9話 クーゼとナナシア
次で10話!
やったぜ
俺はギルドに戻るとカウンターへと近づいた。お爺さんを抱えたまま。
「はい、どうしまし、た……か?」
お爺さんとハダーの血にまみれた俺の格好を見た受付嬢は動揺し、言葉を詰まらせた。……もしかして、俺がこのお爺さんを殺したみたいな図になっていないか……? それはマズイ。面倒ごとは厄介だ。
「あ、あー、ハダーの依頼達成の報告をしにきたんだが。それと、このお爺さんは生きてるからな。この血はお爺さんのではなくてハダーの血だからな」
「は、はい! そ、その、依頼書を……」
ビクビクとしながら、引き目にお姉さんが言った。だめだ、完全に怖がられてしまっている。これは手早く用を済ませておいた方が良いだろう。
「これだ。……それと、このお爺さんを精神病院的なところに連れていってやってくれ。ハダーを討伐するとき、ずっと隣で煩かったんだ。言い方は悪いが、頭をやられているかもしれない」
「そ、そうなんですか。分かりました」
お爺さんを受付嬢に預かってもらって、俺は報酬待ち。一旦、ギルドの丸テーブルの椅子に座って報酬の準備を待つ。と、その間に誰かが隣に座ってきた。銀色で長い髪の女の子。何やら俺に用があるのか、ジト目でジーッと俺を見てくる。
「何か?」
「あなた、タカヒト……?」
何故か少女の口から俺の名前が飛び出した。その事に俺は動揺し、少女に対する警戒を強める。物静かな女の子。だからこそ何か危険なニオイを感じる。
が、少女はその警戒に気づいたのか、手を前に出し制止してきた。
「別にあなたと事を荒立てるつもりはない。勝てない可能性が高いし」
「じゃあ何なんだよ」
一体何の用だというのか。
「あなたが倒したキメラ。ランクどのくらいか知ってる?」
またも、少女が俺の警戒を強める一言を呟いた。キメラを俺が倒した。その事を何故知っているのか。どこかで監視していた可能性もある。
俺には索敵能力はない。隠れてこっそりと尾行されたら、俺はほぼ100パーセント気がつかない。
「何故知っている……?」
「……あなたがF級冒険者だと知って、不安だから付いていった。先に言っておくけど、あなたの尾行と緊急時の救助依頼を出したのはそこの受付嬢」
「へ?」
銀髪の女の子が指を指す方向。そこには、慌てているのか冷や汗ダラダラのナナシアがいた。俺がその事を確認すると、ナナシアは陰から出てきた。何やら、ヘンテコな石のようなアイテムを持って。
「や、やあ、タカヒトくん……」
ナナシアはそう言い、そのまま銀髪の子の耳に口を近づけた。
「ちょっと、なんで言うのよ! ていうか、なんで出ていったの⁉︎ 私こっそり尾行って言ったよね!」
銀髪の子にナナシアが耳打ちするが、モロバレだ。まあ、だいたい事情は分かった。要するに、雑魚の俺がいきなり依頼に行くのが不安で付いてきたのだろう。で、俺の力を見て、今度はそっちが気になったと。
そうと分かれば俺は警戒を解いた。それを見計らってか、銀髪の子がナナシアを無視して口を開いた。
「私の名はクーゼ。よろしく」
「よろしく。知ってると思うけど、タカヒトだ」
俺とクーゼは軽い握手を済ませて椅子に座りなおした。無視され涙目になっているナナシアも席に座る。
と、そこで俺はふとナナシアに聞いた情報の誤りを思い出した。そこで、尋ねてみる事にした。
「なあ、ナナシアさん。ハダーの情報、結構間違えてたぞ。タバコのような物なんて吸ってなかったし、薄明薄暮性の明け方タイプとかでもなかったし」
あのハダーは思い切り夜に行動していた。別に俺は大きな音を出した記憶はないしハダーを起こすような事は何もしていない。初めから起きていたという事だ。
俺の話を聞くと、ナナシアは訝しげに眉間にシワを寄せた。
「おかしいわね。それ本当にハダー? 私が今まで見てきたハダーはみんなタバコを咥えた明け方に活動するやつだったわよ。クーゼはどう?」
「私が見てきたのもタバコを吸っていた。タバコを咥えていないやつは見た事ない」
2人が同じ証言をしているのだから、間違えている可能性は低いだろう。そうだとしたら、やはりあのハダーはハダーではなく別のモンスターだったのか……? いやしかし、あのお爺さんはアレをハダーと呼んでいた。
と、お爺さんの事を思うともう1つ思い出した。
「それと、俺がハダーを倒そうとしたら、変なお爺さんが俺のことを止めて来たんだよ。危険だって。ハダーってなんか危険だったりするの?」
と、これにはクーゼが答えてくれた。
「もちろん危険。だけど、それは全モンスターに言えること。討伐を止める理由が分からない。けど、モンスターを神の使いだと崇めている人もいる。そういう人かもしれない」
なるほど、と俺はクーゼの答えに納得した。宗教絡みという訳か。それならあのお爺さんが俺を止めてきたのも合点がいく。また、危険だと言っていたのは俺の狩りの手を止めるためだったのかもしれない。
そう思うと、しばしば感じていた罪悪感が薄れてきた。そうだ、俺は何気にあのお爺さんが殺されそうになっていたところを助けたんだ。それは間違った行動ではないはずだ。
「ありがとう、2人とも。肩の荷が下りた気分だよ」
素直に感謝の言葉を述べる。その後はこれといった話題もなく、他愛もない話をしていた。
しばらくして依頼の達成金の準備ができたのか、俺を呼ぶ声がギルド内に響いてきた。俺は立ち上がり、達成金を受け取りに行く。
「あ、タカヒト様。達成金はこちらです。どうぞ」
受け取った額は50万アシリス。やはり割には合っていないと思うが、これでしばらくの生活には困らないだろう。
気分良く席に戻ったのだが、そこにはクーゼとナナシアの姿はなかった。結局、彼女たちは何の用で来たのだろうか……?
と、テーブルの真ん中を見ると何やら一枚の紙が置いてあった。そこには……。
──明日、午前8時にアンマ町の門前に来て──
と書いてある。何故今ここで言わなかったのか……? ちなみにアンマ町とはこの町の事だ。
「はぁ、午前8時か。起きられるかな」
俺にとって目覚まし時計のないこの世界で午前8時起床はかなり難しい。かつて目覚まし時計がなければ永眠できると豪語していたぐらいである。もちろんできないが。
俺は達成金を持ってギルドから出ていった。