Episode 009【宿屋の問題】
〈アンダー・アイス〉を目指す、TrashとDとフェルの三人。その長い道のりも終わろうとしていた。
「あっ! あっこに見えてるんって、アンダー・アイスか?」
少し先の方を指差しながらDが話す。その指差す先を確認するTrashとフェル。そこには建造物が立ち並んでいる様子が窺えた。そして鞄から地図を取り出すTrash。
「アンダー・アイスで間違いないな。」
地図を確認し、先に見える建造物が〈アンダー・アイス〉である事を確信するTrash。
「ショートカットした割には、結構時間かかってもうたな。」
暗くなった空を見ながらDが呟く。
「モンスターと頻繁に遭遇したからな。」
Dの言葉にフェルが返す。
その言葉を聞いてTrashが話す。
「これやったら、街道進んでも同じやったかもな。」
三人が〈アンダー・アイス〉を目指す中、日は暮れ辺りはすっかり暗くなっていた。空には幾万の星が輝き、夜空を綺麗に飾っていた。
「俺らの住んどるトコって田舎やけど、こんなに綺麗な星空は見た事ないわぁ。」
空を見上げながらDが話す。
「ホンマやな。フェルんトコは星空見えるんか?」
「見えるけど、綺麗ではないな。」
少しの間、夜空を眺める三人。
「そんじゃ、そろそろ行くか。」
Trashの言葉に動き出すDとフェル。
三人はそれぞれ、今日起こった出来事を思い返していた。〈ワンダー・クロニクル〉を始め、気が付けば知らない場所に来ていた事。長い道のりを歩いた事。生まれて初めて、モンスターと戦闘した事。そして今日起きた事の全てが、三人にとって初めての体験ばかりの事であった。〈アンダー・アイス〉を見て安心したのか、今まで気を張っていた三人の体にどっと疲れが訪れる。
「街に着いたら、まず飯食って宿探さんとな。」
「Dのわりには、まともな事言うな。」
Dの言葉に感心するフェル。そんな二人の会話を聞いて、Trashが少しの疑問を話し始める。
「飯はともかく、宿って取れるんか?」
Trashの言葉に不思議がる二人。
「何でや? 宿くらいあるやろ。」
「そうさ、何でそう思うんだ?」
二人の返事はTrashには予想出来ていた。
「いや、宿ならあるやろ。でも、お前ら部屋が足ると思うか?」
Trashの言葉を聞いても、どうして?という反応をする二人。
「そんなら、今までやったRPGの宿を思い返してみろ。」
そう言われて、Dとフェルはお互い今までやってきたRPGのゲームの中に出てくる宿屋思い返していた。宿に入る二人、中に入ると目の前には受け付けがある。受け付けのある部屋の隣には、食堂の様な部屋があり。長机が数台と数席の椅子が並んでいる。今度は受け付けの部屋にある階段を上る二人。二階に上がると、廊下を真ん中にして左右に幾つかの客室並んでいる。その数は4部屋か5部屋といったところだろう。
「普通の宿屋やんけ、何か問題でもあるこ?」
Dの反応をそよに、ある事にフェルも気付く。
フェルが気付いた事を確認しTrashが話し出す。
「そ。フェー、そゆ事。」
「何や? フェルも何か分かったんか?」
「これは、ヤバいな…。」
「フェルは女やから、俺らより深刻やろな。」
「おい、一体どゆ事やねん?」
フェルは今気付いた問題に頭がいっぱいになり、Dに話しする余裕もなかった。そしてDは気付かないであろう事も予想していたTrashがDに話し始める。
「D、ワンダー・クロニクルって発売される前から相当人気があったって話し俺したよな。」
「お前にゲーム買わされに行く、車中で聞いたぞ。」
「普通に人気シリーズのソフトでも発売されたら。相当な人数が買って、その日の内に大概の奴がゲームするやろ?」
「せやろな。」
「うんじゃ。このゲーム始めた人数って、一体いくら居るんや?」
「さあ、何千人とかかな?」
「いや。多分、何万人規模やろな。」
「それが、どうかしたんか?」
「そんじゃ、次に。ゲームの中にある街って、いくつ宿屋ある?」
「俺がやってきたゲームやと、だいたい一つとかかな? 村とかになったら、宿屋が無いとこもあるな。」
「さっき、お前が想像した宿屋って客室いくつあった?」
「え〜っと…、あっ!!」
「そういう事や。」
「これ、ヤバないか? こんな時間帯に宿屋行っても満室で部屋なんか取れへんぞ。最悪ってか、ほぼほぼ確定で野宿やんけ。」
Dの言葉に身を震わすフェル。
普通のゲームにおいては、客室が何部屋であろうと何の問題もなかった。それは、その世界観を表現する為だけに具現化された物であり。実際にプレイヤー自体は宿屋の主人に話しかけ、〈休む〉などの項目を選択すると画面が暗くなり一晩過ごした様な短いBGMが流れる。そして画面が戻ると、先程と同じくカウンター越しに宿屋の主人と対峙する様子に戻る。ある程度の大差はあれど、ゲームの中において宿屋で休めない事など有りはしなかった。しかし、ここ〈ワンダー・クロニクル〉においては別の話になる。それはプレイヤーが実際に、この世界に来てしまっている事。そして、時間経過を現実世界と同じく体感している事。最大の理由は少なく予想したにしても、宿屋にある客室の部屋数よりも飛ばされてきたであろうプレイヤーの人数の方が多いであろう事。その問題に今三人は直面していた。
「どうするよ?…」
「とにかく、街に着いたら一目散に宿屋直行やな。」
「最低でも一部屋は確保せなな。」
フェルを心配し、話し合う二人。そんなフェルは小声で野宿、野宿…と絶望した顔で呟いていた。
「俺らはには分からんけど、女性には相当な問題なんやろな。」
絶望の淵に居るフェルを見て、Dが話す。
「やろうな。」
TrashがDに返す。
そして、”行くぞおら!”と言い。フェルを引っ張りながら〈アンダー・アイス〉に向け走り出した。それにDも続き走っていく。そして綺麗な星空の中、フェルの不気味な声だけが響いていた。
「野宿、野宿…。ハハハハっ…。」