18話 感謝の念
俺は本当に弱いなと、つくづく思う。最強の能力を手に入れ、浮かれて、現実を見て、怖がる。死とは程遠い日本人だからこその弱さなのかもしれない。もしくは俺だけが弱いのかもしれない。
そんな思考をベッドの中で何巡も考え、また嘆息を吐いた。俺はバカだ。あのバケモノ、セイドーは今にもこちらに迫ってきているのかもしれない。冒険者として戦わなければならないだろう。だが、俺にはダメだ。とにかく怖いのだ。
惨めだ。逃げる時の俺は今よりもさらに惨めに見えていただろう。その姿を想像し、自虐的に笑った。
と、そうしているとドアがノックされた。昨日に引き続き2度目の来客だ。もう、誰がどんなことを言ってきても俺は何とも思わない自信があった。
「はい」
前と似通った返事をし、客人を迎え入れる。入ってきたのはナナシアだった。
「ど、どうも」
「ナナシア、悪いが今は放っておいてくれ。誰かと話す気分じゃない」
「そ、そうよね。じゃあ私は退散~」
「ダメ」
クーゼの声が聞こえた。どうやら、ナナシアだけでなく奥にクーぜもいるようだ。1人にしてくれていると思ったのだが、何をしに来たのだろう?
「頭は冷えた?」
「……あいにく、全くだ」
「そう」
話す言葉が見つからない。そういった風にナナシアは慌てている。が、クーゼは落ち着きはらっている様子。
しばらく、無言が続いたが再びクーゼが口火を切った。
「ごめんなさい」
そしてクーゼは頭を下げた。俺は目を見開いた。この娘は何故謝っているのだろうか? クーゼの様子に俺だけでない、ナナシアも驚いている。
「事情はジークとギルドから聞いてる。私があなたの事情も知らずに目立つなと言ったばっかりにこんな事になってしまった。本当にごめんなさい」
思い出した。この娘は優しいのだ。人が死んで心を痛め、人が苦しんで心を痛め。その痛みから人間王を殺そうと決めた少女。俺では考えられないほど情愛にあふれているのだ。
俺は、先ほどとは違う申し訳なさに襲われた。セイドーがこの町に来れば、またこの町も滅ぼされるのだろうか……? 俺が戦えないまま滅ぼされる。そんな、まだなってもいない事を想像し、身体が震える。
「大丈夫。私がいる限り、アンマ町は滅ぼさせない。安心して寝てて」
彼女は口元に微笑を浮かべながら言い、そのまま部屋から出ていった。残されたナナシアは落ち着きを失い俺とドアとを交互に見ている。何となくその空間の居心地が悪く、ナナシアに声をかけてみた。
「あのバケモノは今どうなっているんだ……? まだ暴れてんのか?」
「あ、うん。そうだよ、暴れてる。今はアンマ町と滅んだハイド町の間辺りにいるらしい。もしかしたらアンマ町に来るかもだって」
「そうか」
ヤツが来るかもしれない。それだけで俺の体が震えるのが分かった。
やはり話題が続かない。ナナシアも喋りにくいのかずっとあたふたしている。が、不意に何かを決意したかのように口をギュッと紡ぐと立ち上がった。
「どうしたんだ?」
俺の疑問をよそに、ナナシアは俺の方へどんどん近づいてくる。そして、俺の目の前まで来るとぴたりと立ち止まった。
ナナシアの顔を見ると真っ赤だった。一体どうしたというのか……?
「大丈夫か……?」
本来、俺がかけるべき言葉ではない言葉をナナシアに言った。が、ナナシアはそれすらも無視し、俺前でただ佇んでいる。
俺がもう一言かけようと思った、その時。ナナシアが俺をギュッと抱いてきた。ふわりと香る女性の匂い。さらに、後頭部に感じる女性の胸の感触。俺は不意の事に反応できないでいた。
「大丈夫。大丈夫だから」
静かに、落ち着かせるようにナナシアが言った。とても優しい口調、安心する口調だ。しばらくして、俺の震えも次第に収まっていった。
その事を確認すると、ナナシアは俺から離れた。その顔は俺を抱きしめる前よりももっと赤くなっていた。
「じゃ、じゃあね!」
恥ずかしいのか、ナナシアはそのまま早足で部屋から出ていってしまった。
「……ありがとう。クーゼ、ナナシア」
俺はこの世界に来て何気に助けてもらってばっかりだ。いずれ、俺は彼女たちに恩返しをしよう。そう、思った。
この突き抜けるが如き展開の早さ