2
「下がってください」
元人間だったであろうクールが唸り声を上げながらカイト様に襲い掛かった。
「あぁ、そうだ。アイリさん女性にはちょっと刺激的ですから目を瞑っていたほうがいいと思います」
カイト様の声に私は父の腕をつかみながら何とか返事をしたが、目を瞑ることはしなかった。
明らかに人の形をした人が斬られるのを見るのは怖いが、美しいカイト様の姿を少しでも目に焼き付けておきたかったからだ。
チラッと私を見てカイト様は微かに笑ってそのままクールの後ろに回りこむと、踊るように剣を振り下ろした。
クールは声も上げずに地面に倒れじわりと赤い血が地面に広がっていく。
「大丈夫ですか?」
傍にいたカイト様の部下の兵士が私と父を気遣ってくれたので私はあわてて頷いた。
「は、はい。驚きましたけど」
「こんな街中で出ることは今まで無かったんですけど。クールは賑やかなところを何故か嫌いますし、夜行性だといわれていたんですけど・・」
「そ、そうなんですか・・・」
確かに街中では見たことが無いし、出たことも聞いたことも無い。
私も実際に見たのは初めてだ。
にこやかに話している兵士のもう一人の兵士の顔色が青い。
体調でも悪いのだろうか。
「あの・・大丈夫ですか?」
その男の前に立って顔を覗き込むとコホコホと乾いた咳をした。
私に話しかけてきた優しそうな兵士も不思議そうに咳をした男を見た。
「お前、急にどうしたんだ?風邪なんてひいてなかったよな」
声を掛けられても兵士っは咳はどんどん酷くなってくる。
医師である父を呼ぼうと探すと、少し離れたところでカイト様と楽しく話してるのが見えた。
お父さん、そう呼ぼうとした瞬間咳をしていた兵士が唸り声を上げる。
「えっ?」
驚いて男を見ると頭が大きくなっており、茶色い糸のようなもので顔が覆われていた。
うなり声を上げなら苦しそうにのた打ち回り、すぐ傍に居た私に両手を上げて大きな口からチロチロと下を出して襲い掛かってきた。
「わっ。やめてぇ!」
女性らしく悲鳴を上げることもできず両手で頭を守って身を硬くする。
「アイリ!」
父が私を呼ぶ声と、カイト様も私の名前を呼ぶのが聞こえた。
カイト様が私の名前を呼んでくれただけで死んでもいいかも・・・。
一瞬そう思ったが、やっぱりこんなところでは死ぬわけにいかない。
もしかしたら、カイト様ともう少し仲良くなれるかもしれないし、生きていればお付き合いできる事もあるかもしれない。
もう一度カイト様とお話ししたいし、もっと仲良くなりたい。
また、あの人の悲しい顔は見たくない。
出会ったばかりのカイト様なのに、彼の悲しむ顔を私は”また”見たくないと切実に思った。
脳裏にカイト様とのウフフな瞬間が走馬灯のように流れた瞬間、体が熱くなり一瞬光が私を包んだ。
「ギャ・・・」
兵士だった男、クールがその光を見た瞬間頭を抑えて蹲った。
「私情は捨てろ、そいつはもう人ではない、クールだ!」
カイト様が声を上げた瞬間、傍に居た兵士がはっとし剣を抜いてクールを斬りつけた。
「ギャァァ」
悲鳴を上げてクールが地面へと倒れ絶命した。
ピクリとも動かない元人間は地面にじんわりと赤い血だまりを作っている。
「・・・・今のなに・・?」
私の体から光が出たような気がするが気のせいだろうか。
人だったのに化け物になる瞬間を見たショックに頭が整理できずにクラクラする。
立っていられなくなり、座ろうとすると誰かに後ろから力強く肩をつかまれた。
動かない体を必死に立て直しつつ視線を向けると父ではなく、カイト様の美しい顔がすぐ傍にあった。
気難しい顔をしたカイト様にどうしたのだろうと思いながら私の視界は真っ暗になり意識を失った。