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カイト様は冷たい微笑みを浮かべながら紫色の瞳で私を見つめている。
紫色の不思議な瞳を見ているとなぜか胸が痛むと同時に懐かしいようなこの人をやっぱり好きだという気持ちで息がうまく吸えなくなる。
「アイリ。貴方はこれから太陽の神官として過ごしてもらう予定です」
「何で私が・・・・・」
美しいカイト様からそういわれて、普通の女性ならうれしくて飛び上がるところかもしれない。
アイリーンの伝説は知っている。
美しくて、優しくて、町の人たちのために命を落とした伝説の女性。
女性達の憧れでもあり、完璧な女性像だ。
ずっと不在だった太陽の神官になりたい女性も多かった。
私が太陽の神官になるなんて冗談はやめて欲しい。
「貴方以上の適任はいないでしょう。僕より適正があるのでは」
「適正なんて・・・。私はこんな女性達の憧れの太陽の神官なんて・・・言われているほど綺麗でもないし」
小さくなっていく言葉にカイト様は微かに笑った。
「アイリもアイリーンも十分可愛いと思うけど。この城に来る前に君がクールに襲われたの覚えてる?
あの時、君の体が一瞬輝いてクールを跳ね除けたんだ。あんなことができるのは、太陽の神官である者だけ。僕にだってできないことだ」
「でも、あの時私は何もしていない。驚いて死にたくないっておもっただけなんです」
「その強い想いが力を覚醒させたのかな・・・」
少し寂しそうに呟いたカイト様に、私は掠れた声でもう一度抗議をした。
「急にそんなことを言われても」
「これは僕一人の意見ではないんだ。あの現場を何人の人が目撃しているか知っている?町の人、僕が共に居た騎士達、報告書も上がっているしもう嫌だといっている場合ではないんだよ。
僕は反対したんだけどね」
反対をしたと言われて何故か胸が痛んだ。
カイト様は私にはなって欲しくないということだ。太陽の神官に。
「今日からキミは太陽の神官アイリだ。よろしく」
カイト様はそういってにっこりと笑った。
美しくそして冷たい笑みで。
カチャリと音がしてふと見ると暖かいお茶が注がれたカップが目の前のテーブルに置かれていた。
「大丈夫ですか?顔色が悪いようですけど、気分でも悪いのですか?」
私付きのお世話ががりとなったエウラが大きな瞳で私の顔を覗き込んでいる。
あの後、カイト様に送られて部屋に戻ってきてから昼ごはんも食べずにソファーに座って考えていた。
ぐるぐる頭の中を回るのはどうして私が太陽の神官に・・・・。
そう考えても答えが出るわけでもなく、ただこれからどうしようという気持ちばかりだ。
「・・・そうね。ストレスでおかしくなりそうよ」
ため息がちに言うとエウラが首をかしげた。
「カイト様にお会いしてお話できたら私でしたら幸せすぎて逆に元気になりますけど」
「エウラはカイト様が好きなのね」
私の言葉にエウラが驚いた顔をする。
「憧れですもの!お姿を見ただけで気分があがりますわ。アイリ様は違うのですか?」
「そりゃ・・・すごい綺麗な人だからドキドキするし近くでお話してみて好きかも知れないっておもったけど・・・」
それよりも太陽の神官になれって言われたショックが大きすぎて。
エウラはまだ私が太陽の神官だとはしらないようなので黙っておく。
太陽の神官といったら美人でおしとやかで最終的には国民のために命を投げ出して愛する人に殺されるっていう憧れ的な存在。
その次に任命されたのがこんななんの変哲も無い私だって知ったらみんなガッガリするでしょうよ。
その前に、あんな女が?って暴動が起きるかもしれない。
怖すぎる。
一人で悶々と考えていると、エウラが心配そうに私の顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか?心配事ならお聞きしますよ」
「大丈夫よ。ありがとう」
疲れた笑みを浮かべる私にエウラは暖かいお茶を入れなおしてくれた。
感謝をしつつお茶をいただく。
「ストレスに効くハーブティーです。これで少しは気分がよくなるといいのですけど」
「やさしいのね。ありがとう」
よく気が効く子だわ。
自分のことしか考えていない私とは大違い。
私の言葉に照れた表情をするエウラは可愛い。
「私、一流の侍女を目指しているんです。仕えるお方が不自由なく暮らせるように仕事をするのが私の目標です」
キラキラとした笑顔で夢を語るエウラが眩しくて思わず私も口元が緩む。
「偉いのね。私なんて、そんな明確な目標は持っていないもの。ただ、父の仕事を手伝いながら早く結婚したいなぁーって毎日をぼーっと過ごしていただけ。どうしようもないわね・・・」
自分で言ってて情けなくなる。
ますます落ち込んだ私に、エウラはにっこりと笑った。
「そんな事無いですよ。結婚したいっていうのも立派な夢ですよ!目標ですよ!」
「子供みたいでしょ?」
「そんなことはありませんよ。どんな人が理想ですか?」
「理想?」
ぱっと頭に浮かんだのはカイト様の紫色の瞳と優しい微笑み。
あの人と結婚をして子供と一緒に平和で静かに暮らしていけたらそれだけでいい。
会って間もない人にそんなことを思うなんて私はどうかしてしまったのかしら。
「そうね、昔から家族を持つのが夢だったわ。優しい旦那様と子供は二人ぐらいいて白い花が咲いている広い庭があって大きめの家で暮らすの。ただ静かに暮らせればそれでいいわ」
うっとりと未来の夢を語ると、エウラはなるほどと頷いた。
「それは立派な目標ですね。私にはまだ結婚したいとか、家庭を持ちたいとかおもったことはありませんもの」
「年頃の女の子はみんな夢を見るものじゃないのかしら?」
結婚適齢期になればみんなそんな夢を持つものだとおもっていた私は驚いた。
エウラはかわいらしく首をかしげる。
「ん~?私も皆様に聞いているわけではないですからわかりませんが、それぞれですよ。
特にこの城の侍女の人たちは真っ二つに分かれますね。男を捜しに来ている人。つまりアイリ様と同じように結婚を目指して働いている人と、スキルを磨いて自分の技術を高めている人と。何を目標にしようと自分は自分なのですから自分の道を行くべきですよ。ですから!アイリ様はこの際、女子に人気が高いカイト様との結婚を目指されてはいかがでしょうか」
力強く言われて一瞬目を丸くする。
カイト様との結婚?
一瞬カイト様似の男の子とソレを抱く私と私たちを見つめる優しく微笑むカイト様との一家団欒未来を妄想して顔が赤くなった。
「な、なんで!」
「だって、アイリ様判りやすいんですもの。カイト様が好きだって」
「うそ!」
平然としているはずなのに!
驚いている私に、エウラは誇らしげに微笑んだ。
「大丈夫ですよ。私は優秀な侍女なので気づいただけで、誰も気づいては居ませんから」
「本当に?」
「えぇ。私は世界一の侍女を目指しているので、お使えするご主人様をお幸せにするのが私の役目でございます。ですから私は、アイリ様に前面的に協力しますわ!」
興奮して話すエウラに驚く。
「エウラ、私は誰かにお世話してもらうような立場の人間じゃないのよ」
「大丈夫です。私は人を見る目は確かです。はじめて誰かにお仕えするのがアイリ様で私はうれしいです」
初めてお世話する人が私で申し訳ないなぁと思ってふと私は太陽の神官になったことを思い出した。
そうか、私はエウラが誇れるような立派な太陽の神官になろう。
そうすればカイト様も私を嫁になんておもってくれるかもしれない。
「ありがとう、エウラ。私がんばれそう!」
立ち上がってエウラの両手をつかんでブンブン振るって笑顔を向けると彼女は少し驚いた顔をして微笑んだ。
「お元気になられたようでよかったです!」
「えぇ、エウラのおかげよ!」
そういうと彼女はまた微笑んだ。