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今日も抜けるような青空が広がっている。
空を見上げて大きく息を吐いた。
朝食を取り終えるとすぐに神殿の巫女長だという人が挨拶に来た。
月と星の刺繍がしてある白いワンピースを着た40代の女性は優しい雰囲気の女性だ。
薄い赤毛の髪の毛を一本にまとめており、私を見てにっこりと微笑んだ。
「はじめまして、アイリ様。私は太陽の神殿の巫女長をしておりますキハルと申します。
現在月の神殿はカイト様が神官になられてからすべてを廃止されましたので機能はしておりませんが、太陽の神官は伝説のお話でもあるようにアイリーン様の時代より以前から長く機能しておりますのでなんの心配もなさりませんように修行にお励みください」
「修行?」
そんな話はきいていないとばかりに顔をしかめる私にキハルさんは笑みを崩さずに頷く。
「神官になられるのですからある程度の勉強はしていただきます」
勉強という言葉にめまいがして額を思わず押さえる。
勉強は得意とはいえない。
勉強が好きならば父の後をついで医者になっていたであろうが、小さいころから本を見ると眠気が襲い、どれだけノートに書き写しても覚えることができないのだ。
人並み以上にがんばっても、人並みよりやや下ぐらいの成績だったことを思い出してため息をついた。
「あの・・・私勉強が得意ではないのですが・・・」
小さい声で言うと、キハルさんはにっこりと笑ったままうなずいた。
「がんばっていただきます。あとには引けないのですよ。アイリ様」
「あとにはひけない・・」
「とりあえず、就任式というものがございますのでこちらにお着替えください」
「就任式?」
キハルさんの言葉が理解できずにバカみたいに単語を繰り返す私に白いワンピースを渡された。
キハルさんがきているものと同じデザインだが少しだけ刺繍が豪華だ。
これを着たら終わりだ。
才能ないのに太陽の神官として期待をされるようになるのかとおもうと身震いとプレッシャーで手が震える。
ソレを察してかキハルさんがそっと手を重ねて笑みを浮かべた。
「大丈夫です。一度決まったものは私は受け入れます。これも何かの運命なのです。
私は何があろうとアイリ様の見方です」
なぜかその言葉に不安感が無くなり私も手を握り返した。
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
白いワンピースに着替えると緊張したエルラが部屋に入ってくるなり私に頭を下げた。
「このたびは太陽の神官ご就任おめでとうございます」
「あ、ありがとう。でも、そういうかしこまったのはヤメテ欲しいんだけど」
そういうとエウラはいつものように人懐っこい笑みを浮かべた。
「よかったです。いつものアイリ様で。太陽の神官になられるって今さっき侍女長から報告があって。
驚きましたけど、とてもうれしいです!」
そういって自分のことのように喜んでくれた。
「この後、昼過ぎから就任式があるんですけど、急な事なので午前中に各部署に報告されて準備が今急ピッチで行われています。これが本日の大体の予定です」
タイムスケジュールが書かれた紙を渡されてざっと目を通す。
「・・・・なにこの、国民にお披露目って」
就任式の後のお披露目という文字を何度読んでも、国民にお披露目と書いてある。
その下に小さく、笑顔で威厳を保ったまま国民に手を振ること。と注意書きがしてあった。
「その通りですよ。太陽の神官は長らく不在でしたし、国民に一気にお披露目をしようということです。
愛想よくおねがいしますね」
にっこり笑っているが目は笑っていないキハルさんに私はなんとか笑みで頷き返した。
否定の言葉を一切言わせないキハルさんのこの迫力はさすが巫女長といわれるだけある。
いつも下ろしている髪をエウラに綺麗に整えてもらい両脇に出した髪の毛は少しカールをつけてもらいそれなりに就任式に出席できるような見た目にはなった気がする。
鏡の前で自分の格好を改めてみる。
月の神殿で見た私そっくりなアイリーン様は気品にあふれて自愛にあふれて絵を見ただけでもすばらしいお人だったが、今の私はどこからどうみても、いつもの私より少し着飾った私だ。
こんなので勤まるのかしら。
「そろそろ就任式のお時間です」
白いエプロンのポケットから懐中時計を取り出したエウラが告げると同時にドアがノックされた。
「誰かが訪問するような事は伺っていないのですが・・・・」
突然の訪問者にエウラが首をかしげながらドアを開けに行くとの悲鳴にも似た声に私とキハルさんが顔見合わせる。
「まぁ、突然どうされたのですか!」
エウラがいつもより高い声で対応しながら入ってきたのは隊服に身を包んだカイト様。
いつものように金色の美しい髪の毛を三つ網に纏めて上品に前に降ろしている。
よく見ると軍服も礼服用らしく飾りや勲章が付いており煌びやかだ。
カイト様は部屋に入ってくるなり私の姿を見つけて騎士らしく胸に手を当てて礼をした。
今日も変わらず美しい姿に部屋に居た私たち女性のため息が出る。
「あぁ、お似合いです。これからはその白い服が貴方の制服だ。
今日から貴女は太陽の神官になる。もう逃げられない・・・。僕は反対したんだけどね」
私を見つめる紫の瞳はすこし寂しそうだ。
反対したというカイト様の言葉にまた胸が痛んだ。
アイリーン様の次が私のようななんの才能もないただ顔が似ているだけの女なので反対しているのだろう。
彼には嫌われたくは無いのに。
冷たいカイト様の言い方にさすがのキハルさんも顔を硬くした。
「月の神官となるカイト様がなぜそのようなことを言われるのですか・・・」
「だって、可愛そうではないですか。なんの才能も無いアイリが太陽の神官としてやっていけということはどれだけ辛いことか・・・」
「大丈夫です。そのために私たち太陽の巫女がおりますから。アイリ様を立派に育て上げ、辛いときは寄り添います」
「そう・・・」
カイト様は瞳を伏せた。
「あぁ、そうだこんなことを言いにきたんじゃないんだ。これを就任祝いにとおもって」
軍服のポケットから取り出し私に手渡す。
銀で作られたネックレスだ。
私の好きな白い花に中心に紫色の宝石が小さく付いている。
「可愛い・・」
私の言葉にうれしそうにカイト様は微笑んで私の手からネックレスを取ると当たり前のように私の首に手を回して着けてくれる。
あまりにもあっという間の出来事で驚いているとカイト様が私の前で目を細めて微笑んだ。
「やっぱりよく似合っているよ」
「ありがとうございます」
ステキな笑顔に私の顔は真っ赤だろう。
「さて、そろそろ時間だ。行きましょうか」
そういってそっと私の背を押す。
「まぁ、ステキ」
そんな私たちの姿を見てエウラが両手を合わせて小さく呟いた。
「まるで、物語のお二人のようですわね」
キハルさんもなぜか感激したように両手を合わせて呟いている。
やめてくれと心で呟きながらそっとため息をついた。