ハムスターたちの休憩所
あるところに、ハムスターの村がありました。集落は、ゴールデンハムスターとジャンガリアンハムスターの二種から成り立っています。
ゴールデンハムスターはオレンジと白の毛並みを持つ大きなハムスターです。
ジャンガリアンハムスターは白と灰色の毛並みを持つ小さなハムスターで、体格はゴールデンハムスターより数段劣ります。二種のハムスターは集団で仲良く暮らしていました。
ハムスター村から数キロメートル離れた場所に、ひまわり畑があります。ハムスターたちは毎日そこへひわりの種を確保しに出かけます。ゴールデンハムスターの方が体が大きいので頬袋に詰められるひまわりの種の量も多いのですが、集めたひまわりの種は村の皆でジャンガリアンもゴールデンも分け隔てなく配って、皆で助け合いながら暮らしていました。
しかしひまわり畑への道のりは長いので、ハムスター達はひまわり畑への道中、兎が経営する休憩所でいつも休憩をとって、それからひまわり畑へ向かっています。兎が経営する休憩所は立派なもので、2階建ての建物です。うさぎは自分が建てた立派な建物を休憩所としてハムスター達に提供する代わりに、ハムスター達が村で拾った砂金を要求します。だから、ハムスター達は各々小さな金の粒を持って出かけ、休憩所でそれを兎に渡すことで一休みできるのです。
ある時、休憩所で事件が起きました。兎が経営する休憩所の中でゴールデンハムスターの誰かが、とあるジャンガリアンハムスターを虐めたのです。休憩所は建物なので外からは見えません。村には常にたくさんのハムスターがいっぱいいますし、誰かが悪さをしてもほかの誰かが咎めます。ですが、休憩所の中は必ずしもそうではありません。人目が存在しない時に、ジャンガリアンを虐める悪いゴールデンハムスターがいたのです。
ゴールデンハムスターは体が大きいので、ジャンガリアンハムスターは抵抗できません。とはいうものの、村からひまわり畑への道のりは遠く、休憩所を中継しなければへとへとになってしまいます。ハムスター達がこの問題を兎に持ち掛けたところ、兎はとある提案をしました。
「それなら、休憩所を1階と2階に分けて、1階はジャンガリアンもゴールデンも、2階はジャンガリアンだけが休めるようにすればいいさ。だから、ジャンガリアンハムスターは2階なら安心して休むことができるよ! もちろん、2階に上がるのが億劫なジャンガリアンは今まで通り1階も使えるよ」
2階が使えなくなってしまったゴールデンハムスター達からはいくばくかの不満が出ましたが、当面はこれが次善の解決方法のように見えます。
実際に、これでジャンガリアンは悪いゴールデンハムスターに虐められることはなくなりました。
これでひとまずの解決に落ち着いたのです。
それから、随分長い時が経ちました。
当時の取り決めを経験したハムスターたちはいなくなって、このルールを決めた時のことを覚えているのはハムスターより寿命の長い兎だけになりました。
ハムスター達はだれもゴールデンハムスターが何故2階を使えないのか知りません。ひまわりが盛んに花開く暑い夏の日、ハムスター達もこぞってひまわり畑に出かけます。ですので、休憩所は大混雑です。ですが、ジャンガリアンハムスターは1階でも2階でも休めて、ゴールデンハムスターは1階でしか休めません。そのため1階は大混雑です。だから、ゴールデンハムスター達はついに怒り始めました。
「なぜ僕たちだけここでしか休めないんだ!」
「同じ量の砂金を渡しているのに!」
当然、休憩所の使用料として兎が要求する砂金の量はジャンガリアンもゴールデンハムスターも同じです。
兎は、彼らを宥めて言いました。
「昔、悪いゴールデンハムスターがジャンガリアンハムスターを虐めたからだよ」
と。ですが、ゴールデンハムスターたちは口々に反論しました。
「僕らは虐めたことないよ」
「どうして身に覚えのないことで僕らが不便するんだ?」
しかし、虐めの再発を防ぐため、兎は過去の取り決めを破棄しようとはしませんでした。
そんな、ゴールデンハムスター達の不満が高まる中で、今度はジャンガリアンハムスターの中から悪いハムスターが出てきました。
ある日、休憩所が閑散としている時、とあるジャンガリアンハムスターが「ゴールデンハムスターにまた意地悪された」と、兎に嘘を吹き込みました。そのジャンガリアンハムスターは、兎の昔話を聞いて、意地悪されたことにすれば自分たちが休憩所を有利に使えると考えたのです。
そして、ジャンガリアンハムスターの嘘を真に受けた兎によって、ゴールデンハムスターたちはついに夏以外の全ての季節で休憩所の使用を全面禁止にされてしまいました。
もちろん、ゴールデンハムスター達の怒りも尋常ではありません。彼らは、仲間の誰も、休憩所で意地悪をしていないことを知っていたからです。でも、兎は前の世代のゴールデンハムスターに悪さをする奴がいたのを経験しているので、なかなか信じようとはしませんでした。
次第にゴールデンハムスター達はジャンガリアンハムスター達を恨むようになり、運んだ種を少ししか分け与えないようになりました。すると、ジャンガリアンハムスター達は怒って、あることないことを兎に吹き込みまくるようになりました。
今では、二種の仲はとっても険悪なものになってしまいました。
「君たちジャンガリアンハムスターは、いつも食べ物を少ししか運ばない。いっぱい食べ物を運んでいるのは僕らじゃないか! 君たちは能無しだ!」
「君たちゴールデンハムスターは、いつもそうやって体の大きさを盾にとる。いつも悪さをするのはゴールデンハムスターじゃないか! 君たちは悪者だ!」
そうして、ジャンガリアンとゴールデンハムスター達の対立は次第に根深くなり、今では2つの集団は全く分裂してしまいました。
ゴールデンハムスターたちはついに夏も含め休憩所を全く使えなくなり、ひまわり畑への道のりが大変なものになってしまいました。ジャンガリアンハムスターたちは、体が小さいのでひまわりの種を少ししか運べません。ですので、食べるものが一気に減ってしまいました。けれども、お互いがお互いを嫌っているので、ハムスター達は助け合おうとしません。
お互い仲良く暮らしていた二種のハムスター達の姿は、見る影もなくなってしまいました。
もし、ジャンガリアンハムスター達が、全てのゴールデンハムスターが意地悪をするわけではないと信じていたら。
もし、ゴールデンハムスター達が、全てのジャンガリアンハムスターが感謝を忘れて弱みを逆手に取ったりするわけではないと信じていたら。
もし、兎の裁量が真実に基づいていたとしたら。
もう少し違う未来があったのかもしれません。