19話 彼の誓い
それは、モンスターに対する恐怖症を俺が発症した時から3日後の昼に起こった。
突如町に鳴り響くサイレンに似た音。「モンスターが現れました。逃げてください」と言うアナウンスの声。ヤツが来たのだ。
25メートルのバケモノ。白い巨大なハダーの寄生虫、セイドー。
窓の外を見ると、セイドーがいた。巨体を振り回し、建造物を破壊している。だが、パッと見た感じ人間がやられている姿は見えない。
おそらく、こうなる事を想定できていたのだろう。だからこそのこの対応の早さ。ハイド町の時とは大違いだ。
「セイドーが出た。逃げて」
俺の部屋の扉を跳ね除けてクーゼが入ってきた。後ろにはナナシアもいる。ナナシアの顔を見ると前に抱きしめられた事を思いだし、恥ずかしくなってしまう。
俺は顔を熱くし、ふいっと顔を背けてしまう。ナナシアも俺と同じ事をしている。そんな様子に気がついたのか、クーゼが首を傾げつつ「どうしたの?」と聞いた。
「「いや、別に……」」
この声は完全にハモっていた。
クーゼは未だ不思議そうにしているが、そんな事は放っておいて、俺は窓越しにセイドーを見た。少しずつ、町を破壊しながら近づいている。
「……俺は、戦うよ」
不意に俺は言った。彼女たちは驚いたように目を見開いた。俺すらも自分で己の発言に驚いている。逃げる気だったのだ。怖かったのだ。だが、何故か俺は戦うと言った。
何故かは分からない。だが、俺はここで戦はねば全てが終わるように感じた。俺は何かを忘れている気がする。
「行くぞ……!」
「う、うん」
「……了解」
クーゼたちを引き連れ久しぶりに宿から出ると、これまた久しぶりに能力を使い、宙に浮いた。力の制御はできる。つまり、戦える。
俺は目一杯力を使い、セイドーの元へと飛んでいった。地上で、クーゼたちがやけに驚いていた。そういえば、俺は彼女たちに飛んだところを見せた事がなかったな。
「次こそ、必ず……!」
そう叫びながら、セイドーに近づいていく。だが、セイドーの元へとたどり着く寸前、不意にまた恐怖に襲われた。力を抜いてしまい地面に落下する。幸い、低い位置で滑空していたため、怪我はない。が、俺はまたその場で立ち尽くしてしまった。
思い出すのはハイド町での記憶。なんとか忘れようと頭を振るが、記憶が脳内にこびりついて離れない。俺はまだ克服できないらしい。
「はぁ、はぁ」
息が荒くなってきた。あの時と同じだ。俺はまた逃げるのだろうか? 逃げてしまうにだろうか?
「戦え、戦え、戦え、戦え、俺はやれる。負けない。大丈夫」
再び自己暗示のように自分に言い聞かせるが、やはり効果がない。
また俺は逃げてしまうのだろうか? クーゼたちに戦うと啖呵を切っておいて、逃げてしまうのか? だけど怖い怖い怖い──
「あなたは何になりたいんでしたっけ?」
誰かの声が聞こえた。いや、その声の主を俺は知っている。アミラ・アンドレだ。
どうして彼女がここにいる……? 意味が分からない。俺は疑問符を頭に浮かべていると、アミラはまた声をかけてきた。
「あなたは何になりたいのですか?」
質問の意味が分からない。それ以上に彼女がどうしてこんな危険な場所にいるのか分からない。
「避難しろよ、アミラ。危ないぞ」
「あなたが質問に答えたのなら、私は避難します」
アミラの方を見ると、普通に笑っていた。目の前にバケモノがいるというのに、いたって平然と笑っていた。
「あなたは何になりたいのですか?」
「ぼ、冒険者だ」
「違いますよぉ~」
そして彼女は笑いながら、俺の驚愕する一言を言った。
「あなたがトラックに轢かれて死ぬ寸前の時にですよ」
聞き間違いかと、初めは思った。だが、彼女は確かに死ぬ寸前にと言った。この世界にはトラックなんてないしかも俺はまだ誰かに転移者だと言っていない。
アミラ、この娘は一体何者だ……。
「何故知っている……?」
「さあ? そんなことより、思い出してくださいね。あなたが死んだ時のこと」
そう言い残すと、アミラは消えた。一瞬で、まるで初めからいなかったかのように。彼女は一体何者なのだろうか?
俺は彼女の言葉を頭の中で反芻させていた。死ぬ寸前、俺は何を考えていただろうか。異世界に来たことの興奮で忘れてしまっている。一体何を……。
その時、俺は思い出した。異世界に来る前、俺が誓った事を。
こういうシーンを書くのは本当に楽しい
次回、ようやく主人公復活
主人公鬱が苦手な方、本当にごめんなさい