた。
「ダリー……」
その乱雑な褪せ髪を撫でてやり、肩を抱いて頭に頬を付け囁く。
「あのデカ共、見張らせるから。あんたはデカの事なんか忘れて今は考えずにいなさい」
宥め暗示を掛けるかのようにそう囁き頭を撫でる。
ガルドは腕の血が布を滴り落ち始めたのを顔を上げ、その顔が真っ青だったから蛇女は驚いた。
彼は立ち上がって冷たい顔を大きな手でさすり歩いていった。
「ダリー?血を流しすぎたのよ」
彼をテーブルに座らせると猛獣にもし噛まれた時用の治療道具で腕を治療し始めた。
ガウンを着込んだヒッツメと革パンツを履いたゲイは、通路を歩いて来るあのデカを見て歩いていった。
「部外者は出て行けよ」
「一体警察の犬が何の用があって?」
「ファッキンルシフェルの奴に用事があるのさ。ネエちゃんにニイちゃんたちゃあっち行ってな」
ジョンがドアを開けるとガルドが肩越しにぎろりと睨み、ジョンは楽屋のドアを閉めた。
ジョンはいつもゲイの座る椅子に腰掛け、レイバンをよれよれのグレートレンチコートの胸ポケットに掛けると、その目元は思った以上に独特な程切り付けられた氷か何かの様に鋭い。目元は尖っているくせに、どこかぎょろりとして、細みで頬骨と鉤鼻だけ浮く顔の上のその目が落ち窪んでいた。その黒髪はもしゃもしゃで縮れてんだかどうなんだかよく分からん髪をもさもさにしている。
総合的に見て、トランプのジョーカーでよく見られる意地悪そうなピエロ顔だ。きっと、中世に生まれていたなら城でピエロをしていただろう。
「俺に何の用だ」
テーブルに腰掛け剣呑とジョンを睨んだ。
ジョンはあの腐ってでもいる匂いが最悪な煙草を渡して来た。ガルドは嫌そうな顔をしたが、仕方なく組んでいた手を伸ばし受け取り、口にくわえた瞬間ブハッと噴出した。
カビてでもいたのか、最悪だ。ジョンは肩をすくめると同じパッケージから一本抜き取り火を着けるのを、ガルドはペッペッと横に吐き出していた。
「馬鹿だなあおめえ。これが普通の煙草の味だ。舌が薬でいかれてるお前等が吸う妙な煙草とはちげえのよ」
「俺と同じ銘柄だ。それがカビてるだけだ」
「マジか」
ジョンはキャメルのパッケージを見回したり、中身を確かめて臭いを嗅いだりしていた。
「それで、何の用なんだお前」
「おいおい目上の人間にお前はねえだろうファッ」
「俺はガルドだ。そのむかつく呼び名口にするんじゃねえ。何をうろちょろ嗅ぎ回ってるかは知らねえが、」
まだジョンは目をきょろきょろ上下させながら、カビていると断言された煙草の臭いを嗅いでいた。
「俺よりも、あの野郎張ってるんだな」
「あの野郎ってのはお前と仲良くカジノやってたDDの事か?」
「DD?」
「デイズ=デスタント。それにディアン=デスタント。刑事からそう呼ばれてんだよあの兄弟は。奴には相棒張らせてる。俺はお前張ってるって事よ。デカとしちゃあ、お前等凶悪な犯罪グループこれ以上のさばらせて見逃しておくわけにゃいかねえからなあ。ハイセントルには警官は足踏み入れられねえわけだし」
「俺を買収しようってのか?消えな」
「ハイセントルの若い衆等はお前とDDで2分占領されてる。美人なネエちゃんたくさん抱えて恐いニイちゃん共いっぱい従えて、その力他に使えよ」
「余計な世話だ」
「DD兄ってのは、あれも加わってんのか」
「知らねえよ」
「兄貴がDDグループの黒幕なんだろう?」
「本人にでも聞くんだな」
「お前の黒幕は誰だ小僧」
「おい追い出せ」
蛇女が立ち上がり様の視線だけでジョンを追い返し、ガルドの斜め前に立ち腰に手を当てジョンを睨んだ。
ジョンは肩をすくめるとレイバンを嵌め、ごつい強面のスタッフ2人が入って来ると、ガルドが首をしゃくり2人はジョンの両脇を後ろから引っ張ってそのままの体勢でずるずると引きづられて行った。
そのままジョンは裏口から蹴り出され地面に転がった。もしゃもしゃの髪をさすって起き上がるとぺったんぺったん細長い蟹股で闇中歩いていった。
ガルドは2階の窓からその姿を見下ろすとカーテンを閉ざし、奴とデブデカを二度と自分の行動する店に足を踏み入れさせるなと言って黒の革パンにブーツを履き通路に出た。
ヒッツメとゲイにさっき割増しておいた給料を渡してから通路を歩いて行く。ヒッツメは中身を見て満面に微笑み、その封筒をセクシーな黒のTバックのケツに挟んだ。
「なあガルド。何かヤバイ事になってるのか?経営に関わる事かよ」
「あんた、脱税でもバレてんの?」
「あれ、元街本部のデカらしいじゃねえか」
「問題ねえよ。店には関係無い事だ。わけわからねえ難癖付けて勝手にうろついてるだけだ」
「何したか知らないが、また捕まるヘマよせよ」
「ただのちんぴら同士の喧嘩で捕まっただけよ。あんた等はただライオンと黒豹に好かれる方法だけ考えて躾てればいい」
「今日はご苦労だったな」
「ああ」
蛇女は微笑み2人の唇に指を当ててからガルドの後を歩いて行き、スキン女の収まるレキュードに乗り込むと巨大なガーゴイルが口のハウスに入っていき、思い切り吐くつもりで飲み始めた。
23.ミッドナイト
さっきのギャラリーの客がいて、平気だったのかを聞かれる。微笑み問題ねえと答え、悪かったなと言った。
あれもパフォーマンスだったのさと。だから銃で撃たれるパフォーマンスだとか鎖で十字に首、両手首、足を四方に締め張らせ吊るされるパフォーマンスと獣に噛まれる芸当も増やすつもりだと馬鹿真面目くさく言っておいた。その時はあのひょろひょろのゲイをぶっ殺す芸当なのだと。
ガルドはいきなり右肩を強引に引かれ、振り向き様に頭突きしがっちり掴んだままの項が戻って来た。
「気が立ってんだよシーク」
「その手を離せよファッキンルシフェ」
妙な音を立てシークがぶっ飛び、辺りは一気にはしゃぎ出した。だが片や危険地帯のチームでリーダーをする男、片や敵対するグループの幹部だった為に各々手は出さずに見守っていた。
シークは殴り付けられるのを顔の原形を無くし、ガルドはスキン女が投げ渡したジャックナイフで男のパンツを引き下ろし物を断ち切りシークは叫んだ。その口に物を放り投げ顔を蹴散らした。
腰に挿した小型ダイナマイト3つに火を着けジャグリングして回し、シークが自分のぶつを吐き捨て暴れ血を流しながら四つんばいで逃げ出したのを髪を引き口に一つ突っ込んだ。ケツ穴に突っ込み腹を蹴り上げ、回転し飛んでいったその瞬間、肉片と共に原形を半分ばらばらに無くした死体が地面に落ちた。
ガルドは唾を吐ききびすを返して瓶を呷り投げ捨て出て行った。
レキュードに飛び乗った瞬間、ガーゴイルの口からゴウッと業火が噴出され店が爆破した。
スキン女にレキュードを進めさせ、蛇女はさっきの続きで後部座席に足を広げ立ちしなりダンスをし始めた。
「ガルド。盗聴器が反応しない」
きっと気づかれたんだろう。彼は激しく上半身をぐるんぐるん回転させる蛇女に微笑み彼女は踊っては髪を掻き上げ微笑み色目をガルドに向けた。
港に行き、今の状況を聞いてから市場を張らせていた奴等を集める。指示を出してから散らせた。
ミッドナイトの海は凪いでいる。状況もそうだ。深海では魚が蠢くように。
ハイセントルに戻り、レキュードを廃墟横に置き男共に見張らせノースリーブを引っ張り着ながら帰って行った。]
24.ダイランの可愛い秘密
ダイランはバーに入って行った。
この時間マスターは完全に眠っている。静かにシャワーを浴びると腕を消毒し、軟膏を入墨の彫られた部分に刷り込んでからイージーパンツを履きノースリーブを着ると上部だけ簪でまとめ静かに下に降りて行った。
昨日は市場での爆破で起きていたのだろう。また何かどうしようもない奴等がどうしようもない事をやらかして、きっとそれはどうしようもないダイランなのだろうから早く眠らないとでかくならねえぞと言おうと起き上がっていたのだ。
ダイランは一度外に出ると、林檎の木の下まで来た。バースが言った通りに書籍を放り込んである。充分回りを確認してからそれを持ってバーに入り、いつもの自分のスペースに座ってからカーテンを全て閉め、店裏のドアを窺ってから長椅子に横になり書籍を広げる。
法律書だとか犯罪物理学、公務員警察官だとか専門知識や機関内の詳しい所の書籍や、警察学校試験内容だとかの書籍だ。
目を通して行き、眠気が来た所であと数ページ読み進め、書籍の隠し場所に困る。
ごろごろしていると長椅子の下を見た。長椅子というのは、出窓下の壁部分にそのまま構えられているのだが、その木で覆われた脚の部分はきっとその裏をコンクリートで固められ、それを隠しているのだろう。いまいち不明だ。
もう一度顔を上げドアの方を見てから、床に落ちた髪を掻き上げて、ベッドから転がり落ちてしまった勢いで木が引っかかって取れてしまったよの勢いでごろんと落ちながら、バキッと並ぶ板を一枚外した。
その隙間の暗闇を見て、よしっと思った。中は空洞だ。ドアを落ちたまま振り返り、瞳がきらりと光った。大丈夫だ。その中にぼんぼん書籍を突っ込んで行ってから木を嵌め、また長椅子に寝転がって毛布にくるまり眠りについた。