3話 昇級プレゼント
俺とクーゼは町の定食屋で昼食を取っていた。俺が頼んだのは、スターフィッシュ定食。スターフィッシュが何なのか分からないが、十中八九魚類ではあるだろう。魚は昔から好きなのだ。ちなみにクーゼはトークロース定食を頼んでいた。クーゼ曰く美味しいらしい。
「そういえば。タカヒト、昇級してB級になってた」
「え? マジで!」
クーゼが、赤黒い肉を口に運びながら言った。苦節数十日。ようやくB級の冒険者になれたのか。いやしかし、いろいろすっ飛ばし過ぎではないだろうか……? つい先日までF級だったのだが。
「多大な功績を残せば一気に級が上がることがある。この間のタカヒトの活躍はすごかった」
クーゼが俺を賞賛してくれる、真顔で。表情が豊かな娘ではないのだろう。笑顔以外の表情はあまり見たことがない。まあ、笑顔ができれば大きな問題はないだろう。多分。
「良かったね。これでA級の依頼にも行ける。今度一緒に何か行く?」
「おう! 頼みます!」
美少女と2人きりで依頼に行く。素晴らしいイベントである。楽しみで仕方がない。そのためにも、早めに武器を揃えなければならない。
俺は急いでスターフィッシュをかきこみ、立ち上がった。
「俺、先に戻って武器を見てくるよ。まだ俺に合った剣は見つけられてないしな」
「そう、私はもう少し食べてる。食べ終わったらそっちに行く」
「うっす」
武器屋に戻ると、再び剣探し。グリップから剣を探すのは非常に面倒くさい。だが、命を守る大切なアイテムとしてしっかり選ばなければならないだろう。手に馴染む剣などすぐ見つかると思ったのだが、これが意外と見つからない。時間をかけて武器屋を巡ったのだが、最適なものは高額なものばかり。結果として時間を取られてしまっている。
「もう仕方ないし、 高価なヤツ買おうかな。もう諦めようかな」
そう言って、0の文字が無駄に多い値札を睨みつけた。30万アシリス。流石にすぐには踏ん切りがつかない。しばらく剣と値札を交互に睨みつけていたが、次第にバカらしくなり、ため息をついた。
「もう、剣を諦めるか……」
別に武器がなくとも十分戦えるのだ。剣を使って逆に戦いづらくなる可能性だってある。この世界に来て、命の重さを知ったつもりだ。ロマンばかりを追いかけてもられないだろう。
と思い、自信を納得させようとしたが、決心できない。
俺が武器屋を出たり入ったりしていると、食事を終えたのだろう、クーゼと合流した。クーゼは困惑した表情を浮かべた俺に不思議そうな顔を向けてきた。
「どうしたの?」
「いや、もう剣諦めようかなって」
「そう、どうして?」
「もうな、全然見つからないんだよ。俺に合ったヤツ。高いのばっかりだぜ」
クーゼは俺の言葉を聞くと、俺が睨みつけていた剣をチラリと横目で見た。そして、そこに記載されている値段にクーゼも少し引いてしまう。しばらくそうしていたが、不意にクーゼは剣の柄を握った。そして、そのままレジへ……。
「いやいやいやいや! 待て待て、クーゼさん何しようとしてんの⁉︎」
「……? 見ての通り、剣を買おうとしてる」
「買った剣をどうするつもり……?」
「あげる。タカヒトに」
ちょっと待ってください。それ30万アシリスですよ、それ。お姉さん、桁2つぐらい勘違いしてませんかね……?
「クーゼさん、流石にそれは貰えないっす。いくらすると思ってるんですか……?」
「30万アシリス。昇級のお祝いに」
「ありがたいけど。お祝いなんていいから、ほら、戻してきなさい」
半ば強引にクーゼから剣を抜き取ると、元あった場所に戻した。が、すぐにクーゼがまた取っていってしまった。それを俺が奪い取り戻す。そしてクーゼが……。
「あの、クーゼさん。本当に良いですから」
「気にしなくて良い。私はあなたよりお金に余裕がある。助け合い。貸し1つ」
「……金に関わらず貸し借りはあまり好きじゃないんだが」
なんとか説得しようと俺が試みるが、クーゼの意思は固いらしく、なかなか折れてくれない。だからと言ってここでやめる訳にはいかない。
「じゃあ、もういい」
結局、数分間の熱弁でなんとかクーゼを説き伏せる事には成功した。クーゼは仏頂面になってしまっていたが、まあ仕方あるまい。
少し不貞腐れてしまったクーゼを引き連れ、今度は防具屋の方へ向かう。しかし、俺は防具を買うのか買うまいか、少し悩んでいた。防具のせいで機動力が落ちる場合があるかもしれない。防御力は極端に低くなるが、重力でカバーすればなんとでもなる。
「どういうのが良いと思う? できれば、軽くて頑丈なヤツが良いんだけど」
「軽いヤツならジョ・バンデフ製の防具をオススメする。高いけど」
クーゼが持ってきた防具。そこには0が7つが並んでいた。クーゼさん、流石にそれはどれだけ頑張っても買えないっす……。
クーゼに防具を返してこさせて、その間に俺は1つ良さ気な防具を発見した。なかなかの軽さ。おそらくだが、硬度もなかなかのモノ。
「これにしようかな」
そう呟いて、値段表を確認する。値段は3万アシリス。買える値段だ。だが、クーゼは俺が選択した防具を見ると、渋い顔をした。
「やめておいた方がいい。その会社はロクなものを作らないイメージがある」
そう言ってクーゼは値段の下に記載された会社の名前を見せつけてきた。アーリアカンパニー。クーゼの言うロクなものを作らない会社の名前だ。
ならば、やめておいた方が身のためか。
と、防具を元の場所に置いたところで、俺は気がついた。クーゼがどこか見覚えのある剣を抱いている事に。剣は鞘に収まり、クーゼの胸の中で鎮座している。……これ、30万で売っていたヤツだ。
「あの、クーゼさん……。それ、もしかして買ったの?」
「買った。私の」
「そ、そうか」
クーゼのものと言うなら文句のつけようがない。俺にクーゼの私的な買い物にまで口を挟む権利はないのだから。だが、嫌な予感がする。
俺はクーゼに警戒しつつ、引き続き防具を見てまわろうとした。その時。
「あ、落としちゃったー……」
突然クーゼは剣を落とし、ものすごく棒読みで言ってきた。
「あー、どこかにいっちゃったー……。仕方ないし、拾った人にあげようっと」
そう言って、クーゼはジト目でこちらを見た。うん、だいたいクーゼがやりたいことは分かる。ありがたいし嬉しいのだが申し訳ない気分がする。
「どこかに拾ってくれる心の広い人はいないかなー」
俺の方と落とした剣を交互に見ながら、クーゼが言ってくる。……これは拾わないといけない感じのヤツだ。
「……分かったよ。こんな所に剣が落ちてるぜ。ラッキー!」
クーゼに合わせて、俺はできるだけ感情を込めて答え、剣を拾った。
血のごとく赤い刀身からいかにもな雰囲気が漂っている。素人目で見ても斬れ味が良いと分かってしまう。これは大事に使わなければならないな。
俺は鞘に刺さったままの剣を小さく振り、背中にセットした。クーゼには本当に感謝してもし切れない。念願の剣が手に入ったのだ。
「ありがとうな、クーゼ」
「昇級お祝い」
そう言って優しく笑うクーゼに、俺はドキリとしてしまった。