20話 責任の拳
俺は目の前の巨体を見据え、立ち上がった。
「タカヒト……」
ちょうどそのタイミングでクーゼが近づいてきた。ナナシアは避難したのだろう。
クーゼは俺の方を見、「戦えるの?」と聞いてきた。先ほどまで怖いと言っていたヤツが戦うと言いだしたんだ。心配になるのは当たり前だろう。
「ああ、大丈夫だ」
力強く、先ほどとは段違いの声で、俺は言った。もう、俺の中に恐怖はなかった。
そんな俺にクーゼは安心したように大きく息を吐くと、あの時と同じ微笑を顔に浮かべた。
「そう、良かった。じゃあ私は住民の避難を済ませておく。あのデカブツは任せた」
「ああ、任された!」
クーゼは頷くと、人々の誘導のために走っていった。
俺は大きく息を吐き、バケモノを見据える。
「2戦目だ、バケモノ‼︎ かかって来いや!」
俺の激昂が耳に入ったのか、セイドーはこちらに気づき、あの時のように足を振り下ろしてきた。だが、俺はもう避けない。
死ぬ前に誓った事を思い出していた。俺は昔、人のことなど2の次、自分中心だった。ダメだと思いつつも自分を変えることができなかった。そんな時に俺はトラックに跳ねられた。その時をちょうど良いキッカケだと思ったんだ。変われる良いチャンスだと。俺は変わるんだ、と。
俺は本当に後悔のしない生き方をしよう。そう誓ったんだ。
だが、それは叶わなかった。俺はもうすでに後悔してしまっている。だからこそ、俺はこれ以上の後悔をしたくない。これ以上、誰も死なせない!
振り下ろされた足を重力で吹き飛ばすと、俺はそのまま飛び上がる。そして、握りこぶしを作り……。
「おらああああぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!」
思い切りセイドーの体を殴り飛ばした。重力の力がのったそのパンチはセイドーの体に巨大なひずみを作り、大きく後退させた。いや、それどころでない。セイドーの体は四散し、その肉体は様々な場所に降り注いだ。黄緑色の血が雨のように降り注ぐ。
そんな雨を重力で弾きながら、俺はゆっくりと地面に降りた。空を見上げると綺麗な青空に、陽光の反射したセイドーの血がキラキラと光っていた。
「ごめんな……、エアロン、アデラ、ジーク」
俺は小声で呟いた。もちろん返事はない。俺は無念に押しつぶされそうだった。俺が能力を出し渋ったせいでこんな事になったんだ。
セイドーを倒す一部始終をまだそこまで離れていなかったクーゼは見ていた。そして、信じられないモノを見たといった風に目を丸くしている。
……? 何故それほどまで驚いているのだろうか? 彼女は俺の力を知っているはずだが……。
「どうした? クーゼ」
「……私、避難誘導させる必要、なかった。あなた、強いとは思っていたけどそこまで強いの? 一応それ、SSランクの依頼モンスターなんだけど」
「え、マジで?」
クーゼが拗ねたように口を尖らせた。
「どうやってそれほどまで強くなったの? あなたの強さの秘密を知りたい」
そうクーゼに言われた時、心が痛んだ。俺がどうやって強くなったか。そこに努力など微塵もない。たまたまラッキーで強くなっただけだ。
だが、そんな事正直に言えるはずもない。
「悪いが、言いたくない」
「そう」
やはり、クーゼは深くまで聞いてこない。本当にありがたい。
俺は体を洗うために宿へと戻った。背中に感じるクーゼの羨望とも取れる眼差しが俺には痛かった。
伏線回収も含めて1章全て終わったー!