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「昨日は立派でございました。アイリ様」
私が現在寝起きしている塔の一階にある書庫室にて勉強のお時間が今日から始まる。
向かいあうようにして座っているのはキハルさんだ。
広い机の上には古臭い本が何冊か置かれており、書庫室には私たち以外は誰も居ない。
窓の外は今日も天気がよく開いた窓から涼しい風が室内に入ってくる。
「立派もなにも、とんでもない一日でした・・・」
大聖堂で預言者エマと大司祭に宣言をされ私は正式に太陽の神官となったらしい。
その瞬間割れんばかりの拍手を送られ、その後外に出れば隊服を来た人たちが一列に並び敬礼をされその足で城のバルコニーのようなところに連れて行かれた。
どうやら城の一部は開放されていたらしく、町の人たちがわんさかと集まっていて私とカイト様が並んで現われると歓声があがり、引きつった笑顔で手を振る苦行をさせられたのだ。
「バルコニーに出るところで転びましたし・・・」
集まっている人の数に驚いてバルコニーに出るときに躓いて転ぶところをカイト様に支えられて耳元で低いイケメンボイスで”手を振って”。などと言われてしまってから私は舞い上がってバカみたいに顔を紅くして手を振っていた。
ぜったに間抜けな顔をしていたに違いない。
キハルさんも思い出したのか笑いだした。
「アイリ様が躓いたときはそのままバルコニーから落ちてしまうのかとおもいましたよわ。
よかったですわね、カイト様が居てくださって。あの高さから落ちたら大怪我ですもの」
「たしかにそうですよね。・・・・私っていつもそうなんです」
生まれてきてから私はどうも注意力が不足しているらしくここぞというときに失敗をしてしまう。
「誕生日の時にはうれしくてケーキを持って歩いているとひっくり返してしまったり、お気に入りの洋服など一度も着ずにとっておいたのに知らない間に汚してしまっていたり・・・・父の医療用の鞄をひっくり返してしまったり・・・・」
思い出しながら自分の間抜けさにあきれてくる。
「だから私、太陽の神官に向いていないと思うんです。アイリーン様は美しくて、誰にでも優しくて頭が良くて完璧な女性だと言い伝えられているじゃないですか。私失敗ばかりするし、頭もそんなに良くないですし」
キハルさんは変わらず笑みを浮かべたまま頷いてくれた。
「人間ですもの当たり前ですわよ。きっとアイリーン様だってどこか人間くさいところは合ったはずですわよ。300年も前の人物ですもの。かなり美化されていると私は思いますけど」
キハルさんの言葉になるほどと納得してしまった。
確かに誰もアイリーン様を見たわけではないのだ。
実際は、クールを抑える力をもっていたただの人だった可能性もあるはずだ。
私にはその力も無いのだけれど・・・・。
「誰も、アイリーン様のような完璧な女性が居るとは思っていませんわよ。そんな人だったらいいなという妄想にすぎませんわ。カイト様だってそうでしょ? 300年前の月の神官として言い伝えらているカイ様は、誰よりも美しく、そして強く、誰にでも優しい人だったそうですわよ。あまりにも優しいので剣の腕はいいのに人を傷つけることができず月の神官のみ業務をおこなっていたそうですわ」
「へぇ、でも、今の月の神官であるカイト様は騎士でもあるのですよね?他は大体期待通りっぽいですけど」
キハルさんは少し考えて頷いた。
「えぇ、カイト様は人当たりは良くて一見お優しい方ですけど結構容赦ない判断をされますわ。
笑いながら人を殺せるらしいですわよ」
なんだその恐ろしい話は。
固まった私の表情に気づいたのかキハルさんはにっこりと笑った。
「ま、噂ですけどね」
「一瞬本気にしてしまいました」
笑いながら人を殺せるという噂も恐ろしいがそれを一瞬信じてしまった自分が恥ずかしい。
「カイト様は非情な方で有名らしいですわよ。クールになってしまった仲間を容赦なく殺せるとか。裏切った人間もすぐに殺してしまうというのは本当らしいですわよ」
「お、恐ろしい人です。そう見えないだけに」
「確かにいつも優しい雰囲気ですからね。さて、勉強しましょう」
手を叩いて古い書物を開いたキハルさんに私もため息をついて頭を切り替えた。
キハルさんが開いた本は誰かの日記のようなもので、手書きの本はとても厚い。
「これは、太陽の神官と月の神官の歴史を書いたものです。300年前のカイ様とアイリーン様しかいないのでその二人のことが主に書いてあります」
それからキハルさんは長い二人の話を書物を見ながら語り始めた。
「まず、月の神官、太陽の神官とは300年前クールという人間がある日突然化け物になってしまうという現象がおこりそれを鎮めるためにできたものですね。祈りを捧げ、神なる力を使ってクールになった人間を救うことが目的でした」
クールは人間が突然化け物になるのは目の前で見たので真実と認めよう。
恥ずかしながら私は、目の前で見るまでは信じては居なかった。
すこしストレスのかかった人間が刃物やらを突然振り回したり暴力的になるぐらいだろうとおもっていたのだがソレは違ったようだ。
見たこともない化け物になってしまうのを見てしまった。
あのクールを斬る以外に救うことができるのだろうか。
「どうやって救うのですか?」
私の疑問にキハルさんは本をペラペラとめくり私に見せる。
意味不明の文字列が並んでいる。
「これが鎮めるための祈りの言葉だそうです。クールが現われてからこの祈りの言葉を神官達が使って鎮めようとしましたが誰も成功したものはおりません。アイリーン様も数回だけ成功されたと記載がありますね」
「そうなの・・・」
なら私にもできるはずが無い。
「できるかできないかは今は問題ではございません。とりあえずこの歴史をざっと説明します。そのあと、お祈りの言葉を覚えていただきますからね」
キハルさんの気迫に私は頷くしかなかった。