13
私にそっくりな顔をしたアイリーン様の亡骸がクリスタルに包まれてまだ保存されていることも衝撃的だったが、クリスタルに包まれているアイリーン様の亡骸にすがり付いて泣いているカイト様を見たことがなにより私は酷くショックを受けた。
重い体と心を引きずって部屋に帰ると、心配そうなエウラが迎えてくれた。
「大丈夫ですか?顔色が悪いですけど・・」
「大丈夫・・・だと思う」
思っていたよりも低い声が出たが取り繕う顔も出来ずそのままベットへとダイブして枕に顔をうずめた。
「なにかあったのですか?」
心配そうなエウラに私は枕に顔をうずめたまま呟いた。
こんなことは言いたくはないが、誰かに言わないともっと落ち込みそうだ。
「私、勘違いしていたみたい」
「何をですか?」
「全部。そんなわけ無いと思っていたけど、やっぱりそうだった。カイト様が私にちょっとやさしくしてくれたりとか、意味ありげにネックレスとかくれたもんだから、ちょっと勘違いしちゃってた。私って特別なんだって」
「それは・・・誰でもそう思うと思いますよ」
戸惑うエウラに私も内心頷く。
そりゃ、他の人とは違う。私は、カイト様がきっと愛しているであろうアイリーン様と同じ顔をしているから。それだけは他の人と違い、気にかけてくれているのだろう。
ただ、それだけなのだ。
なのに私は心のどこかで期待をしていたのだ。
「でも、違ってたの。きっとあの人の好きな人が私に似ているから気に掛けてくれてただけなんだって気づいてしまったの」
エウラには何のことかわからないようで戸惑ったように頷いている。
「そ、そうなんですの。状況がよくわかりませんけど、それでも一番居間近くに居るのはアイリ様だとおもいますけど」
確かに近くにはいるが、相手は命がけで国を救った人だ。
愛情深く、やさしいと伝説にもなったアイリーン様に勝てるわけが無い。
もやもやした気持ちを吐き出すように息を吐いた。
「ごめん、エウラ。今日は疲れたからもう寝るね」
枕から顔を挙げずに告げると、エウラは戸惑っているようだ。
「大丈夫ですか?」
「平気。寝れば元気になるから・・・。ごめんね」
「そう・・・ですか?では失礼いたします」
心配そうにエウラは静かに部屋を出て行った。
一人きり、ベッドの上でそっと窓を見ると満月が綺麗に見えた。
月を見るだけでカイト様を思い出しちょっと胸が痛む。
「大丈夫、寝れば元気になる」
自分に言い聞かせるように呟く。
なるべく、カイト様に近づかないようにしよう。
彼の声を聞くだけで、姿を見るだけで愛しさがこみ上げてくるのだから。
きっと、離れれば忘れられるはず。
ただの憧れだったのだ。
ただの憧れだったと思いこみながら私は、数日間いつもよりも巫女の仕事に打ち込んだ。
カイト様となるべく会わないようにして過ごした。
カイト様は神官業務を全くしないので会わないのは簡単だった。
勝手に私が憧れて、勝手に失恋して、勝手に会わないって思っているだけなのだが。
彼から会いに来るなどそもそもそんな仲でもないので私が気にしすぎなのだけど。
エウラは何か言いたそうな顔をしていたがあの日以来一言もカイト様については触れることは無かった。
熱心に巫女の勉強をする私を不振がって巫女仲間たちが聞いてきた。
「アイリ様、最近元気がないようですが・・・」
巫女の勉強のために読んでいた本をから目を離してミカさんを見ると心配そうに私を見ていた。
「そうかな?そう見えるんだったらちょっと疲れているのかも。最近ちょっと巫女の勉強とかなれないことをしているし」
軽く笑っていってつもりだったけど、ミカさんはますます心配そうな顔をして私の顔を見てくる。
「何でも言っていただいていいんですよ。私たちはアイリ様の見方ですし、同じ太陽の神殿の巫女ではないですか」
「いや、たいしたことじゃないのよ。本当」
「いいえ、アイリ様が悩まれているのはわかります。不安ですよね。占い師たちがあんな事をいったばかりにアイリ様を昔のように身を捧げろなどといわれれば」
「え?あぁ、そうね。そうだった・・わね」
てっきりカイト様を避けていることを言われているのかと思ったが違ったらしい。
カイト様がアイリーン様の亡骸にすがりついて泣いているのを見て失恋したのを感じ取られたかと思ったが違ったらしい。
むしろ、避けていると思っているのは私だけだし。普段から接していたわけでもないのだから周りにはわかりはしないのだろう。
すっかり忘れていた。
占い師たちが、太陽と月が交わるときに私が身を呈して救ってくれるだったかしら?
「ちがうのですか?」
反応の悪い私にミカさんが首をかしげる後ろで他の巫女さんたちがニヤリと笑った。
「違うわよ~ミカさん。アイリーン様はカイト様となにかあったのではないんですか?」
「数日ぐらい前から、私たちがカイト様の話をすると妙に避けるし、落ち込んでいるようですし」
「ち、違いますよ!なんでもありません」
私が否定すると巫女さんたちはますますニヤニヤと笑って何があったと聞いてくるが言えるはずもない。
もごもごしている私をみてミカさんもどうやらカイト様が関係しているらしいとピンときたらしく口元を手で押さえて驚いている。
「えぇ?カイト様なんですか?一体なにが?」
「ミカさんまでなんでもないです!むしろなんにもなくて落ち込んでいるって言うか・・・」
「何にも無くてですって。そんなはずないでしょ。ネックレスだってもらっているし、あの聖堂でのカイト様の発言はもうねぇ」
「アイリ様を大切に思っていると私たちはおもっていましたけど・・・。ねぇ」
「もぉ、やめて下さい!」
巫女さんたちの言葉が胸に痛い。数日前だったら喜んでいたような言葉なのに。
「いい加減にしてください!」
今の言葉は私ではない。少し幼い声に振り返るとユミナがむすっとして私を睨みつけている。
「ユミナちゃん、ごめん静かにします」
不機嫌そうなユミナに私が謝るとますます機嫌を悪くしたようだ。
「いい気にならないでください。アイリさん。カイト様はあなたのことなんてちっとも気にしていないんですから!私はずっとカイト様を見てましたし!」
わかっていますとも、ユミナちゃんの言うとおりです。
「ごもっともです。来たばかりの私が出すぎたマネをしすぎました」
ユミナもまさか私に頭を下げられるとも思ってなかったようで少し戸惑いながらも横を向いた。
「べ、別に。判ればいいんですよ」
そういってユミナは机の上に広げた道具で作業を始めた。
何か作っていたようで、よく見ると白い花びらのような布を丁寧に貼り付けてコサージュのようなものを作っていた。
白い花は私が好きな花だ。月の神殿の庭に咲いていたあの花だ。
カイト様を思い出して胸が苦しい。
私が熱心にユミナの作業を見ているのを見て巫女さんたちが私に聞いてきた。
「不思議そうな顔をしてユミナの作業を見ていますけど。もちろんアイリ様はもう作り終わったんですわよね。あれを」
「あれって。あのユミナちゃんが作っているコサージュのようなものですか?」
「もしかして・・・ご存じないのかしら?」
「あのコサージュってなにかの儀式に必要なんですか?」
そんな話は聞いていないが。
私が首をかしげていると巫女さんたちがたいそう驚いていた。
「あの白い花はアイリーン様の好きな花だったそうですわ。アイリーン様の誕生日にはあの花を模った小物を好きな殿方に送ると幸せになれるという言い伝えがあるんですよ」
「へぇ、知らなかった」
これはこの城の中だけの儀式的なものではないかしら。
町で暮らしていた私はそんな話はしらない。
「では、アイリ様どうぞ」
ミカさんが笑顔で私に道具を渡してきた。
白い花のコサージュが作れるセット一式だ。
「みんな数日前から作っておりましたのよ。渡す相手はそれぞれですけど、私はもちろん婚約者に渡しますが、アイリ様はカイト様にお渡しになるのがよろしいかと思いますわ」
思いますわといわれましても。
「はは、私こういうの得意じゃないから」
そういって断ろうとするが、ミカさんもニッコリと笑って引き下がる様子が無い。
「アイリ様、これは試練だと思ってください。仕事ですわ。そういう伝統なんですからカイト様のためにコサージュを作ってください。よろしいですわね」
ミカさんの迫力に思わず頷くと他の巫女さんも面白そうにニコニコ笑って頷いた。
「カイト様と何があったのか知りませんけど、このコサージュを渡せば一気にラブラブになりますわよ」
ソレはないと思ったが私はなんとか笑顔で頷いた。




