終話 彼ら彼女ら
「はぁ、もう疲れたぞ」
愚痴を漏らしながら、俺は大木を運んでいた。隣には俺と同じく大木を運んでいるクーゼがいる。
セイドーに破壊された建造物の数は凄まじく、過去でも稀に見ない珍しい事例なんだとか。で、そこで何でも屋である冒険者の出番だ。建物の建造物が高額依頼としてギルドに張り出され、たくさんの冒険者は金に釣られてその依頼を受けている。もちろん、金欠である俺もその冒険者の内の1人。金には困っていなさそうなクーゼも参加している。
「我慢」
クーゼがいつも通りの口調で言った。
高額依頼といっても、割りに合わないのが冒険者のお決まり。俺たちは、ほぼブラック企業と同様に働かされ、心身共に弱り切っていた。まあ、俺は全て重力を使い持ち上げているが……。
というか、クーゼの細い体のどこにそんな力があるのだろうか? もしかして、服の裏はすごくムキムキなのか?
「失礼なこと考えてない……?」
「いや、べつに……!」
危ねぇ……。何故バレたし。
「なんでもいいけど、もうすぐで休憩なんだから頑張って」
「うす!」
……………………………………………………
依頼の休憩時間。俺はクーゼと別れ、1人大通りの端っこの段差に座り、ボーッとしていた。地味に気持ちよくて幸せだ。が、そんな幸福もすぐに断ち切られてしまう。
「あ、タカヒト様!」
「ん? あ! アミラ!」
あまり広くない町だからなのか、アミラとはよく鉢合う。ちょうど、俺も聞きたかったことがあるのだ。良いタイミングで出くわしたものだ。
俺は立ち上がってアミラに近づいていく。するとどんどんアミラの顔が赤くなっていった。
「な、なんですか?」
「アミラ、お前なんで知っているんだ?」
それはもちろん俺が転移者ということだ。あの後、いくら考えてもアミラが俺の事を知っている理由が分からない。もしかしたら、俺が救った少女がアミラなのかと一瞬考えたのだが、どう見ても見た目が違う。
100歩譲ってその現場にアミラがいたとして、どうしてアミラは俺が死ぬ直前に誓った事を知っているのだろうか? 心でも読んだのか……?
そんな俺の疑問だが、アミラは何を言っているのか分からないといった風に首を傾げた。
「知っている? 何をですか?」
「とぼけるなよ。アミラが俺の事をどこまで知っているのか。それから教えてもらいましょうか」
「何のことか分かりませんが……」
……アミラの様子が変だ。別に、俺に人の心の中が読める力があるわけでもないのだが、アミラが嘘をついているようには見えない。本当に分かっていなさそうなのだ。
「……いや、ごめん。俺の勘違いだったよ」
そう言うと、アミラは元の笑顔に戻って、嬉しそうに俺の腕に腕を組んできた。
「まあ、なんでもいいですよ。さあ、一緒にお食事に行きましょう!」
「あ、ちょっと待って。俺今依頼中なんだけど。待って待って、クーゼに怒られる。あ、ああああああ……!」
……………………………………………………
「いくら邪魔されたとはいえ、あなたに責任がないわけでもありません。今後気をつけてくださいね」
「いや、マジでごめんなさい」
本日分の以来終了後、俺はナナシアに説教されている。もちろん、昼休憩からなかなか帰ってこなかったからだ。結局、俺分の仕事もクーゼが半分近くやってしまったらしい。ホント、クーゼ様様である。
「タカシマさん、今回だけは水に流してあげます。2度目ですが気をつけてくださいね」
「へい……」
話は1時間にも及び、解放された頃には心身共に疲れてしまっていた。受付からフラフラとギルドの席に戻っていく。
しばらく、帰る元気もなく席でほおけていたのだが、不意に誰かが隣に座ってきた。見ると、それはナナシアだった。
「大丈夫? お疲れみたいだけど」
「自業自得だけど誰かさんに説教されてな。もう疲れました」
ナナシアをジッと見ながら言うと、ナナシアは居心地悪そうに視線を逸らした。頰には冷や汗が垂れている。
「え、えっと。悪かったわよ」
「いや、別に謝る事じゃないさ。俺が悪いんだし」
しばらく、そんな他愛もない会話をしていたのだが、不意にナナシアが押し黙った。
「……? どうしたんだ?」
ナナシアは顔を真っ赤にし、またも視線を俺から逸らした。そして小声でボソボソと……。
「あ、あの。今度、2人でどこか食事にでもいかない……? 良いところ知ってるんだけど……」
「……ゴメン、声が小さすぎて何を言ってるのか分からないんだけど……」
そう言うと、ナナシアは顔をさらに真っ赤にした。怒りで。
「もう良いわよ!」
そう言い残してナナシアはギルドから出ていってしまった。……一体何だというのだ……。ともかく、よく分からないが再び怒られてしまった。
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ゆっくりとギルドから出て、静かな門前。綺麗な満月が顔を出していた。わずかに光る星々とそこかしこから聞こえる虫の音。実に風流だと言えるだろう。
そんな中、不意に1台の馬車の音が聞こえた。馬車に乗る者は1人。暗闇で顔まで判断できないが、その者は俺に声をかけてきた。
「タカヒト!」
その声は、ジークのものだった。
「……もう大丈夫なのか……?」
「ああ。あの時はすまなかった。我を忘れて失礼な事を言ってしまったよ」
ハイド町から逃げてから、ジークとは1度も出会っていない。これが久しぶりの再会だ。ジークの声は少し前の元気こそないが、かといって弱々しい訳ではなく、ある程度心の傷は癒えたように見える。
「別にいいんだ。気にしてない」
違う。本当は俺が謝らなければならないんだ。そう思いつつも、俺は謝れなかった。なんと謝ればよいのか全く分からなかった。
俺が言葉に詰まっていると、ジークが言った。
「俺は、何も守れなかった。それは俺の弱さが原因だと気付いた。だから俺は、旅に出ようと思う。いろんな所回って、いろんなモノ知って、強くなる」
「……そうか」
「聞いたよ。お前は本当は強かったんだな。あのバケモンもワンパンしたんだって? すげーよ、本当にすごい。それに比べて俺はダメダメだ。だからこそ、俺は行く」
ひどく自己中心的な考え方だが、俺は行ってほしくない。行かれたのなら、俺に謝るチャンスがなくなってしまう。謝ることができなくなる。
だが、俺に止める資格も権利もない。結果、肯定する事しかできない。
「寂しくなるな。短い付き合いだったが、俺はお前のことが大好きだぜ!」
不意に、目頭が熱くなった。頰を伝って何かが落ちていった。止まらない、止まらない。
「ああ、俺も大好きだ!」
俺の声はひどく滑稽で、ひどくバカらしくて、ひどく震えていただろう。だが、それを笑う者などいない。
「じゃあな、タカヒト!」
彼の馬車が出発した。出発してしまった。まだ伝えたいことは伝えていない。大事なことは言っていない。
馬車はどんどん遠ざかっていく。もう50メートルは離れている。
ダメだ。言わなければならない。伝えなければならない。まだ、何も言っていない。言わなければならないんだ。俺は……!
「ゴメェェェェン!」
静かな夜の中に、不釣り合いな俺の声が響いた。声がジークまで届いているかは分からない。だが、俺は伝わってなかったとしても、言いたかった。
「俺が悪いんだ! あの時、怖くて力を使えなかった! あの時、お爺さんの言うことを聞いておけば良かった! あの時、出し惜しみしていなければ良かった! 俺が悪いんだよぉ‼︎ 本当にごめん!」
俺の声が空気に消えていく。ジークに伝わったのだろうか……? 俺に確認する術はない。涙を拭き、くるりと後ろを向くと俺は歩きだした。が、すぐに足を止めてしまった。何かの落ちた音が聞こえたのだ。
「これは……」
落下音が聞こえた場所。そこには、アデラとエアロンの予備の杖が落ちていた。馬車から、彼が投げたのだろう。
……ジークが許してくれたような気がした。エアロンが許してくれたような気がした。アデラが許してくれたような気がした。
"また会おうぜ!" ものすごく遠方から、そんな声が聞こえてきた気がした。その声は俺と似て、ひどく滑稽で、ひどくバカらしくて、ひどく震えていた。
だが、ひどくカッコ良かった……。
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