地に生み落ちる、その卵から雛は孵るか
いつもは頭上にあった青い星、地球。それをこうして眼下に望むというのは、どうにも奇妙な感動がある。
赤道上空数千キロをぐるりと廻る静止軌道環、オービタルリングの最外周で生まれ育った彼にとって、足元にあるのは月であり、地球とは常に見上げるものであった。
今は地球が足元にあって、月は遥か頭上にある。
『地球が足元にあるって、なんだか変な気分だ』
装甲ヘルメットの通信機に、くぐもった声が届いた。声の主は後部座席に固定されているから様子をうかがい知ることはできないが、きっと興奮しているのだろう。彼自身がそうだったから、それはよくわかった。
「はしゃぎ過ぎだぞ、ヘンス。それに今は無重力状態なんだから、上も下もあるもんか」
それでも彼は、ヘンスを窘める。彼はヘンスよりかは先輩だったし、この装甲突入降下艇《E.G.G.》を預かる機長であったからだ。しかもいまは大事な作戦の待機時間だった。私語は慎むべきである、と言う希薄な職業意識が、彼にそうさせた。
『あっ、すいませんライカ機長。つい』
「まあ、気持ちはわかるさ。大きいもんな、地球って。今からあそこに飛び込んでいくんだから、気を引き締めないといけない」
ヘンスに向けた言葉の半分は、ライカ自身に向けたものだった。眼下に見下ろす地球は静謐として神聖な雰囲気を纏っている。青と白のまだら模様は言い知れぬ巨大な包容力を感じさせるものの、無粋な侵入者にまで優しくはない。
ライカは、自分は今からこの星を壊しに行くのだという事実を再確認して、少し身震いをした。分厚い装甲宇宙服を纏っていることで後席のヘンスに知られることはなかったのは、きっと幸いである。
オービタルリング独立政府と地球各国との軋轢が、ついに戦争という最終外交に至ったのはライカがまだ8歳の頃で、つまりは10年近く戦争状態は継続していた。しかしそれも、ライカらの挺身によって終わるはずだ。少なくともライカはそれを固く信じていたし、信じているからこそ《E.G.G.》の搭乗員に志願したのだ。
……このような作戦で得られる平和などというものが、いったいいかほどの価値を持つのかは知らない。最外層民のライカに、そのようなことを論じれるほどの知見はない。かといって、それを後世の歴史家に語らせるままにするおいうのは、いささかばかり癪でもあった。
装甲突入降下艇――《E.G.G.》は「Entry Gunship GAIA (Global Assault Impact Apparatus)」の略称で、御大層な名前のわりに、その実態は特攻兵器に他ならない。機体は全長が60メートル、長径が20メートルの紡錘形で、卵と言うにはいささか細長い体積の前方70%を、たった一発の新型爆弾が占める。
ライカとヘンスが納まっているのはその後部で、姿勢制御スラスターと離脱用ロケットブースター、そしてそれぞれの推進剤と燃料がぎゅうぎゅう詰めになったわずかな隙間に、無理やり操縦席はねじ込まれている。
とはいえ操縦席の内側は一面がディスプレイになっているので、ライカは閉塞感どころか不安を覚えるほどの解放感を感じていた。
決死行の直前に地球をこんなに間近に感じられたのは、良い冥途の土産になったろう。ライカは少しだけ寂しい笑いを零したが、すぐにいいや、と思い直した。
「ヘンス、お前はどうして搭乗員に志願したんだ?」
『家族のためです。搭乗員になれば、家族に良い暮らしをさせてやれますから』
ライカの問いかけに、ヘンスは即答した。あまりにつらりと言葉が出てきたものだから、この問いかけは他でもう何度かあったのだろう。突入降下艇の搭乗員の家族には、リング外周民なら数年は暮らしていけるだけの恩給が出た。
『ライカ機長もそうなんでしょう?』
「俺にはもう家族はいないよ」
『……すみませんでした』
ヘンスがあまりにもしょげた声を出したものだから、ライカは「気にするな」と少し笑った。
「俺は……そうだな。きっと英雄になりたいんだよ。この世界に俺が居たって記録を何とか残したいんだ。それも飛び切りのやつをな。だって寂しいだろ、死んだらそれまでなんて」
ライカは先刻私語を慎むように言ったその口で、とつとつと語った。自分もどうしようもなく興奮しているのだな、とヘンスには申し訳なく思った。
「家族が死んだのは5年前だ。地球からのマスドライバー攻撃でリングのセクションが丸ごと吹き飛ばされたとき、そこに家族が居たんだ。俺は他のセクションに奉公に出ていて無事だった。あっけないもんだったよ。死体も見つかっていないんだから」
『それは……』
「家族がいたという痕跡は、もう俺の頭の中にしか残っていない。そりゃそうさ。知人友人丸ごと宇宙の藻屑になっちまったんだ。それってさ、さみしいだろ」
ヘンスは言葉を発しなかった。ライカはしまったと反省する。この話になると、つい他人を置いてけぼりしてしまう。悪癖だ。自分で話を振っておきながらそれでは、あまりに無責任だろう。ライカは仕切りなおすように小さく咳ばらいをしたのち、言葉を続けた。
「だから、生きて帰るぞ。もちろんヘンス、お前も一緒にだ。死んだ英雄よりも、生きて帰ってきた英雄のほうがよっぽどセンセーショナルだ。人の頭にだって残る。ついでに、作戦も成功させる。お前も家族のところに戻る。最高だ。いいか、これは機長としての命令だが、俺が生きて帰るためにも、最大限の協力をしてもらうぞ。お前には期待している」
ライカはまくしたてるようにそう言って自分勝手に会話を切った。ヘンスはポカンとしてから少しして小さく笑うと、「随分理想家だったんですね」と言った。目尻に溜まった涙をぬぐおうとして、バイザーに阻まれたのだろう。こつんという音が後から聞こえた。ライカはすこし顔を赤くして、「そうだよ、悪いか」とだけ返した。
ヘンスは言葉を発しなかったが、それは心地の良い沈黙だった。心なしか士気も上がったようにすら思う。
そしてずいぶん長く思われた待機時間は、オービタルリング独立政府軍のお偉方の演説とともに終わる。計45機の《E.G.G.》からなる地球解放戦隊の戦隊長から傾注の号令が飛んで、ライカとヘンスは気持ちを締め付ける。
自分たちで始めたことの尻拭いを美辞麗句で塗りこめた、勇猛果敢で空々しいご高説は右から左に聞流して、ライカはついにカウントを始めたデジタルクロックを注視していた。これがゼロになったとき、ライカとヘンスを載せた《E.G.G.》は地球に向けて投下される。
仮想訓練は、それこそ寝る間を惜しんでまで行った。訓練におけるライカたちの成績は、ここ最近では常にAA+の最高ランク。投下成功に加え、生還も十分考えられる成績である。とはいえ、仮想訓練と本番ではやはり重みが違う。ライカは胃が捩じ切れそうになるプレッシャーをおさめるため、操縦桿を強く握り込んだ。
《――諸君の奮闘に期待する》
そんな定型句で演説は締め切られた。頭から尻まで、血の通わない言葉を果たして聞いていたものがどれほどいたのだろう。ついにテンカウントが始まる。機体を宇宙空間に宙づりにしている電磁カタパルトがキュウンと鳴るのが、アームを伝って聞こえてくる。
「ヘンス。気を引き締めろ、行くぞっ」
ライカは機長として号令した。それはやはり、自分にも向けた言葉である。ヘンスの子気味良い短い返答が聞こえた。カウントがゼロになる。
思っていたほど、急速な加速はなかった。まるで海におもちゃのヨットを放すように、二人の乗った《E.G.G.》は宇宙に放流される。オービタルリングとの通信が遮断された。どうせ大気圏内で爆弾が一つでも炸裂すれば、電磁パルスの影響で通信は用を成さなくなる。そのための操縦者だった。
『突入します。入射角0.5』
ヘンスのオペレートに従って、ライカは極めて繊細に操縦桿を倒す。音の数倍の速さで地球の軌道を周回していた機体が、にわかに減速を始めた。落下しているのだ。地球の重力に惹かれて。
『角度戻し。目標誤差は基準範囲内。流石ですね、ライカ機長』
「この程度はな、どれだけ訓練したと思ってる」
ヘンスは訓練時よりいくらか饒舌になっていた。このような無用の世辞は言わない男であったから。とはいえライカにもヘンスの緊張は手に取るように分かったから、あえて彼は何でもないというふうに返す。ライカにもさっぱり余裕はなかったが、さも余裕綽々であるふりをした。それは機長として叩き込まれた、いわば鉄則だったから。
『大気圏、突入します。地球からの迎撃が考えられる高度です、ご注意を』
「ああ、ここで死んだら笑いものにもならないからな。行くぞっ」
がくん、と言う振動があった。それは一度のものではなく、断続的に機体を揺らす。熱い大気の層が、忌むべき侵入者である彼らを燃やし尽くそうと阻む。ディスプレイが真っ赤に染まっていた。
『迎撃きます! マスドライバー!』
「レーザーじゃないだけ随分ましだ!」
ライカが細心の注意で、されど大胆に操縦桿をさばく。姿勢制御スラスターが瞬間噴射し僅かに突入コースの変わった機体の真横を、真っ白に発光した鉄片が通過した。気流がかき乱される。ライカは巧みに稈を操って、機体を即座に安定させた。
『お見事!』
「褒めてる間があったら、索敵しろ!」
『レーザー照射!!』
ライカは返事をするより早く稈をさばいた。機体は健在。不可視の熱レーザーの直撃は避けられた。だがこれで終わりではない。ほんの数秒の間に、レーザー迎撃網のただ中まで落ち込んでいた。
「フェアリング分離!」
『了解、フェアリング分離!』
機体のシルエットを形作っていたフェアリングが、断熱圧縮によって橙色に輝いている。それが勢いよく周囲に散らされた。船体を大気の熱から守ってくれた盾の最後の役目は、高熱源をばらまいて敵の照準をひとときだけ誤魔化す囮だ。
新型爆弾と、それに括りつけられたようなブースターユニットがまろび出て、冷めた夜の大気にさらされる。小さな安定翼が展開し、著しく変化した空力特性をライカは巧みに御した。
視界の右端でぼんやりと火球が咲く。右ディスプレイの一部が電磁放射の影響で死んだが、すぐ復帰した。味方が落とされたのだというのはすぐ分かった。
「戦隊の状況は!」
『電波障害著しく……健在40、撃墜は5!』
「早いな」
ライカは落とされた味方に追悼と罵声を浴びせて、それでも操縦桿を操る手に精彩を欠くことはなかった。既に数えきれないほどのマスドライバー攻撃とレーザー照射をかいくぐって、いまだ機体に損傷はない。
ライカの操縦は、まさに今日この時において神がかっていた。
『投下ポイントまで、あと100!』
「誤差はっ」
『許容範囲内! 切り離しシークエンスの開始許可を……!』
「許可ァっ!」
ヘンスの操作で《E.G.G.》の前後を繋ぐロックが外された。同時に新型爆弾が起動し、起爆までの秒読みを始める。ライカはぞわりとした怖気を感じた。それは地球に投下されてからずっと感じている戦場の恐怖とは一味違う、いうなれば根源的な忌避感とでもいうべきものだった。が、それをヘンスには感じさせないように、ライカは通信機に吼えた。
「最終ロック解除!」
『最終ロック解除っ』
ライカの号令をヘンスが復唱して、二人は同時に解除コードを入力、決定を押下する。新型爆弾はついに《E.G.G.》という物理的・電子的な頸木を外され、完全に切り離された。
尻尾のロケットブースターを点火し、最後の加速を行う新型爆弾。ライカはその行く末を見守ることなく、機首を上げて脱出用のブースターに点火する。すさまじい重力加速度が、二人をシートにたたきつけた。
そして、起爆。
黒々とした閃光、としか表現できないモノが瞬き、轟音と熱が目標となった地球軍総司令部基地を飲み込む。黒い火球が焼失した後には不自然なほどに煙もたたず、爆心地の状況をつぶさに観察することができた。
爆心から半径5キロメートルの上部構造物は瓦礫も残さず消滅し、大地を地下構造物諸共すり鉢状に融解させた。あとに残ったのは、まるで原始地球を模したような溶けた岩のうねりばかりである。
もっともライカにそれを確認するほどの余裕はない。前半分を喪った《E.G.G.》の空力特性は絶望的で、新型爆弾のロケットブースターの爆風に煽られた機体はきりもみ回転を始めている。
「こっの……っ」
ライカは強烈な遠心力に意識を刈り取られそうになりながらも、姿勢制御スラスタの推進剤をいっそ使い切るほど思い切りのいい噴射をした。ライカの操縦桿さばきに応じて小さな安定翼のフラップがせわしなく動き、数秒で機体の回転をおさめて見せる。弾道飛行が安定したころには、すでに爆心から100キロ以上遠ざかっていた。
『――目標完全消滅、作戦成功ですっ』
爆心地を観測したヘンスの声は、弱々しかったが力強かった。
「あとは帰る、だけだなっ」
ライカは推進剤計を睨みつけながら、最後の目標である生還について考えを巡らせる。この玩具のようなロケットブースターと脆弱な機体構造では、第一宇宙速度への到達――つまり大気圏を突破し宇宙に戻るのは非現実的で、もとより想定の外。で、あれば。
『太平洋メガフロートまでの航路を出します!』
ヘンスは喜色を滲ませる。示された航路の行き着く先、OLD唯一の地球上の版図である太平洋メガフロートは、文字通り太平洋上にぽつんと浮かぶ人口島で、大樹のような軌道エレベーターの根に当たる。
作戦では、攻撃を終えた《E.G.G.》はこの太平洋メガフロートに集結する手筈になっていた。燃料はギリギリだったが、かろうじてもつ。ライカは瞬時に脳内で計算をして、それをヘンスに伝えようとした。
しかしそれはかなわなかった。
尋常ならざる振動が、ライカの機を襲う。ライカ自身なにが起こったかわからなかったし、ヘンスに至ってはそれを知覚するより前に絶命していた。
第三者視点で見れば、ライカらの《E.G.G.》は同胞のはずの《E.G.G.》に撃墜されていた。
軌道上でレーザー照射を受け作戦続行が不可能になった味方が、破れかぶれに投下した新型爆弾。その断片が、天文学的な確率でもって、何の因果かライカの機に接触してしまっていた。
その新型爆弾が不発だったのは、果たして不幸か幸いか。しかしごっそりと抉り取られた後部席はもはや原形をとどめていないほど破壊されていたし、前席のライカも真っ二つに折れた機から海上千数百メートルの上空に投げ出された。
装甲ヘルメットのキャノピーに亀裂が入っていて、ライカの視界はひび割れていた。衝撃と急な減圧は、一瞬でライカの意識を刈り取る。それはあまりにあっけない幕切れではあったものの、バラバラになったヘンスの死体を見ずに済んだのは、ライカにとっては最期の幸福かも知れなかった。
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作戦の顛末を、ここに記そう。
結局のところ、軌道降下から新型爆弾による目標の破壊、その後の帰還までを一連の作戦として考えた時、完全に作戦を成功させた《E.G.G.》はなかった。そもそも新型爆弾による攻撃を果たせたのはライカとヘンスの機だけで、他はそれすら果たせぬまま、遠く母なる地へと霧散して行った。
そして唯一攻撃を成功させたライカらも、生きて戻ることはかなわず。作戦に投入された45機すべてが未帰還という形で作戦は終わった。
しかし、それでも。ライカがそう信じたように、戦争は終わった。
軍の総司令部を丸ごと喪失した地球は、組織的な抵抗力を大きく減じさせた。OLDによる新型爆弾の脅威に屈する形で、"極めて対等な形"の講和条約の下、オービタルリングは真の意味で独立を手にする。きっとしばらくは、地球圏も静かになるだろう。
かくして、ライカは英雄となった。
後にオービタルリング独立政府軍にて最も優秀なパイロットに与えられる勲章に、ライカとヘンスの名がついた。二人はその身命を呈して戦争を終結に導いた偉大な英雄として、OLDの歴史に深く名を遺したのである。
///
鈍色の潮騒が、灰色の砂浜に寄せては返している。
海の向こうに沈みゆく、燃えるような真っ赤な夕日が、迫る夜闇を焼くように照らしていた。
老人は、砂浜に一脚の古びたいすを置いて、焼けた空を眺めている。
正確には、そのもう少し上。薄らと見える巨大人工構造体の輪郭をただ、眺めていた。
星が、瞬く。
「じいさん、まだこんなところにいたのか!」
老人の後ろから、ひどく慌てた若い声が聞こえた。老人は、そこでようやく視線を空から降ろして、呼びかけてきた声の主を見やる。それはまだ若い青年で、どこか目鼻立ちに老人と似通うものがあった。
「はやくシェルターに入らないと。島には落ちなくても、波は来るってんだから」
そういって青年は、老人の手を引く。すぽんと、その腕が引っこ抜けた。老人は痛がるそぶりも見せず、ただ悪戯が成功した子供のように笑う。義手なのだ。子供のころはよくこれでからかわれたものだが、今はそんな冗談をやっている暇はない。青年は少しイラついた。
「あのなあ……」
「お前だけで行きなさい、ヘンス」
青年の言葉を遮るように、老人はひどく穏やかな口ぶりで言った。それでも、それには有無を言わせない迫力があって、ヘンス青年はひどく狼狽した。
「じいさん、なに言って」
「いいんだ。おれは少し、生きすぎたようだから」
老人は亡くなった右腕をそのままに、視線を空に戻す。遥か頭上の淡い輪郭が、ゆっくりとずれていくのが見て取れた。
「せめて、見届けたい」
老人は穏やかに過ぎる声で言った。その時、ヘンス青年のポケットからけたたましい警報音が鳴り響く。穏やかな夏の夕暮れに、そればかりがひどく場違いだった。
「俺は……」
「いきなさい、ヘンス」
ヘンス青年の声を三度遮って、老人は有無を言わさずに告げる。それきり、老人はヘンス青年に意識を向けることの一切をやめた。老人は今、1人だった。
ヘンス青年は何かを言いたげにして、しかしそれを言わず、椅子の足を思いきり蹴っ飛ばしてから、老人に背を向ける。こうなった老人がどうしようもないほど頑固なのは、ヘンス青年もよく知っていた。その無念を椅子にぶつけることを、きっと老人が許すことも。
歩き去っていくヘンス青年の足音が、やがて聞こえなくなり。老人の衰えた聴覚を支配するのは、少し強くなった風と潮騒の音だけになる。
『せっかくできた家族でしょ。いいんですか、キャップ』
耄碌した耳に、かつての相棒の声が聞こえた気がした。贅沢な人だなぁ、と、それはずいぶん呆れているようだった。
星が、瞬く。
「いいんだよ」
老人はただ静かにつぶやいて、椅子の背もたれをぎぃと鳴らした。