第3話:ソフィア=ルンベック
「ん…って、あれ⁉︎俺、寝てしまってた?」
慌てて跳ね起きたダイキは、窓の外を見てみる。
空はまだ薄暗く、朝焼けだろうか。夜にこの家に着いた時は気づかなかったが、港が見え、その海を陽が照らしていた。すごく綺麗だ。
「なんだ、早朝か…てっきり夕方まで寝てしまったのかと思ったぜ。」
ホッと胸をなでおろし、続けて少女が眠っているベットへと目を移した。だが、ベットはもぬけの殻だった。
ホッとしたのもつかの間、再び焦りだしたダイキはとりあえずこの部屋を出ることにした。昨日は夜中にこの家に着いたため、電気もなく真っ暗な家の中を見渡すことはできなかったが、今見てみると、ベットが置いてあるこの部屋は寝室のようだった。
どうやらここは民家のようだ。ということは寝室のドアから出れば、別の部屋に行ける。そこに、少女はいるかも知れない。
そう思ったダイキは寝室のドアを開いた。
寝室はリビングに繋がっており、リビングにはキッチンが付いている。そこにはエプロン姿の少女が立っていた。可愛すぎる‼︎
その姿を見たダイキは思わず言ってしまった。
「ありがとうございます!」
ヤバい‼︎お礼言っちゃったよ。と気づいたときにはもう遅かったが…
「おはよー!じゃなくて、もうすぐこんばんわだったわね。大丈夫?疲れてない?」
どうやらダイキの先ほどの言葉は聞こえていなかったようだ。内心ホッとした。
そして、彼女の言葉によって今が夕暮れなのだということも分かった。
「全然平気だよ。そんなことより、君の方こそ大丈夫?」
「えぇ、私も大丈夫。私はただマナがなくなってしまっただけだから。」
マナっていう単語はよくゲームで聞いた覚えがあるぞ。
「マナって魔法を使うためのエネルギーみたいなものだよね。」
「えぇ、マナは自然に回復していくものだから一晩寝たから完全に回復してるの。」
彼女が元気だということはよくわかった。それは良いのだが、先ほどから何か変な匂いが…
「そうだったのか。それより、さっきからなんか焦げ臭い匂いがするんだけど…」
「あ〜そのことなんだけど、この家にある食材を使ってあなたに何か作ってあげようと思ったんだけど、上手くいかなくて…」
そう言って彼女がフライパンを俺に見せた。
フライパンには、卵であろう焦げた黄色いものがあり、俺の予想だとたぶんスクランブルエッグだろう。
「いやいや、君がつくってくれたものならなんでも喜んで食べるさ。これ、スクランブルエッグだろ?」
そう言って、俺はこの焦げたスクランブルエッグを口に運んだ。
その様子を見ていた彼女は不安そうな目で俺を見てくる。それもまた可愛い。
「味、どうだった?」
彼女からそう聞かれたが、すぐには返事ができなかった。
それはなぜだと思う?正解はクソまずいからさ!
まず、たまごの殻が入っている。ポジティブな奴は「カルシウムも補給できるぞ。」なんていうかも知れないが、もう食いにくいったらありゃしない。そしてもう1つ、甘過ぎるのだ。これだとスクランブルエッグではなく、形が崩れた卵焼きみたいじゃないか!この2つが重なると焦げてるのなんかあんまり気にならなくなってしまう。
「なんか顔色悪いけど…やっぱり私の料理美味しくなかった?」
「いや、そんなことはないよ。カルシウムが補給できる形が崩れた卵焼きと思えば悪くはない。」
「本当?というか卵焼きってなんだろう?私も食べてみていいかな?」
止めようとしたがもう遅く、彼女はスクランブルエッグ?を口に運んだ。
「ウグッ、ケホッケホッ」
明らかに少女の顔色が悪い。
「ごめんね、お世辞まで言わせちゃって。もうこれ捨てておくから…」
俯いていた彼女だったが、頬に一筋の涙が伝うのが見えた。
さっきまでは、心の中で文句ばっかり言ってたが、俺は鬼ではない。さすがに彼女がかわいそうに思えてくる。
となれば、俺にできることはこれくらいしかない。
「捨てなくていいよ、俺が全部食うから。」
彼女からスクランブルエッグのフライパンを取り上げ、バクバクと口に入れた。
「えっ、でも…」
戸惑う彼女が俺の方を見る。
俺はすぐにスクランブルエッグをたいらげ、彼女に言った。
「さっき言っただろ、君が作ってくれたものはなんでも喜んで食べるって。それに、君の心がこもっててすごく心が温かくなる料理だったよ。」
彼女をなぐさめるが、彼女はまだ俯いていた。
なんとかして彼女を元気づけたい。
「あっ、そうだ。さっき外見たら海に浮かぶ夕日がすごく綺麗だったんだよ。ちょっと見に行かないか?」
彼女は涙をぬぐい、「うん」とうなづいた。
目の前には港が見えたので、護岸のとこまで行き、そこに座り、海の向こうに浮かぶ夕日を眺めていた。
『ぐ〜〜』と隣から音が聞こえる。彼女の方を見ると、彼女は赤い顔をしてお腹を押さえている。
「ごめんなさい。一日中何も食べないとお腹が空いてしまって…」
今更気づいたが、俺の体のあちこちには包帯やガーゼなどが貼ってあった。森で負った傷を彼女が手当てしてくれていたのだ。
彼女は朝から一日中、何も食べずに俺に付き添って看病してくれた。それは腹が空いてもおかしくないだろう。
「腹が空いてるならこれ食う?」
俺はビニル袋から牛丼を取り出した。異世界で唯一俺が持っていた初期装備だ。
「これはなんていう食べ物なの?」
彼女は不思議そうに牛丼を覗き込んだ。
「これは牛丼っていうんだ。すごく美味いから食べてみて。」
「いいわよ。あなたもお腹空いてるでしょ?」
遠慮する彼女に俺はもう一度勧めた。
「俺は腹減ってないから。君が食べてよ。」
しかし、体は正直なもので俺の腹は『ぐ〜』となった。
彼女はクスッと笑う。
「ウフフッ、一緒だね。じゃ、半分ずつっていうことでいいでしょ?」
その提案に俺も頷く。
「そうだな。」
少女は牛丼を一口、口に運んだ。
「お、美味しい!こんなの食べたことない‼︎」
「だろだろ。すっごく美味いんだよ!」
彼女の顔には笑顔が戻っていた。
「昨日はありがとう。私を背負ってこの家まできてくれたんだよね。」
「いやいや、こちらこそ命を助けてもらったからそれくらいは…」
お互いに昨日のお礼を言い合う。そして、2人はまだお互いが何者か知らないでいることに気づいた。
「そういえば、私たちお互いの名前も何者かも全然知らないのよね。」
彼女は可笑しそうに笑いながら言った。
確かにそうだ。こんなに親しくなってるのに名前も知らないなんておかしな話だ。
「そうだったな。よし、そしたら俺から自己紹介するよ。遠く東の国からやって来た、俺の名前はイイダダイキ。歳は17歳。」
東の国からというのは異世界転移で日本人なら必ずと言っていいほど使う決まり文句だ。
「どうりでダイキ君ってこの国の人っぽくないなぁと思ってたの。服も変わってるし。」
俺の名前を呼んでくれた!という喜びが彼を包んだ。
彼女の言葉で俺は自分の服装を見てみる。服装は俺がこの世界に飛ばされたときに着ていた高校の制服そのままだった。たしかに、この世界ではおかしな服装に見えるのだろう。
「まー、簡単にすませるとこんな感じだけど、君の名前も教えてくれない?」
俺の中では彼女がどんな名前でどんなとこに住んでて…など期待が膨らんだ。
「ダイキ君は良い人そうだから本当のことを言うね。私の名前はソフィア=ルンベックよ。歳はダイキ君と同じで17歳。」
ついに彼女の名前が聞けた。
「ソフィアか、すごくかわいい名前だな。で、本当のことっていうのは?」
名前が聞けただけでもすごい幸せな気分だ。しかし、本当のことというのが気にかかる。
「ありがとう。でもダイキ君ってこの国のことは全然知らないんだね。たいていの人はルンベックと聞いたら驚くんだけど。」
ダイキの頭の上にハテナマークが浮かぶ。
「ルンベックがどうかしたの?」
ソフィアは少し驚きながらも説明してくれた。
「ルンベック家はこの国の王家の名前よ。」
「ということは、まさかソフィアって王女様なの‼︎」
「うん。」
「てことは将来この国の王になるってこと?」
「そういうわけでもないの。私にはお姉様がいて私は次女なのよ。だから、王位はお姉様が引き継ぐの。」
なるほど。通りで、少し天然(世間知らず)で服も高そうな感じだったのか!
ダイキは自分ながらに納得した。
「そして、この国はシア王国。この大航海時代のおかげで貿易や中継貿易で栄えてるの。ちなみに私たちがいるここは王都よ。もっというと王都の外れだけど…」
次回は明日の6時台に投稿する予定です。