多くの人が主人公になれない。それでも、多くの人は主人公に憧れる
ドラマチックな展開を誰しもが望むんだ。
絶対強者に立ち向かう主人公はいつだって欠点だらけで、でもそんな主人公が困難を乗り越えていく姿をみんな期待している。
そして自分と比べるのだ。
そんな日々を送っている。
雨の中、観客席が囲むステージでシルクハットを被った男が陽気にステップを踏む。
その男は無表情、そもそも顔がない。
顔がないものだから表情なんてもちろんわからないし、得体が知れず気味が悪いが、その男はどこか楽しそうだ。
クルクルクルクル。ステッキが回る。
タンタンタンタン。ステップを踏む。
そんな顔のない男の足下で俺は惨めに地べたを這い、辛酸を舐めていた。
俺もドラマチックな結末を求めて無茶をした。その結果がこれだった。
いけると思った。
俺ならできると疑わなかった。
みんなも、そうだろ?
でも現実はこんなものだ。敗者は敗者にすぎず、勝者はいつだって笑っている。
夢は夢のままで、現実ではない。主人公になれる人間なんてほんの一つまみだ。
俺は自虐的に微笑んだ。
全身を打つ雨が、周りの名も知らぬギャラリーたちが、俺という負け犬を嘲笑する。
顔のない男が嘲笑する。
最初は怠惰という無様な四足の獣だった。
次に諦めという醜い怪鳥。
恐れという悍ましい大魚に、倨傲という情けない奇虫。
顔のない男が従えるこれらの生物に、俺は手も足も出なかった。
俺が必死に戦っている間、顔のない男は優雅にコーヒーを飲んでやがった。
ふざけるな。どうしてこうなった。俺だってやれるはずだ。
苦しい。
ただ苦しい。
それでも。
ゆっくり、ゆっくりと。
力強く拳を握りしめる。
まだ、やれるはずだ。
まだ、終われないはずだ。
なあ、そうだろ俺。
俺は無力だ。非力だ。臆病だ。
情けなくて惨めでせこい上に卑怯だ。
それでも主人公を夢見るんだろ。
空っぽな世界に、俺という未完の容れ物。
俺は弱弱しい笑みを浮かべて膝をつく。
ガタガタ震える足を、歯を食いしばって無理やり抑え込む。
ああ痛い。
立ち上がることに意味はない。
ただ地べたを這っている方が楽に決まっている。
『なのに、どうしてお前は立ち上がる?』
そう顔のない男が言っている気がした。
さあどうしてだろうな。
強いて言うなら、主人公に憧れるから。俺でも主人公になれるって夢見ているから。
それだけさ。
『なんて情けない姿だ。
ボロボロじゃないか。
今にも崩れ落ちそうじゃないか。
立っているのがやっとで、お前に何ができるっていうんだ。お前は何もできないだろう。
そうさ。だからおとなしくベッドに寝転がっていろ。
いつものようにゴミ袋と漫画にまみれた四畳半の世界で呆けていろ』
顔のない男がそう言っている気がする。
そんなわけにはいかないだろ。
その時、顔のない男の傍にいた怪物たちに異変が起きた。
四足の獣は右腕に。
醜い怪鳥は左腕。
悍ましい大魚は右足。情けない奇虫は左足へと変化する。
突然の出来事に顔のない男が動揺しているのがはっきりとわかる。コーヒーカップを放り出し、まるで世界が終わってしまうかのように、あたふたと取り乱す。
おいおい。さっきまでの余裕ぶった態度はどこに行った。
敗北が筋肉を作り、挫折が臓物を象る。プライドという名の皮膚は傷つき、裂かれ、後悔の血液がとめどなく滴る。
それでも両の手足を必死に動かし、朝鮮という名の瞳に火を宿す。
不安でできた脊髄が脳に命令を送り、自信という名の心臓を拍動させる。
そうして、俺という未完の容れ物がうまっていく。
よろめきながら、けれど力強く。躓いても、お確実に地に足をつけ歩く。顔のない男に近づく。
そして、息がかかろうかというその距離で俺たちは対峙する。
「お前は、俺だ」
目の前に、俺がいた。
不安そうな顔をしている俺がいた。
怯えている俺がいた。
挑戦を避けてきた、頑張ることが馬鹿らしいと笑ってきた、全力になれない以前までの俺がいた。
そんな以前の俺を、俺は殴り飛ばす。
「まあ見てろ、心配すんなって。失敗してもまだやれる。俺だってできるってこと、照明してやるさ」
気づけば、雨は止んでいた。
最後まで目を通していただきありがとうございます!
当初、ボツにしようか悩んだ作品ですが、なんだかんだ書けて良かったです。
もしこの作品が少しでも心に残ってくれたら幸いです。




