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愛を凍らせて  作者: かなえ
19/24

19

城の中の与えられた部屋までカイト様に運ばれた私は、その後すぐ寝てしまった。

起きたのは早朝だった。

昨日黒い霧を体に入れてから重かった私の体は、一晩寝たら絶好調でいつもよりも体が軽い。

不思議に思いながら身支度を整えていると、エウラが硬い表情で部屋に入ってきた。


「お早いお目覚めで・・・」

「おはよう。どうしたの?元気なさそうだけど」


硬い表情なのはどこか体調が悪いからだろうかと思った私の問いにエウラは首を振る。

「何でもございませんわ。今日はお疲れでしょうから部屋から出ないようにと・・・」

「なんで?疲れてないし、むしろいつもより体の調子が凄くいいんだけど。

それに、ミサはどうするの?今日の正午に月と太陽が交わるのに私がいないとまずいでしょう」


ミサがあるといってたのを思い出した。

月と太陽が交わる正午より少し前にミサが行われる予定だ。


エウラは持ってきた朝食を並べながら首をふる。

「いいえ、アイリ様は欠席して欲しいとの事です」

「誰がそんなことを・・・・って、カイト様でしょ」

あの人は300年前の私とアイリ様を重ねすぎだ。

全くの別人なのに。

「いえ・・・・カイト様にも言われておりますが、それとは別に今トラブルがおきておりまして」

「トラブル?」

「はい、とにかく今日は部屋から出ないようにとのことです」

「はーい」


やけにあっさり引き下がった私に、エウラは不思議そうに首をかしげた。

「やけにあっさりしてますね。カイト様はきっと納得しないだろうからと、いわれておりましたのに」

「そうね。でも、きっと何か起これば私がやらざるえない気もするし」

「最近のアイリ様の変わりようが少し怖いですけど。太陽の神官になるのを躊躇しておりましたのにね」


本当は少し怖いけれど。私ならなんとかなるのではないか。不思議と、そんな気持ちになっている。

だらだらと朝食を摘みながら、エウラに昨日あったことを話す。

「ユミナの事件からなぜかこの力の使い方がわかるようになったのよね」

「不思議な事もありますのね」


エウラの入れてくれた美味しいハーブティーを飲みながら話していると外が騒がしい。


「何かしら」

外を見ようと窓に近づこうとするとエウラに止められた。

「危ないですよ」

「大丈夫よ。多分世界でココが一番安全なはずだから」


そういって窓に近づいて外を見ると、建物の前に騎士達が集まっている。

いつもは二人一組で見回りをしたり歩いていたりするぐらいなのだが、様子が変だ。

良く見ると、一人の人を囲んで騎士たちが抜刀をし取り囲んでいる。

中心にいる人も騎士だが、黒い霧が濃く顔は触覚のようなものにグルグルと巻かれており、口らしきところから長い人間とは思えない舌がチロチロと見え隠れしている。


「クール化しているわ!」

「えっ?」


エウラも私の横に並び窓から外見て、驚いたように口に手を当てた。

「どうして・・・城の中まで・・」

「どういうこと?」


呟いたエウラに私が聞くと口ごもった。

「いえ・・・。昨日より、クール化した人間が多くなっているそうです」

「だから私を部屋から出さないようにしていたのね。・・・・ちょっと行ってくるわ」


部屋を出ようとする私を必死にエウラが腕を掴んで止める。

「危ないですわよ」

「大丈夫よ。ちょっと体がだるくなるだけだけで、黒い影みたいなのを私の体に入れればあの人は人間に戻れるのよ」

「ダメです。今日は・・・行ったらアイリ様が・・・」


必死に止めるエウラの目には涙が浮かんでいる。

「何で・・・泣いているのよ」


エウラの涙を見て呟く私にエウラの大きな瞳から涙が零れ落ちた。


「だって・・・アイリ様、行ったら帰ってこないかもしれないじゃないですか」

「・・・・」

大丈夫よ、帰ってくるわよ。とは言えなかった。

300年前のアイリーン様のように黒い霧のようなものを体に入れてきっと私は死ぬのだろうという覚悟はできているし、そんな予感がする。

昨日からクール化する人が増えているということは、正午に向けて活発化しているということだろう。


「がんばってくださいと言うべきなのに、行ってほしくないんです。行かないでください」


私の為に泣いてくれるエウラに私の胸もいっぱいになりエウラを抱きしめた。

「ありがとう。でも、みんなが安心して暮らせるように私は行かないと。それが私の役目だから」

「・・・そこまで覚悟を決めているのなら止められません」

「ありがとう。エウラ」

「私も覚悟を決めますわ。アイリ様を笑顔で送り出します」


エウラと二人で抱き合い、彼女の頭を軽く抱きしめた。

「じゃ、いってくるね」


「はい。お気をつけて」


頭を下げて送り出してくれるエウラに微笑んで軽く手を振って部屋から出た。

部屋の前を警備していた騎士が驚いたように私を止めようと前にでて両手を広げて立ちふさがる。

「お待ちください。どちらへ」

「下に行きます。クール化を抑えてきます」

きっぱりと言った私に騎士の人は戸惑ったように、いや、でも・・・と口ごもる。

「私にしか出来ないんです。多分、正午を過ぎるともっとクール化する人が増えると思います」

「なんでそんなことが・・・わかるのですか」


戸惑う騎士に私は首をふった。

「なぜか、解るんです。だから行かせてください。下でクール化している人はお仲間でしょう?」

私の言葉に騎士の人は俯いて苦しそうに顔をゆがめた。


「たしかに、仲間です。しかし、今までクール化した人を治したあとアイリ様は体調が優れないことが多いですよね。・・・体によくないのでは」


控えめに私を心配してくれるのはありがたいが、私にしか出来ないことなのだ。

私は決心を固めた表情で騎士を見上げる。


「大丈夫です。太陽の神官としていかせてください」

「・・・わかりました」


苦しそうな顔をして頷いてくれた騎士は先導して歩き出した。

きっと私を部屋から出さないようにと命令されているだろうに、申し訳ない。

「昨日より城の中でもクール化する人が出ておりまして。気をつけてください」

「はい」


小走りで下へと降りると、いまだクール化した人を抜刀した騎士達が囲んでおり、こう着状態が続いているようだった。

私たちが掛けていくと驚いたように一斉に私を囲むように騎士たちが動く。


「なぜ?太陽の神官様が・・・部屋から出さないようにとの命令だっただろう」

部屋のドアを守っていた騎士へと罵倒が飛びそうだったので私が慌てて間に入る。

「違います。私がわがままを言ったんです。私にしか出来ないことなんです!」


「いや、しかし」

「あの人に抱きつけば黒い霧を私の体に取り込めます」


きっぱり言った私に一人の騎士が前へと出た。

「私が囮になります」


剣を振り上げてクールの前へとでた騎士は見事にクールを相手に戦ってくれている。

周りに居た数人の騎士も同じようにクール化した人の頭から出てくる触角のようなものを巧みに相手にしてそれとなくクールの気をそらし私にクールの背中を向けるようにしてくれている。

クールの周りにはどす黒い霧のようなものが見える。

人の心が弱くなると黒い魔物のようなものに取り付かれるのね。

急に理解できるようになったのも不思議だがこれが太陽の神官の能力とやらかもしれない。


「今です」


誰かの合図で私はクール化した騎士に抱きついた。


集中して黒い霧が私の体に入ってくるのをイメージする。

体がざわざわして黒いものが体に入ってくるのがわかる。

目が回るがまだだ、まだ取り込めていない。


もう少し、あと少し。


「ひ、人に戻ったぞ」


私を取り囲んでいる騎士の声に目を開けると頭に巻きついていた触角のようなものはなくなり、人の姿になっている。

暴れる様子もなく、立っている男から私は離れた。


「黒い霧はなくなったわね・・・。もう大丈夫」


ふらふらする体で呟くと、騎士達が歓声をあげた。

「すごい、これがアイリ様のお力か!」

「これで、われわれは救われる!」



「なにをしている」


聞きなれた声が近くから聞こえたと同時に後ろから抱き上げられた。


「カイト様・・・」

不機嫌なカイト様が歓声をあげている騎士達を睨みつけて、最後に私を睨んだ。

喜びにあふれていた騎士達がいっせいに敬礼を取り頭を下げる。

私のドアの前に居た騎士が跪き頭を下げた。


「私が、無理を言ったの!」


その騎士が声を出す前にカイト様の襟を掴んで私は叫んだ。

彼が罰せられるのは間違いだ。

私のわがままなのだから。


「解ってる。キミはいつもそう。勝手だからね」


怒っているのかきつい口調だ。

紫色の瞳が私を睨む。

「これは、これは、太陽の神官とアイリ様、クール化を止めてくださってありがとうございます」


汗を拭きながらパウロ司祭が太った体を揺らしながら騎士達を掻き分けて現われた。

走ってきたのだろうか息を切らしており、顔色も悪い。


「探しましたよ。太陽の神官アイリ様。実家に帰ったなどと嘘だったのですね」


実家に帰った?

カイト様がそう言ったのだろう、チラリと彼を見るとそ知らぬ顔をしてパウロ司祭を見つめている。


「太陽の神官アイリは非常に疲れている。もうこのまま休ませたいのですが」

静かに言うカイト様にパウロ司祭はとんでもないと首を大きく振った。


「何を言っているのですが、門の前には大勢の人がクールを捕まえてアイリ様に治してもらおうと押しかけておりますよ!この敷地内でもクール化する人が多くて怖くておちおち歩いていられないし!

アイリ様がどうにか納めないと!」


青ざめて言うパウロ司祭に私はうなずいた。


「そうなんですか・・・・私ならなんとかできるかもしれません!」


徐々に体力は戻ってきている。

いまだカイト様に抱き上げられている状態から逃れようと身をよじるが力強い腕が離してくれない。


「無理だ」

「でも・・やらないと。逃げ出すわけには行きませんし」

「・・・・・ダメだ」


苦しそうなカイト様に私はうっすらと笑みを作った。

私の為にそういってくれるのはありがたいが、私を通して愛しいアイリーンを見ているかと思うと少し辛い。


「私とアイリーン様を重ねているんでしょうけど、別人ですから。私がどうなろうと気にしないでください」

「違う、そうじゃない」


カイト様は苦しそうに言って決意したように私をまっすぐに見つめる。

「僕にとってはアイリもアイリーンも同じなのに気にしないでとかそんな事を言わないでほしい・・・」


言葉が理解できずに首をかしげる。


「顔が似ているからって、同じように思ってくれているということですか?」

「違う、キミはアイリーンでもあるし、アイリでもある。ただ今はアイリという名前で呼ばれているだけのことだ」

「はい?」


言っていることが理解できずに居る私を力をこめてカイト様はますます抱きしめてくる。


「キミはこうやって人の為に死んでいく。今回はこんなにも君のことを遠ざけていたのに、太陽の神官になってその力だけ開花させてそしてまた人の為に死んでこうとする」

「ちょっと待ってください。何を言っているのかさっぱり解らないんですけど。・・・・あの大丈夫ですか?」


もしかしてこの人おかしくなってしまったんじゃないだろうかと心配になる。

私とアイリーン様を重ねて見すぎるあまり私をアイリーン様だと思っているのではないだろうか。

カイト様は真剣そのもので、嘘を言っているようでもおかしくなったようでもないが、ここまで意味がわからないと心配になってくる。

周りをみると私たちを囲んでいるようにしている騎士達もかなり戸惑っているようだ。


「何をごちゃごちゃやっているんだ。早くクールをなんとかしてくれ。もうすぐ正午になってしまう。

正午になったらもっとクールがあらわれるかもしれないだろう!」


額の汗を拭きながら声を荒げるパウロ司祭に騎士たちも数人頷いた。


「カイト様指示を」

「門を閉じて誰も入れないようにしろ。アイリは疲労しているのでこのまま一度休ませる。

午後にまた指示を出す」


カイト様の指令に私は抗議の声をあげた。

「私は大丈夫です。正午前に一度門のところまで行かせてください」


降りようとする私をますますカイト様は身動き取れないほど抱きしめられた。

「ダメだ」


「そうしてたって何も変わらないんだから、やりたいようにやらせてあげなさいよ」


珍しく白いドレスを着ているエマさんがゆっくりと歩いてくる。

ざっと割れるように騎士たちが動き道を作った。

「どうせ、このままいけば正午過ぎればみんなどんどんクール化してこの世界は終わるんだし」


エマさんの言葉にその場に居た騎士達がざわめいた。


「エマ様がそういうのならばもう世界はお終いということか・・・」

「なんてことだ」


絶望にも似た声が聞こえる。

エマさんの言葉はそれほどのことなのだろう。

パウロ司祭が絶望したように力なくその場に膝をついて空を見上げた。


「なんてことだ!何百年も生きるエマ様がそう言うのならば絶対にそうなのだ!もう私たちはおしまいだ!でも、でも。貴方ならなんとかできるだろう?」


そういって這うようにして私を抱えたままのカイト様の前に跪いて祈るように頭を下げた。


「お願いです。私には可愛い孫も居るのです。可愛い孫の命をお助けください、娘も!妻も居るのです!

どうか。どうか、お助けください!」


地面に額をこすりつけて頭を下げる姿はいつものパウロ司祭からは考えられない姿だ。

偉そうな彼が頭を下げている。その異様な光景に一瞬唖然としたが、騎士の誰かが声をあげた。


「それは都合が良すぎる話ではないですか!誰だって命は惜しい!それを、アイリ様が命を落とすかもしれないのにそれをお願いするなどと!」


「うるさい!みんなだって助かりたいだろう!これを収めることが出来るのが、太陽の神官であるアイリ様しかいないのだ!助ける能力があるのになぜ、やってくれんのだ!」


パウロ司祭の言葉にまた騎士から抗議の声があがる。

「それが勝手だといっているのだ!アイリ様にばかり頼るのは間違いだ!」

「そうだ!我々は人々を守る誇り高き騎士だ!」

「そうだ!クールを征伐しに行こう!」


盛り上がる騎士達に、私は制止の声を出す。

「ダメです! きっと、ここに連れてきているクール化した人は元に戻して欲しいから来ているんだとおもうんです!目の前で斬ったらダメです。私が行きます!」


クールといえども元は人間。

愛する家族だろう。

目の前で殺されるのを見ていい気分はしないはずだ。


「アイリ大丈夫よ。好きにやりなさい!」


虫けらを見るような目でパウロ司祭をチラッと見てから、エマさんはニッコリと私に微笑んだ。

「私はアンタの味方だから。今度は二人とも幸せになれるように私もがんばるし」


「今度は・・・?エマさんも私とアイリーン様が一緒だっていうんですか?」


私が聞くと、エマさんは少し悲しそうに微笑んだ。

「えぇ、そうよ。だって、同じだから。とにかく、やりたいようにやらせてあげて」


後半はカイト様に向かってエマさんが言うと、カイト様は嫌そうに顔をしかめた。


「どうせ、このまま何もしなくてもクール化した人が増えて、ここにいる人は一週間もしないで死ぬとおもうわよ。どうせなら、少しでもこの子が生きれるかもしれない未来にかけてみたらどうなの?今回は私に秘策があるのよ。」

「お願いします!私もこのままなにもしないで見てるのは嫌です」


必死の私のお願いにカイト様が長いため息を付いた。

「そう言うところも昔と何にも変わっていないね」


そういって私をゆっくりと地面に立たせた。

「秘策とやらはなに?」


エマさんに視線を送るカイト様にエマさんは微笑んだ。


「そのときになったら教えるわ」







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